「地上は――いつから、地下のこと知ってたの?」
「…………」
ミカゲは少し考えた。
「正確にいつからかは、俺も知らない」
「知らないの?」
「ああ」
「じゃあ、ユウみたいな工作員は? ずっと前からいたの?」
「いや。地下へ人間を送り込むようになったのは、五年ほど前からだ」
「五年……」
思っていたより長い。
でも。
「あれ?」
「何だ?」
「じゃあ、それより前は地下のこと知らなかったの?」
「存在自体は知っていた」
「…………いつから?」
「だから、正確には知らない。少なくとも工作員を送り込むより、かなり前だ」
「…………」
ますます分からない。
「じゃあ、なんで私たちは知らなかったの?」
「隠していたからだ」
「……地上が?」
「ああ」
「なんで……」
聞こうとしたところで、ミカゲが立ち上がった。
「その話は移動しながらする」
「移動?」
「ああ」
ミカゲは荷物を確認する。
「地下へ行く」
「…………え?」
地下。
「今日!?」
「ああ」
「数日かかるんじゃなかったの?」
「その予定だった。ただ、状況が変わった」
「状況?」
「戦線が移動した。今なら使える経路がある」
「…………」
「待てば、次にいつ通れるか分からない。行くなら今だ」
「…………」
帰れる。
ノノカ。学校。みんな。
ようやく。
「……行く」
「分かった。準備してくれ」
◇◇
必要なものだけを持って、集落を出た。
ミカゲについて歩きながら、さっきの話を思い出す。
「……ねえ」
「何だ?」
「なんで地上は隠れてたの?」
「知られる必要がなかったからだ」
「でも……同じ人間でしょ?」
「それで安全だと言い切れるのか?」
「…………」
「地下には天使がいる。俺たちより遥かに高い身体能力を持っていて、地上へも日常的に来ていた。それに、地下は俺たちにとって有害な灰を大量に利用している」
「……うん」
「存在を知らせて、地下側が友好的に接してくれる保証はない」
「でも、最初から敵って決まってたわけでもないでしょ?」
「そうだな」
「だったら……」
「知られることで得られるものと、知られた場合の危険を比べた結果だ」
「…………」
「少なくとも、当時の地上側はそう判断した」
それ以上は言わなかった。
地上側が正しかったのかは、私には分からない。
でも。
もし私が逆だったら。
空を飛べて、自分たちよりずっと強い人たちがいて。その人たちが、自分たちを苦しめる灰を大量に使っていたら。
「…………」
怖い。
かもしれない。
「でも、天使ってずっと地上に来てたよ」
「ああ」
「なんで見つからなかったの?」
「見つからないようにしていたからだ」
「ずっと?」
「ずっとだ」
「…………」
そんなことできるんだ。
「天使が地上へ出てくる場所や、普段どの辺りまで探索するのかは分かっていた。そこを避ければいい」
「でも、集落とか……」
「天使の活動区域から離れた場所に作る。移動する時も、見つからないようにする。それだけだ」
「…………」
特別な何かがあったわけじゃない。
私たちが地上を見ている間。
地上の人たちは、私たちを避けて暮らしていた。
「……変な感じ」
「何が?」
「私たちは、地上には誰もいないって思ってたから」
「…………」
「人類は地下にしかいないって。地上には魔女しかいないって、ずっとそう思ってた」
なのに。
「地上の人は、ずっと私たちがいるって知ってたんだ」
「ああ」
「…………」
やっぱり。
変な感じ。
◇◇
しばらく進んで、ミカゲが足を止めた。
「ここから先は、特に静かにしてくれ」
「……うん」
人目につかない道を進む。
途中からは、どこを通っているのか私にも分からなくなった。
狭い場所を抜けて、暗いところを歩いて。
どれくらい経ったのか。
明かりが見えた。
「…………」
地下。
久しぶり――と言っても、二日しか経ってない。
なのに。
すごく久しぶりな感じがした。
見慣れた明かり。
動いている設備。
地下の空気。
「…………」
前なら何とも思わなかった。
でも今は。
この明かりも。あの設備も。灰で動いている。
隣を見る。
ミカゲは普通に歩いていた。
「何だ?」
「……何でもない」
「そうか」
地上では、みんな灰を避けていた。
ここでは。
生活そのものが、灰の中にある。
「…………」
早く。
ユウを見つけた方がいい。
◇◇
「まず、どこへ行く?」
人の少ない道まで来て、ミカゲが聞いた。
「イチカの家……かな」
「場所は分かるのか?」
「分かんない」
「…………」
「でも学校なら分かる。イチカは同じクラスだから、何か残ってるかもしれないし……」
「なら、まず学校周辺からだな」
「うん」
イチカとユウ。
二人とも12月1日からいなくなっている。
どこにいるのか。
どうやって探せばいいのか。
考えながら歩いて。
「…………」
前から来た人を見て、足が止まった。
向こうも止まる。
「…………」
「……コトハ?」
「…………」
サチヤ先輩。
「サチヤ先輩……」
「…………」
サチヤ先輩が私を見る。
その次にミカゲ。
また私。
「……え、何でいるの?」
「えっと……」
「地上で行方不明になったって聞いたんだけど」
「……はい」
「じゃあ何で地下にいるわけ?」
「それは……」
「どうやって戻ってきたの?」
「…………」
何て説明すればいいんだろう。
というか。
どこから?
