「それ、カレン先輩に聞きたい」
そう言うと、イチカが露骨ではないけど、ちょっと嫌そうな顔をした。
「どんなものだったのか、もっと詳しく知りたい。連絡できる?」
「できるけど」
「お願い」
「…………分かった」
やっぱり嫌そう。
イチカは端末を取り出すと、少し迷ってからカレン先輩へ連絡した。何度か呼び出し音が鳴って、ようやく繋がる。
『……何?』
「今から会える?」
『は? 明日じゃ駄目なわけ?』
「できれば今日。聞きたいことがある」
『なんで今日?』
「今日じゃないと困るから」
『理由になってなくない?』
「…………」
『…………』
仲悪。
「イチカ……」
「何?」
「いや、何でもない」
『誰かいる?』
「ああ。コトハ」
『コトハっち?』
明らかに声が変わった。
『なんでイチカと一緒にいんの?』
「色々あって。前に地上で見たものについて聞きたいんだけど」
『……あー、あれ?』
「覚えてる?」
『覚えてるけど』
「詳しく聞きたい」
少し間が空いた。
『コトハっちもいるんだよね?』
「うん、いる」
『じゃ、まあいいよ』
「私だけだったら?」
『明日でいい』
「…………」
やっぱり仲悪い。
◇◇
学校から少し離れたところで合流すると、カレン先輩は挨拶より先に「で?」と言った。
「前に見たやつ、覚えてる?」
「さっきも聞いたじゃん」
「詳しく聞きたいの」
「はいはい」
カレン先輩が私を見る。
「コトハっちは何も知らない感じ?」
「変なものがいたってことだけ聞きました。魔女よりヤバそうだったって」
「あー……その前から話した方がいいかも」
「その前?」
「そもそも、あの時あーしら、別にそいつを探してたわけじゃないんだよね」
「じゃあ、何を?」
「人」
「…………人?」
「そ。地上の」
「…………」
待って。
「カレン先輩、地上に人がいるって知ってたんですか!?」
「まあ」
「まあ!?」
「知ってたっていうか、イチカから聞いてただけだけど」
反射的にイチカを見る。
「話してたの?」
「うん。ユウのこと分かって、少ししてから」
半年くらい前らしい。
カレン先輩によると、いきなりイチカから「弟が地上から来た工作員だった」と聞かされたらしい。当然、本当に地上人類なんているのか疑ったそうだ。
そんな時にちょうど、一年生と二年生の合同地上演習があった。
「それで、たまたま同じ組になったから」
「ちょっと見に行こうってなった」
「…………」
嫌な予感しかしない。
「演習ルートに地上人類がいたんですか?」
「いないよ?」
「…………」
「だから、ちょっと外れた」
「ちょっと?」
「ちょっと」
イチカとカレン先輩が揃って目を逸らす。
「どれくらいですか?」
「まあまあ?」
「まあまあって何ですか!?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと戻ったし」
「はぐれたことにした」
イチカが何でもないことみたいに付け足す。
「わざと!?」
「うん」
「…………」
この二人、思ってたよりヤバい。
演習ルートを外れた二人は、地上人類が本当にいるのか確かめるために周辺を探索したらしい。
「まあ、本当に見つかるとは思ってなかったけどね」
「見つかったの?」
「人そのものは見てない。でも、住んでる場所っぽいのは見つけた」
「……!」
かなり離れていたものの、建物がまとまっていて、煙も上がっていた。人が使っているような道も見えたという。
直接人間を見たわけではない。
それでも、どう見ても誰かが生活している場所だった。
「集落……」
「多分ね。さすがに近づかなかったけど」
「そこはちゃんとしてるんですね……」
「何その言い方」
地上人類。
私が存在することすら知らなかった頃に。
この二人は。
勝手に演習ルートから抜け出して、探しに行って、生活圏まで見つけていた。
「で、帰る途中だったよね?」
