皇歴2018年。
極東にある植民地、エリア11で起きた蜂起事件『ブラックリベリオン』の動揺と影響も冷めやらぬ中、ある報せが神聖ブリタニア帝国を騒がせていた。
『現皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下の御落胤を発見。ナイトオブラウンズとして皇帝陛下に仕えていた少女がその御落胤であった』と。
そんな噂で騒ぐ“外界”を余所に、神聖ブリタニア帝国皇宮……
その中に噂の御落胤の姿があった。
長い金髪を下ろし、アメジストより輝く紫の両眼、美女という言葉では足りぬほど美しく整った容貌、それらを彩る白と真紅を基調としたドレスを身に纏った20前後の淑女。
彼女を前にし、周りの貴族たちは小さくその名を口にする。
「モニカ・クルシェフスキー卿……『ナイトオブトゥエルブ』として陛下の御身を守っていた彼女が御落胤であっただと……」
「しかも、母親は20年前に『イユニリストの乱』を起こした侯爵の娘という噂も聞こえております」
「なんと。では陛下のご意向次第では、皇族と認められるどころか……」
少女を前に、貴族たちは彼女の出生と母方が起こした反乱について囁き合う。
その近くでは第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアや第一皇女ギネヴィア・ド・ブリタニアをはじめとする皇族が立ち、囁きに加わらずとも貴族達と同様に戸惑いを含んだ視線を向けていた。
108人もの皇妃と、それ以上の嫡子を抱える現皇帝を父に持つ彼らにとって、腹違いの兄弟姉妹が増えるのは今に始まった事ではない。むしろ話を繋ぐためのジョークとして、今年は何人増えるかなどと言い交わすこともあるぐらいだ。
しかし、皇帝も認知していなかった落胤、それも反乱の首謀者を母方に持つというのは、建国以来ほとんど見ない例だった。
当然であろう。ブリタニアは至尊たる皇族の血を絶やさぬため、代々の皇帝に百以上の婦女子を妃に迎えさせ、高潔な血を引く皇子皇女を残させてきた。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアのように皇帝に見初められた平民が妃に上った例も少なからずある。
皇帝にとってみれば、密かに見知らぬ女人と通じる必要も、子の存在を隠す必要もないのである。相手が侯爵の娘とあればなおさら。
もっとも、皇帝に反逆を起こした者を親族に持つとなれば話は変わってくる。おそらく、時機を見て娘を皇帝に嫁がせ皇妃に仕立てる予定が頓挫し、反乱を起こさざるを得なくなったのだろう。
しかしならばなおのこと、皇族たちも目の前に現れた落胤を認めるわけにいかない。もし不用意に反逆者の娘と親しくし、皇帝に対して不忠や翻意を持っているなどと疑われたりしたら……。
そんな中、モニカも今まで感じた事もないほどの圧迫感と疎外感を覚えていた。
謁見の間に来た事は初めてではない。むしろ並みの貴族や帝都の外に居を構える皇族より多いほどだ。
しかしそれは皇帝の騎士として、彼の後ろか横に付いての事……一度だけ、『ナイトオブトゥエルブ』に拝命された時に謁見の間の只中に立ったことはあるが、ほとんどの列席者は好意的で、これほどの敵意を向けられたことはない。この場に味方がいるとすれば、皇族貴族はおろか、衛兵からも離れて壁に張り付いている“彼一人”だけだろう。
確かに“父”に認められたいと思い、このような日を夢見た事はあるが……。
貴族たちも、皇族たちも、モニカ本人さえも重苦しい雰囲気の中立ち尽くしている
「皇帝陛下――御入来!!」
奥から衛兵が広間中に響き渡るほどの声を発した瞬間、貴族達も皇族も口を閉ざし、姿勢を整えながら体を向ける。
