「イチカが、このノートを探してたんですか?」
「多分」
「家宝として?」
「そう聞いてる」
「…………」
意味が分からない。
このノートは、気づいたら私の部屋にあった。
前の時間で書いたことが残る。
私を12月1日に戻す。
ずっと、何なのか分からなかった。
そのノートを。
イチカが探してた?
「でも、12月1日のこと、コトハっち異常なくらい知ってたじゃん。あのノートも関係してるんでしょ?」
「えっと……」
「言いたくないならいいよ」
「…………」
カレン先輩はそれ以上聞かなかった。
助かった。
今これ以上聞かれても、何をどこまで話していいのか分からない。
「もしかしたらさ」
「……はい」
「そのノートで、何かできんのかなって」
「何か?」
「地上も地下も、どうにかするとか」
「…………」
地上も。
地下も。
『全部、救えるかもしれない』
エルの言葉が浮かぶ。
「できるかなんて知らないよ? できたとしても、コトハっち一人に全部押しつける気もないし。でも、あーしが知ってること黙ったままなのも違うかなって」
「……カレン先輩」
「ん?」
「このノートについて、何か知ってるんですか?」
「いんや。イチカが探してたってことしか知らない」
「じゃあ……」
もし。
本当にイチカの家に伝わっていたものなら。
「イチカに聞けば、このノートが何なのか分かる……?」
「そーなんじゃない? 本人いないけど」
「…………」
そこだ。
なんで今、いないの。
しかも工作員だった弟と同じ日に消えて。
ノートまで探してた?
分からないことが、一気に増えた。
「あの」
「ん?」
「最初に私のノート見た時も……知ってたんですか?」
「知ってたよ」
「…………え?」
今度こそ固まった。
「じゃあ、あの時から……?」
「うん」
「なんで言ってくれなかったんですか!?」
「だってあーし、イチカ嫌いなんだよね。だから教えなかった」
「…………嫌い?」
理由が予想外すぎる。
「それだけで!?」
「いや、そこは色々あんの」
「色々って……」
「複雑なんだって」
軽く笑って、それ以上は話してくれなかった。
「…………」
聞きたい。
めちゃくちゃ聞きたい。
イチカと何があったのかも。このノートが何なのかも、なんでイチカが探していたのかも。
でも、もうすぐ地上へ行かなきゃいけない。
そして。
それより今、もう一つ気になっていることがあった。
「カレン先輩」
「なにー?」
「……怖くないんですか?」
「んー?」
「これから地上に行くんですよ。人と戦って……死ぬかもしれないのに」
さっきからずっと普通だ。
ノートの話をしてる時も。
死ぬかもしれない、と言った時でさえ。
いつものカレン先輩とほとんど変わらない。
「なんで、そんなに明るいんですか?」
「怖いよ」
「……え?」
「めっちゃ怖い」
あっさり言った。
「あーしだって死にたくないし、人殺すのも嫌だよ」
「じゃあ……」
「でもまあ」
カレン先輩が少しだけ上を見る。
「これも天の導きかなーって思ったり」
「……天?」
「そ」
笑う。
「行くことになったんなら、何か意味あんのかなって。そう思っといた方が楽じゃん?」
「…………」
よく分からない。
怖いのに、笑えるのも。
これから戦争に行くことを、そんなふうに考えられるのも。
でも。
本当に怖くないわけじゃないんだ。
それだけは、少し意外だった。
「ま、死ぬ気はないけどね」
いつもの調子で言って、カレン先輩は手を振った。
「じゃ、あとでね。コトハっち」
「……はい」
◇◇
「コトハちゃん」
準備を終えて、地上門へ向かう前。
ノノカが来た。
「…………」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
「そうですよね」
「……うん」
変に大丈夫って言わなくてよかった。
「本当に行くんだって」
「…………」
「今日まで地上に人がいることすら、みんな知らなかったのに」
「はい」
「私だって……何回か見ただけなのに」
武器。
銃。
少年少女。
死んだエル。
「……怖い」
「はい」
「ノノカも来てよ」
「行けるなら、そうしたいです」
「…………」
分かってる。
ノノカは呼ばれてない。
「コトハちゃん」
「何?」
「戦わなくてもいいです」
「……でも」
「危険だと思ったら逃げてください」
