車が走り出してしばらくすると、窓の外に色の強い建物や大きな看板が増えてきた。
車を降りると、環が目を細めた。
「暑い」
「日が当たるとまだ暑いね」
千綴も頷き、周囲へ目を向ける。同じ通りの中に、服の店も雑貨の店も、目を引く看板も並んでいる。どこか一つを見ている間にも、視界の端へ別の色が入ってきた。
「まずアメリカンデポだよね」
綾乃が言う。
「ああ。そこから回ろう」
ヴァシリオスが答え、四人で店へ向かった。
扉を抜けると、外とは違う密度で商品が目に入った。
千綴が壁際のメタルサインへ目を向け、そのまま近くの棚へ視線を移す。小物の向こうには服も並んでいた。
どこから見ようかと迷うより先に、綾乃が足を止めた。
「これ、玄関にあったらかなり目立ちそう」
壁のメタルサインを一枚見上げている。
「柄も大きいしね」
千綴も隣へ並ぶ。
「こっちはもっと派手」
綾乃が別の一枚へ視線を移した。
「こういうの、並んでるの見るの面白いね。自分の部屋に置くかは別だけど」
「それは分かる」
何枚か見比べて先へ進むと、少し先の棚にタンブラーやマグカップが並んでいた。一つ手に取ってみると軽く、普段使うにも困らなそうだった。
「ちづる、こういうの見てるよね」
綾乃が横から覗く。
「うん。買うなら実用性ある方がいいかな」
「旅行の記念でも?」
「その方が使うし」
「あ、それはちづるっぽい」
綾乃も棚を眺める。千綴は手にしていたタンブラーを戻した。少し離れたところでは、環がキャップを被って鏡を見ていた。
「西園寺さん、それ似合う」
綾乃が声をかける。
環が鏡越しにこちらを見る。
「そう?」
「うん。いつもよりちょっと印象変わる」
環はつばの角度を少し直して、もう一度鏡を見る。
「日差しも避けられるし」
「これにしようかな」
さらに先では、ヴァシリオスがTシャツを一枚広げていた。
「それ気になる?」
千綴が聞く。
「柄はいいな。もう少し他も見てから決める」
そう言って元へ戻す。綾乃が階段へ目を向けた。
「二階もあるみたい。先に見てこない?」
「そうしよっか」
四人で上がると、二階には古着が並んでいた。
千綴は棚に並ぶ服を眺める。新品の売り場とは違って、一枚ごとに色も生地の褪せ方も違う。
綾乃がシャツを一枚手に取る。
「同じ棚でも全然違うね」
「ほんとだ。色の抜け方も違う」
ヴァシリオスは少し離れたところで別の服を見ていた。環も近くの棚を眺めている。何着か見てから一階へ戻る。
「私、さっきのステッカーもう一回見てくる。買い終わったら外で合流でいい?」
綾乃が言った。
「私も帽子見る」
環が続く。
「俺も服もう一回見てくる」
「分かった。じゃあ外で」
さっき気になったタンブラーの売り場へ一人で戻ると、四人で見ていたときに気づかなかったものまで目に入った。タンブラーをもう一度持ち上げてから棚へ戻し、その横に掛かったエコバッグへ手を伸ばした。広げてみると、大きすぎず肩にも掛けられそうだった。
隣のエコバッグと柄や持ち手を見比べたあと、最初のものへ目を戻した。二つ目を棚へ戻し、最初に手に取った方を持ってレジへ向かった。
会計を済ませて外へ出ると、後ろの客の進路を空けるため入口の脇へ寄った。冷房の効いた店内を出た頬に空気が少し暖かく、通りの人声が重なる中を何組もの観光客が行き来していた。三人はまだ出てこないので、スマートフォンで時刻を確認して画面を消した。
顔を上げる。そのとき、人の間を歩く少年が目に入った。なぜか視線が止まる。数歩先で横顔が見えた。
「……あ」
検査施設で見た子だ。
千綴はその場に立ったまま、少年の姿を目で追った。人の流れに隠れ、また見える。少年がふとこちらへ顔を向けた。一瞬、視線が重なったようにも見えた。けれど、千綴を見たのかまでは分からない。
「千綴」
横から呼ばれた。振り向くと、ヴァシリオスが店から出てきたところだった。
「買わなかったの?」
「ああ。しっくりくるのがなくてな」
「そっか」
千綴はもう一度さっきの方を見る。少年の姿はもう見えなかった。
