人類滅亡攻略ノート   作:花露あかね

29 / 33
ハッタリ野郎

「地上は――いつから、地下のこと知ってたの?」

 

「…………」

 

 ミカゲは少し考えた。

 

「正確にいつからかは、俺も知らない」

 

「知らないの?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、ユウみたいな工作員は? ずっと前からいたの?」

 

「いや。地下へ人間を送り込むようになったのは、五年ほど前からだ」

 

「五年……」

 

 思っていたより長い。

 でも。

 

「あれ?」

 

「何だ?」

 

「じゃあ、それより前は地下のこと知らなかったの?」

 

「存在自体は知っていた」

 

「…………いつから?」

 

「だから、正確には知らない。少なくとも工作員を送り込むより、かなり前だ」

 

「…………」

 

 ますます分からない。

 

「じゃあ、なんで私たちは知らなかったの?」

 

「隠していたからだ」

 

「……地上が?」

 

「ああ」

 

「なんで……」

 

 聞こうとしたところで、ミカゲが立ち上がった。

 

「その話は移動しながらする」

 

「移動?」

 

「ああ」

 

 ミカゲは荷物を確認する。

 

「地下へ行く」

 

「…………え?」

 

 地下。

 

「今日!?」

 

「ああ」

 

「数日かかるんじゃなかったの?」

 

「その予定だった。ただ、状況が変わった」

 

「状況?」

 

「戦線が移動した。今なら使える経路がある」

 

「…………」

 

「待てば、次にいつ通れるか分からない。行くなら今だ」

 

「…………」

 

 帰れる。

 

 ノノカ。学校。みんな。

 ようやく。

 

「……行く」

 

「分かった。準備してくれ」

 

◇◇

 

 必要なものだけを持って、集落を出た。

 ミカゲについて歩きながら、さっきの話を思い出す。

 

「……ねえ」

 

「何だ?」

 

「なんで地上は隠れてたの?」

 

「知られる必要がなかったからだ」

 

「でも……同じ人間でしょ?」

 

「それで安全だと言い切れるのか?」

 

「…………」

 

「地下には天使がいる。俺たちより遥かに高い身体能力を持っていて、地上へも日常的に来ていた。それに、地下は俺たちにとって有害な灰を大量に利用している」

 

「……うん」

 

「存在を知らせて、地下側が友好的に接してくれる保証はない」

 

「でも、最初から敵って決まってたわけでもないでしょ?」

 

「そうだな」

 

「だったら……」

 

「知られることで得られるものと、知られた場合の危険を比べた結果だ」

 

「…………」

 

「少なくとも、当時の地上側はそう判断した」

 

 それ以上は言わなかった。

 地上側が正しかったのかは、私には分からない。

 

 でも。

 

 もし私が逆だったら。

 

 空を飛べて、自分たちよりずっと強い人たちがいて。その人たちが、自分たちを苦しめる灰を大量に使っていたら。

 

「…………」

 

 怖い。

 かもしれない。

 

「でも、天使ってずっと地上に来てたよ」

 

「ああ」

 

「なんで見つからなかったの?」

 

「見つからないようにしていたからだ」

 

「ずっと?」

 

「ずっとだ」

 

「…………」

 

 そんなことできるんだ。

 

「天使が地上へ出てくる場所や、普段どの辺りまで探索するのかは分かっていた。そこを避ければいい」

 

「でも、集落とか……」

 

「天使の活動区域から離れた場所に作る。移動する時も、見つからないようにする。それだけだ」

 

「…………」

 

 特別な何かがあったわけじゃない。

 私たちが地上を見ている間。

 

 地上の人たちは、私たちを避けて暮らしていた。

 

「……変な感じ」

 

「何が?」

 

「私たちは、地上には誰もいないって思ってたから」

 

「…………」

 

「人類は地下にしかいないって。地上には魔女しかいないって、ずっとそう思ってた」

 

 なのに。

 

「地上の人は、ずっと私たちがいるって知ってたんだ」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 やっぱり。

 

 変な感じ。

 

◇◇

 

 しばらく進んで、ミカゲが足を止めた。

 

「ここから先は、特に静かにしてくれ」

 

「……うん」

 

 人目につかない道を進む。

 途中からは、どこを通っているのか私にも分からなくなった。

 

 狭い場所を抜けて、暗いところを歩いて。

 

 どれくらい経ったのか。

 明かりが見えた。

 

「…………」

 

 地下。

 

 久しぶり――と言っても、二日しか経ってない。

 

 なのに。

 

 すごく久しぶりな感じがした。

 見慣れた明かり。

 

 動いている設備。

 

 地下の空気。

 

「…………」

 

 前なら何とも思わなかった。

 

 でも今は。

 この明かりも。あの設備も。灰で動いている。

 

 隣を見る。

 

 ミカゲは普通に歩いていた。

 

「何だ?」

 

「……何でもない」

 

「そうか」

 

 地上では、みんな灰を避けていた。

 

 ここでは。

 生活そのものが、灰の中にある。

 

「…………」

 

 早く。

 

 ユウを見つけた方がいい。

 

