『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
「……また、時計が動き始めたのか……」
教師の呟きが、静かな部屋に響いた。
レオニダスは杖を構えたまま、教師を見つめていた。
「先生」
「……」
「今、『また』って言いましたよね?」
教師は答えなかった。
視線だけが、部屋の奥にある巨大な時計へ向けられている。
カチ。
時計の針が動いた。
教師の顔が強張る。
「全員、そこから離れなさい」
低い声だった。
いつもの授業中に聞くような声ではない。
明らかに何かを恐れている。
「でも――」
「今すぐだ!」
レオナが驚いて兄を見る。
レオニダスも一瞬迷った。
だが、教師の表情を見て、杖を下ろした。
「……分かりました」
レオニダスが一歩下がる。
レオナも隣へ移動する。
ローズ、アルバス、スコーピウスも続いた。
教師は全員が離れたことを確認すると、時計へ近づいた。
そして、杖を向ける。
「止まれ」
魔法が放たれる。
だが。
時計は止まらない。
カチ。
カチ。
カチ。
「……そんな」
教師が呟く。
レオニダスが思わず前へ出た。
「止められないんですか?」
「普通の時計ならな」
「普通じゃない?」
教師は答えなかった。
その代わり、レオニダスたちを振り返った。
「君たち、ここで何をした?」
「僕たちは何も」
アルバスが答える。
「本があって、それを開いたら……」
「本?」
教師の表情が変わった。
「どんな本だ?」
ローズが答える。
「『継承者の記録』です」
教師が息を呑む。
「……まだ残っていたのか」
レオナが聞き返す。
「先生は、あの本を知っているんですか?」
教師はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「名前だけはな」
「名前だけ?」
「詳しいことを知っている者は、もうほとんどいない」
レオニダスの眉が動く。
「じゃあ、先生は何を知ってるんです?」
教師は四人の顔を順番に見た。
そして、最後にレオニダスとレオナを見る。
「……君たち二人のことだ」
「俺たち?」
「そうだ」
レオナが兄の袖を掴んだ。
「どうして私たちなんですか?」
「君たちが、あの本を開いたからだ」
「でも、開いたのは偶然――」
「違う」
教師が遮った。
「この部屋は、誰にでも開く場所ではない」
レオニダスが目を見開く。
「じゃあ……」
「君たちが選ばれたということだ」
沈黙。
レオナは兄を見る。
レオニダスも妹を見る。
「……選ばれた」
その言葉を、レオニダスは繰り返した。
「何に?」
教師は答えなかった。
代わりに、時計を見た。
「それを知る前に、君たちは知っておかなければならない」
教師が杖を下ろす。
「この時計は、過去にも動いたことがある」
ローズが息を呑んだ。
「過去にも?」
「ああ」
教師は頷く。
「一度目は、何十年も前だ」
「何十年も……」
「そして二度目があるとすれば」
教師の視線が、双子へ向く。
「今だ」
レオニダスの胸がざわつく。
「何が起こったんですか?」
「時間が歪んだ」
教師は静かに答えた。
「ある魔法使いが、過去へ干渉しようとした」
アルバスが口を開く。
「過去を変えたんですか?」
「完全には変えられなかった」
「完全には?」
「時間は抵抗した」
教師は時計を見つめる。
「過去を変えようとすれば、未来もまた変わる。だから、時間は簡単には書き換えられない」
ローズが考え込む。
「じゃあ、どうやって?」
「強い魔法」
教師が答える。
「そして、過去と現在をつなぐ『鍵』が必要になる」
レオナが呟いた。
「鍵……」
その瞬間。
レオニダスの頭に、さっき見た箱が浮かんだ。
「あの箱……」
「何?」
レオナが聞く。
「記憶の中に出てきた箱だ」
教師の表情が変わる。
「……どんな箱だ?」
レオニダスが獅子の紋章を説明する。
