「お前は、何者だ?」
拳銃が、額に向けられている。
「…………」
怖い。
この武器で、一度殺された。大きな音がして、額に何かがぶつかって。それで終わった。
逃げたい。
でも、もう逃げる元気もあんまり残っていなかった。
「……コトハ」
「名前を聞いてるんじゃない」
「……分かってる」
エルを見る。
どう説明したらいいんだろう。
「私……時間を戻ってきたの」
「…………何?」
「死んだら、12月1日に戻るの。何回か……戻ってる」
エルの眉が動いた。
「何を言ってる」
「本当だよ」
「証拠は?」
「だから、それ」
「……」
「『まだ諦めてない』。前のあなたが教えてくれた」
拳銃は下がらない。
「いつに戻る?」
「12月1日」
「毎回?」
「……今のところは」
「何回戻った」
「何回か」
「曖昧だな」
「もう数えるの疲れたの……」
エルが少し黙った。
「記憶は?」
「残る」
「他には?」
「……これ」
鞄からノートを取り出す。
エルの視線がそちらへ移る。
「前の時間で書いたことも、そのまま残る」
「見せろ」
「……撃たない?」
「それはお前次第だ」
「……」
ゆっくりノートを差し出す。
エルは拳銃を向けたまま、片手で受け取った。
ページをめくる。
私が書いた文字。
ノノカが書いた文字。
魔女の襲撃。
施設までの道順。
拳銃の絵。
目の前にいる男の子について書いたページ。
「…………」
エルの手が止まった。
「これを書いたのは?」
「私」
「いつ」
「前」
「……」
「前の時間で、あなたに殺されたあと」
「俺が?」
「うん」
エルが私を見る。
「俺がお前を殺した?」
「ノノカも」
「……」
「でも、その次は違った」
「何が」
「セナ先輩を連れてきたから、あなたを捕まえられた。それで……色々あって」
ノノカ。
瓦礫。
思い出したくない。
「前のあなたにも会った」
「……」
「最後、私を庇って死んだ」
エルの表情が少し変わった。
「…………俺が?」
「うん」
「なぜ」
「知らない。私が先にあなたを助けたから……かもしれない」
エルは何も言わない。
「死ぬ前に言われたの。『次の俺を見つけろ』って。『まだ諦めてない』って言えば分かるからって」
「…………」
「だから来た」
長い沈黙。
エルがノートを見る。
私を見る。
またノートを見る。
「……前の俺は、他に何を言った」
「え?」
「死ぬ前だ。他に何か言わなかったか」
「……言ってた」
あの言葉。
「『全部、救えるかもしれない』って」
「…………」
エルの顔が変わった。
「全部?」
「うん」
「……そう言ったのか。俺が」
「言ったよ」
だから。
「どういう意味?」
「…………」
「地下も地上もって言ってた」
エルはしばらく黙っていた。
拳銃はまだ私へ向いている。
「……前の俺は、お前に協力したんだな」
「多分」
「自分から、次の俺を探せと言った」
「うん」
「……」
エルが息を吐く。
そして。
拳銃が下がった。
「分かった」
「……何が?」
「全部信じたわけじゃない。だが、お前がその言葉を知っている理由は、他に思いつかない」
エルが拳銃をしまう。
「お前に協力する」
「…………え?」
「何だ」
「いや……」
もっと揉めると思ってた。
「……ありがとう」
「礼はまだ早い」
「はい……」
ちょっと怖い。
◇◇
「……あのさ」
「何だ」
「ずっと分かんなかったことがあるんだけど」
エルを見る。
「学校の襲撃って、いつやるって決まってるの?」
「基本は12月1日だ」
「…………え?」
「何だ」
「12月1日……?」
やっぱり。
でも、それならもっと分からない。
「最初は、何もなかったんだけど」
「最初?」
「私が一回も戻る前。12月1日は普通に学校行って、授業受けて、寮に帰った。魔女なんて来なかった」
「…………」
エルが黙った。
「でも、一回死んで12月1日に戻ったら、その日は学校が襲われた」
「待て」
「何?」
「最初の12月1日は、本当に何もなかったのか?」
「うん」
