翌朝。
「…………」
学校を休んだ。
別に初めてじゃないけど、遊びに行くわけでもないのに普通に学校を休んでいることに、ちょっとだけ変な感じがする。
「コトハっち、こっち」
「あ、はい!」
カレン先輩に呼ばれて、イチカと一緒に後を追った。
今日の目的は地上だけど、その前に寄る場所がある。
◇◇
「……おお」
中に入った瞬間、思わず声が出た。
「何?」
「いや……すごいなって」
武器を作ったり、修理したりするための施設。
存在自体は知っていたけど、中に入るのは初めてだった。
壁には剣や槍、斧、大きなハンマー、鎌、杖みたいな形のものまで、いくつもの武器が並んでいる。盾もある。奥からは金属を叩く音が絶えず聞こえていて、作業着を着た人たちが何人も行き来していた。
「武器によって作る人違うからね」
「そうなんですか?」
「そ。刀とハンマーじゃ全然違うっしょ」
「確かに……」
ちょっと楽しい。
昨日までは自分の武器なんて考えたこともなかったのに、一度意識すると並んでいるもの全部が気になってくる。
隣を見ると、イチカは私ほど興味がないらしく、壁の武器より奥で作業している人たちを眺めていた。
「イチカは武器、興味ないの?」
「まだ一年だし」
「私も一年だけど」
「コトハは昨日カレンに乗せられたからでしょ」
「乗せられた……?」
「乗せてないし。勧めただけだし」
カレン先輩が受付に声をかける。
「すみませーん。これ直してほしいんだけど」
持ってきた刀を渡した。昨日聞いた通り、二年生になってから本格的に使っているカレン先輩の個人武器だ。
「どれ」
受け取った人が刀を抜き、刃を確認する。
「刃こぼれしてるね。こっちもちょっと歪んでる」
「今日使いたいんだけど」
「急だな」
「無理?」
「これくらいならできるよ。少し待ってて」
「ありがと」
刀が奥へ運ばれていく。
「じゃ、待つか」
「…………」
もう一度、壁を見る。剣、槍、ハンマー。昨日カレン先輩に自分の武器も作ってみたらと言われたけど、いざ選ぶとなると迷う。
「作るんでしょ?」
「……作ってみたいです」
「じゃ聞いてきたら?」
「うん」
イチカまで普通に勧めてくる。
受付の人に声をかけた。
「あの、武器作りたいんですけど」
「新規?」
「はい」
「何年?」
「一年です」
「ああ。一年でも申請はできるよ。使うのは基本二年からだけど。何作る?」
「…………」
そこなんだよな。
並んでいる武器を見る。剣なら魔女を斬る。槍なら刺す。ハンマーなら殴る。
「…………」
昨日までなら、多分何とも思わなかった。魔女を倒すための武器なんだから、当たり前。
でも今は、あれが元々人間だったと知っている。
「どうしたの?」
イチカに聞かれた。
「……何でもない」
「そう?」
視線を動かしていくと、少し離れたところに別のものがあった。
「これも武器なんですか?」
「ん?」
指したのは、盾。
「盾?」
「はい」
「武器として使うならね。受けるだけじゃなくて、殴ったり相手を押し返したりもできる」
「…………」
盾。
「それにします」
「決めるの早いね」
後ろで見ていたカレン先輩が笑った。
「盾にすんの?」
「はい」
「珍しくない?」
「剣とか槍よりは少ないかな」
「なんで盾?」
「…………これが一番、死ななそうなので」
「そこ?」
「大事ですよ」
「まあ、それは大事だね」
イチカだけ普通に納得した。
「イチカ分かってる!」
「いや、普通に死なない方がいいでしょ」
「そうだけどさ」
カレン先輩が笑っている。
でも私にとっては、前よりずっと大事になった。
あと七回。
今までは、死んでも戻れると思っていた。
実際に何度も死んで、そのたびに次を試してきたけど、もう同じ感覚ではいられない。
職員の人に別の場所へ案内され、そこからは大きさや重さを決めていった。