それから三つ数えるほどの間を置いて、最奥の左に設けられた出入口から豪奢な服を着た巨漢の老人が姿を現した。
世界の三分の一を治める神聖ブリタニア帝国第99代唯一皇帝――『シャルル・ジ・ブリタニア』本人である。
さらにその後ろから、『ナイトオブワン』ビスマルク・ヴァルトシュタインと『ナイトオブスリー』ジノ・ヴァインベルグも続いてくる。
「…………」
玉座まで半ば程まで進んだところで、シャルルは感情の見えぬ表情で貴族たちを眺め下ろす。それを目にした瞬間、貴族と彼の子である皇族たちも畏れのあまり顔を下げる。
一方、シャルル皇帝は眼下に立つ“娘”に顔を向け、硬い顔で見返す彼女の姿を認めるや、顔を戻し、現皇族の紋章が刻まれた赤い玉座の前まで進み、重苦しい動作で腰を下ろした。
「皆、顔を上げよ……今日、皆に集まってもらったのは、ある者の紹介とその者が“新たな名”を得るかもしれん瞬間の立会をしてほしいからだ。いつまでも顔を下げられてはそれも叶わん」
主君に促され、貴族たちも皇族たちも恐る恐る頭を上げ、そして“ある者”に顔を向ける。
皇帝シャルルも自身と玉座に向けて真っすぐ自身の前に立つ“娘”を見下ろし、再び重々しい口ぶりで言葉を放った。
「“現ナイトオブトゥエルブ”、モニカ・クルシェフスキー卿……余の前まで来るがよい。余の元に届いた話が
「……御意」
震えかける喉から声を絞り出し、モニカもかつかつと甲高い靴音を立てて絨毯を踏み、まっすぐ皇帝の元まで進む。そして、玉座と眼下を隔てる3段の
「モニカ・クルシェフスキー、御前まで参りました。私如きに何の御用向きでしょうか?」
彼女の問いに皇帝シャルルは重苦しい動作で首をゆっくり縦に振り。
「クルシェフスキー卿……エリア11で起こった蜂起の鎮圧、見事であった。その働きを聞いた時は、其方をナイトオブトゥエルブに任じた事を誇りたくなる気分であったぞ」
「お褒めに
労いの言を聞き、モニカは定例句を返す。エリア11……“日本”での働きを労いだけか。考えてみればブリタニアの皇帝ともあろう方が隠し子の噂など、いちいち気に留めていられるはずがない。モニカはそう思い、安堵と落胆の混じった吐息を零しかける。
しかし、壇上から続きを発せられた瞬間、表情が強張るのを抑えられなかった。
「ただ、もう一つ……あの戦で組み伏せた敵に対し、其方が余の血を引く者――“皇帝シャルルの娘”と名乗った、という報せも耳に入ってきたのだ」
「――っ!」
最後の一言を聞いた瞬間、モニカの肩がびくりと跳ね上がる。
ブリタニア皇族、それも皇帝の御子を騙るなど、それだけで死も免れぬ大罪である。それが
竦むモニカとは裏腹にシャルルは眉一つ動かさず、静かな口ぶりで訊ねる。
「嘘や騙りは許さぬ。其方は本当に余の娘か……正直に申せ。返事次第で其方自身はもちろん、一族郎党の命までも召し上げねばならん……無論、其方の父母
最後の一言を聞いた瞬間、モニカは顔を上げる。そして“父”の顔を見た瞬間、自身が発するべき言葉を察した。
本当のことを言うべきだと。それ以外を“この方”は望んでいない。
「本当……でございます。陛下が情けをかけられた令嬢より生まれた子……それが私です」
「それはおかしな話だな。余は己が子を身籠った
それはモニカもよく知っている。重臣や皇妃たちの反対も跳ね除けて、平民だったマリアンヌを第5皇妃とし、彼女の子供二人にも皇位継承権を与えたと。
侯爵令嬢だった母なら、むしろ皇妃に加えた方が皇族にとって都合が良いはず。それが叶わなかった理由は――
「其方の父が本当に余ならば、其方の母は皇妃となり、其方自身も皇女として生まれ育っていたはず。そもそもクルシェフスキー家と縁を持った覚えは一度もない。其方の母は何者で、なぜクルシェフスキー家で育ったのか――嘘偽りなく答えよ!」
