ノートを開く。
昨日まで――私にとっては昨日じゃないけど、ほとんど何もなかったページには、今はいろんなことが書き込まれている。
迎撃。予備。避難誘導。工作員の確保。
それぞれ何人くらい必要で、どんな人が向いているのか。
でも。
「……ここ」
空いている。
誰がやるのか。
「セナ先輩に聞きに行こうか」
「そうですね」
◇◇
「なるほどねぇ」
学校の、いわゆる休憩所のような場所にいるセナ先輩に、話しかけた。
セナ先輩がノートを覗き込む。
「戦える人と、予備と、避難誘導。それから……こっちは後で考えるとして」
工作員確保のところで一瞬止まったけど、そのまま次へ進んだ。
「じゃあ、一人ずつ考えてみようか」
「お願いします」
「戦闘なら、まず――」
セナ先輩が何人かの名前を挙げる。
知っている人もいた。
顔だけ知っている人もいた。
全然知らない人もいた。
その中から、今日学校にいる人。放課後まで残れそうな人。実戦で魔女と戦える人。
条件を一つずつ確認していく。
「じゃあ、この人にお願いしてみよう!」
「はい」
ノートを閉じて、立ち上がった。
◇◇
「……魔女?」
「はい。今日の放課後に来る可能性があって……その時だけ、手伝ってほしいんです」
当然だけど、すぐには信じてもらえなかった。
魔女は地上にいるものだ。
地下に来るなんて、普通ならありえない。
「いや、魔女って……」
「まあまあ」
横からセナ先輩が入る。
「絶対来るって決まったわけじゃないんだけどね。もし来た時のために、ちょっと協力してほしいんだ」
「セナが言うなら……まあ」
そんな感じで、一人。
次。
「魔女? 地下に? 何それ」
「その……まだ詳しくは言えないんですけど」
「本当に来るかは知らないけど、備えるだけなら別にいいよ」
「ありがとうございます!」
また一人。
中には、
「なーんか面白いことやってんじゃん☆ まーぜて☆」
と、何が楽しいのか分からないけど参加してくれる人もいた。
全員が信じてくれたわけじゃない。
むしろ、信じてない人の方が多いと思う。
でも、セナ先輩が一緒に頼んでくれているのは大きかった。
もし何も起きなければ、それで終わり。
放課後に少し時間を空けておくだけなら、と協力してくれる人が少しずつ増えていった。
◇◇
「次は避難誘導だね」
「はい」
戦う人とは別。
もし一般市街地に人が残っていたら、その人たちを魔女から離さないといけない。
「戦闘が得意じゃなくてもいいんだよね?」
「はい。街のことを知っていて、人に声をかけるのが上手い人がいいと思います」
「うーん……」
セナ先輩が考える。
「あ」
「誰かいますか?」
「イチカちゃんかな」
「イチカ?」
「コトハクンと同じクラスじゃなかった?」
「え?」
名前を聞いても、すぐには顔が浮かばなかった。
セナ先輩が連絡して、少し待つ。
「お待たせ」
やってきた女の子を見る。
「…………あ」
「?」
知ってる。
前の時間。
廊下に倒れていた。
別の時間では怪我をしていて、助けようとした。
そして、戻ってきたあと。
教室で友達と話して、笑っていた。
名前を知らなかった、あの子。
「どうしたの?」
「いや……」
生きてる。
分かってたけど。
今も普通に、目の前に立っている。
「えっと……」
「イチカです」
「……イチカ」
「うん」
やっと名前を知った。
横からノノカが言う。
「イチカさん、学校をお休みしていることが多いですからね」
「あ、だから……」
同じクラスなのに、ほとんど話したことがなかった。
「それで、私に何か用かな」
「あ、うん」
説明しないと。
「今日の放課後、この辺りで魔女が出る可能性があるの」
「魔女?」
「うん」
「地下に?」
「……うん」
「…………」
イチカは少しだけ黙った。
やっぱり変だよね。魔女は地上にいるものなのに、いきなりこんなことを言われても信じられないと思う。
「それで、私に何してほしいの?」
「……え?」
「魔女が来るんでしょ?」
「あ、えっと。一般市街地に逃げ遅れた人がいたら、安全なところまで誘導してほしくて」
「分かった。戦うのはあんまり得意じゃないけど、それくらいならできると思う」
「いいの?」
「うん。手伝える範囲でなら」
「……ありがとう!」
よかった。
また一人。
ノートの空欄に、名前を書き足した。
『避難誘導――イチカ』
今度は。
この子も助ける。
◇◇
何人かに声をかけて。
断られたり。
引き受けてもらったり。
また別の人を探したり。
少しずつ、空いていたところに名前が入っていった。
「……結構集まった!」
「そうですね」
ノノカとノートを見る。
これなら。
「じゃあ、あとは細かい配置を――」
「あ、そういえば」
協力してくれることになった一人が口を開いた。
「今日、実技あるけど?」
「…………」
「…………」
ノノカを見る。
ノノカも私を見る。
「あ」
忘れてた。
「実技……」
今日の授業で変身したら、その分だけ活動可能時間を使う。
放課後に魔女が来た時、戦えなかったら意味がない。
「どうしよう」
「実技を変更していただく必要がありますね」
「この人数、全員?」
「そうなります」
「…………」
また仕事が増えた。
ノートを開く。
『協力天使の実技を変更、または見学にしてもらう』
書く。
ふと、時計を見る。
「…………」
時間。
今、何時?
