人類滅亡攻略ノート   作:花露あかね

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喧嘩

「……私たちが」

 

 喉が震える。

 

「私たちがここを見つけたから、Xデイが始まったの……?」

 

 頭上に空いた巨大な穴。

 

 そこから、黒い影が次々と落ちてくる。

 

 魔女。

 

 1体や2体じゃない。

 数えられないくらいの魔女が、地下世界へ降ってきている。

 

 でも、この辺りにはほとんど人がいない。

 

 私たちがいるのは、魔女が隠されていた施設の近く。

 使われなくなった建物ばかりが並ぶ、人気のない区画だ。

 

 その向こう。

 

 学校や、たくさんの人が暮らしている街の方から、黒い煙が上がっていた。

 

 ドォン!!

 

 遅れて、大きな音が届く。

 遠い。

 

 それでも悲鳴が聞こえた。

 

「私が……」

 

「私が、セナ先輩を連れてきたから……」

 

「コトハちゃん」

 

 また遠くで、大きな音がした。

 

「……街、戻らないと……」

 

「コトハクン、ノノカクン」

 

 セナ先輩の声がした。

 

 振り返る。

 

 さっきまでとは顔が違う。

 遠くに上がる煙と、頭上から降ってくる魔女を見ている。

 

「街に戻るよ。ここにいてもできることはない」

 

 セナ先輩が男の子の腕を掴む。

 

「君にも来てもらうからね」

 

「……」

 

 男の子は何も答えない。

 

 拳銃も、通信に使っていた小さな機械も、セナ先輩が持っている。

 男の子を連れたまま、私たちは来た道を戻り始めた。

 

◇◇

 

 人気のない区画を抜けた瞬間、景色が変わった。

 

「……っ」

 

 行きに通った街。

 

 でも、さっきとは全然違う。

 

 人が走っている。

 

 泣きながら誰かの名前を呼んでいる人。

 怪我をした人を抱えている人。

 どこへ逃げればいいのか分からず、立ち尽くしている人。

 

 建物から煙が上がっている。

 

 道路には瓦礫が散らばり、さっきまで立っていたはずの建物が崩れている。

 

 その上。

 

 魔女。

 

 何体もの魔女が街へ降りてきていた。

 

「助けて!!」

 

 すぐ近くから声がした。

 

 崩れた建物のそば。

 女の人が瓦礫の下敷きになっている。

 

 考えてる場合じゃない。

 

「セナ先輩! あっち!」

 

「分かった!」

 

 セナ先輩が駆け出す。

 私も変身する。

 

 頭上に輪が現れ、背中から翼が広がった。

 

 まだ午前中だ。

 活動可能時間は残っている。

 

 飛ぶ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「た、助けて……!」

 

「今出します!」

 

 瓦礫に手をかける。

 重い。

 

 でも、変身している今なら。

 

「っ……!」

 

 持ち上げる。

 

 女の人が必死に這い出してきた。

 

「ノノカ!」

 

「はい!」

 

 ノノカも変身し、女の人の体を支える。

 

「向こうへ運びます!」

 

「お願い!」

 

 その時。

 

 すぐ近くに、魔女が降りてきた。

 

「――っ!」

 

 魔女がこちらを見る。

 まずい。

 

「よそ見しない!」

 

 横からステッキが振り抜かれた。

 魔女の体が吹き飛ぶ。

 

「コトハクン!」

 

「はい!」

 

「右!」

 

 魔女を見る。

 

「っ!」

 

 避けて、そのまま思いきり殴る。

 魔女がよろめいた。

 

 二年生なら、ここで剣やハンマーなんかの自分に合った武器を使える。でも一年生の私は、まだ殴るか蹴るかしかできない。

 

「下がって!」

 

 直後、セナ先輩のステッキが魔女を殴り飛ばした。

 

「セナ先輩!」

 

「コトハクン! 次!」

 

「はい!」

 

 周りを見る。

 

 助けを求めている人。

 怪我をして動けない人。

 

 崩れた建物。

 

 どこから行けばいい。

 

 誰から――。

 

「こっち! 誰か来てくれ!」

 

「……!」

 

「あっち!」

 

 飛ぶ。

 

◇◇

 

