【前回のおまけ】
いろはの調整を受けたエーコ
エーコ「うおぉ!凄い!このメガネから溢れ出る光は一体!?」
いろは「え、なにそれ知らん怖…」
我は環いろは。魔女を殲滅して街の調停を保つ者ナリ。
魔法少女となって早半年。周囲の魔法少女もそれなりに育ってきて、余裕が出てきた私は久しく遠出をしている。
というのも、明日は私にとってとてもとてーも、大事な日なのだ!
そう、世界で1番可愛い目に入れても痛いどころか全身を癒してくるであろうユニバース的存在、我が愛しのマイシスターがいよいよ明日退院するのだからなぁ!!
うぅ、あたしゃ嬉しいよ。
産まれた頃から入退院を繰り返して貴重な幼少期を不自由な世界で過ごしてきたあの子がいよいよ自由の世界へ飛び立つ…。ついに長年空白だった私の部屋の半分がその機能を果たす時が来たのよ!
そんなわけで私は妹が入院している神浜総合病院こと、里見メディカルセンターにまで足を運んでいるというわけなのだ。
やることはいつも通り。魔女狩りです。何回か来たからわかるけどここ神浜は他よりも魔女が多い。明日の帰宅途中に万が一があってはいけない。とてもいけない。
なので神浜の魔法少女には大変申し訳ないが、あらかじめ周囲の魔女をキレイキレイしておかないといけないわけだ。まぁ除草作業みたいなもんである。
正直今すぐにでもあの子に会いたい気持ちがバーニングだけど、今日はこの待受で我慢しよう。
あー可愛いよぉー。もうおねーちゃんメロメロだよー。えへへへへへへ。
全国最カワ妹選手権があるならぶっちぎりで一位になるよー。てか一位にするよー。
そんな可愛い顔を見せられたら私の魔女退治がもっと捗っちゃう〜!
ムッ、魔女発見。
あ、待てい!ここをどこだと心得ている!私の愛しい愛しいマイシスターが入院している病院だぞ!このスマホに映るご尊顔が目に入らぬかぁ!
何ぃ、目が無いだってぇ?なら私が作ってあげるね!オラァ!
マジョ『⬛︎⬛︎⬛︎ーーッ』(アイエエーッ!?)
おやおや苦しそうですね。
しかし私の妹に手を出しかねない存在は始末しなければならないのでな。心静かに死ねぇい!
ふーやっぱり神浜の魔女は手応えあるね。
数も質もあるとか完璧なのでは…?あーあ、私も神浜生まれがよかったにゃー。でもそうだったらエーコちゃんとビイコちゃんに会えてなかったし、やっぱ今のままでいーや。人の出会いも運命。
おっと、噂をすればまた。
とりあえず明日1日はこの辺りに近づけないくらいに刈り取っておこう。魔女共に生前の死の恐怖を思い出させてくれる…!
キエエーッ!てめぇの血は何色じゃー!!
ー
ふー狩った狩った。
30くらいは殺ったんじゃないかな?ほらグリーフシードがこんなに!大漁大漁!
さて、用が済んだしとっととトンズラしますか。
神浜の魔法少女はナワバリ意識が高い。前回見つかった時は結構しつこく追いかけられた。ヤバかったなーあの青いねーちゃん。危うく串刺しにされるところだった。ヤクザかよ。
今回来なかったのはラッキーだったかな?まぁ最近変身中でも魔力を隠して魔女をムッコロス練習をしてるのでそれが功を成したのかもしれない。
しかしあんな調子で魔法少女生活をしているとなると、神浜の中でのテリトリー問題も大変めんどくさそうだ。
この前も言ったけど、兎に角魔法少女は同士討ちが激しい。
年頃なこともあって色々とお盛んな時期の子供に魔法少女パワーなんてもんを与えたらもう大変なことになるなんて目に見えている。
そうして未熟な心から起こる失敗やら後悔やらが重なって、絶望して魔女になると。
思春期に致命的な失敗を起こさない子供などいない。キュゥべえはそんな心の成長期を利用してエネルギーを回収しているわけだ。つくづく合理的なシステムである。
はーマジで唐突にあいつらの本体いる星に魔人ブウとか来て全てを終わらせてくれないかなー。
「やぁいろは。神浜にまで来て魔女退治なんて精が出るね」
あーこんなところにすごく蹴りやすそうなサイズのゴキブリがぁ!!!
