「……じゃあ」
顔を上げる。
「今日の襲撃、あなたが止めることはできないの?」
「無理だ」
「……やっぱり?」
「ああ。俺一人の作戦じゃない。俺が抜けても、他の人間が動く」
「でも、あなたが作戦を知ってるなら……何かできない?」
「下手に動けば、さっき話したのと同じだ。こっち側に異常を察知される」
「……そっか」
じゃあ、エルに「やめて」と頼めば解決、とはならない。
「それに」
「?」
「お前の話を聞く限り、一度それで最悪の反応を引き起こしてる」
「え?」
「前の時間で、施設を見つけたんだろ」
「……うん」
「その時の俺は?」
「通信機で連絡した。『収容施設が露見した』って。途中でセナ先輩が止めたけど……」
「その後は?」
「すぐにXデイが始まった。30日後だったはずなのに」
エルが少し黙った。
「……緊急終幕作戦か」
「うん」
「なら、多分それだ」
「何が?」
「施設まで発見された時点で、単なる警戒じゃない。作戦そのものが露見したと判断されたんだろう」
「…………」
だから。
12月1日に待ち構えた時は、延期。
施設まで見つけた時は、緊急終幕作戦。
私たちがどこまで知っているように見えるかで、向こうの対応も変わっていた。
「……面倒くさすぎない?」
「だから作戦だと言ってる」
「二回目……」
「何が」
「なんでもない」
でも、分かった。
エルに止めてもらうのも駄目。
学校に全部話して、完璧に待ち構えるのも駄目。
だったら。
「……学校で止める」
「どうやって」
「向こうに全部バレたって思わせないようにして。それでも、魔女が来たら誰も死なないようにする」
「それだけじゃ駄目だ」
「え?」
「学校への襲撃を防いだ時点で、こっちは異常に気づく」
「……あ」
「予定していた魔女が全滅した。地下側は最初から待ち構えていた。そうなれば、作戦が漏れている可能性を考える」
「じゃあ……」
「地下にいる工作員が連絡する」
通信機。
前の時間で、エルが使ったもの。
『収容施設が露見した!』
「……それ、まずくない?」
「ああ。内容次第では、緊急終幕作戦に切り替わる」
「…………」
学校を守れた。
よかった。
と思った瞬間に、Xデイ。
「じゃあどうすればいいの!?」
「12月1日の襲撃を止めるのと同時に、地下にいる工作員を全員確保する」
「…………全員?」
「全員だ」
「何人いるの?」
「それも教える」
「いや、そうじゃなくて……」
できるの?
「それと、捕まえるだけじゃ駄目だ」
「まだあるの!?」
「通信させるな。誰か一人でも作戦露見を地上へ伝えれば、同じことになる」
「…………」
魔女を止める。
工作員を全員見つける。
同時に捕まえる。
通信機も使わせない。
しかも、こっちが全部知っていたと気づかれる前に。
「……無理じゃない?」
「だから聞いたんだ。できるのかって」
「…………」
分かんない。
でも。
「……やる」
エルはすぐには答えなかった。少し考えてから、壁にもたれていた体を起こす。
「一つ、勘違いするな」
「何?」
「俺が協力するのは、地下側を勝たせるためじゃない」
「……うん」
「前の俺が言ったんだろ。全部救えるかもしれないって」
「言った」
「なら、俺が知りたいのもそれだ。地上も地下も、どっちかを切り捨てなくて済む方法が本当にあるのか」
エルが私を見る。
「今日の襲撃を防ぐのは、そのための一つ目だ」
「一つ目?」
「ああ。今日を乗り切ったところで何も終わらない。地上側の問題も残るし、終幕作戦も残る」
「……そっか」
12月31日。
あれを止めない限り、今日だけ助かっても意味がない。
「それと」
「?」
「俺たちを殺して止めるのはなしだ」
「…………」
少し前に見た、地上から降りてきた人たちが浮かぶ。
私と同じくらいの子たち。
銃を向けられた。撃たれた。殺された。
それでも。
「……分かってる」
「それじゃ『全部』じゃないからな」
「……うん」
あの子たちまで助けたいって、今すぐ迷わず言えるわけじゃない。
でも。
全部って言うなら、多分そういうことなんだ。
「まずは今日だ」
エルが言った。
「地下側にも、こっち側にも死者を出さずに学校への襲撃を止める」
「……うん」
「そのためには、まず攻撃側がどう動くのか知らないと話にならない」
「攻撃側……」
「ああ」
エルが自分を指す。
「俺たちだ」
「あ……」
鞄からノートを取り出した。
◇◇
『襲撃時刻――』
書く。
『工作員――』
人。
『魔女――』
数。
『解放地点――』
場所。
『学校への侵入――』
「西側から入れる予定だ」
「……うん」
書く。
「そこから二手に分かれる。片方は――」
「待って」
「何だ」
ペンが止まった。
エルを見る。
「これ……」
「?」
「あなた、全部知ってるんじゃないの?」
「作戦のことなら」
「…………」
力が抜けた。
「何だ」
「……もっと早く会えばよかった」
「?」
「なんでもない」
私、何回死んだんだろう
学校が襲われて。
時間を変えて。
人数を考えて。
魔女を追いかけて。
施設を探して。
その答えを、目の前の人は最初から全部知っていた。
「……はぁ」
「何なんだ」
「なんでもないって」
ノートへ視線を戻す。
「それで、西側から入って……魔女が学校に行く道も決まってるの?」
「予定ならな」
「予定?」
「完全に言うことを聞かせられるわけじゃない」
「…………」
何を言ってるんだろう。
「……魔女を、操ってるの?」
「大雑把にはな」
「…………そっか」
今まで。
魔女が学校を襲ったと思っていた。
違った。
魔女が勝手に来たんじゃない。
人が。
人が魔女を、学校へ向かわせた。
「……続けて」
「ああ」
◇◇
ノートのページが、文字で埋まっていく。
襲撃時刻。
魔女の数。
どこで解放するのか。
どの道を通らせる予定なのか。
どうやって大まかな方向を誘導しているのか。
誰がどこを担当しているのか。
どの程度の警戒なら作戦を続行するのか。
どこまで学校側に知られれば、露見したと判断するのか。
書く。
とにかく書く。
「ただし、魔女が予定通り動く保証はない」
「……うん」
「誘導できるのは大まかな方向だけだ。途中で別の人間を見つければ、そっちへ行く可能性もある」
「じゃあ、この通りに来るって思わない方がいい?」
「ああ」
書き足す。
「それと、学校側の戦力は俺も知らない。天使が何人動けるのか、どこへ配置されるのかまでは分からない」
「……そっちは私が調べる」
「そうしろ」
ページをめくる。
まだ書ける。
もっと。
何かない?