 何人助けたのか、途中から分からなくなった。

 

「大丈夫!?」

 

「足が……」

 

「掴まって!」

 

 男の人を抱えて飛ぶ。

 少し離れた場所へ下ろす。

 

「ここにいてください!」

 

「あ、ありがとう……!」

 

 次。

 

 振り返る。

 

 悲鳴。

 

「きゃああっ!」

 

「セナ先輩!」

 

「見えてる!」

 

 セナ先輩が魔女へ向かう。

 

 その反対側。

 

「誰か! この下に子供が!」

 

「今行きます!」

 

 飛ぶ。

 

 瓦礫を持ち上げる。

 ノノカが下から子供を引っ張り出す。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 ノノカが子供を抱えて走る。

 

 よかった。

 助かった。

 

 そう思った直後。

 

 ドォン!!

 

 少し離れた場所で建物の一部が崩れた。

 

「……っ」

 

 また悲鳴。

 また誰かが倒れる。

 

 次。

 

 助けないと。

 

「コトハクン!」

 

「はい!」

 

「右!」

 

 見る。

 

 魔女。

 避ける。

 

 直後、セナ先輩のステッキが魔女を殴り飛ばした。

 

「ありがとうございます!」

 

「どういたしまして!」

 

 セナ先輩は笑っている。

 

 でも、その額には汗が浮かんでいた。

 セナ先輩だって休んでいない。

 

 ずっと戦ってる。

 

 それでも。

 終わらない。

 

 少し先では、活動可能時間を使い切った天使が変身を解いていた。輪と翼が消え、舞い上がった灰が瓦礫の上へ落ちていく。

 

 

 上を見た。

 

 今も魔女が降ってくる。1体倒しても、また1体。

 人を1人助けても、別の場所で誰かが怪我をする。

 

 全然、追いつかない。

 

「……次」

 

 息が苦しい。

 

「次、どこ……」

 

「コトハちゃん!」

 

 ノノカの声。

 振り返る。

 

 さっきの男の子が走っていた。

 

「あっ!」

 

 拳銃も通信機も、セナ先輩が取り上げている。

 私たちが救助している間に、逃げ出したんだ。

 

「あの人!」

 

 追いかけようとする。

 

「コトハクン!」

 

 セナ先輩の声で止まった。

 

「そっちはいい!」

 

「でも!」

 

「今はこっち!」

 

 セナ先輩が指す。

 崩れた壁の下。

 

「助けて……!」

 

 声。

 

 男の子を見る。どんどん遠ざかっていく。

 あの人なら、何か知ってる。

 

 30日後のことも。

 今日のことも。

 

 でも。

 

「……っ」

 

 背を向ける。

 

「はい!」

 

 瓦礫の方へ飛んだ。

 

◇◇

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が切れる。

 腕が痛い。

 

 さっきから何度瓦礫を持ち上げたのか分からない。

 

「コトハクン」

 

「次、どこですか?」

 

「いや、一度休んだ方が――」

 

「まだ大丈夫です!」

 

「でも」

 

「大丈夫です!」

 

 全然大丈夫じゃない。

 分かってる。

 

 でも、止まったら。

 

「助けて!」

 

「……ほら!」

 

 飛ぶ。声がした方へ。

 

 また1人。助ける。

 その間に別の場所で魔女が暴れる。

 

 セナ先輩が倒す。

 

 その間にまた天井から何かが落ちてくる。

 ノノカが怪我人を運ぶ。

 

 その間にまた悲鳴が上がる。

 

 

 ずっと。

 

 ずっと、それの繰り返しだった。

 

「……おかしいな」

 

 セナ先輩が呟いた。

 

「何がですか?」

 

 セナ先輩は答えず、周囲を見回している。

 

 戦っている天使たち。

 

 何人もいる。

 

 でも。

 

「……少ない」

 

「え?」

 

「天使が少なすぎる」

 

「少ないって……」

 

「今日は地上任務に出てる部隊がいくつかあるんだ」

 

 地上に残された旧文明の道具や資材を回収したり、周辺の魔女を討伐したりする地上任務。

 地下ではもう作れないものもあるから、毎日何組もの天使が地上へ出ている。

 

「あ……」

 

 資源回収。地上の魔女の討伐。

 

