次の日。
目を覚まして、しばらく天井を見ていた。
「…………」
昨日のことが頭に浮かぶ。
魔女は、元々人間だった。
私が今まで殺してきた魔女も。
「…………」
また胸が苦しくなって、布団を顔まで引き上げる。
考えたくない。
でも、考えないようにすると余計に浮かんでくる。
しばらくそのままでいたけど、結局眠れるわけもなく、私はゆっくり体を起こした。
◇◇
共同宿舎を出る。
昨日は周りを見る余裕なんてほとんどなかった。
今日は少しだけ違う。
怖いのは変わらない。
ここにいる人たちは地上人類で、私が地下から来たと知られたらどうなるか分からない。戦争だって、今も続いている。
それでも。
「…………」
道を歩く人を見る。
朝から建物を修理している人。食べ物を運んでいる人。店を開けている人。
眠そうな顔で仕事へ向かっている人もいる。
少し先では、二人の男の人が何か言い合っていた。
「だから昨日返すって言っただろ!」
「昨日は無理だったんだって!」
「じゃあ先に言えよ!」
「…………」
なんか。
普通だ。
戦争中なのに喧嘩の内容がすごく普通。
地下でも、ああいう人たちいたな。
さらに歩く。
若い女の人が、小さな女の子の口元に布を巻いていた。
「ちゃんとつけててね」
「苦しい」
「灰吸うよりいいでしょ」
「やだー」
「やだじゃないの」
親子……じゃないよね。
女の人は二十歳くらいにしか見えない。
「お姉ちゃん、これ取ってー」
やっぱり姉妹?
「お母さんでしょ」
「あ、間違えた!」
「わざとでしょ!」
「…………」
お母さん?
思わず二度見する。
でも、女の人は普通にその子の手を取って歩いていった。
「…………」
そうか。
ここでは二十代前半には、もう人生の終わりが近い。
だったら。
家族を作る時期だって、地下と同じなわけがない。
少し離れたところでは、男の人が女性に何か渡していた。
「今日帰ってくる?」
「多分」
「多分って何」
「戦争なんだから分かんないって」
「……絶対帰ってきてよ」
「分かってる」
女性が男の人の服を掴む。
「絶対ね」
「…………」
戦争に行くのかな。
地下と戦いに。
私たちと。
でも、待ってる人がいる。
当たり前のことなのに、今まで考えたことがなかった。
◇◇
「地下の連中、本当にふざけてるよな」
聞こえてきた声に、足が止まった。
少し離れたところで、何人かが話している。
「こっちはずっと灰で苦しんでんのに、まだ使い続けるつもりなんだろ?」
「だからって戦争してどうすんの」
「じゃあこのまま魔女になれって?」
「そういうこと言ってんじゃないよ。戦争したら向こうもこっちも死ぬでしょ」
「先に攻撃しなきゃ、こっちがやられる」
「…………」
怖い。
地下人類だと知られたら。
そう思って、少し離れる。
地上の人が全員優しいわけじゃない。
地下を憎んでいる人もいる。戦争に賛成している人もいる。逆に、戦争なんて嫌だと言う人もいる。
「…………」
それも。
地下と同じだった。
優しい人もいる。嫌な人もいる。怒ってる人も。怖がってる人も。
誰かを心配してる人もいる。
地上人類。
ずっと、まとめてそう呼んでた。
敵。地下を襲ってきた人たち。
でも実際には。
一人一人、全然違う。
◇◇
「コトハ」
「わっ」
後ろから声をかけられて、肩が跳ねた。
「……ミカゲ」
「驚かせたか?」
「ちょっと」
「すまない」
ミカゲが隣に来る。
「何してたんだ?」
「……見てた」
「何を?」
「色々」
「そうか」
それ以上聞かれなかった。
しばらく一緒に歩く。
「……ミカゲ」
「何だ?」
「ミカゲも、いつか魔女になるの?」
「ああ。何もなければな」
「…………」
あまりにも普通に答えた。
「怖くないの?」
「怖いから何だ?」
「え?」
「怖がっていれば、灰の蓄積が減るのか?」
「……減らないけど」
「なら、今やるべきことをやるしかない」
「…………」
ミカゲらしい。
でも。
「本当に怖くないの?」
「…………」
今度は少し間があった。
「怖くないわけではない」
「……そっか」
「ああ」
少し安心した。
なんでかは分からない。
「ミカゲって、何歳?」
「十五だ」
「…………え?」
「何だ?」
「私と同い年」
「そうなのか」
「うん……」
十五歳。
私にとっては、まだこれから。
高校に入ったばかりで、将来のことなんて全然決まってない。
でもミカゲは。
このままなら、いつか魔女になる。
その「いつか」は、私が思っているよりずっと近い。
「ユウは?」
「十四だ」
「……一個下なんだ」
「ああ」
「ユウも、魔女になるんだよね」
「地上の人間である以上はな」
「…………」
ミカゲ。
ユウ。
昨日ご飯を持ってきてくれた人。
リオ。
エル。
さっき子供の口元に布を巻いていたお母さん。
みんな。
いつか。
「…………」
「どうした?」
「……何でもない」
◇◇
地下のことを考える。
ノノカ。セナ先輩。カレン先輩。
学校。街。そこで普通に暮らしている人たち。
助けたい。
当たり前だ。
でも。
地上にも人がいる。
こっちにも、普通に暮らしている人がいる。
地上の人は灰が増えれば魔女になる。
でも地下は、灰がなかったら生活できない。
照明。暖房。いろんな設備。
街そのものが灰で動いてる。
「…………」
灰をやめればいい。
そんな簡単な話じゃない。
地上を助けるために地下を捨てる?
無理。
じゃあ地下を助けるために地上を捨てる?
「…………」
それも。嫌だ。
でも。
「……無理じゃん」
思わず呟いた。
「何が?」
「え?」
ミカゲがこちらを見る。
「あ……何でもない」
「そうか」
どうすればいいの。
どっちも生きる方法なんてあるの?
私には分からない。
ノノカなら何か思いつく?
カレン先輩なら?
サチヤ先輩なら?
それでも無理だったら?
「…………」
分からない。
◇◇
夜。
共同宿舎の部屋で、一人になる。
「…………」
今日見たものを思い出す。
地上で普通に暮らしていた人たち。
リオ。ご飯を持ってきてくれた人。ミカゲ。エル。
それから、地下。
ノノカ。セナ先輩。カレン先輩。
学校。街。そこで暮らしている人たち。
「…………」
どっちも助けたい。
そう思ったところで、何をすればいいのかは全然分からない。
地下は灰が必要。
地上は灰があったら生きられない。
しかも、もう戦争まで始まってる。
「……難易度上がりすぎでしょ」
12月1日だけでも、あんなに何回も死んだのに。
今度は地上も地下も。戦争も、灰も、魔女も。
何から手をつければいいのかすら分からない。
「…………」
でも。
12月1日だって、最初は何をすればいいのか分からなかった。
死んで。
調べて。
分からなかったら誰かに聞いて。
一人じゃ無理だったから、いろんな人に考えてもらった。
それで、攻略できた。
「……そっか」
同じだ。
今は何も分からないなら、まず調べればいい。
一回で駄目なら、次の方法を考える。
「…………」
攻略するものが、少し大きくなっただけ。
「いや、少しじゃないけど……」
人類滅亡。
地上も。
地下も。
どっちも。
「……よし」
まだ、方法は一つも分からない。
できるのかも分からない。
それでも。
「攻略しよう」
12月1日じゃない。
今度は。
「人類滅亡を」
新しい攻略を、今始める。