「そ。そこで例のやつ見た」
その時、二人は声を出せば聞こえる程度の距離で、少し離れて周囲を探索していたらしい。
そして。
カレン先輩だけが、それを見つけた。
「最初、魔女だと思ったんだよね」
「魔女じゃなかったんですよね?」
「多分。近づいてないから断言はできないけど、あれ見て近づこうとは思わなかった」
さっきまでの軽い調子が、少しだけ消えた。
「そんなに?」
「うん。まず、魔女よりデカかった」
遠目だったので正確な大きさは分からない。
ただ、形も魔女とは明らかに違った。動き方も妙で、カレン先輩自身、どう説明すればいいのか分からないらしい。
「見れば分かる」
「見れば……」
「まあ、見に行くのはおすすめしないけど」
「…………」
魔女より大きい。
形も違う。
動きも違う。
でも、それだけなら今の問題と関係があるのかは分からない。
「他には何かありませんでした? その……普通じゃないところ」
「全部普通じゃなかったけど」
「そうじゃなくて……」
「…………あ」
カレン先輩が何か思い出した。
「灰」
「……え?」
「めちゃくちゃ出てた」
一瞬、意味が分からなかった。
「灰?」
「うん。そいつから」
「…………」
イチカを見る。
イチカも初耳だったらしく、少し目を見開いていた。
「カレン、それ私聞いてない」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない。ヤバいのがいたって話だけ」
「あー……じゃ言ってなかったわ」
灰。
「どれくらいですか?」
「めっちゃ。周り真っ白になるくらい」
「…………」
灰を大量に出す。
魔女じゃない何か。
さっきまでイチカと、灰をどうにかできないか話していた。
それで答えが出なくて。
その直後に、この話。
「……それ、探しに行きたいです」
「…………」
二人とも黙った。
「今から?」
「できれば」
「コトハっち、今の話聞いてた? ヤバそうって言ったよね?」
「聞いてました」
「魔女よりヤバそうって言ったよね?」
「はい。でも、灰をいっぱい出してるんですよね?」
「そうだけど」
「今、それについて調べてるんです」
「灰を?」
「はい」
詳しい事情まで話すわけにはいかない。
でも、地下と地上の両方を助ける何かヒントになるかもしれない。
「場所、覚えてます?」
「大体なら」
「じゃあ――」
「……で」
カレン先輩が遮った。
視線は私ではなく、イチカへ向いている。
「イチカも行くの?」
「行く」
「ふーん」
「何」
「別に」
「…………」
さっきから、いちいち空気が悪い。
「コトハっち」
「はい?」
「イチカから、どこまで聞いた?」
「ユウのこととか、地上のこととかは」
「全部?」
「話せることは話した」
イチカが横から答える。
「イチカに聞いてんじゃないんだけど」
「私の話でしょ」
「そういうとこなんだよね」
「何が?」
「…………」
カレン先輩が小さく息を吐いた。
「前は誰にも頼ろうとしなかったのにね」
イチカが黙る。
「ユウくんのこと分かってからもさ。あーし、他の人にも相談した方がいいって言ったじゃん」
「言ってたね」
「でもイチカ、全部自分でどうにかするって聞かなかったし。勝手に調べて、学校まで休んで」
「カレンも地上まで来たじゃん」
「あれはあーしが行くって言ったからでしょ」
「同じじゃない?」
「違うし」
また始まった。
「……それで仲悪いんですか?」
「別に仲悪くないけど」
「仲悪くないよ」
同時に返ってきた。
「…………」
嘘だ。
「まあいいや」
カレン先輩が私を見る。
「今回は、コトハっちに話したんだ?」
「うん」
「自分から?」
「うん」
「助けてって言った?」
そこで、イチカが少しだけ黙った。
「……言った」
「…………」
カレン先輩の表情が、ほんの少し変わる。
「そっか」
