「…………ノノカ?」
返事はない。当たり前だ。分かってる。
でも。
「ノノカ……?」
足が勝手に動いた。瓦礫へ駆け寄る。白い制服が見えている。
「待って……今、どかすから……!」
瓦礫に手をかけ、力を入れる。
「っ……!」
重い。変身している今なら、いつもの私よりずっと力は強い。それでも動かない。
「お願い……!」
翼まで使って、無理やり持ち上げる。
少しだけ。
ほんの少しだけ、瓦礫が浮いた。
その下が見えた。
「…………」
力が抜けた。瓦礫が再び地面へ落ちる。
見なきゃよかった。
分かってた。あんなのが落ちてきたんだから、助かるわけないって。分かってたのに。
『一人で行けばいいじゃん!』
「……っ」
違う。
そんなつもりじゃなかった。本当に一人で行ってほしかったわけじゃない。
ただ、腹が立って。言いすぎたって思って。呼び止めようとして。
なのに。
「ノノカ……ごめん……」
視界がぼやける。
「ごめん……」
「誰か!!」
声がした。
「誰か来て! お願い!」
振り返る。少し離れた場所、崩れた壁の向こうで誰かが手を振っている。
ノノカを見る。
行きたくない。ここにいたい。まだ、離れたくない。
でも。
まだ助けられる人がいる。
「……ごめん」
何に謝っているのか、自分でも分からない。
「ごめん、ノノカ……」
立ち上がる。涙を拭う。全然止まらない。
それでも飛んだ。
◇◇
「大丈夫ですか!?」
「足が……!」
「掴まって!」
女の人を抱き上げて飛ぶ。少し離れた場所へ下ろす。
「ここ……ここにいてください」
「ありがとう……!」
「はい……」
次。
「助けて!」
「今行きます!」
飛ぶ。瓦礫を持ち上げる。
「出て! 早く!」
下にいた人が這い出してくる。
次。
また悲鳴。
飛ぶ。助ける。
『一人で行けばいいじゃん!』
「……っ」
次。
考えない。今は考えない。
「大丈夫です! こっちへ!」
声が震える。涙が邪魔で、何度も袖で拭った。
止まったら、ノノカのことを考えてしまう。
だから動く。
次。また次。
助けられる人がいるなら。
◇◇
飛びながら、次に助けられる人を探す。
その時、路地の奥で魔女が腕を振り上げるのが見えた。
誰かいる。
「っ!」
考えるより先に飛び込んだ。
魔女の攻撃を横から蹴り、無理やり逸らす。
「こっち!」
魔女が私を見る。
怖い。
でも、後ろに人がいる。
振り下ろされた腕を避け、そのままもう一度蹴る。魔女がよろめいた。
「逃げて!」
「......おまえ」
「……え?」
声に聞き覚えがあった。
振り返る。
「…………あなた」
セナ先輩が捕まえた男の子だ。
前の時間ではノノカを撃った。私も殺した。今回の終幕作戦が始まるきっかけを作った。
でも。
助けるまで、誰なのかなんて見ていなかった。
男の子も私を見ている。
「……なんで」
「何……?」
「なんで俺を助けた」
「……知らなかったから」
「何?」
「あなただって、分かんなかった。魔女に襲われてる人がいたから……」
「それだけ。」
「俺だと分かっていたら、助けなかったのか」
「…………」
分からない。
この人は私を殺した。
ノノカも殺した。
今回だって、この人が連絡したせいで。
でも。
目の前で死にそうになってたら。
「……分かんない」
「……」
「でも、多分……助けた」
「なぜ」
「……それとこれとは別」
近くから、また悲鳴が聞こえた。
「……行かなきゃ」
飛ぶ。
後ろから足音が聞こえてきた。
振り返る。
男の子が走ってついてきている。
「なんでついてくるの」
「……」
答えない。
今はもう、聞く気力もなかった。
◇◇
終わらない。
瓦礫を持ち上げる。
人を運ぶ。
また飛ぶ。
何人助けても、終わらない。
煙と埃、それに活動時間を使い切った天使たちが残した灰が混ざって、街の空気は白っぽく霞んでいた。
「助けて!」
「誰か、こっちも!」
同時に声がした。
「……っ」
右。
左。
どっち。
「お願い! 早く!」
「こっちだ! 子供がいる!」
分からない。
近い方。
左へ飛んだ。
「今、助けます!」
崩れた壁をどかす。下にいた女の子を引っ張り出す。
「大丈夫!? 立てる?」
「う、うん……」
「向こうに逃げて!」
次。
さっきの右。
急いで戻る。
「大丈夫ですか!?」
返事がない。
「……え」
瓦礫のそばに、人が倒れていた。
さっきまで声がしていた。
助けてって。
呼んでた。
「……」
『ここで1人を助けている間に、別の場所で10人が死ぬのを、ただ繰り返したくありません!』
「……っ」
ノノカ。
これのこと?