今日の放課後までに。
まだ配置も全部決まってない。
誰がどの工作員を捕まえるのかも決めないといけない。
通信機を使わせない方法も。
一般市街地から人を減らす方法も、先生たちに相談しないといけない。
作戦が失敗した時の動きだって、協力してくれる人たちに伝えないと。
「……これ、間に合う?」
「かなり厳しいですね」
「だよね……」
でも。
やるしかない。
「次、行こう」
◇◇
「あと……」
ノートを見る。
『工作員確保』
「この人たちを捕まえる人、決めないと」
「工作員?」
セナ先輩が聞き返す。
「はい。地下に何人かいて……地上と通信してるんです」
「…………何?」
「地上の人たちが、地下に送り込んだ工作員です」
「ちょっと待って」
すぐに止められた。
「地上の人?」
「……はい」
「人間が?」
「はい」
「…………」
セナ先輩が黙る。
さっきまでとは全然違う。
「コトハクン。地上に人間はいないよ」
「……います」
「いや」
セナ先輩が首を横に振る。
「魔女がいるから、私たちは地下で暮らしてるんだよ。地上に人間が住んでるなんて話、聞いたことない」
「でも、本当にいるんです」
「どうしてそう思ったの?」
「思ったんじゃなくて……いるんです」
「…………」
説明できない。
私は見た。
地上から降りてきた人たちも。エルも。
でも、セナ先輩は見ていない。
「それで、その地上の人たちが地下に工作員を送り込んでて……今日の魔女の襲撃も、その人たちがやろうとしてることなんです」
「待って待って待って」
今度はさっきより強く止められた。
「魔女の襲撃も?」
「はい」
「地上にいる人間が、魔女を地下まで連れてきて、学校を襲わせるってこと?」
「……はい」
「…………」
セナ先輩が私を見る。
ノノカを見る。
また私を見る。
「ごめん。さすがにその話をそのまま信じるのは無理かな」
「……ですよね」
「魔女が今日来るかもしれない、ってところまではいいんだよ」
「いいんですか?」
「信じたって意味じゃないよ」
「あ……」
「本当に来るかは分からない。でも、万が一に備えて何人か待機するくらいならできる。何も起きなかったら『来なかったね』で終わるから」
「……はい」
「でも今の話は違うよ」
セナ先輩がノートを見る。
「地上には実は人間が生きてます。その人たちが魔女を操ってます。地下には工作員が潜り込んでます。その人たちが今日学校を襲います」
一つずつ並べられる。
自分で聞いていても、めちゃくちゃだ。
「しかも、その工作員が誰なのかまで君たちは知ってるんだよね?」
「……はい」
「どうして?」
「それは……言えません」
「…………」
セナ先輩が困ったように眉を下げた。
「それで、『この人たちを捕まえるの手伝ってください』は、さすがに無理だよ」
言葉を続ける。
「備えるだけなら、何も起きなくてもそれで終わり。でも人を捕まえるのは違うでしょ。もし間違ってたら、何もしてない人を拘束することになるんだから」
「……そうですよね」
魔女に備えるだけなら、外れても誰かを傷つけるわけじゃない。
でも工作員は違う。
私たちの話が間違っていたら、何もしていない人を捕まえることになる。
「でも、工作員を放っておくわけにもいかないんです」
ノノカが言った。
「その方々が地上側へ情報を送れば、さらに大きな被害が発生する可能性があります」
「その『地上側』が本当にいるのかも、私はまだ分からないんだけどね」
「……はい」
「二人が嘘ついてるって言いたいわけじゃないよ。でも、勘違いしてる可能性だってある。誰かに嘘を教えられてる可能性もある」
「…………」
何も言い返せない。
私たちには分かってる。
でも、それを証明できない。
「じゃあ……」
ノノカが少し考えてから口を開いた。
「上の方へ相談する、という方法はあります」
「上?」
「情報を扱う部署の方です。以前、別件でお話ししたことがあります」
「…………」
すぐに分かった。
あの人。
前の時間で、タイムリープのことを話した相手。
