「…………は?」
一瞬、意味が分からなかった。
周りも同じだったらしい。静まり返っていた空間が、遅れて一気にざわめき始める。
「武力行使って……」
「戦争?」
「地上って人いるんでしょ? さっき初めて聞いたんだけど」
「天使が戦うってこと?」
「静粛に」
壇上から声が飛ぶ。
でも、全然静かにならない。
「…………戦争?」
自分でも、もう一度言った。
昨日まで。
いや、私にとっては何回も。
12月1日をどうにかしようとしていた。
魔女を止めて
誰も死なないようにして。
やっと。
『攻略完了!』
って書いたのに。
9日後。
戦争?
「……ノノカ」
「はい」
「何これ」
「私にも……」
ノノカも壇上を見ている。
「地上と地下って、どっちかしか生きられないって……エルも言ってたけど」
「はい」
「だからって戦争するの?」
「…………」
「他に何かないの?」
ノノカは答えなかった。
壇上では、まだ説明が続いている。
「今回の決定に至った理由について、説明します」
「…………」
少しだけ、ざわめきが小さくなる。
「拘束した工作員への調査により、地上側が地下への攻撃を行った理由の一つに、灰の存在があることが判明しました」
「……灰?」
聞き慣れた言葉だった。
「地上人類にとって、灰は生存を脅かす物質です。地上側は、地下における灰の利用が今後も増加すれば、地上人類の生存が困難になると主張しています」
「…………え?」
思わずノノカを見る。
「灰って……あの灰?」
「……他にはないと思います」
「でも、灰でしょ?」
意味が分からない。
私たちは毎日使ってる。天使なら自分の体から出るし、触ったところで何ともない。
周りも同じらしく、一気にざわめきが大きくなった。
「灰が危険ってどういうこと?」
「俺ら普通に触ってるけど」
「地上の人だけ駄目なの?」
「静粛に」
壇上から声が飛ぶ。
「一方で、地下都市の生活、産業、各種設備の多くは灰をエネルギー源として成立しています。現在の地下社会において、灰の利用を全面的に停止することは現実的ではありません」
そんなの。
知ってる。
灰。
天使が変身すれば出てくる。
学校でも回収されてる。
旧文明から残っている大量の灰も、いくつもの貯蔵施設に保管されている。
地下では、それをエネルギーとして使ってる。
ずっと。
当たり前に。
「地上側は既に、12月1日に組織的な攻撃を実行しています。地下政府は、今後も同様の攻撃が継続される可能性が高いと判断しました」
「…………」
「以上の理由から、地下人類の生存を確保するため、地上側への武力行使を開始します」
今度は。
さっきより、意味が分かった。
分かってしまった。
「……じゃあ」
小さく呟く。
「灰を使うのやめたら……」
「コトハちゃん」
「…………」
無理だ。
言ってから気づいた
地下で暮らしているのに、灰を使わないなんて。
どうやって?
◇◇
「会わせてください!」
「無理です」
「ちょっとだけでいいんです!」
「無理です」
「そこをなんとか!」
「コトハちゃん……」
ノノカに服を引かれる。
「でも!」
全校集会が終わってすぐ、上層部の人に会いに来た。
いつもなら、話くらいは聞いてもらえた。
でも今日は違う。
人が何度も出入りしている。
廊下を走っている人
端末で話しながら歩いている人。
部屋の中からも、次々と指示が飛んでいる。
「現在、緊急対応中です」
「でも、聞きたいことがあって……」
「後にしてください」
「いつなら――」
「分かりません」
「…………」
受付の人が私を見る。
「今、地上との戦争が始まったんですよ」
「…………」
何も言えなくなった。
ノノカと顔を見合わせる。
「……戻りましょうか」
「…………うん」
今までと違う。
分からないことがあったら、聞きに来ればよかった。
でも。
今は、その人たち自身が戦争を動かしている。
◇◇
学校へ戻る途中。
「……暗くない?」
立ち止まる。
いつも点いている照明が、いくつか消えていた。
「そうですね」
店の看板も一部消えている。
少し先では、止まった設備の前で人が何か話していた。
「今日からだって」
「もう?」
「仕方ないよ。戦争なんだから」
「…………」
何の話?
