学校へ向かう間、ずっとノートのことを考えていた。
12月31日。突然天井が崩れて、魔女がいっぱい入ってきた。ノノカを助けようとして、私は死んだ。
それで目が覚めたら12月1日。
机の上には、昨日までなかったノート。
しかもそこに書かれていたのは、どう見てもノノカの字だった。
……分かんない。
何が起きているのか、全然分かんない。
とりあえずノノカに聞こう。それしか思いつかなかった。
学校に着くなり、教室の扉を開ける。
ノノカはすぐに見つかった。
いつもの席に座って、いつも通り本を読んでいる。
「……ノノカ」
名前を呼んだ瞬間、視界がぼやけた。
「……え?」
頬を何かが伝う。
手で触ってみると、濡れていた。
なんで。
私、泣いてる?
「コトハちゃん?」
ノノカが本を閉じて、こちらへ近づいてくる。
「どうしたんですか?」
「……生きてる」
「はい?」
「あ……ごめん。違う、違わないんだけど……」
上手く言葉が出てこない。
さっきまで魔女がいて、ノノカが襲われそうになって、私は死んで。それなのに目の前のノノカはいつも通りで。
安心したら、余計に涙が出てきた。
「コトハちゃん?」
「ノノカ……!」
気づけば、ノノカに抱きついていた。
「あら」
「よかった……」
自分でも何がよかったのか、上手く説明できない。
でも、ノノカが生きている。それだけで今はよかった。
ノノカは少し戸惑ったようにしていたけれど、やがて私の背中に手を回した。
「何があったのかは分かりませんが……とりあえず、場所を変えましょうか」
「……うん」
◇◇
人のいない空き教室に移動して、ようやく少しだけ落ち着いた。
目元を袖で拭いてから、鞄の中に入れていたノートを取り出す。
「ノノカ、これ見て」
ノートを渡す。
ノノカは表紙を開いて、裏側に書かれている文章を読んだ。
少しして、首を傾げる。
「私の筆跡ですね」
「そうなの。ノノカ、なんでこれ書いたの?」
「……いえ。私には、これを書いた記憶がありません」
「……え?」
ノノカとノートを交互に見る。
「でも……ノノカの字だよね?」
「はい。間違いないと思います」
「でも、書いてないの?」
「書いていませんね」
「……どういうこと?」
「それを考えるためにも、先ほどコトハちゃんが泣いていた理由を聞いてもいいですか?」
「あ……うん。それなんだけど……」
何から話せばいいんだろう。
「えっと……私、30日後から来た、みたいで」
「30日後から?」
「うん。多分。昨日……じゃない、私からしたらさっきなんだけど、12月31日で……」
自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「う、うん……。学校にいたの。ノノカもいて、普通に授業してて。そしたら急に、天井が壊れて……」
「天井が?」
「うん。それで、いっぱい入ってきたの。魔女が。みんな逃げてて、私もノノカと一緒に逃げて……」
そこまで言って、首に手を当てた。
何もない。
ちゃんと繋がっている。
でも、思い出せる。
視界が回って、自分の体が見えて。
「それで、ノノカが魔女に襲われそうになってたから……助けなきゃって思って。私、飛んで……」
言葉が止まる。
「……死んだ、と思う」
口にすると、急に怖くなった。
指先に力が入る。
「それで……目が覚めたら、寮にいて。日付が12月1日になってて。このノートが机の上にあったの」
「なるほど」
ノノカはしばらく黙って考えていた。
「では、コトハちゃんは12月31日から今日へタイムリープしてきた、ということですね」
「……うん。多分」
「分かりました」
「…………え?」
思っていた反応と違った。
「え、なんで、なんで信じてくれるの?」
「なんで、とは」
「だって普通に考えて、タイムリープしてきたとか、信じられないじゃん」
「そうですね。普通でしたら、信じないかもしれません」
「じゃあ、なんで?」