「おっと。急に蹴りにかかってくるのはやめてくれないかな」
あらごめんあそばせ、汚すぎて捨てられた衣服かと勘違いしてしまいましたわ。ほら、リサイクルエリアはあちらですわよ。
「全く、相変わらず君は僕の扱いが荒いね。それよりも丁度良いところに来てくれたよ。君に少し頼みがあってね」
こいつの頼みとか絶対碌なもんじゃない。
というか契約した時もそんな感じのこと言われて魔女結界に誘導されたし!あの時の恨みは忘れてないからなバーカ!
ほらとっととおうちに帰りなさい!そしてこの星からも帰りなさい!
「今回は違うさ。君の魔法が必要なんだよ。助けを求めている子がいる」
前科あるから信用できん。
つーか頼むならなんか頂戴。ほらグリーフシードの山とかさ!その背中の穴にたんまり溜め込んでんだろ!ほら飛べ飛べ!
「僕から渡せるものは無いよ。それは君がこれから助ける子たちに要求すれば良い」
いたいけな少女たちから金目のものを獲れる訳ないでしょうが!学生のひもじさを舐めるな!お前ロリコンの癖に幼女のことなんにもわかってないよね!!
「わけがわからないよ」
チッ、しゃーなしで今回はサービスでやってやるわい。
ちょっと遠くに魔法少女の魔力反応が二つある。一緒にいろはちゃんイヤーが泣き声みたいなのも拾ったし、その子たちで間違いないはずだ。
ちくしょう、何が悲しくてこんな奴の使いっ走りなぞ…!
本当お前は面倒ごとばっかり持ってくるよね。えいっ。
「尻尾を蹴りながら歩くのはやめてくれないかい?」
そんな感じに少し歩いた先に2人…いや3人の人影が見えた。
残ってる魔女の残穢と、3人の身体中についてる擦り傷から激闘の後が見える。うわ絶対強い魔女だったでしょこれ。この前ゾンビ戦法で倒したやつと同じくらいかも。
あ、別個体のキュゥべえがお仲間の1人に締め上げられてる。いいぞもっとやれ。
「キュゥべえ貴女…!どうしてそのことを黙っていたの!!」
「聞かれなかったからね。でも君たちは魂が外側にあるおかげで、快適に戦える体になっている。それは魔女を狩る上で都合の良い事実──、」
「黙りなさいッ!」
キュゥべえはどこからともなく飛んできた複数の槍に貫かれて無い中身をぶちまけた。やったぜ。
「全く、君たちは真実を知るといつもそうだね。起きてしまったことに対して僕に当たったところで、現実が変わるわけがないじゃないか」
「…ッ」
私のそばにいたキュゥべえが壊れた個体の代わりに出てくる。私が蹴ったりいじったりしてたせいで、ちょっと尻尾が不格好だ。うぷぷ、だっさ。
キュゥべえことインキュベータは個にして総だ。あの可愛らしいボデーはか弱い女の子を騙すための端末兼擬似餌に過ぎない。なんぼ壊しても無限湧きしてくるのだ。やっぱゴキブリだろコイツ。
「だけど終わったと決めつけるのは早いんじゃないかな。まだ可能性はあるよ」
「どういうことですか…?」
座り込んでたケモ耳みたいな髪型の女の子が問うてくる。かわいいあれ。ぴこぴこしたい。
「言葉通りの意味さ。詳しいことは彼女に──ぎゅぷい」
てか話長い。こっちは早く帰って明日の退院祝いの英気を養わなければならんのだぞ。おめーの人の心理解してないムーヴから繰り出される無意味な質疑応答は時間のかさ増しにしかならん!
というわけでてめーはここで退場!
今の私は調整によって体の一部だけ魔法少女に節約変身できるようになっている!
これにより腕だけ変身!ここ最近全く使っていないクロスボウにキュゥべえをセット!
