「それで……」
三人で歩きながら、私はノートを開いた。
「どうやって探す?」
「…………」
「…………」
誰も答えない。
イチカについて私が知っていることなんて、同じクラスで、学校を休むことが多くて、12月1日にユウと一緒にいなくなったことくらい。
ユウについてはもっと少ない。
イチカの弟として暮らしていた地上側の工作員。十四歳。ミカゲの親友。
それだけ。
「イチカの家は?」
ミカゲが聞く。
「知らない」
「普段よく行く場所は?」
「知らない」
「親しい人間は?」
「……知らない」
「…………」
「だってほとんど喋ったことなかったんだもん!」
「責めてはいない」
「その顔やめてよ!」
「普通の顔だ」
「…………」
本当に?
「学校なら、何か分かるんじゃない?」
サチヤ先輩が言った。
「学校?」
「同じクラスなんでしょ。欠席の記録とか、最後に見た人とか。先生なら家のことも知ってるかもしれないし」
「あ……」
そうだ。
「でも私、学校行ったら……」
「行方不明になってた人が急に帰ってきたら、当然騒ぎになるね」
「ですよね……」
ミカゲなんてもっと無理だ。
「僕が行ってくる」
「え?」
「君たち二人よりは普通に動けるから」
サチヤ先輩は嫌そうにミカゲを見る。
「別にあんたのためじゃないからね。Xデイを止めるために必要だからやるだけ」
「分かっている」
「……ならいい」
◇◇
サチヤ先輩が戻ってきたのは、しばらくしてからだった。
「どうでした?」
「大したことは分からなかった」
「そんな……」
「最後まで聞いて」
「はい」
「イチカは前から欠席が多かった。12月1日も学校には来てたみたいだけど、途中から姿を見た人がいない」
「途中から……」
「特別変わった様子だったって話も、今のところ出てこなかった」
「…………」
居場所に繋がりそうな情報はない。
「……それだけですか?」
「だから大したこと分からなかったって言ったでしょ」
「うぅ……」
ノートを見る。
居場所に繋がりそうな情報はない。
「じゃあ次は……」
ズン。
「…………?」
足元が揺れた。
「何?」
サチヤ先輩が周囲を見る。
「今の……」
地震?
そう思った瞬間。
ドォン!!
「――っ!?」
今度は明らかに違った。
床が大きく揺れる。遠くで何かが崩れる音がして、直後、警報が地下中に響き渡った。
『緊急事態発生。住民は――』
「…………」
聞こえない。
耳の奥で、別の音が鳴っている。
知ってる。この揺れ。この音。
忘れるわけがない。
「……なんで」
「コトハ?」
「…………Xデイ」
「……は?」
サチヤ先輩が私を見る。
「何言って――」
また、遠くで轟音。
人が走り始める。
ミカゲも、さっきまでとは全然違う顔で周囲を見ていた。
「……早すぎる」
「え?」
「12月31日の予定だった」
「でも今……」
「ああ。始まってる」
「なんで!?」
私は声を上げた。
「…………」
ミカゲが少し考える。
「戦争だ」
「……戦争?」
「作戦が決まった時とは状況が違う。地上と地下は既に戦争状態に入っている。予定を維持する理由がなくなったんだ」
「じゃあ……」
「俺の知らないところで、作戦が変更された」
「…………」
そんな。
まだ。
12月31日まで時間があると思ってた。
なのに。
「…………」
サチヤ先輩が、ゆっくりミカゲを見る。
「……止めるって言ったよね?」
「…………」
「僕が協力したら、地上と交渉するって」
「ああ」
「じゃあ何これ」
「…………」
ミカゲは少し黙った。
「悪い」
「……何が?」
「地上本部との通信手段は、今は持っていない」
「…………」
「…………え?」
私もミカゲを見る。
「待って」
何言ってるの?
「通信できるって言ってたよね?」
「言った」
「じゃあ……」
「嘘だ」
「…………え?」
頭が追いつかない。
「政府内部に工作員がいるというのも、確認した情報じゃない」
「…………は?」
サチヤ先輩の声が低くなる。
「じゃあ僕、騙されたわけ?」
「ああ」
「…………」
サチヤ先輩が何か言おうとした。
その時。
ドォン!!