「どうした?」
「ちょっと見たことある人が見えた気がして」
人の流れをもう一度見る。
「そうか」
それ以上は追わず店へ視線を戻すと、少しして小さな袋を手にした綾乃が出てきた。その後ろには、さっき見ていたキャップを被った環も続いた。
「西園寺さん、それにしたんだ」
「うん」
「やっぱり似合う」
綾乃が言う。それから千綴の手元を見る。
「ちづるは?」
「エコバッグ」
千綴が袋から取り出して広げてみせる。
「結構入れられそう」
「うん。買い物にも使えそう」
「私も何枚か買った」
綾乃が自分の袋を軽く持ち上げる。ヴァシリオスは三人の買ったものを見てから、通りの先へ目を向けた。
「次、Tシャツの店だな」
「この先だっけ?」
千綴が聞く。
「ああ。予定に入れてたところ」
「じゃあ行こ」
綾乃が先に歩き出す。千綴もエコバッグを袋へ戻し、三人と並んで通りへ出た。
通りを進んでいくと、沖縄の文字や海を思わせる柄のTシャツが店先に並んでいるのが見えてきた。
「あそこだな」
ヴァシリオスが言う。
店へ入ると、同じ沖縄を題材にしていても柄はかなり違っていた。文字を大きく出したものもあれば、海や植物を使ったものもある。千綴が棚を見ている横で、綾乃が一枚を身体の前に当てた。
「これ、すごい沖縄っぽくない?」
胸元に大きく柄が入っている。
「着て帰ったら一発で分かりそう」
「それはそれで面白くない?」
「旅行中ならありかも」
綾乃は鏡の方を見てから、今度は別の一枚を取る。
「こっちは?」
「さっきより落ち着いてる」
「どっちがいいと思う?」
「綾乃が着るなら、私はこっちかな」
「そっちかー」
二枚を見比べながら、綾乃がしばらく迷う。少し離れたところでは、ヴァシリオスもTシャツを見ていた。
「さっきの店より気になってる?」
千綴が声をかける。
「こっちは柄がいろいろあるからな。見てて面白い」
「買う?」
「まだ見てる」
即答せず、別の一枚へ目を移す。
環はキャップを被ったまま、小物の棚を見ていた。
四人でしばらく店内を見てから外へ出た。
通りを歩いている途中、角で綾乃が足を止めた。
「待って、あれ何?」
視線の先に、周囲とは明らかに雰囲気の違う店があった。窓越しに白い飾りや小さな人形が並び、入口にも季節をそのまま閉じ込めたような装飾が見える。
「クリスマスの店みたい」
千綴も足を止める。
「入ってみる?」
環が聞く。
「見たい」
綾乃がすぐに答えた。
中へ入ると、外から見えていた以上に飾りが多かった。小さなオーナメントが棚に並び、別の棚にはスノードームがいくつも置かれている。
「外からでも分かったけど、ほんとに全部クリスマスなんだ」
綾乃がゆっくり店内を見回す。
千綴は棚の端まで視線を移した。
環はスノードームを一つ手に取っていた。
ゆっくり傾けると、細かな白い粒が中で舞い上がる。
「西園寺さん、それ気に入った?」
綾乃が覗き込む。
「見てるのは好き」
「買わない?」
「置く場所考える方が面倒」
綾乃が少し笑う。
「そこなんだ」
環は白い粒が沈むまで少し見てから、元の場所へ戻した。
店を出ると、千綴の視界にはまた別の色が増えた。壁画、店先の看板、窓に並ぶ雑貨。建物の間を歩いているだけなのに、少し視線を動かすたびに見えるものが変わる。
その途中、通り沿いの店先から甘い匂いが流れてきた。
綾乃がそちらへ顔を向ける。
「これ、ちょっと食べてみたい」
千綴も足を止める。
「夕飯あるぞ」
ヴァシリオスが言いながらも、同じ店先を見ていた。
「一個だけ、四人で分けない?」
「それなら」
環が答える。
結局、マラサダを一つだけ買い、四人で少しずつ分けた。外側は軽く、中には弾力がある。
「思ったよりもちもちしてる」
綾乃が言う。
「おいしいね」
千綴も自分の分を口にしてまた歩き出すと、大きな壁画の前で綾乃が足を止めた。
「ここ、四人で撮ろうよ」
「いいよ」
千綴も壁を見上げる。
さっきから何度か目に入っていたが、近くまで来ると色の広がり方が違って見えた。
近くにいた人に頼み、四人で並ぶ。
