机の上に、ノートを広げる。
新しいページの一番上に書いた。
『12月1日 魔女襲撃完全攻略』
「……で、どうする?」
「そうですね……」
ノノカの手が止まった。
「あ……コトハちゃん」
「何?」
「これ、『学校襲撃完全攻略』ではありません」
「え?」
ノノカが地図を指す。
「魔女は学校に突然現れるわけではありません。ここから学校まで移動する」
「……うん」
「途中には一般市街地があります」
「…………あ」
前の時間でも見た。
学校へ向かう途中。
壊れた建物。逃げる人たち。道に倒れていた人。
「学校だけ守っても……」
「はい。途中で被害が出れば、完全攻略とは言えないかと」
「……そっか」
ページの一番上を見る。
『12月1日 学校襲撃完全攻略』
線を引いた。
その下に書き直す。
『12月1日 魔女襲撃完全攻略』
「これなら?」
「いいと思います」
「よし」
じゃあ。
学校だけじゃない。
ここから学校まで、全部。
◇◇
「事前に逃げてもらうのは?」
「難しいと思います」
「やっぱり?」
「一般市街地から大勢の人が一斉に避難すれば、工作員にも異変を察知される可能性があります」
「じゃあ、天使をいっぱい置いとく?」
「普段いない場所に天使が大量に配置されていれば、それも警戒されるかもしれません」
「……襲われてから行く?」
「それでは最初に襲われる人に間に合わない可能性があります」
「…………」
「…………」
「……何これ」
「難しいですね」
「分かってるのに何もできないじゃん」
「そうですね……」
ノノカも地図を見たまま考えている。
しばらく待つ。
「……誰かに聞く?」
「そうしましょう」
早かった。
「誰に?」
「一人、います」
「誰?」
「カレンちゃんです」
「カレン?」
名前は知っている。
ノノカと話しているところを何度か見たことがある。明るくて、ギャルっぽくて、確か二年生。
「カレンって、あのギャルっぽい人?」
「はい」
「こういうの考えるの得意なの?」
「かなり」
「へえ……」
全然知らなかった。
◇◇
「お、ノノカじゃん」
カレンは私たちを見ると、片手を上げた。
「あれ、コトハっちもいる。珍し」
「こんにちは」
「こんにちは」
カレンは髪を軽く触りながら、私とノノカを交互に見る。
「何? 二人であーしに用事?」
「少し相談がありまして」
「相談? あーしに?」
「はい」
「珍し。まあいいけど、何?」
近くの机を借りる。
ノートを置こうとして、一度止まった。
「あ」
「ん?」
最初の方。
タイムリープについて書いてある。
「……こっちから見てください」
攻略について書き始めたページまで一気にめくって、そこから先だけをカレンへ向ける。
「あの……前の方は、ちょっと見ないでもらってもいいですか?」
「え、何それ。言われるとめっちゃ気になるんだけど」
「すみません。ちょっと……」
「あー、はいはい。おっけ。見ない見ない」
カレンが笑いながらノートを受け取る。
その瞬間。
「……あ、このノート」
「?」
カレンの手が止まった。
「どうしたんですか?」
「んー?」
一拍。
「いんや? なんでもない」
「……このノート、知ってるんですか?」
「知らないよ?」
「……そっか」
カレンはそのままページをめくり始める。
隣を見ると、ノノカが一瞬だけカレンの顔を見ていた。
でも、何も言わなかった。
「……てかさ」
「はい?」
「これ、魔女が学校襲う前提で書いてるけど」
カレン先輩が顔を上げる。
「なんで襲ってくるって分かんの?」
「…………」
「いや普通に。魔女って地上にいるんでしょ? 急に地下の学校まで来るとか、普通なくない?」
「それは……」
答えられない。
ノノカが、
「情報源については話せません。ただ、襲撃が起きる可能性はかなり高いです」
「ふーん……?」
カレンは明らかに納得してない。
「まあ仮に来るとして考えればいいってことね?」
「はい」
「おっけ」
◇◇
「情報量えぐいね」
数ページ読んだところで、カレンが言った。
「頑張って書いたんですけど……」
「いや、頑張ったのは分かるって。でもこれ、ちょい分かりづらいね」
「うっ」
「責めてないって。情報が多いのに、起きた順とか分かった順に書いてあるから、今必要な情報探すの大変じゃん?」
「ああ……」
それはそうかもしれない。
「ちょいノート借りていい?」
カレン先輩がノートを五つに分ける。
『魔女』
『工作員』
『一般市民』
『天使』
『露見条件』
「とりま、分けよ」
「魔女なら数、解放地点、予定経路……というようにですか?」
「そそ」
カレン先輩が大きく分け、ノノカがその中を細かく整理していく。私は二人が話したことをノートへ書いていった。
しばらくして。
「で、ここだよね」
カレンが一般市街地を指した。
「魔女来るんでしょ?」
「うん」
「じゃ、人どかせば?」
「え?」
ノノカが答える。
「事前避難は難しいです。工作員側に警戒されますから」