そして天空向かってシューッ!超☆エキサイティング!
わけがわからないよ。とかふざけたこと抜かしながら桃色の奔流と共にキュゥべえは姿を消した。2度と戻ってくんなよー。
「貴女はあの時の…」
ぷるぷる、私悪い魔法少女じゃ無いよ…って、ゲェーッ!!この特徴的な青!この人この前鬼の形相で追いかけてきたヤベーヤクザじゃん!
ちくしょう、どっかで見たことある槍だなーとか呑気なこと考えてるんじゃなかった!こんな形で再会しちまうなんて!このままでは私もあのロリコンと同じ末路を辿る羽目になる!
か、かくなる上は……!
「…何をやっているの?」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「……私は熊じゃないわよ。ほらふざけてないで起きなさい」
アッ、ヤメテ!槍で突っつかないで!いろはちゃんボデーに傷がついちゃう!
クソッ、やっぱり都会のヤクザは知恵が回る!私のソウルジェム切断マジックを見抜いてくるなんて!
「それで、何の用かしら。…こっちは色々立て込んでて今貴女の相手をしてる暇は無いのよ」
いやごめんて。
ほ、ほらお詫びに相談とか乗っちゃうよ〜。私回復魔法とか使えるし!どうにかできるかも!
「…無理よ」
「うぅ…、かなえさん…」
ブルーゴリラは以前エンカウントした時の荒々しさが見る影も無いほどに気落ちしている。もう1人の子は泣き出しちゃうし。
ほ、ほーら、泣かないで!おねーさんに話してごらーん。みたいな感じであやしてたらツノみたいな髪型の子がぽつりと話し始めた。
どうやら3人で魔女を相手してる途中、苦戦してる状況を打開するためにチームメイトの1人が特攻。魔女は倒せたけどその子はジェムが砕けて死んでしまったのだ。
つまりそこでぐったりしてる子はガチのしかばねらしい。
…あれ、さっきの私相当不謹慎だったのでは?
つーかあのロリコン何考えてんの!?ソウルジェムが粉砕されてたら流石に無理なんですけど!!手遅れじゃん!!道理で倒れてる子から何の気配も感じないわけだよ!!
クソ早まった!飛ばすんじゃなくてそこらに縫い付けておけばよかった!文句言えねーじゃん!
「うあぁぁ…!」
「かなえ…」
ぐぐぐ…!ああもう泣かないで!
わかった!私がどうにかできるよう頑張るから!だから泣き止んで!
「どうにかって…」
ほらどいてどいて!
えーっと、ソウルジェムは…あった。わーお、見事に木っ端微塵すね。これが魔法少女のありふれた結末の一つなんて笑えない話ですよほんと。
…うーん、まぁ成功確率は半々って感じかな。
あとは祈るしかねぇ!ペンドラーペンドラー。神様仏様まど神様〜!オラに元気分けてくれぇ!
「ちょっと貴女何を…!」
せいっ!と気合を入れると私の手から濃い桃色の魔力が出てきた。
普段使う魔力と違って、炎のようなそれは砕けたソウルジェムをゆっくりと包んでいく。
これが私の固有魔法。名前をつけるなら「生命回復」とかになるのかな?
まぁ名前の通りである。私の魔法は肉体じゃなくて魂を回復させる。使えば怪我や病気が治るのはもちろん、寿命だって延ばせるし、おまけに魔女にぶち込めばプリキュアの浄化技よろしくな大ダメージまで与えられる超便利な魔法だ。
…まぁあんまりコスパ良くないけど。
兎も角、本題はそこではない。
この魔法には魂の気配を機敏に感じ取れるようになるという副産物がある。強く魂に干渉できる能力だから、それを感じ取る力も自然と身についたのだろう。多分。
これのおかげで大変魔女狩りがやりやすくなった背景があったりなかったりするけど、今は置いておこう。
やることを端的に言おう。この子の魔力の残穢を集めて、それを呼水にあの世から魂を引き摺り下ろして復活させる!
何言うとんてんコイツとか思うかもしれないが、私は大真面目である。
曲がりなりにも死後の世界を経験してきた私なら、あの世から魂を手繰り寄せるくらいできる…はず!
