パンッ!!
「――っ!」
飛び起きた。
「はっ……はっ……!」
反射的に額へ手を当てる。何もない。血も出ていないし、痛くもない。
目の前にあるのは、もう何度も見た自分の部屋だった。ベッドも机も窓も、何一つ変わっていない。
「…………」
戻った。
端末を手に取る。画面に表示されている日付は、やっぱり『12月1日』だった。
分かっていた。撃たれる前から、次も戻れたらとは思っていたし、ノートに書いた情報だって残っているはずだ。
だったら学校に行かないと。
今日、学校が襲われる。襲撃の時間も、魔女の数も、どこから来るのかも分かっている。工作員の人数も、通信機のことも、今度は今までとは比べものにならないくらい情報がある。
早く起きて、学校へ行って、先生たちに――。
「…………」
体が動かなかった。
時計を見る。そろそろ学校へ行かないといけない時間だ。制服もあるし、鞄もある。ベッドから降りて着替えるだけなのに、それができない。
布団を握る。
ノノカが浮かんだ。
巨大な瓦礫。その下から見えていた、白い制服。
『一人で行けばいいじゃん!』
「……っ」
目を閉じても消えなかった。
今度はエルが浮かぶ。私を突き飛ばして、代わりに魔女の攻撃を受けた。
『次の俺を……見つけろ』
地上から来た女の子。銃を持つ手は震えていた。それでも、私を撃った。
その前にも、あの施設でエルに撃たれた。ノノカも撃たれた。
そして、さっきも。
『……次は、誰も死なないといいな』
「…………」
布団を頭まで被った。
学校に行かなきゃいけないのは分かってる。今日も何もしなかったら、また人が死ぬかもしれない。
そんなの、分かってる。
「……もう嫌」
今日は動けない。
◇◇
どれくらいそうしていたのか分からない。
何度か端末を見た。
そのたびに時間だけが進んでいて、登校時間はとっくに過ぎていた。
机の上にはノートがある。
開けば、エルから聞いた情報が全部書いてある。襲撃時刻、魔女の数、工作員、通信、今日を攻略するために必要な情報。
でも、見たくなかった。
ノートを見るだけで、そこに書かれている内容じゃなく、その情報を手に入れるまでに起きたことばかり思い出してしまう。
死んだノノカ。
死んだエル。
撃たれた自分。
「……ちょっとだけ」
少し休んでから考えよう。
そう思って、また布団に顔を埋めた。
端末が鳴った。
「……」
見ない。
少しして、もう一度鳴った。
「…………」
仕方なく手を伸ばして、画面を見る。
『ノノカ』
指が止まった。
『コトハちゃん、今日お休みですか?』
「…………」
ただの連絡だった。いつものノノカが、いつもの調子で送ってきただけ。
なのに、頭に浮かんだのは瓦礫の下から見えていた白い制服だった。
端末を伏せる。
また通知が来た。
『体調悪いですか?』
少しして、もう一つ。
『必要なものがあれば持っていきますよ』
「…………」
返せなかった。
◇◇
コンコン。
顔を上げる。
コンコン。
「コトハちゃん?」
「……っ」
ノノカ。
「中にいますよね?」
返事をしなかった。
何で来るの。
今は会いたくない。誰とも話したくない。
「……心配なので、せめて返事だけしてください」
「…………」
「コトハちゃん?」
帰って、と言えばいい。
でも、扉の向こうから聞こえるノノカの声は、ちゃんと生きている人の声だった。
「…………いる」
小さく答える。
「よかった。入ってもいいですか?」
「…………」
本当は嫌だった。今は誰にも会いたくない。
それでも。
「……いいよ」
布団から出て、扉まで歩く。鍵を開けた。
「おはようございます、コトハちゃん」
「…………」
ノノカがいた。
制服を着て、鞄を持って、何事もなかったみたいに立っている。怪我もない。血も出ていない。当然だけど、体だってちゃんと元の形をしている。
「……コトハちゃん?」
「…………入って」
「はい。失礼します」
目を合わせられなかった。
ノノカが部屋へ入ってくる。
「連絡がなかったので心配しました。学校にも来ていませんでしたし」
「……うん」
「具合が悪いんですか?」
「違う」
「では、何かありました?」
「…………」
ベッドへ戻って座る。ノノカも少し離れたところに立っていた。
「コトハちゃん?」
「……ごめん」
「何がです?」
「ノノカに、ひどいこと言った」
「私に?」
「……うん」
ノノカが少し首を傾げた。