逃げ道を塞ぐようにシャルルは問いを重ねてくる。それに対し、モニカは観念したように答えた。
――せめて、お父様とお母様たちに塁が及びませんように。
「ナターリャ・ギンツブルグ……愚かしくも陛下に弓引いたギンツブルグ家の令嬢、ナターリャが私の実母に当たります。ギンツブルグ家が『イユニリストの乱』を起こす前、陛下よりお情けをいただき、私を身籠ったと聞きました」
勇気を振り絞り、かろうじてそう答えると、シャルルは機嫌を損ねるどころか、眉に寄せていた皺を緩め……
「ほう、ギンツブルグの令嬢か。確かにその者なら覚えがあるぞ。宴で出くわし、部屋で酒を飲み交わしながら一夜を共にした覚えがある……言われてみれば、其方にはあやつの面影がある気がするな。我ながら何故気付かなんだ」
顎に手を当て、モニカを見下ろしながらシャルルは心底意外そうに嘯く。
それに関しては養父母と侍女の指導で、可能な限り実母の面影が出ないようにしたからだ。シャルルに限らず、皇族や貴族の誰かが自身とギンツブルグ家の繋がりに気付いた時点で、モニカとクルシェフスキー家の命運は絶たれる。言葉通り。
「その後は陛下もご存じの通り、陛下より受けた恩も忘れ、我が祖父、ギンツブルグ家当主は『イユニリストの乱』を起こし、一族郎党処刑されました」
本当に何故反乱など起こしたのか。娘を陛下と近づけておきながら。
祖父への怒りを始めとする激情を堪え、可能な限り淡々とした口調で答える。
それを知ってか知らずか、シャルルも平然と首を縦に振る。
「左様。現皇族は正当な主家から王位を奪い取ったに過ぎず、“ブリタニア”を名乗る資格も帝国を統治する資格もなしなどとのたまい、刃を向けた者たちは、本人のみならず妻や子、孫はおろか従僕に至るまで処刑せねば示しがつかんでな――例え余が娘と孫だけでも助けてやりたいと思っていたとしてもだ」
本当に残念に思っているかのように、シャルルは静かに首を横に振る。それを見、モニカは眉を寄せる。
彼は本当に実母を助けたいと思っていたのか、それとも周りにいる貴族達や報道を通して知る臣民へのポーズとして『慈悲深い主君』を演じているだけなのか。
そんな疑問を持つモニカを前に、シャルルは「続きを」と促した。モニカは落胆しかけた事を悟られぬよう顔を落としながら話す。
「乱の鎮圧後、祖父をはじめとする首謀者が処刑される中、母は捕縛される寸前に私を産み、侍女を通して親交が厚かったクルシェフスキー家に託されることになりました。施設に出されるかある程度育ったところで小間使いにするつもりだったのかもしれませんが、伯爵夫妻は私が陛下の御子と知り、養子として育ててくださいました」
「成程。それなら説明がつくな。もう一つ聞こう。クルシェフスキーはギンツブルグが起こした乱に関わっておったか?」
その問いを聞いた瞬間、モニカは勢いよく顔を上げ、「いいえ!」と発する。
「
養父母と実家だけでも守ろうとモニカは必至に言い募る。それを前に――
「では、もし其方の実の祖父・ギンツブルグ侯と母・ナターリャが生きていたとして、あやつらの首を撥ねよと余が命じれば、其方はそれに従い、二人の首を余の前まで持ってくる事が出来るか?」
「出来ます! ご命令さえいただければ今すぐにでも!」
意地の悪ささえ伺える問いに、モニカは一瞬ほどの間も空けず答えを返す。
嘘ではない。もし本当に二人が生きていたとしても、自分を育てた
その答えと剣幕を前に、さしものシャルルも目を見張り、しばらくの間沈黙を挟む。
それからたっぷり二十秒ほど経ったところで、彼はふっと口角を上げ、笑みを浮かべた。
「今の父母と自身のためなら実の家族をも斬り伏せるか。気に入ったぞ!