◇◇

 

「まず、どこへ行く?」

 

 人の少ない道まで来て、ミカゲが聞いた。

 

「イチカの家……かな」

 

「場所は分かるのか?」

 

「分かんない」

 

「…………」

 

「でも学校なら分かる。イチカは同じクラスだから、何か残ってるかもしれないし……」

 

「なら、まず学校周辺からだな」

 

「うん」

 

 イチカとユウ。

 

 二人とも12月1日からいなくなっている。

 どこにいるのか。

 

 どうやって探せばいいのか。

 

 考えながら歩いて。

 

「…………」

 

 前から来た人を見て、足が止まった。

 

 向こうも止まる。

 

「…………」

 

「……コトハ?」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩。

 

「サチヤ先輩……」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩が私を見る。

 その次にミカゲ。

 

 また私。

 

「……え、何でいるの?」

 

「えっと……」

 

「地上で行方不明になったって聞いたんだけど」

 

「……はい」

 

「じゃあ何で地下にいるわけ?」

 

「それは……」

 

「どうやって戻ってきたの?」

 

「…………」

 

 何て説明すればいいんだろう。

 というか。

 

 どこから?

 

「一人じゃないよね」

 

 サチヤ先輩がミカゲを見る。

 

「ていうか、誰?」

 

「ミカゲだ」

 

「名前じゃなくて」

 

「地上側の人間だ」

 

「…………」

 

 一瞬。

 

「は?」

 

 輪。

 

 翼。

 

「サチヤ先輩!?」

 

 サチヤ先輩が私とミカゲの間へ入る。

 

「コトハ、離れて」

 

「待って!」

 

「何で?」

 

「その人は――」

 

「落ち着いてくれ」

 

 ミカゲは動かなかった。

 武器にも手を伸ばさない。

 

「俺はあなたを攻撃するつもりはない」

 

「……それ信じろって?」

 

「信じなくていい。ただ、話を聞いてから判断してほしい」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩は警戒したまま、ミカゲを見る。

 

「コトハ」

 

「はい」

 

「この人に何かされた?」

 

「されて……」

 

 銃向けられた。捕まった。秘密基地に連れていかれた。捕虜にされた。

 

「…………」

 

「何その間」

 

「今は大丈夫です!」

 

「今はって何!?」

 

「違っ……いや、違わないけど!」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩の目がさらに怖くなる。

 

「とりあえず、先生に――」

 

「待ってくれ」

 

「何?」

 

 ミカゲはすぐには答えなかった。

 少し考えるように黙ってから、サチヤ先輩を見る。

 

「あなたは、俺が地上側の人間だと知ったから報告するつもりなんだな?」

 

「当たり前でしょ。今、戦争中なんだけど」

 

「分かった。なら、その前に一つ聞いてほしい」

 

「…………何?」

 

「今ここで俺のことを報告すれば、地下にいる人間を危険に晒す可能性がある」

 

「……どういうこと?」

 

 サチヤ先輩の表情が変わった。

 私もミカゲを見る。

 

 何を話すんだろう。

 

「地上側には、地下を大規模に攻撃する作戦がある」

 

「…………」

 

「12月31日。地下の天井を破壊して、開けた穴から大量の魔女を侵入させる」

 

「…………は?」

 

 サチヤ先輩の顔から、さっきまでの怒りが消えた。

 

「ちょっと待って。何の話?」

 

「今言った通りだ」

 

「いや、意味分かんないんだけど。地上が、地下の天井に穴開けて……魔女を落とす?」

 

「ああ」

 

「12月31日に?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩が私を見る。

 その顔を見ただけで、混乱しているのが分かった。

 

 無理もない。

 

 少し前まで私も知らなかった。人類滅亡だと思っていたあの日が、地上側の作戦だったなんて。

 

「……コトハ」

 

「はい」

 

「何これ」

 

「…………」

 

「この人、何言ってるの?」

 

「……本当です」

 

「本当って……君、知ってたの?」

 

「…………はい」

 

「なんで」

 

 サチヤ先輩の声が大きくなる。

 

「地上で何があったの。なんで君がそんなこと知ってるわけ。ていうか、この人と一緒に戻ってきたのも何なの」

 

「えっと……」

 

 どこから説明すればいいの。

 

「待ってくれ」

 

 ミカゲが間に入った。

 

「彼女の事情については、俺も全て把握しているわけではない。今説明できるのは作戦についてだけだ」

 

「…………」

 

「信じるかどうかは、聞いてから判断してほしい」

 

 サチヤ先輩はまだ納得していない。

 それでも、先生のところへ行こうとはしなかった。

 

「……話して」

 

 ミカゲが頷く。

 

「作戦当日、地上側はまず複数の場所へ大量の魔女を誘導する。地上任務中の天使をそちらへ集中させ、地下へ戻れない状態を作る」

 

「…………」

 

「その間に地下の天井を破壊する。そこから別の魔女を大量に侵入させる。それが12月31日に予定されている作戦だ」

 

「……そんなの」

 

 サチヤ先輩の顔が青くなる。

 

「地下に莫大な被害が.......」

 