飛んでいる時に邪魔にならず、それでも小さすぎて身体を守れないことがない程度。
片手で扱える重さにして、腕にも固定できるようにする。
「こんな感じかな」
「はい」
「完成は一週間くらい」
「……今日欲しいです」
「無茶言わないで」
「ですよね……」
「一週間ならすぐじゃん」
イチカは簡単に言うけど、今日使いたかった。
残念。
でも一週間後には、私の武器ができる。
「…………」
ちょっと楽しみかも。
◇◇
カレン先輩の刀を待っていると、奥の扉が開いた。
「…………?」
一瞬、何か違和感があった。作業員が刀を持ってその奥へ入っていく。
「そこから先、入らないでね」
「え?」
「灰入るから」
「灰?」
「精密加工する時に混ざると困るんだよ」
扉が閉まる。横には中が見えるガラスがあったので、何となく覗いてみた。
「何見てるの?」
イチカも横から覗く。
「なんか……違わない?」
「何が?」
「分かんない」
二人でしばらく見て。
「あ」
「?」
気づいた。
「灰」
「……ああ」
イチカも分かったらしい。
地下なら、目立たないだけで空気中にはいつも細かい灰が漂っている。でも、あの部屋にはほとんど見えなかった。
「あそこ、灰ないんですか?」
「ないよ。加工中だけ除いてる」
「どうやって?」
「設備で空気から抜いてる」
「へえ……」
そんなことできるんだ。
ガラスに少し近づいて見ても、やっぱり灰はほとんど見えない。
「抜いた灰ってどこに行くんですか?」
素朴な疑問を抱いた。
「ああ、回収したやつ? 処理設備」
「処理?」
「そのまま溜めとくわけにもいかないからね。集めた灰を分解して、無害な状態にする」
「…………」
今、結構すごいこと言わなかった?
隣を見ると、イチカも少し驚いた顔をしている。
「灰って、なくせるんですか?」
「できるよ。ものすごく効率悪いけど」
「効率?」
「灰を空気から集めて、それを浄化するのにかなりエネルギー使うんだよ。だから、こんな特殊な加工室くらいでしか使わない」
そこへ別の職員が通りかかった。
「まだ除灰回してる?」
「刀終わるまで」
「今日もう使用量結構いってるよ」
「仕方ないだろ。途中で止められないし」
「…………」
そんなに使うんだ。
もう一度、ガラスの向こうを見る。灰のない部屋。
これをもっと大きくできたら。
「…………」
地上の集落。ミカゲ。リオ。灰を吸わないようにしていた人たち。
これを地上でいっぱい使えたら、灰を空気から除いて、集めた灰までなくせるなら、地上の人たちは灰で苦しまなくて済む?
「コトハ」
「何?」
「多分、今考えてること無理だよ」
「…………まだ何も言ってないんだけど」
「顔見れば何となく分かる」
「そんなに?」
「うん」
イチカがガラスの向こうを見る。
「こんな小さい部屋だけで、あれだけエネルギー使うんでしょ?」
「……うん」
「地上全部でやったら、どれだけ必要なんだろうね」
「…………」
同じこと考えてた。
それに、地下はこれからも灰を使う。
地上にある灰を減らせたとしても、地下で使っている灰そのものがなくなるわけじゃない。地下が使い続ける限りまた増えるなら、これだけで戦争を止めるのは難しい。
「……やっぱ無理か」
「今のままじゃね」
「そっか……」
使えそうだと思ったんだけどな。
「カレンさん、終わったよ」
「お」
刀が戻ってきた。
カレン先輩が鞘から抜いて刃を確認し、周りに何もないのを見てから何度か軽く振る。
「おー、綺麗。うん、大丈夫そう」
「じゃ、気をつけて」
「ありがとー」
これで準備は終わり。
「じゃ、行こっか」
◇◇
「……こっち」
前の時間、ミカゲと一緒に通った道。正規の地上門とは全然違う場所にある。
「本当にこっち?」
イチカが周囲を見ながら聞く。
「多分」
「多分なんだ」
「一回しか通ってないので……」