皇帝ではなく、シャルル個人としての一人称と高笑いを聞き、モニカは目をしばたかせる。安堵と戸惑いが入り混じったような、なんとも言い難い感情が胸の内を駆け巡る。
そこでシャルルは笑いを止め、「だが」と続けた。
「皇族たるもの帝国を発展させるための務めを果たさねばならん。反逆者の親族を持っておるかなど関係ない。多くの皇子と皇女が要職につき職務を果たしているように、お前もまた帝国に繁栄を
「それが皇族の義務であるならば、必ずや果たしてまいります!」
臣下として、皇女として、迷いなく応えるモニカを見、シャルルは口を吊り上げる。
「良い心意気だ。では其方にこの前向かってもらったばかりのエリア11の総督に任ずる」
「エリア11の総督、ですか」
モニカは内心やはりと思いながら復唱する。それを見抜いたようにシャルルは頷きを返した。
「うむ。総督が立て続けに死んだり行方をくらましたせいで皆、二の足を踏むか推薦と言う形で誰かに押し付けようとするばかりでな。つい先日、ギネヴィアの案で皇族ではない者を向かわせる予定だったのだ。そうであったな?」
意地の悪い目を向けられ、皇族たちはばつが悪そうに顔を下げる。不甲斐ない子らにシャルルは苦笑を零しながらモニカに顔を戻し、告げた。
「その予定を変更し、お前に“忌み地”の統治を任せる。かの地を平定し、牙をむき出しにしたナンバーズどもを其方と帝国に従順な民に変えてみせよ。無論、サクラダイトをはじめとする資源の採掘もこれまで以上に進め、この本国に送ってもらわねばならん。それを果たせれば、お前がギンツブルグ家の出であることを蔑む者も、皇族であることに異を挟む者も出るまいよ」
「皆様と臣民、そして陛下に認められていただくためなら、必ずや!」
「よく言った。余から副総督や補佐を付けるつもりはない。必要なら其方の手で用立てよ。エリア11とナンバーズの扱いも任せる」
シャルルの言葉を聞き、勘のいい貴族が「えっ」と漏らしかけた。
言葉だけ聞けば、シャルルらしく厳しいように聞こえるが、実はその逆。目付け役を付けず、エリアの統治にも一切口を挟まないという、実績のない皇族に対して破格の条件に他ならないからだ。
「其方の言と忠誠を信じ、皇族として迎え入れるとしようではないか。冠をここへ」
シャルルが顔を向けながら命じた直後、「はっ」という声とともに小冠のはまったケースを持つ侍従が現れ、シャルルとモニカの間に立つ。
一度皇位継承権を手放し、皇帝の許しを得て復位を認められた者等は小冠の授与とともに再び皇位継承権と皇族の位を得る事が出来る。モニカもその儀式を経て皇族と認められるのだ。
本来なら皇帝御自ら冠を載せる儀式になっているのだが、彼は玉座に座ったまま――
「被ってみよ。自らの力でここまで至ったお前には、余や他の者の介助など必要ないはずだ」
父の意図を察し、モニカは立ち上がり小冠をこの手に持つ。
これを自らの手で頭に載せろと父は言っているのだ。第88皇位継承者として復位したマリーベル・メル・ブリタニアがそうしたように。
手にした小冠は刀剣より軽いはずだが、今のモニカにとって剣などより遥かに重いものに感じられる。皇族としての責の重さが冠に宿っているかのように。
モニカはたっぷり30秒ほどの間小冠を持ち、その場に立ち尽くす。シャルルも他の列席者も一言も発さず、それを見守るのみだった。
「――――っ」
モニカは大きく息を吐き、冠を上げ自らの頭に載せる。その瞬間、冠は重さを失い、すんなりとモニカの頭に収まった。
それとともに、シャルルは玉座から立ち上がり、広間中に響く声量で言い放った。
「此れをもって其方は正統なブリタニア皇族となった! シャルル・ジ・ブリタニアの名において、其方に『モニカ・ギ・ブリタニア』という名と第89位の皇位継承権を与える。今よりそう名乗るがよいっ!!」
