「あれは――侵攻だ」
セナ先輩の言葉が耳に残った。
地上から、人が降りてきている。
大きな白いものにぶら下がった人影は、今も穴から次々と現れていた。
服や髪には、地上で舞っている灰が白っぽく付着している。
地上には魔女しかいない。ずっとそう思っていた。
なのに、人がいる。
「……どういうこと?」
「分からない」
セナ先輩も空を見たままだった。
「少なくとも助けに来たわけではなさそうだね」
降りてきた人たちは、みんな似たような服を着ている。遠すぎて細かいところまでは見えないけど、ばらばらに逃げたりする様子はなかった。
まとまって、どこかへ動いている。
「コトハクン」
「……はい」
「ここにいよう。まだ怪我人もいる」
「……はい」
分からないことだらけだった。
エルは地上のことを知っていた。
地上には人がいた。
その人たちが、今、地下へ降りてきている。
でも。
「助けて!」
「……っ」
声に振り返る。
考えてる場合じゃない。
「今行きます!」
◇◇
最初に聞こえたのは、乾いた音だった。
パンッ。
「……?」
聞き覚えがある。
エルが持っていた、あの武器。
もう一度。
パンッ! パンッ!
「コトハクン!」
セナ先輩の声が飛ぶ。
少し離れた通りから、何人もの人が走ってきていた。
さっき穴から降りてきた人たちだ。
「下がって!」
セナ先輩が私の前へ出る。
人数は、十人くらい。
みんな同じような服を着ていた。黒色の上着とズボン。エルが持っていたものによく似た金属の武器を、それぞれ手にしている。
軍隊。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……あの人たちが」
「うん。さっき降りてきた人たちだろうね」
先頭の一人が、こちらへ武器を向けた。
「っ!」
セナ先輩が私を引っ張る。
パンッ!!
さっきまで私がいた場所の壁が、小さく抉れた。
「撃ってきた……」
「コトハクン、私より前に出ないで」
「……はい」
別の方向でも音がした。
見る。
天使と、地上から来た人たちが戦っている。
何で。
同じ人間なのに。
何でいきなり撃ってくるの。
「散って!」
誰かの声。
地上から来た人たちが、一斉に動いた。
そのうち一人がこちらへ走ってくる。
セナ先輩がステッキを構えた。
近づく。
顔が見えた。
「…………え?」
若い。
男の子。
私より少し年上くらい。
エルと、そんなに変わらない。
セナ先輩が銃口を避け、そのままステッキを振る。男の子の脇腹に当たり、体が地面を転がった。
「ぐっ……!」
呻き声。
生きてる。
気絶したのか、そのまま動かなくなった。
「……子供?」
「コトハクン!」
「っ!」
別の人が来る。
今度は女の子。
銃。
でも。
「……私たちと、同じくらい?」
女の子が引き金に指をかける。
「避けて!」
「っ!」
翼を動かす。
パンッ!
弾が横を通り抜けた。
反撃。
しないと。
拳を握る。
女の子がもう一度、銃をこちらへ向ける。
「…………」
殴る。
この子を。
私が?
「コトハクン!」
体が動かなかった。
横からステッキが飛んでくる。
女の子の銃が弾き飛ばされた。
「よっと!」
続けて、セナ先輩が女の子の腹を殴る。
「っ……!」
女の子が崩れ落ちる。
「大丈夫?」
「……はい」
「無理に戦わなくていい。コトハクンは救助を続けて」
「……」
「こっちは私たちがやるから」
「……はい」
返事をして、離れる。
でも、何度も後ろを見てしまった。
倒れている女の子。
その隣の男の子。
少し離れたところでも、地上から来た人たちが戦っている。
一人だけじゃない。
あっちも若い
こっちも。
中にはもう少し大人に見える人もいる。でも、大半は私たちとそんなに変わらない。
「……何なの」
何で。
何でこんな子たちが、地上から。
◇◇
戦線は、少しずつこちらへ広がってきた。
救助を続けようとしても、銃声が邪魔をする。逃げていた人たちも、今度は魔女だけじゃなく、地上から来た人たちから逃げ始めていた。
「こっちです! 早く!」
怪我をした人を建物の陰へ誘導する。
パンッ!
「っ!」
近くの壁に何かが当たる
怖い。
でも。
「もう少しです!」
女の人を安全なところまで連れていく。
振り返る。
地上兵。
女の子だった。
多分、十五とか十六とか。
私と同じくらい。
無表情で、銃を構えている。
「…………」
同じだ。
同じような服。同じ武器。
パンッ!!
「っ!」
弾が羽にあたる。痛い。
戦わないと。
女の子がまた銃を向ける。
殴ればいい。
変身してる。
距離を詰めれば、私の方が――。
「…………」
できない。
人だ。
魔女じゃない。
私と同じくらいの女の子。
地上兵の女の子を見る。
この人たちは、地下の人を殺している。私も殺そうとしてる。今だって、銃を向けてる。
パンッ!!
「っ!」
弾がすぐ横を通る。
よく見ると、その手が少し震えていた。
「……」
怖いの?
この子も。
だったら、撃たなくても――。
パンッ!!