「コトハっち、大丈夫?」
「多分……」
「二人とも不安になること言うのやめて」
「大丈夫!」
「今の大丈夫も怪しいけど」
イチカまで疑ってる。
でも、覚えてる。
ここを曲がって、次は狭いところ。その先。
「…………あ」
「何?」
「ここ!」
見つけた。
「本当にあった」
「だから言ったじゃないですか!」
「多分って言ってたじゃん」
道を進む。前はミカゲについていっただけだったけど、今度は私が二人を連れていく。
少し不安だったものの、道は思ったより覚えていた。
そして、地上へ出る。
「…………」
空。
久しぶり。
前の時間では、ここで地上人類のふりをして生活した。でも今回は違う。
「で、どっち?」
イチカが周囲を見る。
「カレン先輩」
「んー……あっちかな」
「かなって曖昧な......」
「だって前来たの結構前だし」
「大丈夫ですか……?」
「行けば分かるって」
◇◇
分からなかった。
「この辺だったと思うんだけど」
「いないですね」
「そりゃずっと同じ場所にいるとは限らないでしょ」
「それはそうだけど……」
「そもそも生き物なら移動するでしょ」
イチカが地面を見ながら言う。
「前にいた場所を探すより、何か痕跡探した方がよくない?」
「痕跡?」
「足跡とか。カレンが言うほど大きいなら、何か残ってそう」
「あー、確かに」
それからは三人で周辺を調べた。
地面。壊れた建物。草。何かが通った跡。
でも、どれがあの化け物のものなのか分からない。
「…………」
しばらくして。
「コトハ」
「何?」
少し離れたところにいたイチカが、地面を指していた。
「ここ、灰多くない?」
「…………あ」
周りより、明らかに粉が積もってる。
カレン先輩も寄ってきてしゃがみ込む。
「ほんとだ。前見た時も、あいつの周りこんな感じだった」
「じゃあ、近くにいる?」
「少なくとも、ここ通った可能性はあるんじゃない?」
「追ってみよ」
そこからは、灰が多い場所を探して進んだ。
途中で途切れると三人で周囲に散り、また白く積もった場所を見つける。最初は本当にこれで合っているのか不安だったけど、奥へ進むほど灰の量は少しずつ増えていった。
「……多くなってるよね」
「うん」
「近いかも」
自然と声が小さくなる。
風が吹いた。
灰が舞う。
その向こうに。
何かがいる。
「…………あ」
カレン先輩が止まった。
「何ですか?」
返事がない。
イチカも同じ方向を見て、動きを止めた。
私も視線を向ける。
「…………」
大きい。
最初は、それしか思えなかった。
魔女よりずっと大きい。六メートル、いや七メートルくらいあるかもしれない。
身体は黒く、灰色の装甲がある。そこだけなら魔女に似ている。
でも、違う。
灰色の部分が多すぎる。大きすぎる。
装甲が身体を覆っているというより、肥大化した灰色の塊が、黒い身体の輪郭そのものを歪ませていた。
「……あれ」
カレン先輩が小さく言う。
「前に見たやつ」
「…………あれが?」
イチカも、前に聞いた話から想像していたものとは違ったのか、しばらく黙って見ていた。
そして。
灰。
あの身体から、ずっと出ている。
歩くたびに灰が落ちて舞い上がり、周囲を白くしていた。
「…………すご」
「近づかない方がいい」
イチカが言うと、カレン先輩も珍しくすぐ頷いた。
「うん。とりあえず見るだけ。あーしも前はそれで帰ったし」
距離を取ったまま観察する。
「何してるんだろ」
「歩いてるだけに見える」
イチカは化け物だけでなく、その周囲にも視線を動かしていた。
「近くに他のはいなさそう。でも……灰、身体から出てる?」
「多分」
巨大な身体が一歩動く。そのたびに、肥大化した灰色の装甲から細かな灰がこぼれ落ち、足元から舞い上がっていた。
「…………」
なんで、あんなに出るんだろう。
あれが地上の灰と関係ある?
