「電気だ」
「…………」
聞いたことのある言葉だった。
「電気?」
「ああ」
「それって……旧文明の?」
「…………」
エルが少し黙った。
「ああ。そうか。そこから説明が必要なのか」
「?」
「地上じゃ、お前たちが旧文明って呼んでる時代のエネルギーが、今でも使われてる」
「…………え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「今も?」
「ああ。主に電気だ」
「地上で?」
「そうだ」
「…………」
地上。
前の時間で見た集落を思い出す。
地下みたいな大きな街じゃなかった。建物も設備も、地下よりずっと簡単なものに見えた。
だから、勝手に。
技術も地下より遅れているんだと思っていた。
「旧文明のものが、そのまま残ってるの?」
「そのままじゃない。維持できなかった技術もいくらでもある。ただ、電気を使う仕組みは途切れなかった」
「なんで?」
「灰が使えないからだ」
「…………あ」
「地上人類にとって灰は毒だ。お前たちみたいに大量に集めて、街中でエネルギーとして使うなんてできるわけがない」
「そっか……」
「だから別のものを使い続けるしかなかった。それが電気だ」
「…………」
変な感じ。
地下では、灰を使うのが当たり前。
電気は昔のもの。
でも地上では逆だった。
灰を使えないから、昔からある電気を今も使っている。
「でも」
「何だ」
「それが、なんで全部救えるの?」
「地下が灰を使ってる理由は?」
「え?」
「何のために使ってる」
「それは……エネルギーになるから」
「そうだ」
エルが頷く。
「なら、その役目を別のものに置き換えればいい」
「…………」
「地下で灰の代わりに電気を使う」
「…………え?」
言われた意味を、頭の中で繰り返す。
灰の代わりに。
電気。
「でも、灰をなくしたら地下が――」
「だから、なくすんじゃない」
「え?」
「灰がなくても地下が生きられるようにする」
「…………」
その言葉で、少しだけ見えた。
「照明も暖房も、街の設備も。今は灰をエネルギーにして動かしてるんだろ?」
「うん」
「それを電気で動くように変える。全部を一気に変える必要はない。灰の消費量を減らせるだけでも意味はある」
「…………」
灰を減らす。
でも、地下は灰が必要。
ずっと。
そこがどうにもならないと思っていた。
でも。
灰が必要じゃなくなったら?
「…………あ」
思わずエルを見る。
「じゃあ、地上側が地下を滅ぼす理由も?」
「なくせる可能性がある」
「…………!」
初めて。
本当に初めて。
道が見えた気がした。
地下を助けたら、地上が死ぬ。
地上を助けるなら、地下を止めるしかない。
ずっと、どちらかを選ばないといけないみたいだった。
でも。
「じゃあ、それやればいいじゃん!」
「できるならとっくにやってる」
「…………」
一瞬で止められた。
「え」
「地下全体のエネルギー体系を変えるんだぞ」
「…………」
「地下でどうやって電気を作る。どれだけ必要だ。今ある設備は使えるのか。新しく何を作る必要がある。誰が作る。材料はどこから持ってくる」
「…………」
「俺は地下で電気を普及させる方法なんて知らない。そもそも、本当に一か月以内にできるのかも分からない」
「……一か月」
12月31日。
「普通なら無理だ」
「…………」
「一度試して、問題が起きて、原因を調べて、直して。そんなことをやってる時間はない」
「じゃあ……」