ノノカは少しだけ笑った。
「コトハちゃんがそう言っているからです」
「……それだけ?」
「はい。それだけです」
「…………そっか」
なんだろう。
よく分からないけど、少しだけ安心した。
「それに、このノートもありますからね。私の筆跡で、私に書いた記憶のない文章がある。コトハちゃんのお話と何か関係があると考える方が自然でしょう」
「あ、確かに」
「こちらの理由は今気づきましたが」
「今なの?」
「はい♪」
ノノカは何事もなかったように笑っている。
やっぱりこの子、よく分からない。
「それで、コトハちゃん。30日後について、もう少し聞いてもいいですか?」
「うん」
「天井が壊れた後、入ってきたのは本当に魔女だったんですよね?」
「魔女だった、と、思う。見間違えとかじゃない。……多分」
「魔女、ですか」
ノノカの表情が少しだけ真面目になる。
「それはおかしいですね」
「おかしい?」
「魔女は地上にいるはずです。地下へ入り込んできたという話なんて、少なくとも私は聞いたことがありません」
「あ……」
言われてみれば、そうだ。
魔女は地上にいるもの。
だから天使が戦いに行くのであって、向こうから地下にやってくるなんて聞いたことがない。
「しかも、1体とかじゃなかったよ。すごいいっぱい。天井の穴からずっと落ちてきてた」
「……なるほど」
ノノカが考え込む。
私も考えてみる。
分からない。
「ひとまず、分かっていることを書いておきましょうか」
「書くって、このノートに?」
「はい。せっかくですし、後で分からなくならないように整理しておいた方がいいと思います」
「そっか」
ノノカからノートを受け取って、鞄からペンを取り出す。
何を書けばいいんだろう。少し考えて、とりあえず覚えていることをそのまま書くことにした。
『12月31日、学校に魔女がいっぱい来た。
天井が壊れて、そこから入ってきた。
私はノノカを助けようとして死んだ。
そのあと12月1日に戻った。』
「……こんな感じ?」
「いいと思いますよ。あとは、魔女は本来地上にいる、ということも書いておきましょうか」
「あ、そっか」
言われた通り、その下に書き足す。
『魔女は本来、地上にいる。地下に来ることは今までなかった。』
「これでいい?」
「はい。今のところ分かっているのは、そのくらいですね」
改めて自分で書いた文章を見る。
こうして文字にしてみても、やっぱり意味が分からない。
なんで30日後に魔女が来るんだろう。
なんで私は30日前に戻ったんだろう。
考えてみる。
……分からない。
すぐに諦めた。
「これ、どうしたらいいんだろう」
「私たちだけで考えていても、分からないことが多すぎますね。一度、上の方に相談した方がいいかもしれません」
「でもどうやって? 私たちがいきなり30日後に魔女がいっぱい来ますって言っても、聞いてくれるか分かんないじゃない」
「そこは私に任せてください。少し、つてがありますので」
「つて?」
「はい♪」
「……ノノカって、たまに謎のつてあるよね」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてないんだけど……」
「では、放課後に行ってみましょうか。今からですと授業に遅れてしまいますので」
「あ、授業」
完全に忘れてた。
◇◇
その後は、気味が悪いくらい前と同じだった。
先生が同じところで言い間違えて、同じ子が授業中に寝て怒られた。
昼休みには、前と同じメニューが食堂に並んでいた。
そして午後の飛行回避訓練も同じ。
前にどこから攻撃が飛んできたのかを覚えていたおかげで、今回はかなり避けることができた。
「コトハちゃん、今日は調子がいいですね」
「ふふん。当然でしょ。私はできる天使なんだから!」
また攻撃が私の元へ来る。
次の光弾を避けようとした、その時だった。
パチン、と音がして、訓練場の照明が一斉に消えた。