「…………」
「それと」
ノノカが私を見る。
「死なないでください」
「…………」
何回も。
死んだ。
戻ってきた。
でも。
次も戻れるなんて、誰も言ってない。
「……うん」
「約束ですよ」
「うん」
今度は、ちゃんと言った。
「約束する」
◇◇
地上門。
こんなにたくさんの天使が集まっているのは、初めて見た。
二年生。
三年生。
大人。
私と同じ一年生もいる。
武器を持っている人。
持っていない人。
先生。
天使本部の人。
指示が飛び交う。
「…………」
変身する。
頭上に輪。背中に翼。周りでも次々と翼が広がっていく。
地上へ向かう。
今までなら、資源を回収するため。魔女を倒すため。旧文明のものを探すため。
天使たちは、この門を通っていた。
でも今日は。
人間と戦うため。
「…………」
巨大な縦穴。
上を見る。
飛ぶ。
◇◇
地上。初めてじゃない。
でも。
全然違って見えた。
「一年生は離れるな! 前へ出るなよ!」
「はい!」
周りについていく。
遠くから音がする。
銃声。
何かが壊れる音。叫び声。
「…………」
戦争。
本当に。始まってる。
「後方へ!」
「負傷者を運べ!」
「こっちだ!」
言われた通りに動く。怪我をした天使を抱えて運ぶ。
安全な場所へ。戻る。また運ぶ。
これなら。
戦わなくていい。
そう思った。
パンッ!!
「――っ!」
すぐ近くで地面が弾けた。
「下がれ!」
また銃声。反射的に飛び上がると、少し先に地上側の少年が見えた。
銃口がこちらを向く。
「…………っ」
近づけば殴れる。
変身している今なら、止められるかもしれない。
飛ぶ。距離を詰め、拳を握る。
でも、顔が見えた瞬間に腕が止まった。
私と、そんなに歳が変わらない。
「…………」
無理。
魔女じゃない。
人間だ。
「コトハ! 下がれ!」
その直後、大きな音とともに近くの建物が崩れた。土煙で何も見えなくなり、味方の声も銃声にかき消される。
「待って、どこ……!?」
飛んで逃げるうちに、完全に場所が分からなくなった。
しかも、ずっと飛び続けていたせいで活動時間もほとんど残っていない。
「はぁ……はぁ……」
とにかく近くの建物へ逃げ込む。
直後、輪と翼が消えた。灰が床へ落ちる。
「……最悪」
もう変身できない。
敵地で、一人。
味方がどこにいるのかも分からない。
「…………」
どうしよう。
端末を取り出そうとした時、足音がした。
「…………っ」
体が固まる。
お願い。味方であって。
ゆっくり振り返る。
知らない少年が立っていた。地上側の服。手には銃。
「……っ!」
逃げようとした瞬間、銃口が上がった。
「動くな」
止まる。心臓がうるさい。
変身できない。逃げても撃たれる。
「所属と名前」
「…………」
「答えろ」
「こ、コトハ……」
「所属は?」
「…………」
「地下の天使だな」
「……はい」
声が震える。
怖い。でも。
なんで撃たないの?
地上と地下は、もう戦争してる。さっきまで私も撃たれていたのに、この人は銃を向けたまま質問してくるだけだった。
「一つ聞く」
「……何?」
「ユウという名前に、聞き覚えはあるか?」
「ユウ……?」
昨日見た資料を思い出す。
捕まえられなかった工作員。
「あ……」
「知っているんだな?」
「……なんで、あなたがユウを知ってるの?」
「質問に答えてくれ」
「…………はい」
「どこで知った?」
「それは……」
「実際に会ったのか?」
「会ってないです」
「なら、誰から聞いた?」
「…………」
言えない。
「ユウはどこにいる」
「知らないです。本当に……昨日からいなくなってて……」
「待て」
「っ……」
「昨日からいないことまで知っているのか?」
「……はい」
そこまで知ってるのが変なの?
少年の目つきが変わった。
「なぜ知っている?」
「それは……」
答えられない。
ユウが工作員だったから。
昨日、地下側が捕まえようとしていたから。
「…………」
少年は私をじっと見た。
「ユウの名前を知っている。消息が途絶えた時期も知っている。それなのに理由は答えない」
「ち、違……」
「お前は地下側の人間だ」
「…………」
銃を握る手に力が入った。
怖い。
さっきまで質問するだけだったのに。
「……そうか」
銃口が、まっすぐ私へ向く。
「お前が、ユウを消したんだな」