上層部の人から連絡が来たのは、攻略完了と書いてから少ししてだった。
『工作員の確保について、確認したいことがある。来てくれ』
「…………」
工作員。
「……何だろう」
「行ってみましょうか」
「うん」
魔女の襲撃は終わった。緊急終幕作戦も起きていない。
だから、そっちもうまくいったと思ってたんだけど。
「……何だろう」
「行ってみましょうか」
「うん」
せっかく終わったと思ったのに。
少しだけ嫌な感じがした。
◇◇
「失礼します」
部屋に入る。
上層部の人は、机の上にいくつかの資料を広げていた。
「来たか。急に呼び出してすまない」
「いえ……」
「確認したいことがある」
「まず、君たちから聞いていた工作員についてだが、ほとんどは確保できた。通信機も押収している」
「……!」
「じゃあ、地上には……」
「ああ。こちらで確認した限り、拘束時に通信された形跡はない」
「よかった……」
ちゃんと止められてた。
魔女だけじゃない。工作員も捕まえて、地上へ連絡されるのも防げたんだ。
「ただ、一人だけ確保できなかった」
「……え?」
女性が一枚の資料を見る。
「そのことで確認したい。イチカという生徒とは、どういう関係だ?」
「…………え?」
予想していなかった名前だった。
「イチカ?」
「はい」
ノノカが答える。
「私たちと同じクラスの生徒です。コトハちゃんとは、今日初めてまともに話した程度だと思いますが」
「うん……」
今日、初めて名前を知った。
前の時間では、何度も見ていたのに。
「それが、どうしたんですか?」
「……所在が確認できない」
「え?」
「学校にはいない。自宅も確認したが、本人はいなかった」
「…………」
今日会った。
避難誘導を頼んだ。
『手伝える範囲でなら』
そう言ってくれた。
でも。
「……そういえば」
「コトハちゃん?」
「襲撃の時、いなかった」
忙しくて気づかなかった。
来なかったんだと思っていた。避難誘導は他の人もいたし、作戦自体は動いたから、そのまま考える暇もなく終わった。
「でも、家にもいないって……」
「ああ。現在捜している」
「なんでイチカを?」
ただ学校を休んだだけなら、ここまで調べる理由が分からない。
女性が少し黙った。
「もう一人、所在を確認できない人物がいる」
「もう一人?」
「今日、我々が拘束しようとしていた工作員の一人だ」
「…………」
資料が一枚、こちらへ向けられる。
私が以前の周で、エルに言われてノートに書いた人物だ。
『ユウ』
名前の横に、顔写真。
「この人が……?」
「ああ。指定された場所にはいなかった。現在も所在を確認できていない」
「逃げたんですか?」
「分からない。拘束の動きを察知した可能性もあるが、今の段階では何とも言えない」
「それとイチカに、何の関係が……」
「この人物は」
女性が資料を見る。
「イチカの弟だ」
「…………は?」
何を言われたのか、一瞬分からなかった。
「弟?」
「はい」
ノノカも止まっている。
「イチカさんの弟が……工作員だったんですか?」
「現時点で得られている情報では、そう判断している」
「…………」
イチカ。
今日会った。
同じクラスだった。
避難誘導を頼んだ。
そのイチカの弟が、地上から来た工作員?
「二人で逃げたってことですか?」
「それはまだ分からない」
女性が首を横に振る。
「分かっているのは、二人ともほぼ同じ時期から所在が確認できないということだけだ。一緒にいるのか、それぞれ別の場所にいるのかも確認できていない」
「…………」
「イチカさん自身も、工作員なのでしょうか」
ノノカが聞く。
「その可能性も含めて調べている。だが、今は何も断定できない」
分からない。
なんで。
イチカは弟が工作員だって知ってた?
だから逃げた?
それともイチカも最初から地上側だった?
でも。
「……なんで今日?」
口から出た。
「何か?」
「だって、今日なんです。私が初めてイチカと話した日に……」
避難誘導を頼んだ。
その直後にいなくなった?
「…………」
偶然?