撮ってもらった写真を確認すると、綾乃が画面を少し傾けた。
「これ好き」
「壁の色もきれいに出てるね」
千綴も覗き込む。
「あとで送る」
「お願い」
千綴は歩きながら、足に疲れが溜まっているのを感じていた。それでも、次の角を曲がるとまた別の店が見えて、ついそちらへ視線が向く。しばらくしてスマートフォンを取り出した。
「今何時?」
綾乃が聞く。
「そろそろ時間だから行こうか」
「あ、もうそんな?」
環も画面を見る。
「結構いたね」
「あっという間だな」
ヴァシリオスが言う。
四人は車の方へ戻った。
車に乗り込むと、千綴は背もたれへ身体を預けた。座って足を休めると、歩いている間に溜まった疲れがじんわりと残っているのを感じた。環は被っているキャップのつばに触れた。
「これ買って正解だった」
「ずっと使ってたもんね」
綾乃が言う。ヴァシリオスは窓の外へ目を向けながら言った。
「結局、俺は何も買わなかったな」
「でも一番長く服見てなかった?」
千綴が聞く。
「見るのは面白かった。買うならもうちょい考えたい」
「旅行先でそこまで考えるんだ」
綾乃が言う。
「着ないの買ってもしょうがないだろ」
「それはそう」
少し笑いが起きる。
街並みが窓の外へ流れていく。
しばらくして、綾乃が顔を上げた。
「ホテル着いたら、今日は先に先生のところだっけ?」
「うん。班で戻ったって伝えて、それから鍵もらうはず」
千綴が答える。
「昨日と入り方違うんだな」
ヴァシリオスが言う。
「今日は班ごとに戻るからね」
やがて、今夜泊まるホテルが見えてきた。
近づくにつれて、建物とその向こうの海が少しずつはっきり見えてきた。
千綴は窓越しに建物を目で追った。
「今日はここなんだね」
綾乃が言う。
「昨日とは雰囲気かなり違うね」
「海近いな」
ヴァシリオスも窓の外を眺めていた。
車を降りてロビーへ入ると、先に戻った同じ学校の生徒が何人かいた。受付近くで到着した班を確認する教師へ、四人揃って戻ったことを伝え、部屋番号と鍵を受け取った。
「十九時、ロビー集合な。遅れるなよー」
教師の声を背に、それぞれの部屋へ向かった。
部屋には、朝に預けた大きな荷物も届いていた。綾乃は手荷物を下ろすなり、ベッドへ腰を落とした。
「疲れたー」
「結構歩いたもんね」
鞄を下ろして靴を脱ぎ、千綴もベッドに腰を下ろした。綾乃が横になってスマートフォンを眺める隣で足を伸ばすと、ようやくゆっくり休める気がした。
しばらく何もせず休み、途中で飲み物を飲んだりスマートフォンを見たりして過ごすうち、窓の外の空は到着時より深い色になった。部屋の照明の方が明るく感じられる頃、綾乃が時計を見る。
「そろそろ準備する?」
「うん」
二人は少しずつ身支度を整える。千綴はスマートフォンを鞄へ入れ、部屋の鍵も手に取った。
「行こっか」
「うん」
ロビーへ下りると、環はすでに来ていた。
「もう来てたんだ」
綾乃が声をかける。
「少し前」
「私たち、かなり休んでた」
「その方がよかったんじゃない」
環はそう言って、近くの椅子へ視線を戻す。少しして、ヴァシリオスも歩いてきた。
「揃ってるな」
「中村くん、どこまで見てきたの?」
綾乃が聞く。
「ホテルの周り、軽く見てきた」
「何かあった?」
「ロビーの奥の方から海が見えるところがあった。結構きれいだったぞ」
「いいな」
綾乃が少し笑う。四人が揃い、迎えの車に乗って予約していた店へ向かった。
席へ案内されると、中央に鍋が置かれ、その周りへ前菜、島野菜、薄く切られたアグー豚が並んだ。
店員が料理を整えながら、肉の火の通し方や野菜、タレについて簡単に説明する。
説明が終わり、鍋が温まる。
ヴァシリオスがさっそく肉を二、三枚まとめて取った。
「あ、ずるい」
綾乃が言う。
「何がだよ」
「一気にそんな入れる?」
「別にいいだろ」
「贅沢」
環が淡々と言う。
「しゃぶしゃぶで贅沢ってなんだよ」
千綴も笑いながら一枚取り、湯の中で軽く泳がせる。色が変わったところで引き上げ、タレにつけた。一口食べると、柔らかい肉のあとから脂の甘さが残った。
