「お前が、ユウを消したんだな」
「ち、違う!」
声が裏返った。
銃口は下がらない。撃たれるかもしれないと思った瞬間、足に力が入らなくなった。
「なら説明してくれ。ユウとは会ったのか?」
「会ってない……本当に」
「では、なぜ名前を知っている。昨日から消息が分からないことまで、なぜ知っている?」
「それは……」
言えない。
工作員だと知っていたことを話せば、その理由まで聞かれる。
タイムリープの事を話すのは、ダメだ。
「正確に説明してくれ」
「……分かんない」
「何が?」
「私だって、全部分かってるわけじゃないの。ユウもいなくなったし……イチカもいなくなったし」
「……イチカ?」
「ユウのお姉ちゃん」
「…………ああ」
「知ってるの?」
「名前はな」
「……会ったことある?」
「ない」
「じゃあ、なんで」
「ユウが地下で世話になっていた家の人間だ。その程度は把握している」
「…………」
じゃあ、この人はユウが地下でどう暮らしていたのかも、ある程度は知ってるんだ。
「イチカも昨日から所在不明なのか?」
「……うん。ユウと同じ日にいなくなったって聞いた」
「二人が一緒にいることは確認したのか?」
「してない」
「では、一緒に消えたというのは推測だな」
「……うん」
怖いのに、質問は細かい。
この人は私が何を見て、何を人から聞いて、どこからが予想なのかを一つずつ分けようとしているらしい。
「他には?」
「同じクラスで……それと」
カレン先輩から聞いた話が浮かぶ。
ノート。
家宝。
「…………」
「何だ?」
「……それは、言いたくない」
少年が私を見る。
また銃を向けられるんじゃないかと思って、体が強張った。
でも、その前に外から銃声が響いた。
「っ!」
さっきより近い。
少年はすぐに扉を見ると、銃をしまった。
「ここを離れる」
「え……?」
「来い」
「どこに……」
「安全な場所だ。今は説明している時間がない」
行きたくない。
でも、ついていかなかったら殺されるかもしれない。
結局、私は少年についていくしかなかった。
◇◇
少年は人の多い道を避け、建物の間を縫うように進んでいった。
私は少し後ろを歩く。
逃げようとは思えなかった。
変身はもうできない。ここがどこなのかも分からないし、周りは全部敵側だ。
「……あの」
「何だ?」
「私、どこに連れていかれるの?」
「一時的に隠せる場所だ」
「……私を?」
「ああ」
やっぱり変だ。
捕まえた敵なら、普通は仲間のところへ連れていくんじゃないの?
なのに、この人はさっきから誰にも会わないようにしている。
「なんで、人がいないところばっかり……」
「お前を見つけられたくない」
「……誰に?」
「地上側にもだ」
「…………え?」
少年はそれ以上説明しなかった。
途中、大きな道へ出る直前で、彼が来ていた上着を渡される。
「着てくれ。地下側の服を隠す」
「……うん」
「顔もなるべく上げるな。誰かに話しかけられても答えないでくれ」
言われた通りにする。
怖い。
この人が何をしようとしているのか、まだ全然分からない。
◇◇
戦場からかなり離れたところで、古い建物へ入った。
さらに地下へ降りる。
少年が鍵を開けた先には、思っていたより普通の部屋があった。
古い机と椅子。毛布。食料。棚には小物や服が置かれている。
ただ、妙に差がある。
片側は綺麗に整理されているのに、もう片方には服や空の容器が適当に置かれていた。
「……ここ、何?」
「俺とユウしか知らない場所だ」
「…………」
ユウ。
部屋を見る目が変わった。
この部屋にある物も、ユウのもの?
