◆
突然だが蟹貴理教というものをご存じだろうか。令和のはじめ、みんなが家に閉じこもっていたあの頃にポンと出来たおかしな宗教である。
カルトとはまた違う。
別に反社会的な活動はしていないし、マインドコントロールもしていない……とおもう。
私はその、蟹貴理教という新興宗教の信者だ。
この宗教の変なとこその一は、まず挨拶だろうか。蟹貴理の徒と呼ばれる、まあ同志に出会った時は右手でチョキを形作り、二回開閉させながら「チョキチョキ」と発声して笑顔を浮かべるのだ。正式には鋏礼という。目上の人や儀式の場では両手でやる双鋏礼。急いでいるときは指を一回だけ閉じる略鋏で、図書館やお葬式みたいに声を出せない場所なら指だけ動かす黙鋏と、茶道もびっくりの使い分けまである。これはもう絶対にやらないといけない。やらないとどうなるか。別にどうもならないが、いや~な顔をされて溜息をつかれたりする。
変なとこその二以降は追々話すとして、まずは私がどうしてこんなものに入ってしまったのかを白状しておきたい。
去年の春、私は結婚詐欺にあった。
相手はマッチングアプリで知り合った自称外資系の戦略コンサルで、篠宮と名乗っていた。篠宮というのもたぶん偽名だ。背が高くて声が低くてLINEの返信が早くて、私の話を最後まで遮らずに聞いてくれる男だった。いま思えば遮らなかったのは興味がなかったからだと思う。半年付き合って式場の見学にも二回行き、シンガポール赴任の支度金が一時的に足りないという話になって、私は貯金の四百万をほぼ全部渡した。最終的にどうなったかって? 渡した翌週にブロックされたよ畜生!
笑ってくれていい。私も今なら少し笑える。
当時は無理だった。会社の同期には婚約したと言いふらしていたし、実家の母はもう親戚じゅうに電話をかけ終えていた。お金よりもそっちのほうがしんどかった。四月の終わりの金曜日に定時で会社を出た私は、なんとなく家とは反対方向の電車に乗り、なんとなく降りた駅の、なんとなく目についた雑居ビルの非常階段を上っていた。
ぶっちゃけて言えば、何となく死のうと思ったのだ。
なんかもう──死ぬかぁ、みたいな感じで。
自殺未遂経験ある人なら分かるかもしれないけど、アレって結構何となくやるものだったりするんだよね。なんていうか、勢いで。勿論色々計画を練ってから実行しちゃう人もいるのかもしれないけど、私の場合は完全に勢いだった。
屋上の柵も胸くらいの高さで、乗り越えられないこともなさそうに見えた。
でも片足を柵の横木にかけたとき背後で鉄扉が開いて──
「チョッキン! チョッキン!」
そんな声が聴こえた。
振り向くと紺色の制服を着た五十がらみの警備員が立っていて、右手を顔の横に掲げ、人差し指と中指を勢いよく開いたり閉じたりしていた。満面の笑みである。夜の屋上で、いまにも飛び降りようとしている女に向かって、蟹みたいな手つきで。
人は本当に理解できないものを見ると、死ぬことさえ一瞬忘れるらしい。
私が「え」と言ったか言わないかのうちに、警備員は中年とは思えない速さで間合いを詰め、私の腰に腕を回して柵から引き剥がした。コンクリートに尻もちをついた私の横で彼は無線に早口で何か喋り、それから息を切らしながら、もう一度だけ小さく指を閉じた。
「……よかったあ」
警備員はそう言ったきり、警察が来るまで黙って隣に座っていた。
警察署でのことはあまり覚えていない。ああでも調書を取られ母に連絡され、生活安全課の女性警官が紙コップのほうじ茶を出してくれたのは覚えてる。あとは──その女性警官が机の下の膝の上で、ちょき、ちょき、と二回指を閉じたことだけだ。
「あの、それ、なんですか」
屋上の警備員さんもやってたんですけど、と私は付け加えた。
女性警官はにっこり笑って何も答えず、調書の続きを書いた。
家に帰ってからも私はしばらく死ねなかった。死にたい気持ちが消えたと言えば嘘になる。ところが布団の中で目を閉じると、あの警備員の開いたり閉じたりする指が瞼の裏に浮かんできて、そのたびに「なんなんだあれは」という疑問が死にたい気持ちの上にどっかりと腰を下ろしてしまうのである。
それからちょくちょく出会うようになった。
そう、謎のチョキチョキ族に……!