分からない。
「何か判明すれば、こちらから連絡する」
「……はい」
攻略したと思ったのに。
また、分からないことが増えた。
◇◇
目を覚ます。
「…………」
天井。
自分の部屋。
一瞬、何も考えられなかった。
それから。
「……あ」
端末を取る。
画面。
『12月2日』
「…………」
見る。
もう一度見る。
「……2日」
画面を閉じる。
開く。
『12月2日』
「…………」
更新してみる。
変わらない。
「……2日だ」
笑った。
「やった……」
戻ってない。
12月1日じゃない。
昨日の続きだ。
昨日助けた人たちも生きてる。
壊れた街も、そのまま。
書いたノートも、そのまま。
時間が。
ちゃんと、先へ進んでる。
「…………やった」
もう一度、小さく言った。
◇◇
学校へ行く。
いつもの道。いつもの制服。いつもの教室。
でも、全部がいつも通りというわけではなかった。
校舎には昨日の襲撃の跡が残っている。壊れた場所には入れないようになっていて、窓がなくなったところには応急処置がされていた。
街でも修復作業が始まっている。
それでも。
「おはようございます、コトハちゃん」
「……おはよう、ノノカ」
ノノカがいる。
普通に。
生きてる。
「……何ですか?」
「何でもない」
「そうですか?」
「うん」
席に座る。授業が始まる。先生が来る。
昨日のことについて少し説明があって。
そのあと、普通に授業。
「…………」
変な感じ。
魔女が来ない。誰も死なない。私は死なない。
今日が終わっても、また12月1日には戻らない。
◇◇
「いやぁ、本当に来るとはね」
昼休み。ノノカは先生に呼ばれていたので、一人で廊下を歩いていると、セナ先輩に会った。
「……え?」
「魔女」
「信じてなかったんですか!?」
「だって普通は信じないでしょ」
「えぇ……」
「いやいや、考えてみたまえコトハクン。突然後輩から『今日、地下に魔女が来ます!』って言われるんだよ?」
「それは……」
「しかも魔女は地上にいるものだからね」
「…………」
確かに。
「じゃあ、なんで手伝ってくれたんですか?」
「万が一本当だったら困るから」
セナ先輩が笑う。
「それに、待機して何も起きなかったら、それはそれでいいじゃないか」
「……そっか」
「でも」
「?」
「本当に来た」
セナ先輩が、少しだけ真面目な顔になる。
「コトハクンたちが事前に動いてなかったら、かなり被害が出てたと思うよ」
「…………」
「よく頑張ったね」
「……」
なんか。
急に言われると。
「……ありがとうございます」
「おや~さては照れてるな~?」
頭をぐりぐりされた。ちょっと痛いけど、でも優しさが伝わってくる。
「照れてません!」
「本当かなぁ〜?」
「もう!」
昨日までとは違う。
普通に話して。
普通に笑える。
◇◇
「街半壊してるけどね」
次の日の放課後、今度はサチヤ先輩を見かけた。
「死者ゼロだからいいんです!」
「良くはないでしょ」
サチヤ先輩が即答した。
「建物壊れてるし、怪我人も出てるんだから」
「それはそうですけど……」
「成功は成功だと思うけど、改善するとこはあるでしょ」
「……まだ改善するんですか?」
「当たり前じゃん」
この人、攻略終わってもまだ穴を探してる。
「でも」
サチヤ先輩が少しだけ目を逸らす。
「……まあ、最初の案よりはだいぶマシだったけど」
「それ褒めてます?」
「別に」
「絶対褒めてる」
「褒めてないって」
ちょっとだけ耳が赤い。
多分、褒めてる。
◇◇
「コトハっち、やるじゃーん」
それからまた数日、今度はカレン先輩に話しかけられた。
「カレン先輩のおかげでもあると思います」
「えー? もっと褒めていいよ?」
「ありがとうございます。すごいです。天才です」
「雑じゃね?」
「ちゃんと褒めてますよ」
「あはは、まあいっか」
カレン先輩が笑う。
「でもマジでよかったじゃん。死んだ人いなかったんでしょ?」
「はい!」
「なら大成功っしょ」
「……うん」
「そのノートも役立ったじゃん」
「これ?」
