「お前、何を言ってる?」
「……え?」
何を言ってるって。
「50歳とか、60歳くらいの人。ここに来てから一人も見てないから、どこにいるのかなって」
「…………」
ミカゲは少し考えるように黙った。
「……ああ、そうか」
「何?」
「地下には、そのくらいの年齢の人間もいるんだったな」
「…………?」
その言い方。
「地上にはいないの?」
「ああ」
「……一人も?」
「ああ」
「え?」
思わずミカゲの顔を見る。
「一人もって……この集落にいないってこと?」
「いや」
「じゃあ、どこにいるの?」
「どこにもいない」
「…………え?」
意味が分からない。
「いや、だって……50歳だよ? 60歳とか。普通にいるでしょ?」
「地上にはいない」
「…………」
もう一度、周りを見る。
子供が走っている。私と同じくらいの人もいるし、働いている人たちはもう少し上に見える。
でも。
本当にいない。
お父さんとかお母さんくらいの歳の人も、その上も。
「え、待って。じゃあ40歳は?」
「いない」
「…………え?」
「ほとんどな」
「30歳は?」
「かなり珍しい」
「…………は?」
今、何て言った?
「30歳だよ?」
「ああ」
「30歳って、全然若いよ!?」
「地下ではそうなんだろうな」
「地下とかじゃなくて……え?」
何が違うの。
人間なのに。
地上にいるだけで、年齢の数え方が変わるわけでもない。
「じゃあ……二十代は?」
「いる。だが、後半まで人間でいられれば相当長い方だ」
「…………」
頭が追いつかない。
二十代後半。
それなら、さっきから見ている人たちの中で一番年上に見える人と、そんなに変わらない。
「……どういうこと?」
「何が?」
「なんで、それより上の人がいないの?」
ミカゲが少し黙る。
「どこ行くの? 30歳になったら」
「…………」
「別のところに住むとか?」
「いや」
「じゃあ何?」
返事がない。
そこでようやく、嫌な考えが浮かんだ。
「…………」
まさか。
「……死んじゃうの?」
「違う」
「え?」
「死ぬとは限らない」
「じゃあ、どうなるの?」
「…………」
ミカゲが周囲を見た。
すぐ近くを人が通る。少し先では子供たちがまだ遊んでいて、店の前にも何人か集まっていた。
「ここでする話ではない」
「……なんで?」
「いいから。行くぞ」
「…………」
気になる。
でも、ミカゲはもう歩き始めていた。
◇◇
共同宿舎へ向かう途中、風が吹いた。
「……っ」
細かい灰が舞い上がる。
反射的に目を細めた。
見慣れたものだった。地上任務に来た時も、地上にはいつも灰が漂っていたし、風が吹けばこうやって舞い上がる。
でも、周りの反応は地下とは違った。
「灰、来たよ!」
近くの店で誰かが声を上げる。
外に出ていた物が急いで中へ運び込まれ、窓が閉められていく。遊んでいた子供も大人に呼び戻されて、口元を布で覆っている人もいた。
「…………」
地下では、灰なんてそこら中にある。
天使が変身すれば出るし、集めてエネルギーとして使う。
なのにここでは。
みんな、避けている。
「ミカゲ」
「何だ?」
「……灰って、そんなに危ないの?」
「地上人類にとってはな」
「…………」
政府から聞いてはいた。
地上人類にとって灰は有害で、このまま地下での利用量が増え続ければ、地上人類が生きられなくなる。
でも。
実際に灰を避けながら暮らしている人を見るのは、初めてだった。
◇◇
共同宿舎に着いた。
ミカゲが用意してくれた部屋へ入り、扉を閉める。
「それで」
「?」
「さっきの話だ」
「あ……」
お年寄りがいない。
死ぬわけでもない。
「結局、どうなるの?」
ミカゲはすぐには答えなかった。
「地上の人間は、生まれた時から少しずつ灰を取り込んでいる」
「うん」
「吸い込むこともあるし、食べ物や水から入ることもある。完全に避けて生活することはできない」
「…………」
さっきの人たちを思い出す。
あれだけ避けていても。
それでも、駄目なんだ。
「灰は身体の中に蓄積する。少量なら問題はないが、一定量を超えると身体を維持できなくなる」
「身体を維持……?」
「ああ」
「それが、大体二十代ってこと?」
「人による。多くはそうだが、俺やお前ぐらいの歳で限界を迎える人間もいるな」
「…………」
私。
十五歳。
地上だったら、同じ歳の人がもうそうなることもある。
「でも、それで死ぬわけじゃないんだよね?」
「ああ」
「じゃあ……」
嫌な感じがする。
「どうなるの?」
「…………」
ミカゲが私を見る。
「魔女になる」
「…………」
何を言われたのか、分からなかった。
「……誰が?」
「地上の人間が」
「…………」
「灰の蓄積量が限界を超えると、人間の姿を維持できなくなる。その結果が、お前たちが魔女と呼んでいるものだ」
「…………は?」
魔女。
地上の人。
二つの言葉が、頭の中で全然繋がらない。
「私たちが戦ってる……あの魔女?」
「ああ」
「…………」
嘘。
そう言おうとして、言えなかった。
ミカゲが冗談を言っているようには見えない。
「じゃあ、魔女って……」
「元は人間だ」
「…………」
頭の中に、魔女が浮かんだ。
学校を襲ってきた魔女。
校舎を壊して、人を追いかけていた魔女。
地上任務でも、何度も見た。
見つけたら戦う。
倒す。
それが普通だった。
「…………」
私も。
倒したことがある。
何度も。変身して、飛んで。殴って。殺した。
「……待って」
「何だ?」
今まで、何体?私は何体殺した?
魔女だから。化け物だから。人を襲うから。
だから倒していいと思ってた。
でも。
元々、人だったなら。
「…………」
自分の手を見る。
聞かなくても分かる。
さっき、ミカゲが言った。
魔女は。
元は。
「じゃあ……」
喉が詰まった。
「私が今まで殺してきた魔女って――」
言葉が止まる。
ミカゲを見る。
「……人間だったの?」