会社近くのコンビニでおにぎりを買うと、レジの大学生くらいの男の子がレシートを渡しながら指を一回だけ閉じた。駅のホームで電車を待っていたら、向かいのホームのサラリーマンがこちらを見てチョキチョキやっていたこともある。後ろに誰かいるのかと振り返ったが誰もいなかった。美容院の担当さんに至っては、鏡越しに私の目を見ながら、商売道具の鋏を持っていないほうの手でやった。
偶然にしては多すぎる。夜中に「チョキチョキ 挨拶 謎」で検索したこともあるが、出てきたのは幼児向けの手遊び歌とザリガニの飼い方のブログだけだった。
六月の雨上がり。
商店街の八百屋の前で小柄なおばあさんとすれ違った。花柄のエコバッグから長ネギを突き出させたそのおばあさんは、すれ違いざまに私を見上げて右手をひょいと上げた。
「チョキチョキ」
なぜそうしたのか今でもうまく説明できないのだが、私は右手を上げて同じように指を二回開閉させていた。
「……チョキチョキ」
するとどうだ、おばあさんがにっこり笑ったではないか。
「まあ、まあまあまあ」
「え、あの」
「あなたの事、みんな心配してたのよ」
みんなとは誰なのか。心配とは何なのか。訊きたいことは山ほどあったが、おばあさんは私の手首をやわらかく掴んだ。
「お茶、飲んでいきなさい。すぐそこだから」
知らないおばあさんの家に上がりこむのは三十一歳の社会人として明らかに正しくない。正しくないと分かっていて私はついていった。詐欺師にあれだけ痛い目を見たくせに、である。この点については誰に何を言われても言い返せない。
おばあさんの家は商店街の裏の古い平屋で、表札には檜垣とあった。
茶の間に通されてまず目に入ったのは箪笥の上の祭壇である。祭壇といっても大げさなものではなく、小さな白木の台に紫の布が敷かれていて、その上に乾いた蟹の鋏がずらりと並んでいた。毛羽立った毛蟹のものもあれば、すらりと細長いズワイのものもある。どれもきれいに洗われてからからに乾き、角度を揃えて天井を向いていたのが印象的だった。
「これはねえ、お正月に息子が送ってくれた毛蟹。こっちはおととしの主人の三回忌のとき。全部美味しかったわぁ」
檜垣さんは急須にお湯を注ぎながら鋏を一本ずつ指さした。
「蟹、食べていいんですか。その、拝んでるのに」
「いいのよ。昔はそれで大喧嘩になったらしいけど、いただいていいことになったの。そのかわり鋏は捨てないでちゃんとお祀りする」
檜垣さんは湯呑みを私の前に置き、自分の分をひと口すすってから、ようやく本題に入った。
蟹貴理教と書いて、かにきりきょうと読む。貴理は切りの当て字で、蟹の鋏で不運を切るという意味なのだそうだ。開祖は
「それで宗教を作ったんですか」
「作ったつもりはなかったって、ご本人はいまでもおっしゃってるわよ。最初はネットで今日はこんな不運を切りましたって報告しあうだけだったの。それが一度会いましょうってことになって、公民館を借りるようになって、気がついたら教団になってたんですって」
気がついたら教団になっていた。そんなことがあるのか。あるのだろう。私だって気がついたら屋上の柵に足をかけていたのだ。何となく教団作っちゃったのかな? なんだそれは。
「あの挨拶?はなんですか」
私はいちばん訊きたかったことを訊いた。警備員も女性警官もコンビニの男の子も、誰ひとり教えてくれなかったことだ。
檜垣さんは右手を上げて、人差し指と中指をゆっくり開いてみせた。
「鋏ってね、刃が一枚じゃ何も切れないでしょう」
「……はい」