………や、ヤバい急に不安になってきた。よくよく考えなくても私ごときの素質で死者の魂に干渉とか無理くない?というかソウルジェムって砕けたら魂ってあの世じゃなくて文字通りの消滅になるんじゃ…、
いややるったらやる!
私は一回そうだって決めたらノンストップ!脇目なんて振らずに一直線なんだから!!ちぇやー!
「…!!これって…!」
「かなえさんの魔力…!」
よし、魔力が集まった!
あとはこれと同じ魔力の持ち主をあの世から探すだけ!
こちとら一度死んだ身!死んだら魂がどこにいくのかはわかってる!その場所をイメージするのだ!
いつも魔力を感知してる要領でこう、空から探す感じでやったら…、
…………………え、嘘。本当にあったんだけど。
…確保ーッ!!
オラ逃げんな!てめーのお友達が待ってるんだよ!え、誰君ら。まさか死神!?あの世警察的なアレか!ええい邪魔じゃ邪魔!くらえいろはちゃんスペシャルキーック!死神爆発!ヨシッ!
って、コラどさくさに紛れて逃げようとするな!うおぉ!喰らえぃ今考えたいろはちゃん秘伝、魔法少女封波!電子ジャー…じゃなくて空のソウルジェムに魂をシューッ!!うわ眩しっ!
「きゃあ!?」
「光が…!」
……で、できた?できたよね?てかできてくださいお願いします。
「………ぅ」
「かなえ!?」
「かなえさんっ!!」
「あれ、あたし…」
瞳孔開いてる、心臓動いてる、魂輝いてる!
ッシャァ!!成功じゃオラァ!!やっぱ気合よ!気合があれば何でもできるのよ!
なんか本人は幽霊免許やらピンクの悪魔がなんやら言ってるけどまぁ幻覚でも見てたんでしょ!ふふーん、どうよ。まどマギ世界で砕けたジェムの復活という偉業を成した私を讃えても良いんだよー?
「流石だねいろは。やはり君の魔法はとても興味深い」
うわ帰ってきたよコイツ。
お前に讃えられても全然嬉しくないので帰れ。てかお前最初からこれが目的だったでしょ。実験台にしやがってからに。
「君の魔法には未知の部分が多いからね。いや魔法だけじゃない、君という存在自体が未知の塊のような物なんだ」
あっそ。
なんでか知らないけどコイツは私に対して大層興味があるご様子なのだ。今回みたいに事あるごとに面倒ごとをふっかけてくる。毎回割食う私の身にもなれ。
ほらどっか行け。今感動の再会中なの。お前いると水差しかねないんだから。
「そう言ってまた僕をクロスボウにセットするのはやめてくれないk」
たまや!!
ふぅ。邪悪は去ったな、よし!
「…あの」
ん、どしたの?というかもう動いて大丈夫?一応可能な限りの調整はしといたけど。
「いや…うん…」
そっかそっか、なら良かった。何分魂の復活とか初めてだからどこかしら不調だったりしてないか心配だったんだよね。
「ああ……だから、その…」
むっ、やけに歯切れが悪い。まぁ一回死んだんだし無理もない。おー怖かったねー。よしよし。
「ちょ、ちょっと、撫でるのは…!」
大丈夫だよー、いろはお姉ちゃんがいるからねー。
「………ん」
「かなえ、言うことがあるんじゃなかったの」
「…あ、うん。その…、ありがとう。助かった」
「ワタシからもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
「ええ。貴女のおかげでかなえは戻ってきた…、感謝してもしきれないわ」
いいのよー、子供は救われてナンボの存在だからね!手が届くならおねえちゃんいくらでも頑張っちゃうよ!
しかしそれにしても驚いた。
私の魔法がまさか壊れたソウルジェムまで元通りにできるとは。これはまだまだ私の魔法も研究のしがいがあるかもしれない。ぐふふふふ、この魔法を極めればきっと私がこの世界で死ぬ可能性はグッと低くなる!テンション上がってきた!