シャルルが宣言した瞬間、オデュッセウスは心から妹が増えることを喜び、両手を打ち鳴らす。それに続いて他の皇族、貴族たちも手を打ち鳴らし、広間中に盛大な拍手が響き渡る。
皇女という立場に就いたことと小冠を載せているのもあってモニカは頭を下げることもできず、唖然と広間を見渡すしかできずにいた。
そんな“仮初の主”に向けて、群衆からぽつんと離れて立つ黒髪の男も皮肉げな笑みを浮かべながら両手を軽く叩く。
それを見て――
――他人事だと思って。
と“仮初の臣下”に向け心中で悪態をついた。
◇
『シャルル様、どうかあの子とクルシェフスキー家にはお慈悲を……モニカは……あの子は父が起こした謀反とは無関係です……』
木星を模した像が浮かぶ頭上から悲痛な女の叫びが聞こえてくる。
それを聞いてもシャルルは驚かず、むしろ納得したように二度ほど頷きを返した。
「分かっておる。ここではお前も父親も嘘など吐けぬし、あやつ自身はったりであそこまで言い切れる性格ではあるまい。ただ貴族どもの手前、パフォーマンスも必要でな」
シャルルは可笑しそうな笑みを浮かべながら、かつて交わった女に言い聞かせる。
今までは記憶から消えてしまっていたが、彼女を思い出した今、Cの世界から呼び寄せるのは容易い。
「エリア11に送るのも、あの子のためだ。未だあの乱を覚えておる者達がいる本国に比べれば危険は少なかろうし、気も休まるだろうて。今のあやつには箔が必要なのも事実ではある。もし万一のことがあっても“ラグナレクの接続”さえ成れば――」
「全ての生者も死者も一つになり、死んだ母親や祖父とも繋がれる。むしろあの娘にとってはその方が救いじゃないかな、シャルル」
後ろから呼ばれ、シャルルは“会話”を中断し後ろを振り返る。
彼より数段ほどの段差の下には、地面に付くほど長い金髪を垂らした少年が立っていた。
少年は段差を登り、シャルルの隣まで立つ。
子供と言えど、ブリタニアでは死罪も免れない無礼な言動と行為だが……。
「20年ぶりの逢瀬です。少しぐらい待っていただきたいものですな……兄さん」
孫ほど歳が離れている
少年――V.V.は無表情のまま“弟”を見上げ、返事を発した。
「嚮団を束ねる身だから僕も忙しくてね。それより、あの娘を皇女にして、エリア11なんかに送っていいのかい? もし神根島に手を出されたら『計画』に支障が出るかもしれないし、C.C.を捕まえるためならナナリーの方が利用できるんじゃ?」
「ナナリーはまだ
その一言にV.V.も首を縦に揺らす。
「それは否定できないかな。あんな男と契約した覚えはないから、多分C.C.がギアスを与えたんだろう。僕も予想外だよ――C.C.が作ったギアスユーザーが君たちにつくという展開は」
◇
「まさか君が父上の子供だったとはねえ。ほんとに驚いたよ」
モニカの皇族入りを祝う宴が始まってすぐ、オデュッセウスは親しげな口調で声をかけてくる。
反対に、モニカは硬い声を返した。
「黙っていて申し訳ありません。オデュッセウス殿下」
「いいよいいよ。君の事情を考えれば隠さざるを得なかったのも無理はない。だが、父上が認めた以上今日から晴れてモニカも僕たちの兄妹だ。殿下なんて堅苦しい呼び方でなく、遠慮なく兄上と呼んでくれ」
「はい……いつか慣れましたら」
モニカの返事にオデュッセウスは気を悪くした様子もなく笑い飛ばし、グラスを揺らしながら「じゃあまた」と告げ、近くの貴族に声をかける。
第一皇子という立場故に、継承争いとはほとんど無縁だったためか、噂通り過ぎるがつくほどおおらかな方だ。競争が激しい貴族社会においてあんな性格を保てるのは滅多にいない。実はかなりの大物かも。
心中でそんな感想を記した時に第5皇女カリーヌ・ネ・ブリタニアがやってきて、