「一人じゃないよね」
サチヤ先輩がミカゲを見る。
「ていうか、誰?」
「ミカゲだ」
「名前じゃなくて」
「地上側の人間だ」
「…………」
一瞬。
「は?」
輪。
翼。
「サチヤ先輩!?」
サチヤ先輩が私とミカゲの間へ入る。
「コトハ、離れて」
「待って!」
「何で?」
「その人は――」
「落ち着いてくれ」
ミカゲは動かなかった。
武器にも手を伸ばさない。
「俺はあなたを攻撃するつもりはない」
「……それ信じろって?」
「信じなくていい。ただ、話を聞いてから判断してほしい」
「…………」
サチヤ先輩は警戒したまま、ミカゲを見る。
「コトハ」
「はい」
「この人に何かされた?」
「されて……」
銃向けられた。捕まった。秘密基地に連れていかれた。捕虜にされた。
「…………」
「何その間」
「今は大丈夫です!」
「今はって何!?」
「違っ……いや、違わないけど!」
「…………」
サチヤ先輩の目がさらに怖くなる。
「とりあえず、先生に――」
「待ってくれ」
「何?」
ミカゲはすぐには答えなかった。
少し考えるように黙ってから、サチヤ先輩を見る。
「あなたは、俺が地上側の人間だと知ったから報告するつもりなんだな?」
「当たり前でしょ。今、戦争中なんだけど」
「分かった。なら、その前に一つ聞いてほしい」
「…………何?」
「今ここで俺のことを報告すれば、地下にいる人間を危険に晒す可能性がある」
「……どういうこと?」
サチヤ先輩の表情が変わった。
私もミカゲを見る。
何を話すんだろう。
「地上側には、地下を大規模に攻撃する作戦がある」
「…………」
「12月31日。地下の天井を破壊して、開けた穴から大量の魔女を侵入させる」
「…………は?」
サチヤ先輩の顔から、さっきまでの怒りが消えた。
「ちょっと待って。何の話?」
「今言った通りだ」
「いや、意味分かんないんだけど。地上が、地下の天井に穴開けて……魔女を落とす?」
「ああ」
「12月31日に?」
「ああ」
「…………」
サチヤ先輩が私を見る。
その顔を見ただけで、混乱しているのが分かった。
無理もない。
少し前まで私も知らなかった。人類滅亡だと思っていたあの日が、地上側の作戦だったなんて。
「……コトハ」
「はい」
「何これ」
「…………」
「この人、何言ってるの?」
「……本当です」
「本当って……君、知ってたの?」
「…………はい」
「なんで」
サチヤ先輩の声が大きくなる。
「地上で何があったの。なんで君がそんなこと知ってるわけ。ていうか、この人と一緒に戻ってきたのも何なの」
「えっと……」
どこから説明すればいいの。
「待ってくれ」
ミカゲが間に入った。
「彼女の事情については、俺も全て把握しているわけではない。今説明できるのは作戦についてだけだ」
「…………」
「信じるかどうかは、聞いてから判断してほしい」
サチヤ先輩はまだ納得していない。
それでも、先生のところへ行こうとはしなかった。
「……話して」
ミカゲが頷く。
「作戦当日、地上側はまず複数の場所へ大量の魔女を誘導する。地上任務中の天使をそちらへ集中させ、地下へ戻れない状態を作る」
「…………」
「その間に地下の天井を破壊する。そこから別の魔女を大量に侵入させる。それが12月31日に予定されている作戦だ」
「……そんなの」
サチヤ先輩の顔が青くなる。
「地下に莫大な被害が.......」
サチヤ先輩が黙った。
多分、考えていることは私にも分かる。
学校。セナ先輩。知っている人たち。街にいる、たくさんの人。
その全部が巻き込まれる。
「……じゃあ、なおさら報告しないと」
サチヤ先輩が独り言のように呟く。
「先生だけじゃ駄目だ。天使本部とか、上の人にも――」
「やめた方がいい」
「......なんで」
「地下政府内部にも、地上側の工作員がいる」
「…………は?」
「コトハが地上から帰還した。Xデイについて地下側が把握した。その情報が政府内へ入れば、工作員を通じて地上本部へ伝わる可能性がある」
「…………」