もう少しよく見ようとした、その時。
「……風」
イチカが言った。
風向きが変わり、大量の灰がこちらへ流れてくる。三人とも咄嗟に顔を覆った。
「口閉じて」
「んっ」
灰が通り過ぎる。
「あれ?」
「何?」
「止まってる」
見ると、さっきまで歩いていた巨大な何かが動きを止めていた。
ゆっくりと身体の向きを変える。
こっちへ。
「……見つかった?」
カレン先輩が刀へ手をかけた。
次の瞬間、地面が揺れた。
「来る!」
あの巨体からは想像できない速さで、一気に距離が縮まる。
魔女でもこんなに早くない。
「二人とも下がって!」
カレン先輩が刀を抜いて前へ出た。私とイチカは翼を出し、後ろへ飛ぶ。
直後。
ガンッ!!
刀と巨大な腕がぶつかり、カレン先輩の身体が弾かれた。
「カレン!」
「平気!」
すぐに立て直して、今度は灰色の装甲を斬る。
でも。
「硬っ……!」
刃が入らない。
「カレン、右!」
イチカの声でカレン先輩が飛び退く。直後、巨大な腕が地面を抉った。
「カレン先輩、もう戻って!」
「今戻る!」
カレン先輩がこちらへ走り出す。
その時。
「……待って」
イチカが化け物を見る。
灰色の装甲が、不自然に膨らんでいた。
「カレン! そこ離れて!」
「え?」
ブワッ!!
一瞬で、視界が灰色に染まった。
「カレン!」
「カレン先輩!」
何も見えない。
「コトハ、翼!」
「あ!」
二人で翼を動かして風を起こす。何度か繰り返すと、少しずつ灰が流れていった。
「……最悪」
「!」
灰の向こうから、全身真っ白になったカレン先輩が出てくる。
「大丈夫ですか!?」
「平気。口入ったけど」
何度か咳をしている。でも、普通に立ってる。
よかった。
「あれ以上調べるのは無理。戻ろ」
イチカが言う。
「賛成。場所も分かったし、今日はもう十分っしょ」
三人でその場を離れる。
十秒。
二十秒。
「……カレン?」
イチカが止まった。
少し前を歩いていたカレン先輩が、自分の手を見ている。
「何か……変」
「え?」
手の甲に、灰色の何かが浮き出ていた。
「まだ灰付いてるんじゃない?」
「……取れない」
擦っても落ちない。
灰じゃない。
皮膚そのものから、灰色の何かが盛り上がっている。
「何、それ……」
「分かんない。っ……!」
カレン先輩が腕を押さえた。
「カレン!」
「痛っ……何これ……」
灰色の部分が、一気に腕へ広がっていく。
「…………」
見たことがある。
さっきの化け物と同じ。灰色の装甲。
「え……」
「なんで……?」
「っ、あ……!」
カレン先輩の身体が大きく揺れた。
「待って、何これ……っ!」
「カレン!」
「来ないで!」
駆け寄ろうとしたイチカが止まる。
「でも!」
「何か分かんないから! 来ないで!」
灰色の装甲が腕から肩へ、身体中へと広がりながら肥大化していく。それと一緒に、カレン先輩の身体まで大きくなっていった。
「何これ……何、これ……」
「カレン……」
イチカの声が震える。
カレン先輩が何か答えようとした。でも、もう声にならなかった。
黒い身体。
肥大化した灰色の装甲。
身体の輪郭そのものが歪んでいく。
「…………」
さっき見た。
六メートルも、七メートルもあった。
あれ。
「……嘘」
数十秒。
それだけだった。
そこに、カレン先輩はいなかった。
代わりに立っていたのは、さっきまで遠くから観察していたものと同じ、巨大な灰色の化け物。
「…………」
理解できない。
ほんの少し前まで、普通に話していた。
「…………は?」