「避難って言わなきゃよくない?」
「……どういうことです?」
「別の理由で、その時間だけ人いなくすの」
「…………」
ノノカが地図を見る。
「例えば?」
「それは今から考える」
「そこは決まってないんだ」
「アイデア出したばっかなんだから決まってるわけなくない?」
「確かに……」
「でも、考え方としては使えそうです」
ノノカが一般市街地を丸で囲む。
「住民自身に『魔女が来るから逃げる』と認識させる必要はありません。工作員から見ても自然な理由で、一時的に人を減らせればいい」
「そゆこと」
「でも、そんな理由ありますか?」
「そこは知ってる人に聞けばよくね? 先生とかさ。あーしらだけで全部考える必要なくない?」
「……確かに」
ノートに『避難と気づかれない方法で人を減らす。具体的方法は要確認』と書き足した。
少しずつ。
空白だったところが埋まっていく。
◇◇
「で、魔女そのものはどうする?」
カレンが言った。
「人どかしても、魔女止めなきゃ学校行くんでしょ?」
「うん」
「じゃ、どこで誰が止める?」
「…………」
また止まった。
「これは……実際に戦っている方へ聞いた方が早そうですね」
「だよね。あーしらで考えてもしゃーなくない?」
「セナ先輩?」
思い浮かぶのは、やっぱりあの人。
強い。
実戦経験もある。
「ただ、セナ先輩に詳しい情報を渡しすぎるのは避けた方がいいかもしれません」
「なんで?」
カレンが聞く。
「……色々あって」
「ふーん?」
カレンがこっちを見る。
「まあいいけど」
追及されなかった。
◇◇
「作戦を考えるのが得意な人?」
「はい」
セナ先輩が首を傾げる。
「実戦で、もし予定外のことが起きた時とか。そういうのを考えるのが得意な人、知りませんか?」
「うーん」
少し考えて。
「あ。それならサチヤかな」
「サチヤ?」
「二年生。彼、こういうの結構得意だと思う」
「呼べますか?」
「いいよ〜」
セナ先輩が端末を取り出す。
◇◇
しばらくして、セナ先輩が連れてきたのは小柄な男の子だった。
二年生。……150cmくらいだろうか。
「…………」
「……何」
「いや、何でもないです」
「今絶対身長見たでしょ」
「…………」
バレた。
「……まぁいいけど。で、なんで僕を呼んだわけ?」
「サチヤ、この子たちが作戦について相談したいんだって」
「作戦?」
「うん。サチヤこういうの得意でしょ?」
「……まあ、話聞くくらいならいいけど」
セナ先輩は満足そうに頷いた。
「じゃ、私は行ってくるね〜」
「セナ先輩、どこ行くの」
「授業!」
「僕も授業あるんだけど」
「ちょっとくらい大丈夫大丈夫!」
「いやよくないでしょ……」
セナ先輩はそのまま行ってしまった。
「……ほんと自由だな、あの人」
サチヤ先輩が小さく呟く。
「えっと……」
「で? 何見ればいいの」
「これです」
地図と、さっき三人でまとめた案を見せる。
サチヤ先輩はしばらく地図を見ていた。
「……ちょっと待って」
「何ですか?」
「これ、何の話?」
「え?」
サチヤ先輩が地図の一番上を指す。
『秘密施設』
そこから、魔女の予定経路が学校まで伸びている。
「魔女がここから出てきて、学校に向かう前提になってるけど」
「はい」
「いや、はいじゃなくて」
サチヤ先輩がこっちを見る。
「魔女って地上にいるものでしょ」
「…………」
「なんで地下の施設に魔女がいることになってるわけ?」
「あ……」
「しかも数まで書いてあるし、どこ通るかまで分かってる。何これ?」
答えに詰まる。
ノノカが口を開いた。
「情報源については、話せません」
「…………」
サチヤ先輩はもう一度地図を見る。
「……あっそ。まあ、言いたくないならいいけどさ」
それだけ言うと、サチヤ先輩はまたノートへ視線を戻した。
もっと聞かれると思っていたから、少し拍子抜けする。
「聞かないんですか?」
「秘密なんでしょ?」
「……はい」
「じゃあ聞いても教えてくれないじゃん。それに今、僕が知らないと困ることでもないし」
「…………」
そういうものなんだ。
それ以上は聞かなかった。
でも、少しして。
「……これ、本当に起きるの?」
「え?」
「いや、魔女が地下にいるって時点で普通じゃないじゃん。情報源が誰かはいいけど、その情報信用できるの?」
「……できます」
「あっそ」
サチヤ先輩が、もう一度その一文を見る。
「ただ」
一泊置いて喋りだした。
「情報が本当に正しいのかは確認した方がいいと思う。情報源が誰かはどうでもいいけど、間違ってたら作戦全部崩れるから」
「それはそうですね」
ノノカが頷く。
「では、情報そのものの確度についても分けておきましょうか。確定しているものと、予定に過ぎないものがありますから」
「あー、それいいじゃん」
そう言いながら、カレン先輩は楽しそうだった。
カレン先輩が案を出し、ノノカが整理する。そこへサチヤ先輩が失敗しそうなところを見つけて、また作戦が書き換わっていく。
