「工作員、捕まえなければいいんじゃない?」
「…………」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「いや、でも……捕まえないの?」
「捕まえない方がいいと思う」
「でも、工作員がそのまま残るよ?」
「うん。でも今回もまとめて捕まえたら、地下側が工作員の存在を把握してるって地上側に教えることになる」
「あ……」
「今はまだ、向こうはそれを知らないんでしょ?」
「多分」
「だったら、知られない方がいい」
「…………」
「工作員には今まで通り動いてもらう。少なくとも地上側から見れば、地下に潜り込ませた人たちが普通に活動を続けてる状態になるから」
「そっか……」
前の時間で得た情報を使えば、工作員を捕まえること自体はできる。
でも今回は、知っているからといって全部潰せばいいわけじゃない。
知らないふりをすることも、攻略の一つなんだ。
「でも」
「何?」
「それだけじゃ駄目じゃない?」
「うん。魔女でしょ?」
「そう!」
今日、学校を襲う魔女。
前の時間では、襲撃される場所も時間も分かった状態で、たくさんの天使を先に集めた。
その結果、死者はゼロ。
でも、同じことをそのままやったら。
「地上側からしたら、変だよね」
「うん。工作員が捕まってなくても、魔女を送った場所に偶然大量の天使がいたら怪しい」
「『なんで襲撃されるって知ってたんだ』ってなる」
「そう」
「じゃあ駄目じゃん……」
「だから、偶然そこに天使がいたことにすればいい」
「…………」
「偶然?」
「うん」
イチカは少し考えてから、続けた。
「今日、一部の生徒だけで課外授業があることにする」
「課外授業?」
「学校の外に行く授業。何人かまとまって」
「でも今日、そんなのないよ?」
「ないね」
「…………」
「嘘だから」
「嘘なんだ!?」
「うん」
さらっと言った。
「誰に嘘つくの?」
「ユウ」
「…………」
そこで。
ようやく分かった。
「ユウに、今日課外授業があるって言うの?」
「そう。朝にでも普通に話す」
「でも……」
少し考える。
「どこでやるのって聞かれたら?」
「分からないって言う」
「怪しくない?」
「『当日まで行き先を教えないで、現地で課題を出す授業なんだって』って言えばいいんじゃない?」
「…………」
「そういう授業なら、場所を知らなくてもおかしくないでしょ?」
「……ああ!」
分かってきた。
「でも、それをユウが地上側に伝えてくれるかな」
「伝える可能性は高いと思う」
「なんで?」
「天使がまとまって学校の外へ出るんだよ?」
「あ」
「地上側の工作員なら、知っておきたい情報でしょ。ユウ自身が本部まで伝えなくても、他の工作員と情報共有するかもしれないし、そこから地上側に伝わればいい」
「なるほど……」
「それに、ユウは私が正体を知ってるなんて思ってない」
「うん」
「ただ姉から聞いた学校の話。疑う理由はないと思う」
「…………」
そうか。
ユウに嘘をつく。
ユウはそれを、工作員として地上側へ流す。
でも。
場所だけは教えない。
「じゃあ……」
頭の中で、もう一度繋げる。
「まずイチカが、ユウに課外授業の話をする」
「そう」
「それが他の工作員にも伝わって、地上側まで行くかもしれない」
「そこは確実じゃないけど、伝わる可能性は高いと思う」
「でも、どこでやるかは誰も知らない」
「当日まで秘密だからね」
「その状態で、私たちは魔女が来る場所に天使を集めておく」
「そこはコトハたちの役目」
「それで魔女が来たら、倒す」
イチカが頷く。
「でも地上側から見たら――」
「あ」
そこまで口にして、ようやく全部繋がった。
「そっか。『課外授業ってここだったんだ』ってなるのか」
「そういうこと」
「私たちが襲撃を知って待ち構えてたんじゃなくて、たまたま天使がたくさんいる場所に魔女を送っちゃったように見える」
「少なくとも、そう説明できる状況にはなる」
「…………」
なるほど。
「それで工作員には手を出さない」
「そうすれば、地下側が工作員まで把握してるとは気づかれにくい」
「……いけるかも」
前の時間とは違う。
魔女が来ることは知っている。
でも。
知っていたようには見せない。
「いけるよ、これ!」
「多分ね」
「多分!?」
「絶対とは言えないでしょ」
「今ちょっとテンション上がったのに……」
「ごめん」
「…………」
でも。
今までよりは、ずっといい。
魔女を倒す。
工作員は捕まえない。
地上側には、偶然だと思わせる。
これなら今日を突破しても、前みたいに地上側を警戒させずに済むかもしれない。