 私も地上任務には何度か行ったことがある。地上には旧文明の頃から灰が漂っていて、風が吹けば細かい灰が一緒に舞う。地下で使われた灰の一部も地上へ排出されているけど、地上ではそれも昔からある灰に混ざっている。

 

「この規模の非常事態なら、とっくに戻ってきてもいいはずなんだけど」

 

「まだ、気づいてないとか……?」

 

「コトハクン」

 

 セナ先輩が上を指す。

 

 巨大な穴。

 崩れた天井。

 

 そこから今も降ってくる魔女。

 

「これに?」

 

「……」

 

 確かに。

 気づかないわけがない。

 

「……逆なのかもしれません」

 

 ノノカが言った。

 

「逆?」

 

「戻ってこないのではなく、戻れない」

 

「……え?」

 

 ノノカが上を見る。

 

「地上側でも、何かが起きているのかもしれません」

 

「地上でも?」

 

「はい。地下の天井が破壊された。大量の魔女が侵入している。そして、地上任務に出ている天使が1人も戻ってこない」

 

 ノノカの表情が変わる。

 

「もし、これらがすべて同時に起こっているのだとしたら……」

 

「……何?」

 

「これは、単に魔女が地下へ侵入してきたというだけではないのかもしれません」

 

 さっきの男の子。

 

 

 その時、少し離れた場所から悲鳴が上がった。

 

「セナ先輩!」

 

「行ってくる! 2人はここにいて!」

 

 セナ先輩が飛び出す。

 

 その先では、魔女が逃げ遅れた人たちへ近づいていた。

 

 セナ先輩がステッキを構え、魔女へ向かっていく。

 

 私とノノカは、少し離れた場所からその背中を見送った。

 

「......」

 

『終幕作戦』

 

 頭の中に、その言葉が浮かぶ。

 

「コトハちゃん」

 

「……何?」

 

「地上を確認しに行きましょう」

 

「…………え?」

 

「戻ってこない理由を確認する必要があります」

 

 何を言っているのか、一瞬分からなかった。

 

「今?」

 

「はい」

 

 周りを見る。

 

 怪我をした人。

 泣いている人。

 

 瓦礫。

 魔女。

 

 今も、どこかで誰かが助けを求めている。

 

「でも、まだ助けないと」

 

「分かっています」

 

「じゃあ――」

 

「ですが、このままでは終わりません」

 

「……」

 

「コトハちゃん。私たちは先ほどから何人助けました?」

 

「え?」

 

「何体の魔女を倒しました?」

 

「それは……」

 

 分からない。

 

「それでも、状況は良くなっていません」

 

 言われたくなかった。

 分かってたから。

 

「地上で何が起きているのか確認しなければ、この状況そのものを止める方法も分かりません」

 

「でも……」

 

「このまま救助だけを続けても――」

 

「救助だけって何?」

 

 自分でも驚くくらい、強い声が出た。

 ノノカが少し黙る。

 

「……そういう意味ではありません」

 

「じゃあどういう意味?」

 

「コトハちゃんがここで何人助けても、この規模では追いつかないと言っているんです」

 

「何人でも助けるよ!」

 

「そういう意味ではありません!」

 

 ノノカの声も大きくなった。

 

「じゃあどういう意味なの!?」

 

「原因を突き止めなければ、助けても助けても終わらないと言っているんです!」

 

「だからって今助けられる人を置いていくの!?」

 

「置いていくのではありません!」

 

「同じじゃん!」

 

「違います!」

 

 ノノカがこんな声を出すのを、初めて聞いた

 でも。

 

 私だって。

 

「今ここに残ることだけが、人を救う方法ではありません!」

 

「でも今ここで死んだら、その人はもう助からないじゃん!」

 

「……っ」

 

「原因が分かったって、その間に死んだ人は戻ってこないんだよ!?」

 

「分かっています!」

 

「分かってない!」

 

 頭が熱い。

 何を言ってるのか、自分でも分からなくなってくる。

 

 でも止まらない。

 

「私たちのせいなんだよ!?」

 

「……コトハちゃん」

 

「私たちがあそこを見つけたから! あの人が終幕作戦のことを伝えたから! だから30日後だったはずのXデイが今日になったんでしょ!?」

 