ノノカが言ってたのって。
「……分かんない」
何が正しかったの。
私、あの子を助けた。
でも、その間にこの人は死んだ。
じゃあ、こっちに来ればよかった?
そしたら、あの子は?
「ノノカは……調べに行こうって言ったの」
言葉が勝手に出る。
「でも私、行かないって言って……だって、助けられる人がいたから……」
涙が落ちた。
「なのに……」
目の前の人は死んでいる。
「また……」
「また?」
そばにいた男の子が、初めて口を開いた。
「また死んだ……」
ノノカも。
この人も。
「前も……前もノノカ死んで……私も死んで……何回やっても……」
「待て、どういうことだ」
男の子が何か言っている。
でも、頭に入ってこない。
ノノカ。
最後、怒ってたかな。
一人で行けばいいなんて言わなきゃよかった。
今戻ったら、まだ間に合う?
戻るってどこに。
ノノカはもう死んだ。
「前って何だ?」
男の子の声。
何か聞かれている。
でも。
「私、頭よくないし……どうしたらいいのか、全然分かんない……」
「おい。さっきの『前』って――」
男の子が何かを呟いている。
これ以上、考えたくない。
まだどこかに、助けを待ってる人がいるかもしれない。
動かないと。
止まったら、また考えてしまう。
「さっきから、お前の言ってることがおかしい」
男の子が、じっとこちらを見る。
「俺の武器を知っていた。施設の場所も知っていた。なのに今度は『また死んだ』だ。……お前、何を知ってる?」
ノノカ。
もう一回戻ったら、生きてるのかな。
また会える?
だったら、今ここで死んだノノカは何なの。
「どうすればいいの……」
また誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
行かなきゃ。
足を動かそうとする。
「……時間が戻ってるのか?」
その言葉だけ、耳に入った。
顔を上げる。
男の子が私を見ていた。
「お前、死ぬたびに同じ日へ戻ってるんじゃないのか」
「……なんで」
なんで、この人が知ってるの。
「なんでタイムリープのこと知ってるの?」
「タイムリープ……そういうことか」
「え……」
「やっぱり時間が戻ってるんだな」
「あ……」
言っちゃった。
ノノカと、話さないって決めたのに。
「待って。今の――」
「一度じゃないんだろ」
「……」
「さっき『何回やっても』と言った。何度戻った?」
「なんでそんなこと聞くの……?」
「重要だからだ」
「何が?」
「一度だけ過去に戻ったのと、何度も同じ時間を繰り返しているのとでは話が違う」
「……何が違うの」
「いいから。何度だ?」
「……分かんない」
「正確じゃなくていい」
「だから、なんで――」
「次も戻れるのか?」
「そんなの知らないよ!」
「回数に制限は?」
「知らない!」
「毎回同じ日に――」
「知らないって言ってるでしょ!!」
声が響いた。
「私だって何にも分かんないの! なんで戻るのかも、あと何回できるのかも! 死んだら戻ってるだけで……!」
涙が止まらない。
「ノノカだって死んで……また戻ったら生きてるのかもしれないけど、じゃあ今のノノカは何なの!? 私だって分かんないよ!」
男の子が黙った。
「……もう、分かんない……」
息が苦しい。
行かなきゃ。
誰かを助けないと。
そう思うのに、足が動かない。
男の子が何かを呟いている。
「一度じゃない……少なくとも、複数回」
聞いてない。
「前に起きたことを覚えたまま、同じ日へ戻っている」
ノノカなら、どうするんだろう。
やっぱり地上へ行く?
じゃあ私がここに残ったのは間違いだった?