「襲撃が失敗したとか、途中で中止になったとかじゃないんだな」
「知らないよ。少なくとも学校には何も来なかった」
「…………」
エルの眉間に皺が寄る。
「おかしい」
「え?」
「12月1日の襲撃は、最初から決まっている」
「……うん」
「お前が時間を戻ったことで新しく決まった作戦じゃない。なら、お前が戻る前の12月1日にも実行されていないとおかしい」
「…………」
言われてみれば、そうだ。
「じゃあ、なんで?」
「分からない」
「分かんないの?」
「ああ。少なくとも、俺が今知っている情報だけじゃ説明できない」
エルが少し考える。
「その最初の時間で、今と何か違うことをした覚えは?」
「……分かんない。普通に学校行ってただけだと思う」
「作戦に影響しそうなことは?」
「そんなの知らないよ。その時は作戦があることすら知らなかったんだから」
「……そうだな」
エルはまだ考えている。
でも、答えは出ないらしい。
「……それで?」
「え?」
「他の時間ではどうなった」
「あ……」
続きを思い出す。
「次は12月1日に襲われた。でも、その次は違った」
「どう違った」
「12月1日に来なかった。何も起きなくて……そのあと、12月5日に襲われた」
「4日ずれた?」
「うん」
エルが少し考える。
「12月1日に襲われた時と、12月5日に襲われた時で、お前は何か違うことをしたか?」
「違うこと……」
「何でもいい。学校側の動きが変わるようなことだ」
「あ」
ある。
「12月5日にずれた時は、私、先生に言った」
「何を」
「12月1日に学校が襲われるって」
エルの表情が変わった。
「それで?」
「最初は信じてもらえなかったけど……色々あって、ちょっとだけ信じてもらえて。授業を変えてもらったり、変身できる時間を残してる天使を待機させたりした」
「どの程度?」
「先生たちも配置されてた。みんなもいつでも逃げられるようにしてて……結構、警戒してたと思う」
「……なるほど」
「何?」
「それなら12月5日にずれた理由は、多分それだ」
「え?」
「こっちも学校の様子は確認している。襲撃する日に、普段と違って天使が待機している。教師も配置されている。明らかに警戒されている」
「……」
「そんなところに、予定通り魔女を放つ必要はない。一度中止して、警戒が解けるのを待つ」
「じゃあ……」
「お前が12月1日の襲撃を防ごうとした結果、作戦が延期された。それが12月5日だったんだろう」
「…………何それ」
やっと分かった。
12月1日に来ると知っていたから、12月1日に備えた。
そしたら、来なくなった。
安心して警戒を解いたら、12月5日に来た。
「そんなの……分かるわけないじゃん」
「こっちも考えて動いてるからな」
「…………」
未来を知ってるから、その通りに動けばいいと思ってた。
でも違う。
私が何かを変えたら、向こうもそれを見て動きを変える。
「じゃあ今回も、私が学校に全部話して待ち構えたら……」
「延期する可能性が高い。どこまで情報が漏れているか分からなければ、別のやり方に変える可能性もある」
「……じゃあ、どうすればいいの」
「それを考えるしかない」
「…………」
面倒くさい。
未来を知ってるのに、その未来がそのまま来ない。
「でも」
まだ一つ残ってる。
「最初は?」
「……」
「一回も戻ってない時。私は何も知らなかったし、学校も普通だった。それなのに襲われなかった」
「ああ」
エルの表情が険しくなる。
「そこだけは、今の話じゃ説明がつかない」
「……なんで?」
「それが分かれば苦労しない」
「そっか……」
エルはしばらく黙っていた。
「少なくとも、何かが違ったはずだ」
「何か?」
「作戦が実行されるかどうかを変える何かだ。お前が時間を戻る前と、戻った後で」
「…………」
そんなもの。
あるの?
「今は分からない。だが、覚えておいた方がいい」
「……うん」
ノートを開く。
『0回目だけ、12月1日の襲撃なし。理由不明』
書いて、丸で囲んだ。