「座ってくれ」
「……はい」
言われた通り椅子に座る。
扉には鍵がかかっている。
銃を持った敵と、二人きり。
安全な場所へ来たはずなのに、全然安心できなかった。
少年も向かいに座る。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
「……」
「ミカゲだ」
「ミカゲ……」
「ああ」
覚える。
この人が、ミカゲ。
「改めて聞く。ユウについて知っていることを、最初から話してくれ。事実と、人から聞いたことと、推測は分けてほしい」
「……分かった」
「それと、曖昧なところは曖昧だと言ってくれ。分からないことを無理に答える必要はない」
さっきから細かい。
でも、嘘を言えと言われるよりはいい。
◇◇
話せる範囲で話した。
ユウが地下で工作員として暮らしていたこと。
12月1日に地下側が工作員を一斉に拘束しようとしたこと。でもユウだけはその時にはいなくなっていて、同じ日にイチカも姿を消したこと。
ただし、エルから情報を得たことや、タイムリープ、ノートについては話さなかった。
「……地下側は、どうやってユウが工作員だと特定した?」
「それは言えない」
「なぜ?」
「……言えないから」
「情報源を明かせないという意味か?」
「…………」
「それとも、お前自身が知った方法を隠している?」
答えない。
ミカゲはしばらく私を見ていた。
「……分かった。そこは保留にする」
「え?」
「聞いても答えないんだろう。俺は尋問は得意ではないし、拷問をする趣味もない」
「…………」
拷問。
その言葉が出てきただけで、背中がぞわっとした。
「……しないんだよね?」
「ああ」
「絶対?」
「する趣味はないと言っただろう」
「趣味がなくても必要だったらする人いるじゃん……」
「…………しない」
「最初からそう言ってよ……」
少しだけ力が抜ける。
まだ信用していい相手じゃない。でも、答えないなら痛めつけてでも吐かせる、と言われなかっただけでだいぶ違った。
「なら、今は他を確認する。ただし、その部分が分からない以上、お前の話を全部信用することもできない」
「…………」
当然だと思う。
でも、そう言われると困る。
私だって全部話せるなら話したい。でもタイムリープのことを誰にでも話すわけにはいかないし、エルから聞いたなんて言えば、もっとややこしくなる。
「……ごめん」
「謝られても判断材料は増えない」
「…………」
やっぱりちょっと怖い。
怖い言い方だけど、さっきよりはまだマシだった。
少なくとも、いきなり撃たれる感じはしない。
ミカゲは少し考え込んだあと、椅子に座り直した。
「……俺の方からも話しておく」
「え?」
「その方が、お互いに話が早い」
今までずっと私ばかり質問されていたから、少し意外だった。
「ユウが地下へ行ったことは知っている」
「……工作員だってことも?」
「ああ」
「じゃあ、何してたかも全部知ってるの?」
「いや。任務の詳細までは知らない」
「…………」
親友なのに。
「連絡とかは?」
「取れない」
「え?」
「地下の工作員が持っている通信機は、本部との連絡用だ。俺個人とは繋がらない」
「あ……」
「だから、地下へ行ってから直接話したことは一度もない」
「じゃあ、ユウがいなくなったって、どうやって知ったの?」
「本部から聞いた」
「本部?」
「ああ。12月1日以降、ユウとの連絡が途絶えたと報告を受けた」
「……なんでミカゲに?」
少し気になった。
普通、工作員が一人いなくなったなんて、誰にでも教えることじゃない気がする。
「作戦本部にいるからだ。全てではないが、工作員についても一部の情報は入ってくる」
「…………」
思ってたより、この人偉い人なのかな。
見た目は私とそんなに変わらないのに。
「それで、探してるの?」
「ああ」
迷いのない返事だった。
「……友達?」
「親友だ」
即答。
部屋に残っているものを見る。
片付けられていない服も、小物も。
ユウが最後にここへ来た時のものなのかもしれない。
この人は、それを今も残してる。
「…………」
怖い人。
敵。
それは変わらない。
でも、さっきよりほんの少しだけ、この人が何をしたいのかは分かった。
◇◇
「……私、帰してもらえる?」
「できない」
やっぱり。
「お前は敵側の人間だ。地上側の状況も見ている。そのまま地下へ帰すことはできない」
「…………」
じゃあ。
私はこれからどうなるんだろう。
「……捕虜って、このあとどうなるの?」
「通常なら、上へ引き渡される」
「上……?」
「軍の管理下に置かれる。俺が勝手に連れ回すものではない」
「…………」
思わず部屋を見回した。