この後この3人と連絡先やら交換してお友達になった。うち2人は魔法少女を3年以上続けているベテランなので大変頼りになるだろう。
街が違うので容易な交流はできないけど、相談相手にはなってくれそうだ。
あとついでにテリトリーの魔女を無断で大量惨殺したことについてはこってり絞られた。
ひぃん、ごめんなさいってばぁ…。妹の祝福すべき門出のために仕方なかったんよぉ…。
●●●
曇天。アスファルトに雨が打ち付けられている。
雨の中少女は帰路についていた。黒の傘をさして背負った鞄とギターケースの慣れた重さを感じながら、水が張った地面を踏み締めて歩いていく。
少し歩くと、住宅に挟まれている大きな邸宅が見えた。少女は門を開けるとそのまま換気扇の下にある合鍵を取り、玄関の扉を開けて中へと入る。
雨音が鈍く響く中、靴を脱いでリビングの扉を開く。
リビングには誰もいなかった。今日は皆、それぞれが用事でここを出ている。帰ってくるのは夕方あたりになるだろう。
コーヒーでも飲もうかと肩に背負っていたカバンとギターケースを置いて、キッチンへと向かう。
棚にあったマグカップとインスタントコーヒーの瓶を取り、中身をスプーンで二、三杯マグカップに入れた。
沸き上がったお湯をマグカップに注ぎ、スプーンで混ぜ、ミルクを一つ入れる。
そのままカップを持ってリビングのソファーに座り、机にコースターを置いた。
そうして少女、雪野かなえはコーヒーを口に含みながらぼんやりと窓から見える雨模様を眺める。
「……」
──神浜は広大な土地故に魔法少女間では三つのテリトリーに分かれている。
西側、中央、東側。
七海やちよ率いるここみかずき壮のメンバーはこの内の西側を統括する魔法少女チームだ。
6年を超える経歴のベテラン2人がいるこのグループは、他の魔法少女からの人望も厚く、地域全体で見ても安定していると言えた。
西側の魔法少女たちは言う。みかずき壮の人たちがいれば安全だと。七海やちよたちは西のリーダーとして理想的な管轄を行えていた。
かなえもまたこのチームの一員。
かなえが入った時は自分含めて3人しかいなかったこのチームも今では7人を超える大所帯。特別仲違いが起こることもなく、安定して魔女を狩れるこのチームは側から見ればとても充実していると感じるだろう。
「……」
しかし最近のみかずき壮はそうではない。
別に誰かが仲違いしたとかチーム内で争いがあったとか、そういうわけではない。だがある意味でそれ以上に深刻なことがここ最近起きた。
「……メル」
仲間の1人が死んだ。
ただ死んだのではない。魔女になって死んだ。
魔法少女はソウルジェムが穢れに染まりきると、命は呪い…つまりはグリーフシードへと変貌し魔女となる。そうして同じチームのメンバーであり、かなえにとっての後輩である安名メルは呪いと成り果てて死んだ。
魔法少女を続けて四年。かなえはこの事実をその時初めて知った。いやかなえだけではない、あの場にいたチーム全員が魔法少女は魔女になるという最悪の末路を知ったのだ。
メルの葬式を済ませた後もチームの士気は一向に上がらなかった。
当然だ。あんな事実を知ってまともでいられる方がおかしい。かなえもここ最近はサークルのバンドの練習にも力が入らない。
メルが死んでから1週間が経とうとしている。
かろうじて魔女を相手できる程度にはなったが、結局魔女になってしまう現実も、彼女の死を受け入れることもできず、気まずい空気が未だにチームの中を漂っている状態だった。
「……クソッ」
メルは良い後輩だった。
タロットカードがトレードマークの占いが好きな女の子。
他人から敬遠されがちなかなえにも明るく接してくれたし、ギターもよく聴いてくれた。魔法少女としても頼りになる奴だった。「今日はラッキーデイです!」なんて言いながらこのリビングを駆け回っていた姿が昨日のことのように思い出せる。
(アイツが、あんな末路を辿って良いはずが無い…!)
