「……人間だったの?」
「…………ああ」
ミカゲの返事を聞いても、すぐには何も言えなかった。
頭の中に、今まで見た魔女が次々と浮かんでくる。
学校に入ってきた魔女。地上任務で戦った魔女。私に襲いかかってきて、私が殴って、倒した魔女。
あれも?
あれも?
全部?
「…………」
「コトハ?」
呼ばれているのに、返事が遅れた。
「……何?」
「大丈夫か?」
「…………」
大丈夫なわけない。
自分の手を見る。
この手で殴った。魔女だったから。人を襲う化け物だったから。
だから、倒していいと思ってた。
死んでも。
何とも思ってなかった。
「…………私」
声がうまく出ない。
「人、殺してたんだ」
「…………」
「ずっと」
ミカゲが何か言おうとする。でも、言葉は出てこなかった。
「魔女だからって……人じゃないと思ってたから。何回も殺して……」
「お前は知らなかったんだろう」
「でも殺したよ」
「…………」
「知らなかったら、殺していいわけじゃないじゃん」
声が震えた。
知ってたら殺さなかった?
分からない。
襲われたら、戦うしかなかったかもしれない。
誰かが襲われていたら、その人を助けるために倒していたかもしれない。
でも。
そんなことじゃない。
私は何も知らなかった。
何も知らないまま、魔女だから殺していいと思っていた。
倒したあと、その魔女が何だったのか考えたことすらなかった。
「…………」
ぽた、と何かが手に落ちた。
「……え」
涙だった。
いつから泣いてたんだろう。
慌てて拭う。でも、また落ちた。
「…………」
ミカゲが困ったように黙っている。
「……すまない」
「なんでミカゲが謝るの……」
「…………分からない」
「…………」
「だが、今は謝った方がいいと思った」
「何それ……」
ちょっとだけ笑いそうになった。
でも無理だった。
また涙が出た。
「……人間だったの?」
「…………ああ」
それから、何を話したのかよく覚えていない
今まで見た魔女のことばかり考えていた。
学校に入ってきた魔女。地上任務で戦った魔女。私が殴って、倒した魔女。
あれも。
あれも。
全部。
「…………」
「コトハ」
「……何?」
「一度、宿舎へ行くぞ」
「…………」
宿舎。
そういえば、そんな話をしていた。
ここにいる間、私は地上人類のふりをして生活する。そのために、しばらく泊まれる場所を借りるって。
「……うん」
今はもう、何でもよかった。
◇◇
ミカゲについて歩いて、共同宿舎へ向かった。
受付には女の人が一人座っていた。私たちを見ると、机の上に紙を出す。
「短期?」
「ああ。数日の予定だ」
「名前は?」
「コトハです」
答える。
「出身は?」
「…………」
一瞬、頭が真っ白になった。
「コトハ」
「……あ」
昨日――じゃない。さっき決めた設定。
「○○集落です」
「仕事は?」
「修繕の……補助をしてます」
「そっか。今こっち大変でしょ」
「…………はい」
何が大変なのか分からない。
適当に返事をした。
女の人は特に疑う様子もなく、宿泊に必要なことを説明していく。
料金。食事の時間。使っていい場所。出る時はいつまでに伝えるか。
全然頭に入ってこない。
「支払いは?」
聞かれて、止まる。
お金。持ってるわけがない。
「俺が払う」
ミカゲが横から言った。
「分かった。じゃあ――」
女の人が何かを書きかけて、ふとミカゲを見る。
「……そういえば、さっき聞いたんだけど」
「何だ?」
「好きな子できたって本当?」
「…………」
ミカゲが少し黙った。
「……情報が回るのが早くないか」
「やっぱり本当なんだ」
「…………」
女の人の視線が私へ移る。
「じゃあ、この子?」
「そうだ」
「…………」
もう知られてる。
さっき会った人と別れてから、まだそんなに経ってないのに。
この集落、怖い。
「へえー……」
「何だ?」
「いや。ミカゲにもそういうのあるんだなって」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味」
「分からない。具体的に言ってくれ」
「そういうとこだよ」
「…………?」
ミカゲは納得していないみたいだった。
「部屋は二階の奥ね。これ鍵」
「……ありがとうございます」
鍵を受け取る。
女の人は私の顔を少し見てから、
「……大丈夫?」
「え?」
「なんか顔色悪いけど」
「…………」
「戦争始まったばっかだし、色々あるよね。無理しないで」
「……はい」
それだけ言って、女の人は次の仕事へ戻った。
「…………」
知らない人。
地上の人。私が何者なのかも知らない。
なのに、心配された。
「コトハ?」
「……何でもない」
階段を上がった。
◇◇
ベッドに寝転がって、天井を見ていた。
何もしたくない。
さっきから何度も同じことを考えている。
魔女。人間。私が殺した。
考えるたびに胸が気持ち悪くなって、考えるのをやめようとしても、また勝手に浮かんでくる。
「…………」
目を閉じる。
今度は、12月1日のことが浮かんだ。
あの日。魔女の襲撃を止めた。
学校も、街も。
怪我をした人はいたけど、死んだ人はいなかった。
何度確認しても、ゼロだった。
嬉しかった。やっと助けられた。攻略できたって、本気で思った。
「…………」
でも。
「……本当に?」
誰も。
死ななかった?