 サチヤ先輩が黙った。

 多分、考えていることは私にも分かる。

 

 学校。セナ先輩。知っている人たち。街にいる、たくさんの人。

 

 その全部が巻き込まれる。

 

「……じゃあ、なおさら報告しないと」

 

 サチヤ先輩が独り言のように呟く。

 

「先生だけじゃ駄目だ。天使本部とか、上の人にも――」

 

「やめた方がいい」

 

「......なんで」

 

「地下政府内部にも、地上側の工作員がいる」

 

「…………は?」

 

「コトハが地上から帰還した。Xデイについて地下側が把握した。その情報が政府内へ入れば、工作員を通じて地上本部へ伝わる可能性がある」

 

「…………」

 

「情報が漏れたと判断されれば、作戦の日程は変更される。12月31日より前に実行される可能性もある」

 

「それ、本当なわけ?」

 

「ああ」

 

「証拠は?」

 

「今ここで示せるものはない」

 

「じゃあ信じろって方が――」

 

「信じなくてもいい」

 

「…………」

 

 ミカゲは淡々としていた。

 

「ただ、もう一つある」

 

「何?」

 

「俺も地上本部との通信手段を持っている」

 

「…………」

 

「え?」

 

 サチヤ先輩だけじゃない。

 私もミカゲを見る。

 

 そうなんだ。

 

「あなたが俺を拘束する。あるいは政府へ報告するというなら、俺はその前に地上本部へ連絡する」

 

「……何を?」

 

「こちらの作戦が地下側に露見したと」

 

「…………」

 

「そうなれば、地上側は予定通り12月31日まで待つ理由がなくなる」

 

「それ、脅してるわけ?」

 

「そう受け取っても構わない」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩がミカゲを睨む。

 輪と翼はまだ消えていない。

 

「じゃあ、僕が今ここであんたを捕まえたら?」

 

「通信する前に確実に拘束できると思うなら、やればいい」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩の顔が険しくなる。

 私も怖くなってきた。

 

「ミカゲ……」

 

「大丈夫だ」

 

 何が大丈夫なんだろう。

 

「ただし」

 

 ミカゲが続ける。

 

「あなたが協力するなら、逆のこともできる」

 

「……逆?」

 

「地上本部へ連絡して、Xデイを中止できないか掛け合う」

 

「…………」

 

「もちろん、俺一人の判断で作戦を止めることはできない。だが、交渉することはできる」

 

「……本当なわけ?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩は黙った。

 

 報告すれば、前倒しされるかもしれない。

 ミカゲを捕まえようとしても、その前に連絡されるかもしれない。

 

 でも協力すれば、止められる可能性がある。

 

 私だったら。

 多分、怖くて三つ目を選ぶ。

 

 サチヤ先輩も、同じだった。

 

「報告して何も起きなければ、それでいい。だが、もし本当に工作員がいた場合、12月31日まであると思っていた時間がなくなる」

 

「…………」

 

「その可能性を無視して報告するなら、止めない」

 

「……じゃあ、僕は何をすればいいわけ?」

 

「人を探している」

 

「誰?」

 

「イチカとユウだ」

 

「……誰それ」

 

 ミカゲが私を見る。

 あ、私が説明しないと。

 

「……えっと、イチカは私と同じクラス、です」

 

「同じクラス?」

 

「はい。12月1日から行方不明になってて……」

 

「ユウは?」

 

 ミカゲが答える。

 

「地上側の工作員だ。イチカの弟として地下で生活していた」

 

「…………」

 

 サチヤ先輩が私を見る。

 

「君、そんな人と知り合いなの?」

 

「知り合いではないです。私も名前しか……」

 

「............」

 

 サチヤ先輩はしばらく考えていた。

 

「……分かった」

 

 しばらくして、サチヤ先輩が言った。

 

「協力する」

 

「サチヤ先輩?」

 

「良くないよ。全然信用してないし」

 

 ミカゲを見る。

 

「でも、今ここで報告して、本当に作戦が早まったら困る。何もしないで12月31日になるのも嫌」

 

 サチヤ先輩の輪と翼が消える。

 

「とりあえず、その二人を探す。見つけたら、そこからどうするか考える」

 

「ああ」

 

 全然信用してない。

 

 でも。

 これで三人になった。

 

◇◇

 

 三人は、イチカとユウの手掛かりを探しに向かった。

 

 

 先ほど、ミカゲはサチヤに「地上本部との通信手段を持っている」と話した。

 だが、実のところ、ミカゲは通信機は持っていない。

 

 通信機には位置を発信する機能がある。地下へ持ち込めば、自分の居場所だけでなく、侵入に使った経路まで地上側に知られる可能性があったため、地下へ入る前に置いてきていた。

 

 つまり、サチヤが報告しようとしても、Xデイを前倒しすると地上本部へ伝えることはできない。

 

 

 協力したところで、その場で中止を掛け合うこともできない。

 どちらも、サチヤに報告を思いとどまらせるため、その場で考えたハッタリだった。

 

 そして結果として。

 

 ミカゲは、サチヤの協力を得ることに成功していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。