古い机。毛布。ユウの物。
どう見ても、軍の施設じゃない。
「……じゃあ、なんで私ここにいるの?」
「…………」
「ここ、ミカゲとユウしか知らない場所なんでしょ?」
「ああ」
「上の人のところに連れていかなくていいの?」
「よくはない」
「え?」
「お前を捕らえたことは、誰にも報告していない」
「…………は?」
今度は別の意味で怖くなった。
つまり私がここにいることを、地上側の誰も知らない。
「それ……大丈夫なの?」
「大丈夫ではない。規則違反だ」
「じゃあ、なんで……?」
「地下側から情報を得る必要があった」
「ユウの?」
「ああ」
「……私を見つけたから、そうしようって思ったの?」
「違う」
「え?」
「戦場へ出る前から、孤立した地下側の人間を一人確保するつもりだった」
「…………」
じゃあ。
私じゃなくてもよかったんだ。
「最初から、捕まえても上の人には渡さないつもりだったの?」
「ああ」
「……ユウのために?」
「そうだ」
また。
ユウ。
「俺は地下へ行く」
「…………え?」
「ユウを探す」
「地下に?」
「ああ」
「でも……どうやって?」
地上の人が普通に入ってきたら、すぐにバレると思う。
「地上の人だってバレるでしょ」
「バレないように入る」
「そんなことできるの?」
「ああ。地下へ人間を送り込む方法は一つじゃない」
「……どういうこと?」
「例えば、地下側の人間に見つかることを前提にする方法がある。身元が分からない人間を装って保護を受け、そのまま地下で生活する」
「そんなので大丈夫なの?」
「実際に成功している」
「……もしかして、ユウ?」
「ああ。ユウは記憶喪失を装って地下へ入った」
「…………」
イチカ。
「じゃあ、イチカの弟になってたのって……」
「保護されたのが、あの家だったからだ」
「…………そっか」
だから、本当の姉弟じゃない。
地下へ入って、イチカたちの家族に拾われて。それから弟として暮らしていたんだ。
「じゃあミカゲも、誰かに拾ってもらうの?」
「いや」
「違うの?」
「ああ。今回は誰にも見つからないように入る」
「…………誰にも?」
「地下側に俺がいること自体を知られないようにする。見つからなければ、身元を偽る必要もない」
「そんなことできるの?」
「そのための準備をしていた」
「…………」
記憶喪失のふりをして誰かに助けてもらうのも怖いけど。
誰にも見つからないように、敵の地下で生活する。
そっちはそっちで、もっと怖い気がする。
「ただ、内部の状況までは分からない。戦争が始まって警戒も変わっているはずだ」
ミカゲが私を見る。
「だから、地下側の人間から情報を得る必要があった」
「……それで、今日誰か捕まえようとしてたの?」
「ああ」
「……それが私だったんだ」
「そういうことだ」
偶然。
でも私は、ただの地下の天使じゃない。
ユウの名前も知っていた。
「お前は地下へ戻りたいんだろう?」
「……うん」
「俺は地下へ行きたい」
「…………」
「だから、協力できる部分はあると思っている」
協力。
敵なのに。
ついさっきまで銃を向けられてたのに。
「……私を案内役にするってこと?」
「それも頼みたい」
「…………」
断ったらどうなるんだろう。
聞けなかった。
「ただ、今すぐ地下へ向かうのは無理だ。地上門周辺ではまだ戦闘が続いているし、準備も必要になる」
「どれくらい?」
「少なくとも数日はかかる」
「数日……」
ノノカ。
学校。
みんな。
私が帰ってこなかったら、どうなってる?
「私、行方不明になってるんだよ。ノノカ、絶対心配してる……」
「ノノカ?」
「友達。ずっと一緒にいた子」
「……そうか」
「学校のみんなだって、私が帰ってないって気づくよ」
「それでも、今すぐ地下へ戻すことはできない」
「…………」
「できるだけ急ぐ」
帰してくれる。
少なくとも、そのつもりではいる。
それでも数日。
長い。
「じゃあ、それまでここにいるの?」
「それも難しい」
「……なんで?」
「食料が足りない。それに、俺が何日もここへ出入りすれば不自然だ」
「じゃあ……どうするの」
ミカゲが私を見る。
制服。靴。
頭から足まで確認されて、なんとなく嫌な予感がした。
「まず、その格好を変える必要がある」
「……え?」
「外では地下の話をするな。天使にもなるな」
「今日はもうなれないけど……」
「今日だけの話ではない」
「…………」
「ここにいる数日間、お前が地下人類だと知られるわけにはいかない」
「……つまり?」
ミカゲは少し考えてから、当たり前のことを説明するみたいに言った。
「お前にはこれから、地上人類として過ごしてもらう」
「…………は?」