「二枚そろって、はじめて切れるの。人もおんなじで、一人じゃ不運は切れないのよ。誰かと組んではじめて切れる。二刃一如っていうの。だからチョキチョキは、あなたのもう一枚の刃になりますよっていう挨拶」
二本の指がそっと閉じた。
「でもね、こっちが一方的に教えちゃったら、片っぽの刃が勝手にかちかちやってるだけでしょう。あなたが自分で手を上げて閉じてくれるまでは鋏にならないの。だからみんな教えないで待ってたのよ。あなたが返してくれるのを」
篠宮のときは一滴も出なかったのに、と思いながら、私はぬるくなったほうじ茶を鼻水ごとすすった。
「ちなみに屋上のは山根さんね。あの人ちょっと訛ってるのよ、本部のほうの出だから」
チョッキンは方言だったらしい。
その日のうちに私は断切というものを教わった。半紙に自分の不運や悪縁を書いて、鋏で二つに切り、奉納箱に入れる。それだけの作法である。檜垣さんは簞笥の引き出しから、持ち手が蟹の鋏の形をした小さな携帯鋏を出してきて私に握らせた。教団唯一の公式グッズで、税込み八百八十円だそうだ。
私は半紙に篠宮と書いた。書いてから、偽名を切っても意味がない気がして、隣にアイコンの灰色ののっぺらぼうを描き足した。
じょきん。
思ったより大きな音がした。
「切れました、かね」
「切れたわけじゃないのよ。切れたってことにするの。そうやって何べんも切ってるうちに、ほんとに切れてるから」
檜垣さんは真っ二つになった篠宮を丁寧に畳んで、仏壇の横の菓子箱に納めた。奉納箱は菓子箱でもいいらしい。
話が戻るが、つまりそういう経緯で私は稚蟹になった。入信したばかりの信者をそう呼ぶ。集会に定着すると若蟹で、脱皮会を仕切れるようになると甲蟹。儀式を執り行えるのが大鋏で、いちばん上の大甲は開祖ひとりきり。蟹の成長段階になぞらえた位階だ。この夏、私は若蟹に上がった。上がって何が変わるかというと、脱皮会のあとのお茶菓子の買い出し当番が回ってくるようになった。
脱皮会というのは毎月十二日に開かれる集会である。鋏の二と、蟹の脚の十で十二。会場は神田の雑居ビル三階の東京出張所で、元は歯医者だったのか、受付カウンターだけがやけに立派だ。そこで十人ほどがパイプ椅子を丸く並べて、その月に脱ぎ捨てたものを順番に話す。
脱皮会で話されるのは、たとえばこういうことだ。会社をリストラされた甲蟹の男性が、ハローワークの帰りに初めて公園の鳩に餌をやってみたと言う。離婚調停中の女性が、元夫の歯ブラシをやっと捨てたと言う。拍手が起きて、みんなでチョキチョキやる。蟹は脱皮して大きくなるし、失くした脚もまた生えてくるのだから喪失を恐れすぎるなと、そういう教えがあるのだ。
四百万は生えてこない。
ただ、この一年半で口座の残高がそれなりに伸びてきたのは事実で、これを再生と呼ぶかどうかは解釈次第というものだろう。
会費は月五百円で、しかも任意である。献金には教団側が上限を決めていて、それ以上は受け取らない。退会は脱皮届という紙一枚で即日受理。同期で唯一このことを打ち明けた千尋はジムより安いじゃんと言ってた。それで少しでも楽になれるならお得だよね、みたいなこともいってた。
だから問題は教団のほうにはない。問題はこのご時世である。
新興宗教、という五文字の響きがとにかく悪い。何もしていなくても悪い。私は最近マッチングアプリを再開しようかと思っているのだが、プロフィールの趣味欄に何を書けばいいのか分からない。蟹の殻を乾かすこと、とは書けない。
え?あんな目にあって懲りないなって?