「失敗した後でも、次は別の行動を選べる……」
分かんない。
もう何も考えたくない。
「……もしかしたら」
男の子の声。
「全部、救えるかもしれない」
足が止まった。
「……何言ってるの?」
「お前が何度も――」
「何言ってるの!?」
声が大きくなる。
「全部って何!? 何で急にそんな話になるの!?」
「落ち着け」
「分かんないよ! さっきから何の話してるのか全然分かんない!」
ノノカが死んだ。
街では今も人が死んでる。
なのに、いきなり全部救えるなんて言われても。
「何なの……全部救えるって。どういうことなの……!?」
「助かると言ってるんじゃない」
「じゃあ何なの!?」
「可能性ができたと言ってる」
「分かんない!」
「一度で正解する必要がなくなる」
「……何?」
「普通なら、一度失敗すればそこで終わりだ。死んだ人間は戻らない。間違えた選択をやり直すこともできない」
男の子が続ける。
「でも、お前は違う。失敗しても、何が起きたかを覚えたまま戻れる」
「……」
「一度目で駄目なら、次は違うことをする。それでも駄目なら、また変える」
「そんな……」
「今までなら試すことすらできなかった方法を、試せるかもしれない」
「……何、それ」
何度も戻る。
それって。
また死ぬってこと?
また今日みたいなことが起きて。
また誰かが死んで。
またノノカが死ぬかもしれなくて。
私も死んで。
それを、何回も?
「……嫌だ」
「何?」
「そんなの……嫌だよ」
何度でもやり直せるなんて、全然嬉しくない。
今日のことを、もう一回やるだけでも嫌なのに。
「それなら、地下も地上も――」
「......何言ってるの?」
「地上だ」
「……何それ」
頭が追いつかない。
「さっきから何の話してるの?」
「……」
「終幕作戦って何なの? なんで地下と地上が出てくるの?」
また知らないこと。
また分からないこと。
「どっちかを選ぶって何!? あなたたち、何しようとしてるの!?」
「それは――」
「ちゃんと説明してよ! 何なの!? 何が起きてるの!?」
男の子の目が、私の後ろを見た。
表情が変わる。
「っ危ない!」
「え――」
強く押された。
体が横へ飛ぶ。
直後、鈍い音がした。
「……っ!」
地面に転がる。
「痛っ……」
顔を上げる。
「…………え?」
男の子がいた場所。
魔女。
そのすぐ近くに、男の子が倒れている。
「何……」
頭が追いつかない。
魔女の巨体がぐらりと揺れた。
灰色の体は傷だらけで、ところどころにある黒い部分も大きく抉れている。立っているのもやっとなのか、今にも倒れそうだった。
それでもこちらへ動こうとして。
数歩も進まないうちに、巨体が地面へ崩れ落ちた。
それきり、動かなくなった。
男の子へ駆け寄る。
血が出ている。
「ちょっと……」
「来るな……」
「何で……」
また?
また死ぬの?
「なんで私を助けたの……?」
男の子が薄く目を開ける。
「……それとこれとは、別なんだろ」
「……何、それ」
私が言った言葉だ。
「待って」
傷を見る。
分からない。
どうすればいい。
「誰か……誰か呼んでくるから」
「無理だ」
「何で決めるの……」
「分かる」
「分かんないでしょ!」
声が震える。
「ノノカだって……ノノカだって、さっき……」
言えない。
男の子の呼吸が浅くなっていく。
「次も戻れたら……俺を探せ」
「何でそんな話してるの……」
「聞け」
「まだ助かるかもしれないじゃん……」
「次の俺を探せ」
「……」
「『まだ諦めてない』って言え」
「何……?」
「それで分かる」
「何が分かるの……」
「……エル」
「え?」
「俺の名前だ」
エル。
今まで名前すら知らなかった。
「待って。そんな一気に言われても……」
「次の俺を……見つけろ」
「ちょっと待って」
目が閉じる。
「……ねえ」
返事がない。
「…………」
何。
何なの。
さっきまで話してたのに。
この人は、私とノノカを殺した人で。
今日のことにも関わっていて。
敵で。
なのに私を助けて。
勝手に訳の分からないことを言って。
死んだ。
「……何なのよ、もう……」
涙が落ちる。
ノノカも死んだ。
この人も死んだ。
聞きたいことは、何一つ分からない。
周りではまだ悲鳴が聞こえている。
行かなきゃ。
助けないと。
でも。
『全部、救えるかもしれない』
その言葉だけが、頭から離れなかった。