タグはよくわかんないのですけど。多分大丈夫かしらね?
ニッチすぎるかもしれんですが。ミル姉さん。気になる方は是非検索をしてほしい。
重厚な樫の扉が開き、カツン、カツンとヒールの音が生徒会室に響き渡る。
トレセン学園の絶対的象徴たる生徒会長、シンボリルドルフは、腕を組みながら新任トレーナーの到着を待ち構えていた。しかし、現れたその姿に、皇帝の威厳に満ちた表情がわずかに強張る。
タイト()な白黒のホルスタイン柄ドレス。頭には牛の耳と小さな角。そして、ロックグラスに注がれた真っ白なミルクを、まるで極上のバーボンかのように揺らしている、ひどく色気を漂わせた大人の女。
「あなたが、噂の生徒会長さん?」
「……いかにも。私がシンボリルドルフだ。そして君が、本日付けで着任したという……」
「ふふっ。そう、私が新しいトレーナー。ミル姉さんよ。よろしくね、ルドルフちゃん」
(……ウマ娘の親戚か何かだろうか。いや、それにしては随分と牛すぎる)
ルドルフは内心の困惑を理性でなんとか押し殺し、あくまで生徒会長としての責務を全うすべく鋭い視線を向けた。
「単刀直入に言おう。トレセン学園は結果が全ての世界だ。君のような……その、牛のような振る舞いをする人間に、ウマ娘の指導ができるのか。私が試金石として見極めさせてもらう」
ミル姉さんはグラスのミルクをゆっくりと一口含み、唇の端についた白い雫を艶やかに舐めとった。
「真面目なのねぇ。皇帝なんて重苦しい肩書き背負って、毎日息が詰まらない? 肩、凝っちゃうわよ」
「皇帝の冠の重さは、私が望んで背負ったものだ。トレーナーとしての君の力量には関係のないこと」
「いい? ウマ娘も牛も、同じ草を食む乙女なのよ。ただひたすらにターフという名の牧場を駆け抜ける……その背中を、時には優しく撫でて、時には厳しくお尻を叩いてあげるのが、大人の女の役目じゃない?」
「いや……、ウマ娘は草は食まないが……」
「比喩よ、比、喩」
口から垂れ流す言の葉は、実に圧倒的なマイペースだった。煙に巻くような、それでいて妙に説得力のある大人の余裕。ルドルフは、この得体の知れないトレーナーから会話の主導権を奪い返そうと、密かに温めていた言葉を口にした。
「な、なるほど、比喩、か。牛の歩みも千里と言うしな……『ウシだけに、モウ反論の余地もない』、というわけか」
―――しん、と生徒会室が静まり返る。
ミル姉さんはグラスをデスクに置き、長いまつ毛を伏せて、氷のように冷たい視線を皇帝へと向けた。
「……あなた、案外つまらない中年オヤジ、みたいなこと言うのね」
「っ!? ち、違う! 今のはその、場を和ませようと……!」
完璧な皇帝の顔が朱に染まり、激しく狼狽したその瞬間。ミル姉さんは堪えきれないように、色っぽく、しかし豪快に笑い声をあげた。
「あははっ! 嫌いじゃないわよ、そういう隙だらけのと、こ、ろ。メッキが剥がれたその顔、すっごく可愛いじゃない」
ミル姉さんはヒール(蹄)を鳴らしてルドルフの前に立ち、その顎を指先でそっと持ち上げた。
「試金石、結構じゃない。私がそのカチカチのプライド、甘いミルクみたいにドロドロに溶かして、最高のエンターテイナーに育て上げてあげる。白黒はっきりつけるわよ……私のこの、柄、みたいにね」
■
夕暮れのトレセン学園。オレンジ色に染まるダートコースで、シンボリルドルフはストイックに汗を流していた。その走りは計算し尽くされたように美しく、力強い。
しかし――。
「はい、ストップ。そこまでよ、ルドルフちゃん」
コース脇のフェンスに寄りかかっていたミル姉さんが、気怠げに声をかけた。タイト()なドレスの裾を揺らしながら、指先に挟んだ白いスティックをゆっくりと唇に運ぶ。
荒い息を吐きながら近づいてきたルドルフは、その手元を見て眉をひそめた。
「……ミルトレーナー。学園内、いや、そもそもアスリートたるウマ娘の前での喫煙は感心しないな」
「あら」
ミル姉さんはふふっと妖艶に微笑むと、咥えていた白いスティックをボリッと噛み砕いた。ふわりと、甘い香りが漂う。
「何をいっているの、ココアシガレットよ。大人の女にはね、時々こういう甘くて無害なフェイクが必要なの」
「ココア……シガレット……」
「そう。タバコの煙みたいに、あんたのその張り詰めた緊張も、空にふかぁーっと吐き出しちゃえばいいのよ」
毒気を抜かれたように立ち尽くすルドルフに対し、ミル姉さんは新しいココアシガレットを箱から一本取り出し、また指の間に挟んだ。
「あんたの走り、見てて息が詰まるわ。フォームは完璧。ペース配分も完璧。でもね、全身が『皇帝』っていう見えないコルセットでギチギチに締め付けられてる。そんなにストレス抱え込んでたら、美味しいミルクなんて出やしないわよ?」
「ミルク……? いや、私はウマ娘であって牛では……」
「だから比喩よ、比喩。肩の力を、抜きなさい、ってこと」
ミル姉さんはヒール(蹄)を鳴らしてルドルフに近づき、その凝り固まった肩を指先でツンと突いた。
