「それで、私は何をすればいいんですか?」
「…………」
ノノカはいつも通りだった。
理由も言えない。何をするのかも、まだちゃんと説明していない。
それなのに、手伝うと言ってくれた。
「……今日」
「はい」
「学校に、魔女が来る」
「…………」
さすがに、ノノカの表情が変わった。
「今日、ですか?」
「うん」
「どこからその情報を?」
「…………」
やっぱり聞くよね。
「それも、言えない」
「…………」
「ごめん」
「いえ」
ノノカは少し考えてから、聞いた。
「どの程度まで分かっているんですか?」
「場所と時間。魔女がどこから来るかも、大体の数も分かる」
「……そこまで?」
「うん」
「…………」
怪しい
自分で言っててもめちゃくちゃ怪しいと思う。
「それで、魔女が来る前に天使を集めておきたいの」
「何人くらいですか?」
「それも分かる」
「…………」
ノノカの視線が少しだけ鋭くなった。
「本当に、何があったんですか?」
「…………」
「言えないんですよね」
「……うん」
「分かりました」
それ以上は聞かなかった。
「ちょっと待って」
鞄からノートを取り出して、ページをめくる。
何度も書き足した跡。
魔女の数。襲撃地点。出現する順番。必要な人数。配置。
誰をどこに置くか
どういう戦い方ができる天使を何人集めるか。
変身できる時間を、襲撃前にできるだけ使わせないこと。
前の時間で。
ノノカや、カレン先輩や、サチヤ先輩と何度も考えて。
失敗して。
ようやく作った答え。
「…………」
今は。
私だけが覚えている。
「コトハちゃん?」
「……何でもない」
ノノカは知らない。
目の前にある作戦の一部を、自分が考えたことも。
何度も一緒に悩んだことも。
「この人数が必要」
ノートを見せる。
「それと、この辺りに近距離で戦える人を多めに置いて、こっちは――」
「少し待ってください」
「何?」
「これ、コトハちゃんが考えたんですか?」
「…………」
ちょっと困る。
「色んな人に、考えてもらった」
「色んな人?」
「うん」
「誰に?」
「…………それも言えない」
「そうですか」
「ごめん……」
「いえ。聞いただけです」
ノノカがノートを見る。
「この人数を、今日中に集める必要があるんですね?」
「うん」
「私たちだけでは難しいですね」
「だから」
ノートを閉じる。
「一緒に来てほしい」
「どこへですか?」
「セナ先輩のところ」
「セナ先輩?」
「うん」
「……どなたですか?」
「あ」
そうだった。
この時間では。
いや、そもそもノノカとセナ先輩はまだ会ったことがない。
「えっと、先輩。人集めるの得意な人」
「人を集めるのが得意な先輩……」
「会えば分かる」
「分かりました」
◇◇
「これはこれは、コトハクン」
セナ先輩は、私を見るといつもの調子で笑った。
「今日はお連れさんも一緒かな?」
「はい。ノノカです。同じクラスの」
「初めまして」
ノノカが軽く頭を下げる。
「うん。初めまして、ノノカクン」
「セナ先輩、お願いがあります」
「いきなり本題だね。どうぞ?」
「今日、魔女が来ます」
「…………」
笑顔は消えなかった。でも、少しだけ空気が変わる。
「今日?」
「はい」
「……どこからその情報を?」
「言えません」
「ふむ」
「でも、本当です」
ノートを開く。
襲撃が起きる場所と時間。現れる魔女のおおよその数と、どこから来るのか。
それから、迎撃に必要な人数。どんな戦い方ができる天使を集めればいいのか、誰を予備に回しておくべきか。
前の時間で分かったことを、情報源に関わる部分だけ伏せて、できる限り詳しく説明した。
「…………」
話し終わる頃には、セナ先輩の顔からいつもの笑みが少し消えていた。
「なるほどね」
セナ先輩がノートを見る。
「魔女が来る場所も時間も数も分かっていて、必要な戦力まで考えてある。でも、どうやって知ったのかは言えない」
「……はい」
「怪しいね」
「ですよね……」
「うん。かなり」
「…………」
セナ先輩は腕を組んだ。
ノートを見て、それから私とノノカを見る。しばらく何も言わずに考えていた。