「あたしはまだ認めてないんだからね! お父様に楯突いた家の娘があたしの姉なんて。まっ、エリアなんとかという反乱だらけの僻地を押し付けるにはぴったりだわ。せいぜいブリタニアのためにそこを平定してきてよね」
「はい。全力を尽くして参ります」
嫌味をかけたつもりが実直な返答を返され、カリーヌは面白くなさそうにこめかみを引くつかせながら立ち去る。本来はカリーヌのような反応が正しい。皇帝に認められたとはいえ、モニカの嫌疑が完全に晴れたわけではない。話をしにきてくれる分まだいい方だろう。
それを示すように、オデュッセウスとカリーヌが去った後は、クルシェフスキー家繋がりで付き合いのある貴族が短い挨拶に訪れるのみだった。
当然だ。皇女と言えど、謀反を起こした家の娘などと関わりを持つのは危険だ。エリア11の平定やテロリストの鎮圧など、何らかの功績を上げたら近づく貴族も出てくるかもしれないが。
かといって、今の状況でブリタニア人でない“彼”を傍に立たせる事も出来ない。
溜息を吐きたくなる気持ちを抑えながら、モニカはシャンパンに口を付ける。そこへ――
「少しよろしいでしょうか、モニカお姉様ですよね?」
遠慮がちな声とお姉様という呼称に、モニカは目を丸くしながらそちらに顔を向ける。
そこには高級製の車椅子に乗る栗色の髪の少女と、無言でそれを押す“元同僚”枢木スザクの姿があった。
「あなたは……枢木卿のお知り合いですか?」
「あっ、申し遅れました。私はナナリー・ヴィ・ブリタニア。一応、ブリタニアの皇族に入れていただいています」
「――失礼しました! 今までお姿を見たことがなかったものですから」
モニカは頭を下げながら謝罪を口にする。それに対し、ナナリーは笑みを浮かべながら首を振った。しかし、目の方は開こうとする様子はない。
それを見て、モニカの脳裏に“ある事件”とそれに巻き込まれたことで視覚と脚の自由を失った皇女の話がよぎった。まさか、この御方が……。
「いえ、この体のせいで行事や公務にはほとんど参加できずにいますから。ご存じなくても仕方ありません。それに硬くなさらないでください。今は同じ立場ですし、モニカお姉様の方が年上ですから」
「ありがとうございます……しかし、正直いまだに実感が沸かず……どうか今しばらくはこのままの口調でお許しください」
「そうですね……お姉様のお気持ちは分かります。私も1年前まで兄ともども平民として生活していましたから」
それはモニカも知っている。彼女と同じ母を持つ兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは9年前に日本に“留学生”として送られ、戦争に巻き込まれて亡くなり、皇族から外されていたからだ。
しかし、ナナリーの方はブラックリベリオンからしばらくして、現地で発見され、再び皇族に加えられた……と聞いている。
「本当はこの宴にも呼ばれていなかったんですが、お姉様がエリア11に行くと聞いて、スザクさんに無理を言って連れてきてもらいました」
「はい。皇族の務めとして、あの地の平定と反乱の鎮圧を任じられました。ルルーシュ様の安否の確認も取りたいところですが、そのような時間が取れるかは――」
「い、いえ、違います! 兄のことは気にかかりますが、お姉様に無理を言うつもりはありません」
首を振るナナリーを見、モニカは首を傾げたくなった。エリア11絡みで兄以外のことで自分に頼みたいことなどあるのだろうか?
「ナナリー――皇女殿下、やはりあの案は」
堪りかねたように、スザクは後ろから声をかけてくる。しかし、ナナリーは笑みを消して。
「いえ、せめて話だけでも聞いてください。モニカお姉様は存じですか? ユーフェミア姉様が考え、実現しようとした『行政特区日本』を」
その名を聞いた瞬間、モニカも、後ろで聞いていた彼女の騎士も大きく目を見張った。
続きがありそうなところで切りましたが、次の話はありません。
この話は1話完結です。