「いつです?」
「…………」
答えられない。
このノノカにとって、そんな時間は存在していない。
何も知らない。
「……コトハちゃん」
いつもの声で名前を呼ばれた。
それだけだった。
「…………っ」
もう無理だった。
「ノノカぁ……」
「えっ」
涙が出た。
一度出たら、止まらなかった。
「ちょ、コトハちゃん?」
「ごめん……ごめんなさい……」
「え、あの……」
「ノノカぁ……」
「……はい」
ノノカは困っていた。でも、それ以上何も聞かずに、隣へ座ってくれた。
◇◇
「……私、また戻ってきたの」
どれくらい泣いていたのか分からない。少しだけ話せるようになってから、最初にそう言った。
「戻ってきた?」
「時間」
ノノカが黙る。
「死んで……また12月1日になった。何回か、繰り返してる」
「何回か?」
「うん」
どこから話せばいいのか分からなかった。
学校の襲撃。魔女。エル。地上から来た人たち。
でも今、一番言いたいのはそれじゃない。
「……前のノノカと、喧嘩した」
「私と?」
「うん」
「何についてです?」
「Xデイの時。ノノカは地上を調べに行こうって言って、私はまだここで人を助けるって言って」
思い出すだけで胸が苦しくなる。
「どっちも譲らなくて、いっぱい言い合って。それでノノカが、一人でも地上に行くって言ったから……」
言いたくない。
でも。
「私、『だったら一人で行けばいいじゃん』って言った」
「…………」
「そのあとノノカが行って……目の前で、死んだ」
また涙が出てきた。
「それが最後だった」
「…………」
「ごめんなさい……」
ノノカはすぐには答えなかった。少し考えてから、ゆっくり口を開く。
「……私は、その時の私ではありません」
「……うん」
「正確には私なのでしょうけど、少なくともその記憶はありません。ですから、その時の私が何を思ったのかは分かりません」
「……うん」
「でも、今ここにいる私は、コトハちゃんに怒っていませんよ」
「…………」
「それに、喧嘩というのは一人ではできませんから」
「……え?」
「コトハちゃんだけが一方的に酷いことを言ったのであれば、それは喧嘩ではありません。喧嘩したということは、私も何か言ったんでしょう?」
「……言った」
「でしたら、お互い様ということにしましょう」
「そんな雑な……」
「ふふ」
「笑わないでよ……」
「すみません」
全然悪いと思ってなさそう。
でも、少しだけ息がしやすくなった。
◇◇
「少し休みましょう」
「……でも、今日、学校が襲われるかもしれない」
「そうなんですか?」
「うん。エルからいっぱい聞いた。何時に来るかも、どこから来るかも、工作員が何人いるかも」
「エル…….という人から聞いたのですね。確かに、それはかなり重要です」
「だから、やらないと」
立とうとすると、ノノカに肩を押された。
「一時間だけです」
「でも」
「一時間で人類は滅亡しますか?」
「……多分しない」
「でしたら休みましょう」
「でも学校が」
「襲撃は放課後なんですよね?」
「……うん」
「なら、一時間あります。それに、今のコトハちゃんがそのまま学校へ行っても、まともに考えられないでしょう?」
「…………」
何も言い返せなかった。
「一時間だけです」
「……分かった」
◇◇
ノノカが持ってきてくれたものを食べた。
別に特別なものじゃない。飲み物と、ちょっとした食べ物。
それでも。
「……おいしい」
「それはよかったです」
ベッドに座って食べる。
何も起きない。
魔女も来ないし、誰も死なない。ノノカが隣にいて、普通に食べ物を食べている。
それだけだった。
しばらく、本当に何もしなかった。
◇◇
一時間経った。
机を見る。
ノート。
「…………」
まだ嫌だ。
開けば、また色々思い出す。
でも、さっきよりは少しだけ手を伸ばせそうだった。
「……やらなきゃ」
「やりますか?」
「……うん」
自分から立ち上がって、机まで歩く。椅子に座り、ノートに手を置いた。
少しだけ止まってから、開く。
「……すごいですね」
ノノカが横から覗き込んだ。
「エルに聞いた」
ページいっぱいに文字がある。
襲撃時刻。魔女の数。解放地点。想定されている経路。
工作員の人数と配置。
通信機。
作戦が露見したと判断される条件。
魔女をどうやって誘導しているのか。
エルから聞いたことを、できるだけ全部書いてある。