私は、その全部をノートに書いていった。
カレン先輩が、今まで考えていなかった方法を出す。
ノノカが、その方法で必要になる条件を整理する。
サチヤ先輩が、失敗しそうなところを見つける。
そうすると、またカレン先輩が別の方法を出した。
さっきまで何もなかったページが、どんどん文字で埋まっていく。
「…………」
すごい。
私とノノカだけで考えていた時は、一般市街地をどうするかで止まっていた。
今は違う。
まだ完成してない。
分からないこともいっぱいある。
それでも、少しずつ形になっている。
「……コトハちゃん?」
「え?」
「手が止まっていますよ」
「あ、ごめん」
また書く。
◇◇
「これで全部?」
カレン先輩が椅子にもたれた。
「現時点で考えられる範囲では、でしょうか」
「……で」
サチヤ先輩が地図を見る。
「これ、誰がやるの?」
「え?」
「ここに天使二人。こっちに三人。工作員の確保にも何人か必要なんでしょ?」
「はい」
「その人たち、協力してくれるの?」
「…………」
考えてなかった。
「……してくれないですかね?」
「何て頼むのさ」
「それは……」
「今日、授業休んでここで待っててくださいって?」
「…………」
「しかも理由は言えないんでしょ?」
「……はい」
カレン先輩が地図を見る。
「あー、確かに。急に言われても普通に意味分かんないか」
「でしょ」
サチヤ先輩が続ける。
「仮に協力してくれる人がいたとしても、授業で変身して活動可能時間使ったら意味ないじゃん。授業休むか、内容変えてもらう必要あるんじゃないの?」
「……あ」
「それを何人分もやるんでしょ?」
「…………」
また問題が増えた。
「じゃあ、先生に頼む?」
カレン先輩が言う。
「学校側から指示してもらえば、生徒一人ずつ説得しなくて済むっしょ」
「ですが、先生方を動かすにも理由が必要です」
カレン先輩が少し考える。
「んー……だったらさ。全員に全部説明する必要なくない?」
「どういうことですか?」
「必要な人だけ動いてくれればいいんでしょ?」
カレン先輩が地図を指す。
「まず、この作戦に最低何人いるか出す。で、その人数だけ集める」
「でも、何て頼むんです?」
「そこは相手によるくない? 先生から頼んだ方が動く人もいるだろうし、セナ先輩みたいに直接頼んでも動いてくれそうな人もいるっしょ」
「……なるほど」
「それに」
サチヤ先輩が口を挟む。
「人数だけ集めても駄目だと思う」
「まだある?」
「あるよ」
サチヤ先輩が地図の一か所を指す。
「ここ、魔女が逸れた時に追う役でしょ。誰でもいいわけじゃない。ちゃんと戦える人じゃないと危ない」
「……確かに」
「工作員を捕まえる人もそう。通信される前に動ける人が必要だし、一般人を逃がす担当なら戦闘が得意じゃなくてもいい」
ノノカが新しい紙を取る。
「つまり、必要なのは人数だけではなく……」
「役割ごとの条件ですね」
「うん」
書いていく。
『迎撃――戦闘能力』
『工作員確保――速さ・拘束』
『予備――状況判断・戦闘』
『避難誘導――戦闘能力は低くても可』
「じゃあ、この条件に合う人を探す?」
「そうなりますね」
「……今日中に?」
「今日中に」
「…………」
無理な気がしてきた。
カレン先輩が笑う。
「まあでも、誰がいるか知らないだけじゃん。聞けば意外とすぐ見つかるかもよ?」
「誰にですか?」
「そりゃ――」
全員の視線が、同じ方向へ向いた。
「セナ先輩?」
「セナ先輩ですね」
「セナ先輩じゃね?」
サチヤ先輩だけ少し嫌そうな顔をした。
「……まあ、あの人なら学校の天使かなり知ってると思うけど」
ノートに、また一つ書き足す。
『必要人数・役割を決める』
『条件に合う天使を探す』
『協力してもらう方法を考える』
『授業・活動可能時間の調整』
「……作戦考えるだけじゃ駄目なんだ」
「当たり前でしょ」
サチヤ先輩が言った。
「実際に動かせなきゃ、作戦にならないんだから」
◇◇
カレン先輩とサチヤ先輩と別れてから、ノノカと二人でもう一度ノートを開いた。
「……すご」
朝は何をすればいいのかすら分からなかったのに、今は地図も作戦も、失敗した場合の対策まで書き込まれている。
私一人じゃ、絶対にここまで考えられなかった。
「かなり進みましたね」
「うん」
まだ分からないことはいっぱいある。それでも、埋まったページを見ていると少しだけ思えた。
「これなら……本当に、いけるかも」
◇◇
「…………」
一人になってから、カレンは端末を取り出した。
さっきまでの軽い表情は消えている。
画面を開く。
そこに表示されたものを、しばらく見ていた。
指を動かす。
途中で止める。
「ふぅーん……」
思い出す。
コトハが持っていた、一冊のノート。
「あのノート、あの子たちが持ってたんだ」
もう一度、画面を見る。
少し考えて。
「……ま、教えてあげないけど」
端末の画面を消した。