「だから、お前なんだ」
「……私?」
「ああ」
エルが私を見る。
「普通なら、一回しか試せない」
「…………」
「電気へ切り替えようとして失敗したら、そこで終わりだ。間に合わなければ12月31日が来る」
「うん」
「でも、お前は違う」
「…………」
「失敗した後に、12月1日へ戻れる」
あ。
「何が足りなかったのか。どこで時間を使ったのか。何を先に準備しておけばよかったのか。それを全部知った状態で、もう一度12月1日から始められる」
「…………」
それなら。
一回目で、三日かけて分かったことを。
次は最初から知ってる。
一週間かけて間違えたことも。
次はやらなくていい。
「でも、時間そのものが増えるわけじゃないよ?」
「分かってる」
「毎回12月1日に戻るから、一か月しかない」
「だから無駄を消す」
「…………」
「最初から成功させようとするな」
「え?」
「まず失敗しろ」
「…………え?」
聞き間違えたかと思った。
「失敗するの?」
「ああ。一周目で、何ができないのか調べる」
「…………」
「何が必要か。どこで詰まるか。誰の協力が必要か。何に時間がかかるか。できるだけ多く調べろ」
「うん」
「それを全部、次へ持っていく」
「…………」
「次は、一周目で詰まったところを最初から潰す。そこで別の問題が出たら、それも持って戻る」
「また次で……」
「最初から潰す」
「…………」
攻略。
失敗して。
原因を知って。
次は、その失敗をしない。
それを繰り返す。
「残り六回だったな」
「うん」
エルの表情が少し険しくなった。
「なら、一周も無駄にできない」
「…………」
「六回で、最短ルートを作る」
「…………」
できるのかな。
地下全体を。
今から。
電気に。
「……できるかな」
「分からない」
「…………」
即答だった。
「そこは、できるって言ってよ……」
「できるか分からないから試すんだろ」
「…………」
そうだけど。
でも。
少しだけ笑いそうになった。
無理かもしれない。
六回全部使っても、できないかもしれない。
それでも。
今までとは違う。
どっちかを捨てる方法じゃない。
両方が生き残るための方法。
「…………」
やってみたい。
「じゃあ、まず何から――」
「…………」
エルの視線が動いた。
「?」
私じゃない。
上。
つられて見ようとする。
「何?」
「……いや」
エルはすぐに私へ視線を戻した。
「?」
「何でもない」
「そっか」
じゃあ。
まず何を調べればいいんだろう。
電気。地下。設備。詳しい人を探す?
「エルは――」
「待て」
「え?」
今度は、さっきより低い声だった。
「…………」
エルがまた上を見る。
私も見る。
「あ」
監視カメラ。
「…………」
ある。普通に。ずっと。
「エル?」
「…………」
エルは答えない。監視カメラを見ている。
「どうしたの?」
「……お前」
「うん?」
「残り何回だった?」
「六回」
「…………」
「さっき言ったよ?」
「ああ」
何。急に。
「エル?」
「…………」
エルが黙っている。
長い。
さっきまでとは違う。
考えてる。
でも。
何を?
「じゃあ、まず電気について詳しい人を――」
「……悪い」
「え?」
「あと六回しかないんだよな」
「うん」
「一回も無駄にできない」
「……うん」
それは。
さっきエルが言った。
「分かってる」
「?」
「それでも」
エルが息を吐く。
「俺は死にたくない」
「…………」
何の話?