鞄の中を見る。
「そ。攻略した記録なんでしょ?」
「はい」
「じゃ、大事にしなよ? なくしたら困るじゃん」
「もちろんです」
「ん」
カレン先輩は、それ以上何も言わなかった。
◇◇
12月3日。
イチカは学校に来なかった。
上層部からも、まだ見つかっていないと連絡が来た。
12月4日。
授業。
修復作業。
いつもの生活。
12月5日。
「…………」
少しだけ身構えていた。
前の時間では、この日に魔女が来たことがあったから。
でも。
何も起きなかった。
「……終わったんだ」
小さく呟く。
12月6日。
7日。
日付が進む。
イチカと弟は、まだ見つからない。
「何か分かれば連絡してくださるそうです」
「……うん」
気になる。
でも。
私たちにできることは、今のところ何もなかった。
そして。
12月10日。
◇◇
普通に授業を受けていた。
本当に、普通だった。
先生が話している。
ノートを取る。眠そうな人がいる。
小さな声で話して怒られている人もいる。
もう9日。
12月1日から、9日も経った。
最初は毎朝、端末の日付を確認していた。
3日。
4日。
5日。
そのたびに少し安心していたけど、最近は起きてすぐ確認することも減ってきた。
本当に。
12月1日は終わったんだ。
そう思っていた。
『――全生徒へ連絡します』
「……?」
突然、校内放送が入った。
『現在の授業を中断してください。全生徒は、教員の指示に従い――』
教室がざわつく。
「何?」
「全校集会?」
「この時期に?」
先生も知らなかったらしい。
「静かに。とりあえず指示に従って移動するぞ」
みんなが立ち上がる。
私もノノカと一緒に教室を出た。
◇◇
集められた生徒たちが、ざわざわと話している。
「何だろ」
「さあ……」
「また魔女とかじゃないよね?」
「やめてよ」
前方を見る。
壇上。
先生じゃない。
見たことのない人たちがいる。
「……学校の人じゃないね」
「はい」
ノノカも見ている。
しばらくして。
ざわめきが収まった。
「本日は、12月1日に発生した魔女襲撃事件について、全生徒へ重要な報告があります」
「…………」
12月1日。
何?
「事件発生後、地下政府および天使本部は、襲撃の経緯について調査を続けてきました」
周りは静かになっている。
「その結果、これまで生存していないと考えられていた地上に、現在も人類が存在していることが確認されました」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
それから。
「……え?」
「人?」
「地上に?」
ざわっ、と一気に広がる。
「静粛に」
発表は続く。
「また、地上側勢力が長期間にわたり地下へ人員を送り込み、情報収集および工作活動を行っていたことも確認されています」
「…………」
工作員。
私たちは知ってる。
でも。
周りは知らない。
「12月1日に発生した魔女襲撃についても、地上側勢力による組織的な攻撃であったと判断されました」
またざわめく。
「……コトハちゃん」
「うん」
何か。
嫌な感じがする。
どうしてこんなことを、全校生徒に話してるの?
ノノカを見る。
ノノカも、壇上を見たまま表情を変えていた。
「拘束した工作員への調査を含め、政府は地上側の目的について確認を進めてきました」
その言葉で。
少しだけ。
嫌な感じが強くなった。
「その結果、地上側勢力による地下への攻撃は、今後も継続する可能性が極めて高く、地下人類の存続そのものを脅かすものであると判断しました」
「…………」
待って。
何の話?
「これを受け、地下政府は――」
頭に。
声が浮かんだ。
『全部、救えるかもしれない』
エル。
『俺たちを殺して止めるのはなしだ』
『それじゃ「全部」じゃないからな』
「…………」
壇上の人が続ける。
「地下人類の生存を確保するため、本日より」
何を言おうとしているのか、分からない。
でも、さっきからずっと嫌な感じがする。
「地上人類に対する武力行使を開始します」
「…………は?」