教師は黙って聞いていた。
そして。
「それは『継承箱』だ」
「継承箱?」
「ああ」
教師が頷く。
「過去から未来へ、あるものを受け渡すための魔法具だ」
スコーピウスが眉をひそめる。
「あるものって?」
「記憶、魔法、情報――場合によっては、もっと危険なものもな」
レオナの顔が曇る。
「じゃあ、誰かがその箱を使って過去を変えようとしてる?」
「可能性はある」
教師は答えた。
「だが、まだ分からない」
レオニダスは拳を握る。
「だったら、調べます」
「駄目だ」
「どうして!」
思わず声が大きくなる。
「だって、誰かが時間を変えようとしてるなら――」
「君たちが関われば、取り返しのつかないことになる」
教師の声は厳しかった。
「時間魔法は、普通の呪文とは違う。一度触れれば、自分自身の記憶さえ変わる可能性がある」
レオナが息を呑む。
「……記憶まで?」
「そうだ」
教師は頷いた。
「昨日まで知っていた友人を、今日には知らなくなることだってある」
その言葉に、レオニダスの表情が変わった。
「そんなの……」
レオナを見る。
「絶対に嫌だ」
レオナも兄を見る。
「私も」
二人の手が自然に重なった。
その様子を、教師は黙って見ていた。
「……だからこそ」
教師が静かに言う。
「君たちには関わってほしくない」
「でも」
レオナが口を開く。
「もう関わってしまってます」
教師が黙る。
「私たちの名前が本に出ました」
レオナは続けた。
「時計も動きました」
そして兄を見る。
「だったら、知らないふりはできない」
レオニダスが頷く。
「俺たちが選ばれた理由を知りたい」
教師はしばらく二人を見つめた。
やがて、小さく息を吐いた。
「……君たちは、本当にあの二人の子どもなんだな」
「え?」
レオニダスが首を傾げる。
教師はそれ以上言わなかった。
「今の言葉は忘れなさい」
「無理です」
レオナが即答する。
「聞いちゃいました」
「……そうか」
教師は苦笑した。
そして、杖を振る。
壁の一部が開いた。
そこには、古い肖像画が掛かっていた。
「これを見なさい」
レオニダスたちが近づく。
肖像画には、二人の魔法使いが描かれていた。
片方は若い男性。
もう片方は若い女性。
そして、その二人の間には――小さな箱。
獅子の紋章が刻まれている。
レオニダスの目が見開かれた。
「……この人」
レオナも驚く。
「知ってるの?」
「いや……」
レオニダスは首を振る。
「でも、どこかで見た気がする」
教師が呟いた。
「それは当然だ」
「え?」
「その二人は――」
その瞬間。
時計が激しく鳴った。
ゴーン!
ゴーン!
ゴーン!
部屋全体が揺れる。
「何!?」
ローズが叫ぶ。
肖像画の中の二人が突然振り返った。
そして。
女性の肖像画が、こちらを見て口を動かした。
「――継承者を、守って」
レオニダスが息を呑む。
「今、喋った……?」
肖像画の女性は続けた。
「彼らは、あなたたちを――」
そこで画像が激しく歪んだ。
そして最後に。
「――過去から消そうとしている」
バンッ!
肖像画が黒く染まった。
時計が止まる。
部屋に静寂が戻った。
誰も口を開けなかった。
やがてレオナが、小さな声で言った。
「……私たちを?」
レオニダスは答えられなかった。
ただ、妹の手を強く握った。
教師もまた、顔を強張らせている。
そして。
教師は初めて、二人に告げた。
「レオニダス・スキャマンダー」
「レオナ・スキャマンダー」
「君たちの両親が、なぜこのことを知らないのか――」
教師は言葉を切った。
「それこそが、最初に調べなければならないことだ」
双子は顔を見合わせた。
親たちが知らない過去。
自分たちに受け継がれた謎。
そして、自分たちを過去から消そうとしている何者か。
ホグワーツに入学して、まだ二日目。
それなのに。
二人の物語は、すでに自分たちの知らない場所まで繋がり始めていた。