「……まあ」
「?」
「協力してもいいかな」
「え?」
「本当に魔女が襲ってきたら、大変だろう?」
「……はい」
「でも、襲ってこなかったとしても」
セナ先輩が肩をすくめる。
「『来なかったね』で終わりになる」
「…………」
「何人かに放課後の時間を空けてもらうくらいなら、できるよ」
「いいんですか?」
「情報源は気になるけどね。でも、それと備えるかどうかは別の話だ」
少しだけ笑う。
「万が一に備えるくらいはしておこう」
「……ありがとうございます!」
「どういたしまして。じゃあ、必要な人を見ていこうか」
◇◇
一方そのころ。
イチカは廊下の端で端末を耳に当てていた。
『もしもし?』
「ユウ?」
『姉さん? どうしたの?』
「お母さん、今仕事だよね?」
『うん』
「今日ちょっと帰るの遅くなるから、帰ってきたら夕飯いらないって言っといてくれない?」
『分かった。何かあるの?』
「なんか急に、一部の生徒だけで課外授業することになったんだって」
『今日?』
「うん」
『急だね』
「私もさっき聞いた」
『どこ行くの?』
「それが知らないんだよね」
『場所も?』
「当日まで行き先を伏せて、現地で課題出す授業なんだって」
『へえ』
「面倒でしょ」
『姉さん、そういうの嫌いそう』
「嫌い」
『はは』
いつもの会話。
いつもの姉弟。
『じゃあ、お母さんには言っとく』
「お願い。ありがと」
『うん。気をつけてね』
「はーい」
通話が切れる。
「…………」
イチカは端末を見る。
半年間。
ユウが地上から来たことを知っていても、知らないふりをしてきた。
今日も。
何も知らない姉として話した。
「……さて」
あとは。
この情報が、地上側まで流れるかどうか。
◇◇
放課後。
セナ先輩が集めてくれた天使たちが、少しずつ集まってきた。
前の時間にも、この作戦に参加してくれた人たち。
顔を知っている人もいるし、名前しか知らなかった人もいる。
「本当に魔女なんて来るの?」
「可能性がある、って話らしいよ」
「地下に?」
当然、半信半疑。
でも、それでいい。
今はただ。
ここにいてくれればいい。
ノートを見る。
この人は前。この人は少し離して。予備はここ。
前の時間で一度実際に戦ったから、今度はそれぞれがどこで苦戦したのかまで分かっている。
「…………」
前より。
もう少し、うまくできるかもしれない。
あと1分。
あと10秒。
「……来る」
その直後
遠くで、何かが壊れる音がした。
「…………え?」
誰かが声を漏らす
続けて、悲鳴。
待機していた天使たちが一斉にそちらを見る。
「何?」
「今の音……」
「まさか」
通りの向こう。
建物の陰から、大きな黒い影が姿を現した。
「…………」
一瞬。
誰も動かなかった。
「魔女……?」
「え」
「嘘だろ」
「まじで来たんだけど!?」
ざわっと空気が変わる。
さらに一体。その後ろにも。
「…………本当に」
セナ先輩も目を見開いていた。
「本当に来た……?」
あのセナ先輩が、完全に固まってる。
「セナ先輩!」
「――っ」
私の声で我に返る。
「ああ、そうだった!」
すぐに表情が変わった。
「みんな、聞いて!」
ざわめいていた天使たちがセナ先輩を見る。
「驚くのは後! 本当に来たなら、今は予定通り動くよ!」
「は、はい!」
「了解!」
天使たちが一斉に変身する。
翼が開く。
まだ混乱している人もいる。
でも。
準備はできてる。
「来ます!」
魔女が走り出した。
◇◇
知っている。
どこから魔女が来るか。どの辺りで戦線が崩れかけたか。
誰の変身時間が最後に足りなくなりそうだったか。
前の時間では、みんなで考えた作戦をぶっつけ本番で使った。
それでも死者はゼロだった。
でも今回は。
その作戦を、実際に一度使った結果まで知っている。
「そっちはもう少し下がってください!」
「ここ?」
「はい! その辺で!」
前は、そこで魔女を止めるのに少し時間がかかった。
「予備の人はまだ動かないで!」
「まだいいの?」
「まだです!」
前の時間で、一度見た。
だから分かる。
完成した攻略を。