「――っ」
肩に衝撃が走った。
「痛っ……!」
体が傾く。何が起きたのか理解するより先に、肩が焼けるように痛くなった。
撃たれた。
女の子はまだ銃を構えている。手は震えているのに、銃口はこっちを向いたままだ。
「待って……」
もう一度。
パンッ!
今度は腹。
「ぁ……」
力が抜けて、地面に膝をつく。
何で。
この子、こんなに若いのに。怖そうなのに。
それでも撃つんだ。
「コトハクン!!」
遠くからセナ先輩の声がした。
女の子がもう一度、銃を向ける。
逃げないと。分かってるのに、体が動かない。
それに。
『全部、救えるかもしれない』
この子も?
この子も、救うの?
分かんない。
私は、この子に殺されるのに。この子は、みんなを殺してるのに。
それでも。
全部って。
銃口が見えた。
パンッ!!
◇◇
「――っ!!」
飛び起きる。
「はっ……はっ……!」
腹を押さえる。何もない。
肩。
血も出てない。
私は今、自分の部屋にいる。
「…………」
戻った。
また。
端末を見る。
『12月1日』
「……っ」
息が苦しい。
撃たれた。また死んだ。
ノノカ。瓦礫。エル。地上から降りてきた人たち。
自分を撃った女の子。
「…………」
『次の俺を見つけろ』
エルの声。
『まだ諦めてない』
「……エル」
ノート。
書かないと。
ベッドから降り、鞄からノートを引っ張り出す。机に置いて、覚えていることをそのまま書いていく。
『Xデイ。地上から人が降りてきた』
『白い大きなものにぶら下がって降りてくる』
『軍隊みたい。同じ服。拳銃を持ってる』
『私たちと同じくらいの子が多い』
手が止まる。
あの女の子。
震えながら、私を撃った。
『地上に人がいる』
これだけは、絶対に忘れちゃいけない。
さらに書く。
『男の子の名前=エル』
『エルも地上側』
『全部、救えるかもしれない』
『次のエルを探す』
『「まだ諦めてない」と言う』
「…………」
これでいい。
多分。
時計を見る。もうすぐ学校へ行く時間だった。
制服もある。鞄もある。
「…………学校」
行って。授業受けて。訓練して。
「……いや」
そんなことしてる場合じゃない。
「学校、行ってる場合じゃない……」
ノートを閉じ、そのまま鞄へ入れた。
制服には着替えない。
今日は、学校には行かない。
◇◇
西へ。
学校とは違う方向へ進む。まだ何も起きていない街は、普通だった。
店が開いている。
人が歩いている。
笑っている人もいる。
数時間後に、ここが壊れる。
魔女が来て、地上から人が降りてくる。
「……」
考えない。今はエルだ。
前のエルが言った。
『次の俺を見つけろ』
だから行くんだ。
古い建物が増えていく。人が減る。何度も通った道。
前にノノカと来た。セナ先輩とも来た。
そして。
あの場所が見えた。
魔女が閉じ込められている施設。
古い建物が増えるにつれて、人の姿もなくなっていった。
何度も通った道。
前にノノカと来た。セナ先輩とも来た。そして、あの場所が見えてくる。
魔女が閉じ込められている施設。
「…………」
足が止まった。
ここで一度、殺された。
あの扉の向こうで、エルが拳銃を私に向けた。大きな音がして、額に何かがぶつかって、それで終わった。
思い出すと、入りたくなくなる。
『次の俺を見つけろ』
「……よし」
息を吸う。
「エルーーー!!!」
声が人気のない区画に響いた。
「エルー!! いるんでしょー!!」
返事はない。
もう一度呼ぶ。
「エルーーー!!!」
静かだった。
「……いない?」
時間が違うから?
いや、いないって決まってるわけじゃ――。
「……誰だ」
「っ!」
後ろから声がした。
振り返ると、少し離れたところに男の子が立っていた。黒い服。短い髪。何度も思い出した顔。
「……エル」
いた。
ちゃんと生きてる。
さっき目の前で死んだばかりなのに、今は何事もなかったみたいに立っている。それが当たり前なのは分かっているのに、変な感じがした。
エルの表情が変わる。
「なぜ俺の名前を知ってる」
「……」
何て言えばいいんだろう。
いや。
言われた。
前のエルから、これを言えって。
「……まだ諦めてない」
「…………」
エルの動きが止まった。
ほんの一瞬。
次の瞬間には、服の中から取り出された拳銃が私の額へ向けられていた。
「っ……!」
体が勝手に固まる。
銃口を見るだけで、あの時の音が蘇った。ここで同じものを向けられて、そのまま撃たれた。
「……誰に聞いた」
「え?」
「誰に聞いた」
声が低い。
「……あなた」
「は?......何を言っている」
銃口がさらに近づく。
怖い。
逃げたい。
前のエル、それで分かるって言ったじゃん。
「本当に……あなたに聞いたの」
「…………」
「あなたが言ったんだよ。次のあなたを探せって。『まだ諦めてない』って言えば分かるからって……」
エルの目が細くなった。
「それを知ってる人間はいない」
「……え?」
「俺は、その言葉を誰にも話したことがない」
エルの指が、引き金にかかる。
「なのに、なぜお前が知ってる」
「だから、あなたが――」
「俺はお前に会ったことがない」
「…………」
エルが私を見る。
「お前は、何者だ?」