キュゥべえは言った。魔女となった魔法少女を戻す方法は無いと。
しかし何か、何かあるはずだ。未だメルに対する未練を断ち切れていないかなえは必死に考えを巡らせる。そうして出てきた顔は──、
「ただいま帰りました。…あれ、かなえさん。リビングにいたんですね」
「全く、いるなら電気くらいつけなさい」
「…ごめん」
電気をつけて部屋に入ってきたのは七海やちよと梓みふゆの2人だ。
6年以上魔法少女を続けているベテラン。そしてかなえにとって最も付き合いの長い2人となる。
やちよは手に下げた買い物袋をキッチンへと置いて、中身を冷蔵庫の中へとしまっていく。
「…コーヒー淹れようか?」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
「ワタシもお願いします」
席を立って2人のいつも使っているマグカップを取り出す。棚の扉を閉めようとする最中、隣にある緑の柄が描かれたカップが目に入り、一瞬手が止まる。
「……」
普段通りコーヒーの粉を入れて、お湯を注ぐ。少し置いた後、みふゆのコーヒーにミルクと砂糖を一袋入れて2人の前に置いた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
2人はコーヒーを飲んで一息つく。
そこからはなんてことのない世間話が広がった。やれ後輩の働く店は相変わらずだの、モデルの仕事が立て込んできただの、みふゆの受験が不味そうだの。雨がやまない中、他愛のない話で時間を埋めていく。
かなえにはわかった。2人がこの空気の中で無理をしていることに。年長者としてどうにかメルの死を乗り越えようと必死に自分を繕っていることを。
そうしてカップが空になり舌も乾いてきた頃、かなえは先ほどから考えていることについて話を切り出した。
「なぁ、メル…のことなんだが…」
「……」
「…かなえ、それは…」
露骨に2人の空気が沈む。
触れたくない話題なのだろう。当然だ、かなえだってメルの話はできるならしたくない。だがここで退くことはできなかった。
「違う、違うんだ。…あたし、魔女になったメルをどうにかしたいって思ってる。どうにか、人に戻せるようにしてやりたいって…」
「……」
2人にもそれは痛いほどわかる。だが無理なのだ。今まで戦ってきた魔女がそうだったように、メルの魔女は呪いだけを振り撒く存在となっている。救うには倒す他ない。
だがかなえの想いは違った。
かなえはまだメルの死を受け入れてられていない。火葬場で燃えカス同然となった彼女を見てもなお、彼女の生を求めずにはいられなかった。
それはかなえの中でまだ可能性の光が消えていないからだ。
かなえは知っている。
自分が死に瀕した時、死という普遍の事実を捻じ曲げ、確かな奇跡を起こし、救ってくれた存在がいたことを。
「あの子を…いろはをもう一度探さないか?あの子の魔法ならもしかしたらどうにかできるかもしれない」
「いろは…」
「いろはさん…ですか…」
今から3年前、かなえは一度死んだ。その魂の具現たるソウルジェムを砕かれて。
しかし生き返った。環いろはという1人の魔法少女の手によって。
その時のことは未だにはっきりと覚えている。冷たい何も感じない世界から確かな温もりと共に現実へと引き上げられたあの感覚を。
目が覚めて1番に見えた慈愛に満ちたあの顔、そして彼女に優しく抱きつかれて感じた確かな安心と温もりを。
一度奇跡を起こした彼女ならば、もしかすれば魔女となったメルもどうにかできるかもしれない。
「…2年くらい前から連絡がつかなくなってるけど、キュゥべえは死んだわけじゃないって言っていた。もう一度宝崎市の周辺を調べたらあの子もひょっこり出てきて──、」
「待ってかなえ」
ピシャリとやちよがかなえの言葉を遮る。その顔にあるのはひたすらに困惑の色。
「──貴女、さっきから誰の話をしているの?」
「………は?」
思考が止まる。
かなえはやちよが何を言っているのかが理解できなかった。