「わっ!?」
突然辺りが暗くなる。
『全員、その場で待機! 動くなよ!』
先生の声が響いた。
でも。
「……これ」
覚えてる。
前も訓練中に、急に照明が消えた。
数秒後。
何事もなかったように照明が戻る。
「……やっぱり」
「コトハちゃん?」
「ううん。なんでもない」
これも前と同じだ。
でも、これでほぼ間違いない。
本当に私は、30日前へ戻ってきたんだ。
『――そこまで! 残りの活動可能時間がある者は追加訓練! 今日は全員、規定時間まで使い切るように!』
「えぇ……」
これも前と同じ。
前もこの後、残っている時間を全部使い切るまで訓練した。
別にいつものことなのに、今日は少しだけ気になった。
「ていうか……うん……なんで変身できる時間限られてるのに、全部学校で使い果たさないといけないんだろう」
「コトハちゃん、急にどうしたんですか?」
「だって、30日後みたいに、いきなり魔女が襲ってきたりするかもしれないじゃない。私たちは今使い切っちゃうけど、6限に実技あるクラスとかはまだ残ってるんでしょ?」
「そうですね。実技の時間はクラスごとに違いますから」
それに、とノノカは付け足す。
「そもそも魔女が地下まで来て襲ってくるなんて、今まで起きたことがありませんから。使わずに残しておく必要もない、ということではないでしょうか」
「……それもそっか」
言われてみればそうだ。
今まで必要なかったから、そういう決まりになっている。
30日後のことを知っている私だから、気になるだけなのかもしれない。
その時、頭上のスピーカーからチャイムが鳴った。
『高橋先生。至急、第2職員室までお越しください』
「……あ」
これも覚えてる。
前も同じくらいの時間に、高橋先生が同じ場所へ呼ばれていた。
照明も。
この放送も。
私が何もしなければ、前と同じことが起きている。
◇◇
「つ、疲れた……」
放課後。
結局、今日も活動可能時間を全部使い切った。
もう今日は変身できない。
周りの天使たちも同じようなもので、教室では何人かが机に突っ伏している。
「コトハちゃん。そろそろ行きますよ」
「……どこに?」
「忘れたんですか?」
「…………あ」
忘れてた。
「上の人!」
「はい。朝のお話をしに行きましょう」
「ご、ごめん。今行く」
鞄を持って立ち上がる。
これから、30日後のことを話す。
信じてもらえるだろうか。ノノカはつてがあると言っていたけど、それでも少し不安だった。
「ノノカ、何から話したらいいと思う?」
「まずはコトハちゃんが体験したことを、そのまま――」
ドンッ!!
「……え?」
大きな音がした。
教室の窓が揺れる。何かが壊れたような音。
周りの生徒たちも顔を上げている。
「今の、何?」
「分かりません。ですが――」
次の瞬間、廊下から悲鳴が聞こえた。
「きゃああああああっ!!」
体が固まった。
なんで。
この感じ。
前も――。
「コトハちゃん!」
「う、うん!」
ノノカと一緒に教室を飛び出す。
廊下に出た瞬間、誰かがこちらへ走ってきた。
「逃げて!! 魔女! 魔女がいる!!」
「……え?」
その生徒の後ろ。
廊下の奥から、黒い何かが姿を現した。
見間違えない。
魔女だ。
1体。
その後ろにもいる。
さらにもう1体。
「……なんで」
前はこんなのなかった。
12月1日。
この日、学校が魔女に襲われた記憶なんてない。
「ノノカ……こんなの、前はなかった」
「コトハちゃん、下がってください!」
魔女がこちらへ向かってくる。
戦わないと。
そう思って、変身しようとした。
「――っ」
何も起きない。
輪も。
翼も。
出てこない。
「あ……」
そうだ。
今日の活動可能時間は、全部使った。もう変身できない。
ノノカを見る。ノノカも変身していない。周りにいる生徒たちも。
ここには天使がたくさんいる。
なのに、誰も天使になれない。
「……嘘」
魔女が、一歩こちらへ近づいた。