あの日、倒した魔女は。何体いた?天使たちが何体殺した?
「…………」
考えたくない。
目を開ける。
天井は何も変わらない。
それでも頭の中には、あの日倒れていった魔女が残っていた。
人だった。
あれも。
あれも。
全部。
「…………」
寝返りを打って、壁の方を向く。
お腹も空かない。何もしたくない。
そのまま、どれくらい経ったのか。
コンコン。
「…………」
扉が鳴った。
ミカゲ?
「……はい」
「入っていい?」
知らない女の人の声だった。
「…………はい」
扉が開く。
入ってきたのは、若い女の人だった。手には食事を持っている。
「ご飯、取りに来なかったから」
「…………」
誰だろう。
宿舎の人?
受付にいた人とは違う。でも、今まで会ったことがあるのかと聞かれたら、それも分からない。
ここへ来てから、周りの人の顔なんてほとんど見ていなかった。
「……すみません」
「謝らなくていいよ。食べない?」
「……いらないです」
「そっか」
それだけ言って、女の人は食事を机に置いた。
「あ……」
「ん?」
「それ……」
「後で食べたくなるかもしれないから。いらなかったらそのままでいいよ」
「…………」
なんで。
この人、私のこと知らないはずなのに。
「……なんで、わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「ん?」
「私、取りに行かなかっただけなのに」
「ああ」
女の人は少し考える。
「今、色々あるからね。ご飯取りに来ない人がいたら、一応持ってくようにしてるの」
「色々……」
「戦争始まったばっかりだし。家族のことで落ち込んでる人もいるし、別の集落から逃げてきた人もいるし」
「…………」
「次は自分かもしれないからさ。こういう時は、お互い様」
それだけ言って、女の人は扉へ向かう。
「……ありがとうございます」
「うん。食べられそうになったら食べな」
扉が閉まった。
「…………」
机の上に、まだ温かそうな食事が残っている。
名前も知らない。
多分、向こうも私のことなんてほとんど知らない。
それでも持ってきてくれた。
「…………」
地上の人。
この人も。
いつか。
そこまで考えて、やめた。
◇◇
夕方。
ずっと部屋にいるのが苦しくなって、少しだけ外へ出た。
集落は昨日と変わらない。
古い建物。
修理している人。食事の準備をしている人。誰かの笑い声。
少し離れたところでは、戦争について話している人たちもいた。
「地下の連中が灰を使い続ける限り、こうなるのは分かってただろ」
「だからって戦争してどうすんだよ」
「じゃあこのまま死ねって?」
「そういう話じゃない」
「…………」
足を速めた。
怖い。
私が地下人類だと知られたら、どうなるんだろう。
でも。
少し歩いたところで、小さな子供と目が合った。
「…………」
「…………」
じっと見られる。
何。
何か変?
地下の人だってバレた?
心臓が速くなる。
その子は私のところまで来ると、手に持っていた小さなお菓子を差し出した。
「これあげる」
「…………え?」
「はい」
「なんで?」
「泣いてたから」
「…………」
顔を触る。
今は泣いてない。
「……見てたの?」
「うん」
「…………」
恥ずかしい。
「でも、これ君のでしょ?」
「まだあるからいいよ」
「…………」
受け取る。
「ありがとう」
「うん」
それだけ。
子供は私の隣に少しだけ座った。
何も聞かない。
私も何も話さなかった。
しばらくして。
「――リオ!」
遠くから声がした。
「あ!」
子供が立ち上がる。
「なにー?」
「そろそろ戻っておいで!」
「はーい!」
走っていく。
「…………」
リオ。
あの子の名前。
走っていった先で、誰かに何か言われて笑っている。
私は、もらったお菓子を見る。
「…………」
この子も。
いつか魔女になる。
そう思った瞬間、胸が苦しくなった。
魔女。
今までずっと、魔女としか呼んでこなかった。
でも。
あの魔女たちにも。
名前があった。
誰かに呼ばれていた名前が。
家族がいて。友達がいて。
きっと、あの子みたいに笑っていた時もあった。
「…………」
地上の人なんて、少し前まで存在することすら知らなかった。
地上から地下を襲ってきた人たち。
銃を向けてきた敵。
そう思っていた。
でも今は。
ご飯を置いていってくれた人がいる。
お菓子をくれた子がいる。
笑っている人がいる。喧嘩してる人もいる。
みんな。
生きてる。
その人たちが。
いつか。
「…………」
走っていくリオの背中を見る。
もう一度、名前を呼ばれて振り返っている。
「……死んでほしくないな」
小さく呟いた。