知らない?そんなはずはない。やちよはかなえが生き返ったあの時あの場にいた。それだけじゃない、それからしばらく交流もあったはずだ。なんなら数ヶ月前に彼女の話題で話した覚えすらある。
かなえの心は混乱に蝕まれていく。
「みふゆ、貴女知ってるかしら」
「いえ…、ワタシも知りませんね」
「……おい、冗談でも笑えないぞ…!」
命の恩人を忘れたなどと宣う2人にかなえは怒りを溜めていく。
忘れたのなら思い出すような証拠を出すしかない。かなえのスマホにはいろはの連絡先がある。他にも何枚かやちよたち4人と一緒に撮った写真もあったはずだ。
荒っぽくポケットのスマホを取り出して写真を2人に見せつけようとする。
「……な、んで」
写真には3人しか写っていなかった。
そこにいるはずの空間には誰もおらず、ただ空白があるだけ。慌てて連絡先を確認したが、それも最初からなかったかのように一覧にその姿はなかった。
かなえは血の気が引く感覚に襲われる。手汗が滲み出て、スマホを持つ手が震える。
「ちょっとかなえ大丈夫?顔色が悪いわよ」
「かなえさん、体調が良くないなら無理は…」
うそだ、うそだうそだうそだ。
そんなはずはない。確かにいた。そこにいた、いたはずなのだ。写真に至っては一月ほど前に確かに一緒に写っていたのを確認した。なのになんで。どうして。
かなえの中で混乱がぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。
「…なぁ、2人とも。本当に…覚えてないのか…?」
それは縋るような声だった。
少なくとも他人などではなかったはずだ。思い出や苦労話を語り合えるような仲だったはずだ。いろはと話して、2人は笑顔を見せていたはずだ。
「……ごめんさいかなえ、私は貴女が何を言っているのかがわからないわ」
そう言うやちよの顔は本当に申し訳なさそうで、同時にこちらに対する心配に染まっていて。──それが嘘なんて無い本気の感情だと理解できてしまって。
「──クソォッ!!」
「えっ!?かなえさん!?」
「かなえ!待ちなさい!!」
かなえはもう訳もわからず感情の赴くままに玄関を飛び出した。
雨に打たれることも気に留めず、街の中を走り抜ける。その頭の中にあるのは消えた彼女のことばかりだった。
いろはが消えた。理由はわからない。
だが消えた。最初からそこに存在していないかのように。綺麗さっぱりと。
(何でだ…なんでなんだ…!)
無我夢中で住宅を抜けて路地裏に入り、ひたすらに道から道を駆けていく。
今はもう何も考えたくなかった。ただひたすらに走って走って。この現実を振り切りたかった。
どれくらい走っただろうか。
少なくともみかずき壮は遥か遠くだろう。もしかすれば西側を超えて東のテリトリーに入ったかもしれない。
東には十七夜がいる。魔法少女に契約したての頃に痛い目に遭わされた記憶が思い出されるが、今はもうそんなことはどうでも良かった。
「……」
息を切らしながら空を見上げる。雨が顔面を打ち付けて、視界を遮る。
わかっていた。自分が無駄な抵抗をしていることくらい。
メルは死んだ。2人はその事実を何とか飲み込んで受け入れようとしている中で、自分だけが駄々をこねる子供のように未練がましくいなくなった人間に縋っている。
(…でも諦めだって悪くなるだろ。あんなのを知ってたらさ)
なまじ奇跡を知っている分、それを簡単に受け入れることがかなえにはできなかった。
その時、全身に突き抜けるような感覚が走った。どろりとした粘り気のあるものをかなえの魂が捉える。
この気配は魔女だ。それも唯の魔女ではない。かなえにとってあまりに感じ慣れたそれは、彼女の中で嫌な予感を巡らせる。
急速に気配が接近する。それを肌で感じられるようになったその瞬間、呪いが世界を塗り替えた。
かなえの目の前に現れたのはタロットカードが散らばる中で鎮座する緑の異形。異形は新しい客が来たと、その身をうねらせながら色めき立っている。
シャカシャカと異形から伸びる触手がカードをかき混ぜ、翳すように広げていく。
「…………メ、ル」
ぺらりと、死神の逆位置がかなえの前に突き出された。
ー
「……………」