「え?」
「…………」
エルが、もう一度監視カメラを見る。
そこで。
少しだけ。
嫌な感じがした。
「エル……?」
「このままお前を帰したら、ここに来たことが映像に残る」
「…………」
エルが監視カメラを見る。
「音までは残らない。だから、俺たちが何を話したかまでは分からない」
「じゃあ――」
「でも、お前は地下人類だ」
「…………」
「本来この施設を知ってるはずのない地下人類がここまで来て、俺と長い間話してる。そのあと俺は、お前を拘束もせずに帰した」
「あ……」
「それだけなら、まだ言い訳できるかもしれない」
エルが一度、言葉を切る。
「でも、このあとお前は今日の魔女襲撃を止めるんだろ?」
「……うん」
「本来、地下側が知ってるはずのない襲撃を」
「…………」
「俺と接触した地下人類が、その直後に地上側の作戦を知ってたことになる」
そこで、ようやく意味が分かった。
「……エルが教えたって思われる?」
「ああ」
「でも、本当は違うって――」
「証明できない」
「…………」
「少なくとも、疑われるには十分だ」
エルは複雑そうな顔でこちらを見た。
「分かってる」
「え?」
「お前を帰すべきだ」
「…………」
「残り六回しかない。こんなことで一回使わせるべきじゃない」
「じゃあ――」
「分かってるんだよ」
「…………」
エルの声が少しだけ変わった。
「それでも、俺は死にたくない」
「…………」
さっきまで。地上も地下も。両方救いたいって。
「俺は」
少し間が空く。
「理想を語ってるだけの臆病者なんだ」
「…………」
「ごめん」
「エル?」
何か。
光った。
「――」
◇◇
「――っ!!」
飛び起きた。
「…………」
寮。ベッド。12月1日。
「…………」
しばらく、動けなかった。
「……え?」
何。今の。
「…………」
エルは、協力するって言った。
電気。
全部救えるかもしれないって。
一緒に、これからどうするか、話そうって。
「…………」
それなのに。
「……殺された?」
胸に手を当てる。何もない。
当然。
でも、撃たれた。
エルに。
「…………」
なんで。
「意味分かんない……」
ベッドから降りる気にもならなかった。
協力するって言った。
地上も地下も、どっちも助けたいって話した。
それに。
『一周も無駄にできない』
そう言ったのは、エルだ。
なのに。
「……あと五回」
六回だった。
そのうち一回を、エルに使われた。
「…………何なの」
腹が立つ。
残りが少ないことも分かっていたのに、なんで。
布団を強く握ったところで、最後のエルの言葉が浮かんだ。
『それでも、俺は死にたくない』
「…………」
死にたくない。
私を帰したら、エルが死ぬ?
「…………」
少しずつ、さっきのことを思い返す。
話している途中から、エルは何度も上に視線をやっていた。
「あ……」
監視カメラ。
前の時間で聞いた話では、音までは拾わない。だから何を話していたのかまでは記録されていない。
でも、映像は残る。
秘密施設の場所を知っている地下人類が突然現れて、エルと長い間話している。その地下人類を捕まえもせず、殺しもせずに帰したら、それだけでも十分怪しい。
しかも。
「…………」
このあと私が、12月1日の魔女襲撃を止める。
未来を知っている私が、地上側の作戦を潰す。
その直前に。
私はエルと会っている。
「……そっか」
それを地上側に知られたら。
エルが情報を漏らしたと思われるかもしれない。
裏切ったと思われて、殺されるかもしれない。
だから。
私を帰せなかった。
「…………」
死にたくなかったんだ。
理由は、分かった。
でも。
「……殺さなくてもよかったじゃん」
納得はできない。
残り五回しかない。
エル自身、それを知っていた。
それでも、自分が死ぬかもしれない方を選べなかった。
「…………」
腹は立つ。
それでも、もう一度エルのところへ行って、同じ話をして。
また監視カメラに映って。
またエルが疑われる状況を作る。
「…………」
それは。
今は、したくなかった。
「......そっか」
ふと、考えが頭によぎった。
私は、過去に巻き戻ることができる。
でもエルは巻き戻れない。
あの周では、エルは死んだら、それっきりなんだ。
「......これからどうするか考えよう」
机の上のノートを開く。
地下で、灰の代わりに電気を使う。
最初から成功させようとせず、まず試す。失敗したら、何が足りなかったのか、どこで時間を使ったのか、何が必要だったのかを持って帰る。そして次の時間では、その失敗を最初から潰す。
エル本人にもう一度頼る、は、私が殺されてしまうからなしだ。
それでも、エルが考えた攻略法は使える。
「…………」
じゃあ。
次は誰に聞く?
誰なら、今の時間でも話せる?
「…………」
しばらく考えて、思い立った。
「……ユウに会いに行こう」