そう思っていると。
パッ。
「わっ」
近くの照明が消えた。
続いて、低く響いていた機械の音も止まる。
「あー……」
近くにいた店員が上を見る。
「こっちも灰の供給制限か」
「復旧までどれくらい?」
「分かんない。しばらくかかるんじゃない?」
「…………」
灰。
また。
「……ノノカ」
「はい」
「これも灰?」
「そうですね」
歩く。
少し進むと、止まっている移動設備。
暗くなった店。
いつもより弱い暖房。
さっきまで意識していなかったものが、急に目につく。
灰。
天使が変身すると出てくる、あの灰。
地下ではエネルギーとして使われている。
知っていた。
ずっと知っていたけど。
「……こんなに使ってたんだ」
「はい」
「全然考えたことなかった」
「普段は、考える必要がありませんからね」
「…………」
地上の人は。
これが増えたら、生きられない。
でも地下は。
これがなくなったら。
「……どうするの」
答えは返ってこなかった。
◇◇
学校へ戻っても、同じだった。
「使用していない教室の照明は消してください!」
「実技場の灰は残さず回収するように! 回収箱からこぼした場合も、そのままにしないでください!」
先生たちが指示を出している。
普段からあった灰の回収箱。
今までなら、そこにあるのが当たり前すぎて気にもしなかった。
今日は違う。
「全部回収しろよ! 今は少しでも無駄にできないからな!」
「……灰って、そんなに大事だったんだ」
「大事ですよ」
「知ってるけど……」
なんか。
違う。
知ってたのに、知らなかったみたいな感じがする。
「知っていることと、意識していることは違いますからね」
「……うん」
地上。
地下。
どっちも生きるために。
同じ灰を、全然違う意味で見ている。
『全部、救えるかもしれない』
「…………」
エル。
どうやって?
全然分かんないよ。
◇◇
『天使適性者の生徒へ連絡します』
「……?」
その日の途中。
また放送が入った。
『これより名前を読み上げる生徒は、指定された教室へ集合してください』
「何だろ」
「さあ……」
名前が次々と読み上げられていく。
二年生、三年生。それだけじゃなく、一年生の名前も混じっていた。
『――カレン』
「あ」
カレン先輩。
その少しあと。
『――コトハ』
「…………え?」
「コトハちゃん」
「今、私?」
「はい」
ノノカを見る。でも、その後いくら待ってもノノカの名前は呼ばれなかった。
嫌な予感。
今日はずっと、こればっかりだ。
◇◇
指定された場所には、もう大勢の一年生が集まっていた。
五十人どころじゃないかもしれない。みんな何のために呼ばれたのか分からないらしく、落ち着かない声があちこちから聞こえる。
前に立った先生が口を開いた。
「今から説明する。ここにいる生徒には、本日の地上派遣に参加してもらう」
一瞬、静かになった。
すぐに。
「地上!?」
「今日!?」
「戦争の?」
声が一気に上がる。
「静かに! 一年生を前線へ投入する予定はない。担当は負傷者の搬送、後方警戒、その他の補助だ」
「でも地上には行くんですよね?」
誰かが聞いた。
「ああ」
ざわめきが大きくなる。
「私たち、まだ武器も使えないんですけど!」
「承知している。だから前線には出さない」
「…………」
周りを見る。
怖がってる。
私だけじゃない。
「……嫌です」
気づいたら声が出ていた。
先生がこちらを見る。
「地上の人と戦うんですよね」
「原則として、戦闘には参加させない」
「でも、戦争してる場所に行くんですよね?」
「……そうだ」
「…………」
銃を持っていた女の子を思い出す。
エルも。
みんな人間だった。
「私、人を殺したくないです」
周りが少し静かになる。
「魔女じゃないんですよ。無理です」
先生は少し黙ってから、
「……すまない」
先生は、私だけじゃなく集まった一年生全員を見る。
「怖いのは分かっている。行きたくない者もいるだろう。だが、今は一人でも多くの天使が必要なんだ」
「…………」
「ここに名前を呼ばれて集められた者は、全員地上へ向かってもらう」
断れない。
嫌だって言っても。
怖いって言っても。
行くしかないんだ。
周りを見る。さっきまで騒いでいた人たちも、今は誰も何も言わなかった。
「……分かりました」
全然、納得なんてしてないけど。
◇◇
説明が終わって外へ出る。
「コトハっち」
「……カレン先輩」
カレン先輩が小走りで近づいてきた。
「ちょい時間ある?」
「ありますけど……」
「じゃ、今のうちに言っとこっかな」
「何をですか?」
「イチカのこと」
「…………え?」
思わず顔を見る。
なんで今、イチカ?
「イチカ、12月1日の作戦に参加する予定だったんだって?」
「はい。でも来なくて……今も行方不明です」
「弟もでしょ?」
「……知ってるんですか?」
「まあね」
カレン先輩は少し黙った。
「これ、今言うか迷ったんだけどさ。あーしら、このあと地上行くじゃん」
「……はい」
「死ぬかもしんないし」
「…………」
そんなに普通に言わないでほしい。
「だから、言わないまま死んだらちょい心残りかなーって」
「何ですか……?」
「イチカ、ノート探してたよ」
「…………ノート?」
「そ。家宝なんだって」
「…………」
ノート。
家宝。
イチカの?
頭に浮かんだものは一冊しかなかった。
恐る恐る鞄を見る。
「……これ?」
「多分ね」
「多分?」
「あーしも詳しくは知らないよ。イチカがずっと探してたノートと、コトハっちが持ってるやつが同じっぽいってだけ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
全然追いつかない。
「イチカが、このノートを探してたんですか?」