「…………」
「ただ」
「?」
「これで終わりじゃないよ」
「……うん」
分かってる。
「今日を乗り切るだけだから」
「そうだね......」
「本来の攻撃は、12月31日なんでしょ?」
終幕作戦。
何もしなければ。
今度は予定通り、その日に来る。
「それに、地上側が地下を攻撃する理由もなくなってない」
「…………」
「地下が灰を使い続ける限り、地上側は困るんでしょ?」
「うん」
照明。暖房。地下のいろんな設備。
今まで当たり前に使ってきたもの。
それを動かすために使っている灰が、地上の人たちを苦しめている。
「じゃあ、結局そこをどうにかしないと駄目だね」
「……でも、どうやって?」
「分からない」
「…………」
「分からないんだ」
「今すぐ分かるわけないでしょ」
「それはそうだけど……」
「私も考えてみる」
「……うん」
今日を攻略して終わりじゃない。
その先。
地上側が地下を攻撃する理由そのものを、どうにかしないといけない。
でも。
まずは今日だ。
「じゃあ、あとは……」
誰を使う。
魔女を倒すには、私とイチカだけじゃどうにもならない。
前の時間では、セナ先輩を通してたくさんの天使を集めた。
今回も同じようにしないと。
「……ノノカに話さなきゃ」
「何を?」
「全部。今日魔女が来ることとか、作戦とか。タイムリープのことも――」
「タイムリープのこと、話す必要ある?」
「…………え?」
イチカを見る。
「でも、ノノカには今までずっと話してたよ」
「今まで?」
「あ……前の時間で」
「そうなんだ」
「ノノカと一緒に作戦考えてたし。セナ先輩に協力してもらう時も、ノノカがいろいろ考えてくれて……」
「それなら協力してもらえばいいと思うよ」
「でしょ?」
「でも、タイムリープのことまで教える必要はないんじゃない?」
「…………」
「協力してもらうことと、タイムリープを教えることは別でしょ」
「…………」
そう、だけど。
「理由を言わずに頼めば?」
「え」
「今日、手伝ってほしいって」
「いや……」
「嫌?」
「…………ちょっと」
すぐに答えられた。
ノノカには。
ずっと全部話してきた。
最初に12月1日へ戻った時も。
魔女が来ることも。
死んだことも。
分からないことがあったら、一緒に考えてもらった。
ノートにも、ノノカが考えたことがたくさん残っている。
なのに今回は。
ノノカだけ何も知らないまま。
私が知っていることを隠して、手伝ってもらう。
「…………」
「でも、タイムリープを知ってる人は三人までなんでしょ?」
「うん」
「今は私が一人」
「……うん」
「あと二人しかいない」
「…………」
「必要になった時に、本当に知ってないと困る人が出てくるかもしれないよ」
「……分かってる」
残り七回。
認識できる人は、あと二人。
今までみたいに。
信用してるから。仲がいいから。
それだけで話していいものじゃなくなった。
「…………」
嫌だけど。
「……分かった」
「うん」
「タイムリープのことは、言わない」
◇◇
「ノノカ」
「はい?」
廊下で声をかけると、ノノカが振り返った。
いつもの声。
いつものノノカ。
私を見る顔も、何も変わらない。
「どうしました?」
「あの……ちょっといい?」
「はい」
言いづらい。
「お願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
「今日、手伝ってほしいことがあるの」
「はい」
「でも……」
言葉が止まる。
「理由は、言えない」
「…………」
「何をするのかも、今はまだちゃんと説明できないんだけど」
「…………」
やっぱり。
変だよね。
いきなり来て。
理由も言えない。
何をするのかも分からない。
それで手伝ってなんて。
「ごめん。やっぱり――」
「いいですよ」
「…………」
え?
「……いいの?」
「はい」
「理由、言ってないよ?」
「そうですね」
「何するかも、まだちゃんと説明してないし……」
「はい」
「…………」
なんで。
「……なんで?」
「なんでって……」
ノノカは少し不思議そうに首を傾げた。
「コトハちゃんの頼みですから」
「…………」
その瞬間。
ノートに残されていた文字が、頭をよぎった。
『コトハちゃん。このような役目を押し付けてしまって、ごめんなさい。――』
「…………」
今のノノカは。
何も覚えていない。
私より前に、何度も時間をやり直していたことも。
最後に私を選んだことも。
全部。
覚えていないのに。
「……そっか」
それでも。
ノノカだった。