ドォン!!
すぐ近くで何かが崩れた。
悲鳴が上がる。警報は鳴り続けていて、周りの人たちも一斉に走り始めた。
「…………っ」
サチヤ先輩が何かに気づいたように顔を上げる。
次の瞬間。
「サチヤ先輩!?」
走り出した。
「ちょ、どこに――」
「家!!」
振り返りもしない。
「家族がいるからッ!」
「…………!」
そのまま、人混みの向こうへ消えていく。
「…………」
家族。
その言葉で。
私も思い出した。
「……ノノカ」
学校。
ノノカがいる。
先生も。みんなも。
「…………っ」
考えてる場合じゃない。
私も走り出した。
「コトハ!」
「学校行く!」
それだけ叫んで、ミカゲの返事も聞かずに走る。
行方不明になっていた私が突然戻ったら、絶対に騒ぎになる。
何を聞かれるかも分からない。
でも、そんなのどうでもいい。
ノノカが死ぬ方が嫌だ。
◇◇
二人が走り去ったあと、その場にはミカゲだけが残った。
警報。悲鳴。遠くで響く破壊音。
「…………」
ユウ。
どこにいるのかは分からない。
イチカと一緒にいるという確証すらない。この状況で闇雲に地下を探したところで、見つかる可能性が低いことくらいミカゲにも分かっていた。
それでも。
ここで待っているという選択肢はなかった。
ミカゲも走り出した。
◇◇
「ノノカ……!」
走る。人を避ける。警報が鳴っている。遠くで魔女の声。
また何かが壊れる。
「っ……!」
前にも見た。
逃げる人。崩れる建物。魔女。
でも今は。
全部知ってる。
地上で、天使が足止めされてる。地上側が計画してる。
あの魔女たちが、元は人間だったことも。
知ってる。
知ってるのに。
「……っ!」
何もできない。走るしかない。
学校が見えてきた。
「ノノカ……!」
あと少し。その時。
ミシッ。
「…………?」
上。
見上げる。
「あ――」
崩れた建物の一部が、落ちてきた。
◇◇
「――っ!!」
飛び起きる。
「はっ……はっ……」
息ができない。
身体を触る。
ある。腕。足。痛くない。
「…………」
部屋。寮。ベッド。
「……え」
端末を掴む。
『12月1日』
「…………」
もう一度見る。
『12月1日』
「……戻った……?」
力が抜ける。
ベッドに座り込んだ。
「…………」
戻った。また。12月1日。
地上へ行った。ミカゲに捕まった。
地上人類として暮らした。
魔女の正体を知った。
リオに会った。
地下も地上も救うって決めた。
地下へ戻って、サチヤ先輩と会って、Xデイが始まった。
死んだ。
「…………」
全部。なくなった。
ミカゲは、今の私を知らない。
リオも。
サチヤ先輩も、私と一緒にユウを探したことなんて覚えてない。
「……どうしよう」
何からやればいい?
戦争。灰。魔女。Xデイ。イチカ。ユウ。ミカゲ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……ノノカに相談……」
いつもなら、そうする。
困ったらノノカに聞く。
私一人じゃ分からないことも、ノノカなら一緒に考えてくれる。
「…………」
でも。
『そもそも、なんでイチカまでいなくなったわけ?』
サチヤ先輩の言葉が浮かんだ。
ユウは工作員だった。12月1日に捕まりそうになった。だから逃げる理由がある。
でも、イチカは?
「…………」
『イチカ、ノート探してたよ』
『家宝なんだって』
カレン先輩の言葉。
学校を休むことが多かった。家宝のノートを探していた。そして、ユウと同じ日に消えた。
「…………」
もしかして。
イチカは、何も知らなかったんじゃない。
もっと前から。
何か知ってた?
「…………」
端末を見る。
12月1日。まだ朝。
今なら。
イチカはまだ消えていない。
ユウも。
「……イチカに聞こう」
ノートのこと。ユウのこと。何を知っているのか。
今なら、まだ。
本人に聞ける。