今度は、さらに少しだけ良くできる
◇◇
最後の魔女が倒れた。
「…………」
息を整えて、周りを見る。
前の時間と同じ場所。
でも。
「……街」
建物はいくつか壊れている。道路にも瓦礫は落ちているし、怪我をした人もいる。
それでも。
前とは全然違った。
半壊していた建物が残っている。
魔女が突っ込んで壊した店も、今回は無事。
道路も、前ほど瓦礫で塞がれていない。
前の時間で被害が大きかった場所を知っていたから、そこへ先に人を置けた。
「死者は?」
「今のところ報告なし!」
「…………」
少し待つ。
別の場所からも連絡。
死者なし。
また一つ。
死者なし。
「……ゼロ」
前と同じ。
誰も死んでいない。
しかも今回は、街も、前よりずっと残ってる。
「…………」
よかった。
まずは。
ここまでは、うまくいった。
◇◇
戦闘が終わったあと。
私とイチカは学校へ戻って、空いている教室に入った。
「……どうする?」
「ちょっと待ちたい」
「何を?」
「地上側が、どうするか」
確かにそうだ。
今回の迎撃を、ただの偶然だと思ってくれたのか。
それとも、作戦が漏れたと気づいたのか。
今の私たちには分からない。
「前に緊急終幕作戦が始まった時は、施設が見つかったって連絡された直後だったんだよね?」
「うん。ほとんどすぐ」
「じゃあ、今回も地上側がまずいって判断したなら、何か動くかもしれない」
とはいえ。
いつまで待てば「大丈夫」と言えるのかは分からない。
「とりあえず、しばらくここにいよう」
「分かった」
窓際の席に座る。
「…………」
ただ待っているのも、もったいない。
「次のこと、考えよっか」
「12月31日?」
「うん」
イチカが向かいに座る。
そこから。
灰について考え始めた。
◇◇
どれくらい話していただろう。
時計を見る。
戦闘が終わってから、もうかなり時間が経っている。
「…………」
立ち上がって、窓の外を見る。
街は静かだった。
警報は鳴っていない。
地下の天井にも、変化はない。
「今のところ、何もないね」
「うん」
「…………」
まだ絶対に大丈夫とは言えない。
明日になって何か起きるかもしれないし、地上側が別の作戦を考えている可能性だってある。
でも。
少なくとも。
前みたいに、情報が漏れたと判断されて、その場で緊急終幕作戦に切り替えられた様子はない。
「……よかった」
少しだけ、肩の力が抜けた。
「多分、今日の作戦はうまくいった」
「多分ね」
「また多分……」
「まだ今日終わってないから」
「それはそうだけど……」
それでも。
今のところは。
魔女襲撃は死者ゼロ。街の被害も前より少ない。
工作員には手を出していない。
ユウも無事。
そして、緊急終幕作戦も起きていない。
「…………」
ひとまず。
ここまでは、うまくいってる。
「灰が問題なんだよなぁ......」
「……うん」
ひとまず、今日を越えただけ。
地上側が地下を攻撃する理由も、なくなっていない。
「地下が灰を使うの、やめられないんだよね?」
「多分、無理だと思う」
照明も。暖房も。
地下で当たり前に使っているものの多くが、灰で動いている。
「でも、使い続けたら地上側が困る」
「うん」
「…………」
二人で黙る。
「どうしよう」
「分からない」
「だよね……」
すぐに答えが出るような問題だったら、そもそも戦争になってない。
「…………」
イチカが何か考えている。
「何?」
「いや……」
「何か思いついた?」
「思いついたっていうか」
「うん」
「…………思い出したことがあって」
「何?」
「関係あるか分からないんだけど」
イチカが顔を上げる。
「前に、カレンと地上へ行ったことがあるの」
「カレン先輩と?」
「一年生と二年生合同の地上演習。たまたま同じ組になって」
「それで?」
「その時、カレンが変なものを見たって言ってた」
「変なもの、って何?」
「私も見てないから分からないんだけど......」
イチカが少しだけ眉を寄せる。
「魔女より、もっとヤバい」
「…………」
「得体の知れないものがいたって」
「…………え?」
「何か、関係あるかもしれない」