換気扇にもたれかかるようにかなえは倒れていた。
意識はある。だが動くことはできない。全身の擦り傷と消耗した魔力が動くだけの力を奪っている。しかし仮に動けたとしても、そんな気には到底なれなかっただろう。
かなえはメルの魔女を倒すことができなかった。
敵わなかったわけではない。むしろ普段ならば彼女1人でも倒せるレベルだっただろう。
しかしどうしても無理だった。たとえ魔女と成り果てようともメルは大切な後輩。武器を振るうたびに彼女の顔が脳裏を過ぎる今の状態で、まともに戦えるはずがなかった。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
重ねられた精神的ショックと、先ほどの消耗でかなえのソウルジェムは黒に染まりかけている。手持ちのグリーフシードも無い。
かなえは朦朧とした意識の中、自分の最期を悟る。
(ごめん。やちよ、みふゆ……いろは。折角生き返ったのに、あたし…)
その時、かなえの目の前にひらりと何かが落ちてきた。
おそらくはチラシ…のようなもの。朦朧とした視界でははっきりとそれを確認することもできない。
しかし、それを感じ取った瞬間かなえの意識は一気に覚醒する。
「い、ろは…!?」
忘れるわけがない。あの魔力だ。
目の前に落ちてきたそれには確かにあの温もりが感じられた。体の重さなど忘れて、慌てて足元にある紙を掴み取る。
紙には宗教画のような植物や動物の模様が描かれていて、紙面全体を埋めるほどの大きさで、この一文字が書いてあった。
オルビスからの救済状
その他一切のことは書いていない。ただ救済状とだけ書かれているだけの紙。
しかし紙の内容などどうでも良かった。このチラシから感じられる優しい魔力。こうして紙を手に取っているだけでも身も心も楽になるこの感覚。彼女のもので間違いなかった。
(いろは…!)
足に力を入れ、換気扇を支えに立ち上がる。
先ほどまで動くことすらままならなかった体は、ぎこちないがしかし確かにその足で歩みをとれる程にまでに活力が戻っていた。
不思議なことにこの紙を手にしているとどこへ向かえば良いのかが自然と理解できた。
かなえはまるで何かに導かれるように路地裏の奥へ奥へと歩んでいき、そしてそれを見つける。
扉だ。路地裏のどん詰まりにある周囲の排気口やパイプが重なった無骨な風景とはあまりに不釣り合いな、美麗な装飾が施された扉。
何かはわからない。もしかすれば魔女の結界かもしれない。他の魔法少女が仕掛けた罠かもしれない。だが今の彼女にとってそんなリスクはどうでも良かった。
その扉に触れようと手を伸ばした瞬間、手に持っていたチラシが強く震え、弾かれるように手から離れた。
目の前に舞ったチラシは折り畳まれ、光と共に一つの塊へと変化する。
「…鍵?」
それは鍵だった。可愛らしい装飾が施された美しい銀の鍵。光が収まると同時に鍵はかなえの手に収まった。
扉には目立つ鍵穴が1つある。あそこに差し込めということだう。
「……」
ゆっくりと鍵穴に鍵を通す。
(…この先に、いろはが──!)
それは予感だった。強い予感。
今まで求めていたものに出会える予感。かなえは決心したかのように強い眼差しで鍵を回した。
──死神の逆位置。それが示すは再生と運命。
その日を境に雪野かなえは神浜市から姿を消し、失踪することとなる。
マギウスの翼が神浜に現れる1年前の出来事だった。
環いろは(偽):固有魔法は蘇生。純粋な生のエネルギーを生み出す魔法。生物に注ぐことで対象のあらゆる機能をプラスに加速させることができる。死後さほど時間が経っていなければ、魔力の残穢を元に魂を呼び戻すことで文字通りの蘇生が可能。性質上穢れに大変効果があり、本人はこの特攻効果を使って日頃からサクサク魔女を倒している。
雪野かなえ:死の運命を超克させられた人。その分未来で色々と苦労する羽目になる。これも全部環いろはってやつの仕業なんだ…。
七海やちよ:ヤクザ。いろはちゃんとの初対面でアブソリュートレインをお見舞いした。
梓みふゆ:あの髪型は実は第二の耳なのではという説がいろはちゃんの中で濃厚。