「ここまで分かっているんですか?」
「うん」
「……なるほど」
ノノカが読み込んでいく。何度かページを戻りながら確認して、しばらくしてから顔を上げた。
「コトハちゃん。これまでとは、かなり状況が違います」
「……違う?」
「はい。今までは、何が起こるか分からない状態で対処していたんですよね?」
「うん」
「ですが今回は、攻撃する側がいつ、どこで、何をするのか。かなりの部分が最初から分かっています」
ノノカがノートを指す。
「初めて、起きてから対処するのではなく、先に作戦を作れます」
「作戦……」
ノノカが新しいページを開いて、真ん中に一本の線を引いた。
左側。
『攻撃側』
右側。
『防衛側』
「……」
まず攻撃側。
エルから聞いた情報を書いていく。魔女、工作員、侵入経路、通信。
どんどん埋まる。
そして右側。
『防衛側』
真っ白。
「…………」
「こちらを埋めましょう」
「何書くの?」
「今日学校にいる天使の人数。誰がどの程度戦えるのか。残っている活動可能時間。先生方の戦力。それから、誰が指揮を取るのか」
「……うん」
「避難経路や救護体制、使える学校設備、どこで迎撃するのが最も安全なのか。他にも必要な情報はあるでしょうね」
「……多くない?」
「多いですね」
「…………」
無理。
こんなの、私に分かるわけない。
「……私、そんなの考えられないよ」
「考えなくていいんじゃないですか?」
「え?」
ノノカは、当たり前みたいに言った。
「分かる人に聞けばいいんです」
「…………」
「戦闘についてならセナ先輩。学校の設備についてなら先生方。怪我人への対応なら、医療に詳しい方に聞けばいい」
「でも……」
タイムリープ。
それを話すのは。
「タイムリープについては話す必要ありませんよ」
「……え?」
「例えば、『もし西側から魔女が何体侵入したら、どう配置するのがいいですか』と聞けばいいんです。学校の設備についても、『魔女が来た場合に避難場所として使えるところはどこですか』と聞けます」
「でも、急にそんなこと聞いたら変じゃない?」
「多少は変でしょうね」
「変なんじゃん」
「ですが、タイムリープを話すよりは安全です」
「それはそうだけど……」
ノノカがノートを見る。
「コトハちゃん一人で、全部考える必要はありません」
「…………」
私もノートを見る。
今までは、自分が忘れないように書いていた。
次の私に伝えるために、私が見たこと、私が分かったことを残していた。
でも。
「……これ」
「はい?」
「私だけが書く必要ないんだ」
「はい」
「いろんな人に聞いて、その人が知ってることとか、その人が考えたこととか……私じゃ思いつかないことも」
ノートの空いているページを見る。
「それも、全部ここに書けばいいんだ」
「そうですね」
「…………」
まだ何も書かれていないページは、たくさんある。
「じゃあ……まず何すればいい?」
「その前に、成功条件を決めませんか?」
「成功条件?」
「何ができれば、12月1日は攻略完了なのかです」
「……あ」
ペンを持つ。
ページの一番上へ、大きく書いた。
『12月1日 学校襲撃完全攻略』
「……なんかゲームみたい」
「攻略するんでしょう?」
「そうだけど」
「では、何ができれば成功ですか?」
「…………」
考える。
まず。
『① 地下側死者 0』
次。
ペンが止まる。
地上から降りてきた女の子を思い出した。銃を持つ手は震えていた。それでも私を撃った。
そして、エル。
『それじゃ「全部」じゃないからな』
「…………」
書く。
『② 地上側死者 0』
その下にも続ける。
『③ 魔女による学校襲撃を阻止』
『④ 工作員全員の通信を阻止』
『⑤ 緊急終幕作戦を発動させない』
「……これ全部?」
「全部ですね」
「多い……」
「攻略ですから」
「ゲームだったら難易度設定間違えてるよ……」
でも、これができれば。
少なくとも12月1日は、誰も死なずに終われる。
「…………」
ノートを見る。
今までは、私が見たことを忘れないために書いていた。
でも、それだけじゃない。
私に分からないなら、分かる人に聞けばいい。私に考えられないなら、考えられる人に考えてもらえばいい。
その答えを、このノートに残していく。
「……攻略しよう」
「はい」
まだ怖いし、全然元通りじゃない。
それでも。
ノートを開いて、ペンを握った。
「今度こそ、助けるんだ」