「これおいしい」
「こっちのタレも合うよ」
綾乃が自分の小皿を少し持ち上げる。
「じゃあ次そっち使ってみる」
環は野菜を鍋へ加える。
湯気の向こうで、肉や野菜が少しずつ減っていく。
千綴は空いたところへ野菜を寄せた。
肉と野菜を取りながら食べているうちに、話題は午後のことへ戻った。
「私、あのクリスマスの店かなり印象残ってる」
綾乃が野菜を取りながら言う。
「外から見たときから気になった」
「あのスノードームはよかった」
環が続ける。
「西園寺さん、ずっと見てたもんね」
「あれ、見てるのは好きだった」
「買わなかったけど」
「見るだけでいい」
環はそう言って、鍋から野菜を取る。
「俺はTシャツの店だな」
ヴァシリオスが言う。
「種類多かったし、同じ沖縄でも柄で全然違った」
「ちづるは?」
綾乃が聞く。
千綴は少し考える。
「店もだけど、歩いてる時間かな」
「街?」
「うん。次の店に向かってるだけなのに、壁画とか、全然違う雰囲気の店とか、どんどん目に入ってきたから。予定してたところだけ見て終わる感じじゃなかった」
「分かる」
綾乃が頷く。
「クリスマスの店もそうだったし」
「でも寄ってよかったでしょ?」
「それはそう」
店員が空いた皿を下げていく間に、千綴たちは残っていた肉と野菜を鍋へ入れた。湯気の向こうで具材に火が通っていくのを待ち、また箸を伸ばす。
しばらく食べたところで、綾乃が口を開いた。
「明日の海洋観察、ちょっと楽しみ」
「今日、水族館で見たのとはまた違いそうだよね」
千綴が言う。
「水槽の中じゃなくて、本当に海の中見るんだもんね」
「どのくらい見えるんだろ」
綾乃が少し身を乗り出す。
「天気いいといいな」
環が言う。
「今日くらい晴れてたらよさそう」
千綴も頷いた。
「国際通りは、お土産見るんだろ?」
ヴァシリオスが聞く。
「うん。私は店長の分、向こうで決めたい」
「何にするかはまだ?」
綾乃が聞く。
「まだ。店見てからかな。ちゃんと選びたいし」
「私は家の分見たい。あと自分のも」
「まだ買うの?」
環が言う。
「買う」
綾乃が即答する。
「今日のは今日のだから」
「理屈になってない」
環が返す。千綴が笑う。
「ヴァシリオスは?」
「俺も土産は向こうで見るかな」
「まだ何にするか決めてない?」
「まだだな。見てから決める」
綾乃が頷いた。しばらくして、ヴァシリオスがふと箸を止めた。
「そのあと空港か」
さっきまで続いていた会話が一拍だけ途切れる。
「明日には帰るんだね」
綾乃が言う。
「そうだね」
千綴も答える。
海を見て、国際通りへ行って、そのあと空港。
千綴は鍋へ視線を戻した。
そこから話はまた食事へ戻った。
肉を足し、野菜を取り、最後には締めを四人で分ける。
千綴も最後の一口を飲み込み、箸を置いた。
「お腹いっぱい……」
綾乃が器を置いた。
「デザート入る?」
千綴が聞く。
綾乃が少し考える。
「入る」
「入るんだ」
「それは別」
環が言う。
「西園寺さんも食べるでしょ」
「食べる」
ホテルへ戻ると、ロビーには夜の照明が灯っていた。ガラスの向こうはもう暗く、夕方にヴァシリオスが見たという海も輪郭までは分からない。
「じゃあ、また明日」
環が言う。
「おやすみ」
綾乃が手を振る。
「またな」
ヴァシリオスも自分の部屋の方へ向かう。
千綴と綾乃は二人で部屋へ戻った。
順番に入浴を済ませる。
千綴が戻ると、綾乃はベッドの上で大きな荷物を開いていた。
「これ、朝にはもう出すんだよね」
綾乃が自分の荷物を見る。
「うん」
千綴も荷物を開き、明朝使うものを手前へ残して、今日買ったエコバッグを畳んでしまった。綾乃もステッカーの袋を自分の荷物へ入れる。
明日の朝には、この部屋を出る。千綴は手を止めて、窓の外を見た。海はもう暗く、遠くにいくつか灯りが見えるだけだった。
「明日も早いし、そろそろ寝よっか」
綾乃が言う。
「うん」
千綴はカーテンを閉めた。明日の夜には、もうこの部屋にはいない。