自分でもそう思うんだけど、うーん、偶然だと思うんだけど私をだました結婚詐欺師が捕まったんだよね。それでなんか、スッ──ってしたっていうか……。勿論楽観的な考えだっていうのは分かってるんだけど、運が悪かったね、仕方ないね、みたいな心境なのだ。
まあそれはともかくとして、体が覚えてしまった弊害もあった。
会社で飲み会の幹事をじゃんけんで決めたとき、私は三回連続でチョキを出して三回連続で負けた。教団にはチョキしか出してはいけないという古参派の解釈があるのだ。負けを受け止め不運を引き受ける修行だという派と、さすがに不便だという派で緩い論争が続いていて、私はどちらかといえば不便派なのに手が勝手にチョキになる。これ不思議なんだけど、グーを出そうとおもっても勝手にチョキになるんだよね。どういう事なんだろう。
あとサラダか何かにカニカマが入っていると、つい端に寄せてしまう。カニカマは偽りの鋏として避けるべきか否かで教団内でも意見が割れていて、いずれ分派が起きるとしたらここが火種だろうと噂されている。私は本当はカニカマが好きなのに、食べたらいけないような気がしてストレスがたまる!
極めつけは同期の結婚式だった。集合写真で新郎新婦がカメラに向かって満面のピースをした瞬間、私は反射的に右手を上げて、声に出して言ってしまったのだ。
「チョキチョキ」
新郎側の親族席がしんとなった。教団ではこれをピース誤認と呼んで、新入りの通過儀礼みたいな笑い話にしているが、よりによって他人の結婚式でやらかすのは流石に恥ずかしい。ちなみに同期だけど、結婚してから三か月くらいで破局しちゃったらしい。原因は旦那さん──元旦那さんの浮気。彼女のほうは結構独占欲が強くて、絶対浮気は許せないタイプだったそうなんだけど、たまたまスマホをみてたまたま浮気LINEをみつけて、みたいな。でも幸い?なことに、その元旦那さんDV癖があったらしくって、別れたすぐ後に付き合った女性のことを殴って逮捕されたんだとか。
とにもかくにもこういう、なんていうか、日常のあれこれが何度も続いて、私は最近ではちょっとあたおかな人みたいに思われてしまってるのだ。同期からはじゃんけんしようとか急に言われて、私がチョキを出すと笑われたりする。いじめかな?
だから辞めようかな、と思ったこともある。
実は脱皮届は今年の一月に書いてあったりもする。名前と日付と、退会理由の欄に一身上の都合と。あとは東京出張所の受付カウンターに出すだけで、出せば即日受理される。誰にも引き止められない。そこがまた困るのである。引き止められたら意地でも出せるのに、あの人たちはそうじゃあまたねと言って本当にそれきりにするに決まっている。
かまってちゃんなのは分かってるけど、それはそれで寂しいというか……救われた部分があるのも事実だし、みたいな。
ああ、そういえば十一月には大鋏祭がある。ズワイ漁の解禁に合わせて、本部のある港町に信者が集まり、持ち寄った蟹の殻を甲殻塚に納める。クライマックスは開祖が身長ほどもある張りぼての大鋏で紅白の縄を切る大断縄の儀で、私は今年、東京組の殻の運搬係を任されてしまった。それが終わるまでは出せない。終わったら出す。たぶん。
あと昨日の帰り、駅のホームでのことだ。
ホームのいちばん端、黄色い点字ブロックのさらに外側に、リクルートスーツの女の子が立っていた。パンプスのつま先が線路のほうを向いていて、片方のストッキングが伝線していた。電車の接近を知らせるアナウンスが流れても、彼女は一歩も下がらなかった。
これは──と思ったね。
私も経験あるから分かる。これはアレの気配だ。何となくアレしちゃおうかなって気配。
そう気づいた瞬間、私は思わず右手を上げていた。そして──。
「チョキチョキ」
なんて声に出して言っちゃったんだよね。
案の上というか、当然ながら、というか──女の子は私のことをあたおかを見る目で見てくる。
だけどやめられない。
「チョキチョキ!」
今度はもう少し大きな声で言ってしまった。するとようやく「……それ、なんですか」って軽蔑したような声で返事を返してくれたけれど──。
教えてあげない。
同じように、返してくれるまでは。
(了)