さっきまでより、声も柔らかかった。
「じゃ、あーしも手伝おっかな」
「…………」
「何」
「いや」
イチカが少しだけ間を置く。
「ありがとう」
「…………普通に言えるんだ」
「やっぱやめる?」
「嘘嘘。行く行く」
仲直りした――わけではなさそう。
でも、さっきよりは少しだけ空気がマシになった気がする。
「えっと、じゃあ、行きましょう」
「今から?」
「はい」
そこで、イチカが私を見る。
「どうやって?」
「え?」
「地上に。地上門、勝手に通れないよ」
「あ」
完全に忘れてた。
地上へ行くには許可がいる。
授業でも任務でもない私たちが、『変なの探しに行きたいです!』なんて言って、通してもらえるわけがない。
「…………」
地上門。正規の道。そこを通らないなら。
「あ」
「何?」
「ある」
「何が?」
「地上門を通らずに、地上へ行ける道」
「…………」
二人とも、私を見る。
「何それ」
「なんで知ってるの?」
「…………」
前の時間。
ミカゲと一緒に地下へ戻ってきた時、私たちは地上門なんて使っていない。
地上側が地下へ潜り込むために使っていた道。
入口も、そこからどう進めばいいのかも覚えている。
「......言えないです」
「そっか」
「......聞かないんですか?」
「コトハっちにもなんか事情があるんでしょ? よくわかんないけど」
カレン先輩、優しい。
「で、いつ行く?」
「…………」
今から。
と言いかけて、やめた。
もう放課後どころか、魔女の襲撃が終わってからかなり時間が経っている。今から地上へ出ても、探しているうちに遅くなる。
「……明日?」
「私もそれがいいと思う」
「学校は?」
「休む」
イチカが即答した。
「…………」
この人、学校を休むことに何の抵抗もない。
「コトハっちも休めば?」
「えぇ……」
「得体の知れない化け物探しに地上行ってから、学校も行く方が無理じゃん」
「それはそうですけど……」
結局。
明日は三人とも学校を休んで、朝から地上へ向かうことになった。
「じゃ、あーし今日帰ったら武器見とこ」
「武器?」
「明日持ってくやつ」
「カレン先輩、武器持ってるんですか?」
「そりゃ持ってるよ。二年だし」
「あ……」
そういえば。
二年生になると、天使は自分専用の武器を使うようになる。
「カレン先輩の固有武器ってなんなんですか?」
「あーしは刀」
「刀なんだ……」
「ただ、最近ちょっと刃こぼれしてんだよね。軽く歪んでるし」
「大丈夫なんですか?」
「普通に使う分にはまだ平気。でも」
カレン先輩が少し考える。
「魔女よりヤバそうなの探しに行くなら、直してから行った方がよくない?」
「それは……そうですね」
「じゃ、明日の朝、先に修繕寄ってから行こ」
「修繕って、すぐ終わるんですか?」
「このくらいなら多分」
そこでカレン先輩が、ふと私を見る。
「そういやコトハっちって、個人武器ないよね?」
「ないです。一年生なので」
「一年でも作れるよ?」
「…………え?」
思わず動きが止まる。
「作れるんですか?」
「作れるよ。本格的に使うのが二年からってだけ。作るのに時間かかるから、一年のうちに申請する子もいるし」
「そうなんだ……」
「物によるけど、完成まで一週間くらいかな」
「一週間……」
今日の地上探索には、当然間に合わない。
でも。
「コトハっち、これからも地上行くんでしょ?」
「…………」
多分。
今回だけじゃない。
地上。地下。灰。戦争。
これから何を調べることになるのかも分からないし、危ない場所へ行くことだって増えるかもしれない。
それに。
残っているのは、あと七回。
死ねば戻れる。
でも、もう何回でも死んでいいわけじゃない。
「どうせ行くなら、コトハっちも作ってみたら?」
「…………」
自分の武器。
今まで考えたこともなかった。
今日には間に合わないけど、この先のためなら。
「……作ってみようかな」