そのあと、ノノカが死んだ。
私も。
「……嫌」
思わず声が出た。
「コトハちゃん」
「どうしたの?」
「…………」
言えない。
セナ先輩には、まだ。
「……何でもないです」
セナ先輩は少しだけ私を見ていたけど、それ以上は聞かなかった。
「でも、情報部に持っていくのも私は反対かな」
「……なぜですか?」
「今と同じだよ」
セナ先輩がノートを指す。
「根拠を説明できないんでしょ? だったら情報部だって、君たちの話をそのまま信じて工作員を捕まえたりしないよ」
「…………」
「それどころか、こんなに詳しい情報を持っていったら、まず君たちが調べられると思う。地上に人がいるってどうして知ってるのか。魔女の数や場所をどうして知ってるのか。工作員をどうやって特定したのか」
その通りだ。
「それに、今日の放課後までしか時間ないんだよね?」
「はい」
「今から情報部が調査して、本当に工作員なのか確認して、全員同時に拘束して……間に合うかな」
「……難しいと思います」
「だよね。下手に調べてることを相手に気づかれたら、君たちの話が本当だった場合、先に動かれるかもしれない」
「…………」
情報部に話せば解決する。
そんなに簡単じゃない。
「じゃあ……どうすればいいんですか?」
「それを今考えてるんだな、これが」
セナ先輩が腕を組む。
でも、しばらくしても答えは出なかった。
「……コトハちゃん」
ノノカが小さな声で呼ぶ。
「少し、二人でお話ししてもいいですか?」
「…………うん」
「セナ先輩、少しだけ席を外します」
「うん。行っておいで」
◇◇
セナ先輩から離れて、人のいないところまで来る。
「……本当に話すの?」
「はい」
「あの人に?」
「今のままでは、セナ先輩がおっしゃった通りです。私たちの話を信用していただけません」
「でも、それやらないって決めたじゃん」
「はい」
「あの人に話したあと、ノノカが死んだんだよ。そのあと私も」
「……そう聞いています」
「また死ぬかもしれないんだよ」
「その可能性はあります」
「…………」
「ですが、前回と同じことはしません」
「え?」
「前回、その方は『他の方にも共有する』とおっしゃったんですよね?」
「……うん」
「今回は、一人だけに話します。他の方には伝えないようお願いします」
「それなら大丈夫なの?」
「分かりません。あの方に話したこと自体が原因だった可能性もあります」
「…………」
「ですが、知っている方が増えたことが原因だったのであれば、前回とは条件を変えられます」
それでも怖い。
次も戻れる保証なんてない。
「……他に方法は?」
「今の私には思いつきません」
「…………」
工作員を放っておけば、通信されるかもしれない。
だったら。
「……行こう」
「いいんですか?」
「よくない。でも、行くしかないんでしょ」
「……はい」
◇◇
セナ先輩のところへ戻る。
「……上の人に、話してきます」
「そっか」
セナ先輩は少し考えてから、私たちを見る。
「でも、私はまだ反対だよ」
「……はい」
「君たちの話が本当なのか、私には分からない。地上に人がいることも、工作員がいることも、その人たちが今日何かするってことも」
「分かってます」
「上の人に話して、ちゃんと確認できたとしても、その時に初めて次を考える。今の段階で『工作員を捕まえる作戦に協力する』とは言えないかな」
「……はい」
「それでも行くんだね?」
「行きます」
「分かった」
セナ先輩が小さく息を吐く。
「じゃあ私は、今できる方を進めとくよ。協力してくれる子たちの授業とか、先生たちに相談しないとね」
「お願いします」
セナ先輩と別れた。
◇◇
上層部の区画へ向かう。
見覚えのある廊下を歩くだけで、前の時間のことを思い出した。
あの部屋でタイムリープのことを話して、そのあと私は死んだ。
「…………」
やっぱり怖い。
それでも、あの扉の前まで来た。
「コトハちゃん?」
「……行こう」
コン、コン。
「どうぞ」
前にも聞いた声。
私はノートを抱え直した。
扉が開いた。