「それはまだ――」

 

「だったら余計に助けないとダメじゃん!」

 

 喉が痛い。

 

「私たちがこんなことにしたのに! 調べるからって、今助けてって言ってる人を置いていくなんて、私にはできない!」

 

 ノノカが黙った。

 息が荒い。

 

 ノノカも少しだけ息を整えている。

 

 数秒。

 

 遠くから、また悲鳴が聞こえた。

 

「……だからこそ」

 

 ノノカが言った。

 

「私は、調べたいんです」

 

「……」

 

「このまま何も分からなければ、同じことを繰り返すだけです」

 

「だから――」

 

「私は!」

 

 ノノカの声が、私の言葉を遮った。

 

「ここで1人を助けている間に、別の場所で10人が死ぬのを、ただ繰り返したくありません!」

 

「……」

 

「助けられる人を見捨てたいわけではありません。私だって、全員助けたいです」

 

 ノノカが拳を握る。

 

「でも、できないんです」

 

「……」

 

「私たちだけでは、全員を助けられない」

 

 分かってる。

 

 

 そんなの。

 

 分かってるけど。

 

「だから、被害そのものを止める方法を探したいんです」

 

「……それでも」

 

「コトハちゃん」

 

「それでも私は無理」

 

 ノノカを見る。

 

「目の前で助けてって言ってる人を置いていけない」

 

「……」

 

「私は行かない」

 

「コトハちゃん」

 

「行かない!」

 

 ノノカが黙った。

 私も何も言わない。

 

 また遠くで何かが崩れる音がした。

 

 数秒。

 

「……分かりました」

 

「……」

 

「では、私は確認してきます」

 

「え?」

 

 ノノカが背を向ける。

 

「ちょ、待って」

 

「学校近くの地上出入口から向かいます。あの穴を通るよりは安全でしょうから」

 

「1人で?」

 

「はい」

 

「でも、それ危ないじゃん!」

 

「承知しています」

 

「だったら――」

 

 言葉が詰まる。

 

 

 だったら行かないで。

 

 そう言えばいい。

 

 でも。

 

 さっきまでの言葉が、頭の中に残っている。

 腹が立ってる。

 

 ノノカの言ってることが分からない。

 

 分かりたくない。

 

「……だったら」

 

 口から出た。

 

「一人で行けばいいじゃん!」

 

 言った瞬間。

 しまった。

 

 そう思った。

 

 ノノカが止まる。

 

「…………」

 

「……ノノカ」

 

「分かりました」

 

 それだけだった。

 

 ノノカは翼を広げ、飛び出す。

 

「……」

 

 何よ。

 ノノカだって。

 

 私が間違ってるみたいに言って。

 

 ノノカが離れていく。

 

 5m。

 

 10m。

 

 

 その背中が少しずつ小さくなる。

 

「……何よ」

 

 小さく呟く。

 私は間違ってない。

 

 だって、今も人が死んでる。

 

 今助けられる人を助けるのが、そんなにダメなの?

 

「……」

 

 ......ちょっと言いすぎたかな。

 

 一人で行けばいいなんて。

 ノノカの言ってることには、まだ納得できない。

 

「……」

 

 このままは嫌だ。

 

 謝るかどうかは分からない。

 

 でも、せめて。

 

 顔を上げる。

 

 少し先を飛んでいるノノカが見えた。

 

 まだ間に合う。

 

「……ノノ――」

 

 その瞬間。

 ノノカの頭上に、巨大な瓦礫が落ちてきた。

 

「――カ?」

 

 ドォン!!

 地面が大きく揺れる。

 

「…………え?」

 

 土煙が一気に広がった。

 

 今。

 

 ノノカがいた。

 そこにいた。

 

 見えてた。

 

「……え?」

 

 土煙の向こう。

 巨大な瓦礫の下から、白い制服が少しだけ見えている。

 

 その先にある体は、ありえない方向に潰れていた。

 

「…………」

 

 何も聞こえない。

 周りではまだ悲鳴が上がっている。

 

 魔女がいる。

 

 建物が崩れている。

 

 

 でも。

 

 何も聞こえない。

 

 

「…………ノノカ?」

 

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