今度こそ。
「……あれ?」
ふと、壁の上に小さな装置があるのが見えた。
「エル」
「何だ」
「あれ、何?」
指を差す。
エルも見る。
「ああ」
「監視カメラ?」
「似たようなものだ」
「…………」
一瞬。
嫌な予感がした。
「……この会話も聞こえてる?」
「いや。音声は拾わない」
「……よかった」
息を吐く。
「映像は残るが」
「…………」
顔を上げる。
「映像は残るの?」
「ああ」
「私がここに来たのも?」
「ああ」
「ずっと話してたのも?」
「当然――」
エルの言葉が止まった。
「……?」
「…………待て」
「何?」
エルが監視装置を見る。
私を見る。
私の手元のノートを見る。
「……まずい」
「何が?」
返事がない。
「エル?」
「待てよ……」
さっきまでとは明らかに顔が違う。
「お前、今日この情報を使うつもりなんだよな」
「え? うん」
「学校へ戻って?」
「そのつもりだけど……」
エルの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
「……襲撃時刻を知ってる」
「うん」
「魔女の数も。解放場所も、侵入経路も」
「……うん」
「学校側が、それを知ってるとしか思えない動きをする」
「そうなればいいけど……」
「違う」
エルが私を見る。
「そうなったら、こっちから見ても分かる」
「……何が?」
「情報が漏れてるってことが」
「あ」
エルがもう一度、監視装置を見る。
「地下の人間が秘密施設まで来た。その人間と俺が長時間接触してる。今日の襲撃が始まったら、そいつが作戦を知ってるとしか思えない動きをする」
「…………」
「監視映像を確認されたら――」
エルが黙った。
「……俺だ」
「え?」
「俺が漏らしたって分かる」
「…………」
まずい。
それは。
「映像、消せないの?」
「消した方が怪しい」
「じゃあ……」
「…………」
エルが考えている。
長い沈黙。
やがて、私を見る。
「……お前をここから帰せない」
「…………」
怖い。
意味は分かった。
「驚かないのか」
「……前に1回、あなたに殺されてるから」
「……」
「怖いけど」
手を見る。
少し震えていた。
「お前を帰せば、今日の作戦で情報漏洩が発覚する。俺が疑われるだけならまだいい」
「まだいいの?」
「問題は、その時点で作戦が露見したと判断される可能性があることだ」
「……緊急終幕作戦」
「ああ」
前の時間と同じ。
学校を助けようとして。
もっと大きなものが始まる。
「……じゃあ、どうするの」
「今書いたものを持って戻れ」
「…………」
「次があるなら、その情報は残るんだろ」
「うん」
「なら、次は俺に会いに来るな」
「……」
「次の俺は、またお前を知らない。ここへ来れば同じことになる」
エルがノートを見る。
「今日教えた情報だけで、自分で防げ」
「……分かった」
ノートを閉じる。
立ち上がった。
「……何をしてる」
「学校行く」
「は?」
「まだ襲撃、始まってないんでしょ?」
「お前、今の話を聞いてたのか」
「聞いてたよ」
「なら――」
「でも、今日の人たちは今日しか助けられないじゃん」
エルが黙る。
「次があるからって、今回は失敗していいことにはならないでしょ」
「お前が今その情報を使えば、俺が疑われると言った」
「じゃあ……バレないようにやってみる」
「…………」
「分かんないけど」
「お前な……」
「だって」
ノートを鞄へ入れる。
「次があるからって、人が死ぬのを見て覚えればいいとか、嫌だよ」
「……」
「毎回、今度こそ全員助けるつもりでやる。失敗したら……その時は、その失敗を次に持っていくけど」
でも。
最初から失敗するつもりではやらない。
「だから、行く」
「…………」
エルは何も言わなかった。
「……あ」
出口へ向かいかけて、止まる。
「エル」
「何だ」
「前のあなたに、ありがとうって言えなかったから」
「……?」
「私を助けてくれて、ありがとう」
エルは何も答えなかった。
まあ。
覚えてないもんね。
「じゃあ、行ってくる」
踵を返す。
学校へ戻らないと。
まだ間に合う。
教えてもらったことを、どうやって先生たちに伝えるか考えないと。
今度こそ――。
パンッ!!
「……え」
足から力が抜けた。
地面が近づく。
何で。
そう思って。
すぐに、さっきの言葉を思い出した。
『お前をここから帰せない』
あ。
そっか。
遠くで、エルの声がした。
「……次は、誰も死なないといいな」
そこで、意識が途切れた。