「情報が漏れたと判断されれば、作戦の日程は変更される。12月31日より前に実行される可能性もある」
「それ、本当なわけ?」
「ああ」
「証拠は?」
「今ここで示せるものはない」
「じゃあ信じろって方が――」
「信じなくてもいい」
「…………」
ミカゲは淡々としていた。
「ただ、もう一つある」
「何?」
「俺も地上本部との通信手段を持っている」
「…………」
「え?」
サチヤ先輩だけじゃない。
私もミカゲを見る。
そうなんだ。
「あなたが俺を拘束する。あるいは政府へ報告するというなら、俺はその前に地上本部へ連絡する」
「……何を?」
「こちらの作戦が地下側に露見したと」
「…………」
「そうなれば、地上側は予定通り12月31日まで待つ理由がなくなる」
「それ、脅してるわけ?」
「そう受け取っても構わない」
「…………」
サチヤ先輩がミカゲを睨む。
輪と翼はまだ消えていない。
「じゃあ、僕が今ここであんたを捕まえたら?」
「通信する前に確実に拘束できると思うなら、やればいい」
「…………」
サチヤ先輩の顔が険しくなる。
私も怖くなってきた。
「ミカゲ……」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なんだろう。
「ただし」
ミカゲが続ける。
「あなたが協力するなら、逆のこともできる」
「……逆?」
「地上本部へ連絡して、Xデイを中止できないか掛け合う」
「…………」
「もちろん、俺一人の判断で作戦を止めることはできない。だが、交渉することはできる」
「……本当なわけ?」
「ああ」
「…………」
サチヤ先輩は黙った。
報告すれば、前倒しされるかもしれない。
ミカゲを捕まえようとしても、その前に連絡されるかもしれない。
でも協力すれば、止められる可能性がある。
私だったら。
多分、怖くて三つ目を選ぶ。
サチヤ先輩も、同じだった。
「報告して何も起きなければ、それでいい。だが、もし本当に工作員がいた場合、12月31日まであると思っていた時間がなくなる」
「…………」
「その可能性を無視して報告するなら、止めない」
「……じゃあ、僕は何をすればいいわけ?」
「人を探している」
「誰?」
「イチカとユウだ」
「……誰それ」
ミカゲが私を見る。
あ、私が説明しないと。
「……えっと、イチカは私と同じクラス、です」
「同じクラス?」
「はい。12月1日から行方不明になってて……」
「ユウは?」
ミカゲが答える。
「地上側の工作員だ。イチカの弟として地下で生活していた」
「…………」
サチヤ先輩が私を見る。
「君、そんな人と知り合いなの?」
「知り合いではないです。私も名前しか……」
「............」
サチヤ先輩はしばらく考えていた。
「……分かった」
しばらくして、サチヤ先輩が言った。
「協力する」
「サチヤ先輩?」
「良くないよ。全然信用してないし」
ミカゲを見る。
「でも、今ここで報告して、本当に作戦が早まったら困る。何もしないで12月31日になるのも嫌」
サチヤ先輩の輪と翼が消える。
「とりあえず、その二人を探す。見つけたら、そこからどうするか考える」
「ああ」
全然信用してない。
でも。
これで三人になった。
◇◇
三人は、イチカとユウの手掛かりを探しに向かった。
先ほど、ミカゲはサチヤに「地上本部との通信手段を持っている」と話した。
だが、実のところ、ミカゲは通信機は持っていない。
通信機には位置を発信する機能がある。地下へ持ち込めば、自分の居場所だけでなく、侵入に使った経路まで地上側に知られる可能性があったため、地下へ入る前に置いてきていた。
つまり、サチヤが報告しようとしても、Xデイを前倒しすると地上本部へ伝えることはできない。
協力したところで、その場で中止を掛け合うこともできない。
どちらも、サチヤに報告を思いとどまらせるため、その場で考えたハッタリだった。
そして結果として。
ミカゲは、サチヤの協力を得ることに成功していた。