「ターフは生徒会室じゃないわ。責任とか威厳とか、そういう重たい荷物はパドックの隅にでも置いてきなさい。もっと野性的に、ただ風と遊ぶように走るの。私のこの胸みたいに、豊かに、たゆたうようにね」
「なっ……!?」
「さぁ、頭をからっぽにして、もう一本走ってらっしゃい。ただの『走るのが大好きな女の子』としてね」
圧倒的な大人の色香と、煙に巻くような独自の理論。しかし、その言葉の芯にあるアスリートとしての本質を、ルドルフの聡明な頭脳は、どこか正確に理解していた。
―――で、口から出た言葉がこれだ。
「……なるほど。力任せに『ギュウ(牛)』っと踏み込むのではなく、『モウ』少し心身を解放して走れ、ということだな?」
得意げに口角を上げるルドルフ。しん、と暮れなずむコースに風が吹き抜ける。
……ミル姉さんはゆっくりとココアシガレットを口から離し、深い、ひどく深い溜息をついた。
「……あんたのそのダジャレ、私のココアシガレットより甘くないわね。むしろ湿気ってるわ」
「な、なんだと!? 今のは完璧なタイミングで……」
「ほら、おしゃべりしてないで走るの。次のラップでタイム落ちたら、夕食は牧草のサラダだけにするわよ?」
「む……! 皇帝に対して牧草とは……!」
文句を言いながらも、再びコースへと駆け出していくルドルフ。しかし、その背中からは先程までの重苦しい悲壮感が消え、ストライドは伸びやかに、そして軽やかになっていた。
「……ふふっ。やればできるじゃない。可愛いルドルフちゃん」
夕日を背に受けてターフを駆ける教え子の姿を見つめながら、ミル姉さんは満足げに微笑み、甘いココアシガレットをもう一口、ボリッと齧った。
■
時計の針が午前零時を回る頃。静寂に包まれたトレセン学園の生徒会室で、シンボリルドルフはただ一人、デスクランプの明かりを頼りに山積みの書類と睨み合っていた。
疲労で重くなる瞼を瞬きで追い払いながら万年筆を走らせる。学園祭の予算案、各部活動の申請書、レーススケジュールの調整。誰かがやらねばならない。ならば、絶対的象徴である自分がすべて完璧にこなすべきだ。
――カツン、カツン。
廊下に響くヒールの音が扉の前で止まり、ノックもそこそこに重い扉が開いた。ふわりと、温かく甘い香りが部屋に流れ込む。
「ルドルフちゃん。こんな夜更けに一人で残業? 真面目すぎる仔牛ちゃんは、過労で倒れちゃうわよ」
タイト()なホルスタイン柄のドレスを揺らし、ミル姉さんが呆れたようにため息をついた。手には、湯気を立てるホットミルクが入ったマグカップが二つ。
「トレーナー……。なぜここに。私は生徒会長として、この決裁を明日の朝までに——」
「はい、そ、こ、ま、で」
ミル姉さんはルドルフの指から万年筆を優しく、しかし強引に抜き取ると、代わりに温かいマグカップを押し付けた。
「……あのねぇ。あんたは『皇帝』かもしれないけど、全知全能の神様じゃないのよ。そんなに一人で全部抱え込んでたら、いつか膝から崩れ落ちちゃうわ。いい? 牧場だって、一頭の牛だけで広大な牧草地を管理するわけじゃないの。みんなで分け合って、のんびり反芻する時間がないと、極上のミルクなんて生まれないのよ」
マグカップの温もりが、冷え切っていたルドルフの手のひらにじんわりと広がっていく。一口含むと、蜂蜜の混ざった優しい甘さが、張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていった。
「思い出しても見なさいよ。……現生徒会には、優秀な副会長や役員たちがいるじゃない。たまには彼女たちの肩に、その重たい荷物を少し預けてみなさいな。頼られるって、案外嬉しいものなのよ」
大人の余裕に満ちた、どこか母性を感じさせるミル姉さんの声。ルドルフの脳裏に、いつも自分を支えようと気を揉んでくれているエアグルーヴやナリタブライアンたちの顔が浮かんだ。
「……そうだな。私がすべてを背負うのは、彼女たちの力を信じていないことと同義かもしれないな」
「分かればよろしい」
「たしかに、このまま一人で意地を張っていては、私のキャパシティも『ギュウギュウ』詰めになってしまうからな。明日からはもう少し、彼女たちに仕事を『任せなサイ』……いや、ここは『モウ』少し頼ってみる、とするか」
ふふっ、と満足げな笑みを浮かべ、マグカップを片手にドヤ顔を決める皇帝。
生徒会室に、深夜の静寂が痛いほど降り注ぐ。
ミル姉さんは自分のミルクを無言で飲み干すと、グラスを机に置き、深く額を押さえた。
「……夜中のテンションのせいだと思いたいわね、今の」
「む? 今のは牛とサイを掛けた高度なトリプル・ミーニングで……」
「はいはい、解説は明日聞くわ。ほら、もう店じまい。電気消すわよ」
不満げに文句を言いながらも立ち上がるルドルフの顔には、先程までの息の詰まるような悲壮感は微塵も残っていなかった。呆れ顔で扉を開けて待つミル姉さんの背中を追いかけながら、皇帝は少しだけ足取り軽く、夜の廊下へと踏み出していった。