12月1日。
学校へ着くと、まずイチカを探した。
前の時間では、何日も一緒に行動した。ノートのことを教えてもらって、ユウのことを聞いて、カレン先輩と三人で地上にも行った。
でも。
今のイチカにとって、私はほとんど知らない人だ。
「……いた」
廊下の向こう。
「イチカ」
「?」
名前を呼ぶと、イチカが振り返った。
「えっと……コトハだよね?」
「うん。ちょっと話したいことがあるんだけど、来てもらえないかな」
「私に?」
「うん」
「……いいけど」
不思議そうな顔をしながらも、イチカはついてきた。
前の時間では何日も一緒に行動した相手。でも今のイチカにとっては、まともに話すのはこれが初めてだ。
人のいない教室へ入って、扉を閉める。
「それで、何?」
「…………」
いざ話そうとすると、少し言いづらい。
昨日まで――私にとっては昨日まで、普通に全部知っていた人なのに。
「ノートの件について」
「…………」
空気が変わった。
ほんの一瞬だったけど、分かった。
「何のノート?」
「イチカの家にあった家宝」
「…………」
「表紙に『開始』って書くと、タイムリープが始まるノート」
イチカが黙った。
しばらく私を見る。
「……どこまで知ってるの?」
「多分、全部」
「…………」
「長くなるんだけど、聞いてほしい」
「分かった」
◇◇
ノートの仕組み。
今までの時間で起きたこと。
全部、一から話した。
今日、学校が魔女に襲われること。その襲撃を防ぐ方法は、もう一度成功していること。
地下には地上側の工作員が潜伏していて、ユウもその一人だったこと。
終幕作戦。
地上へ行ったこと。
ミカゲというユウの親友に会ったこと。
魔女が元々は地上人類だったこと。
そして、灰まみれ。
「……カレンが?」
そこだけ、イチカが話を止めた。
「うん」
「灰を浴びて?」
「大量に。それで、数十秒くらいしたら身体が変わり始めた」
「…………」
「最後は、地上で見つけた灰まみれと同じ姿になった」
「…………」
イチカは何も言わなかった。
今の時間では、カレン先輩は普通に生きている。
昨日までと同じように。
「……それで?」
少しして、イチカの方から続きを促した。
エルのことも話した。
地上では今でも電気が使われていること。
地下で灰の代わりに電気を使えば、地上と地下を両方救える可能性があること。
何度も失敗して、その結果を次の時間へ持ち帰り、最短の方法を探すという作戦。
そして。
「エルには……殺された」
「…………」
「監視カメラに私と話してるところが映ってたから。このあと私が魔女襲撃を止めたら、情報を漏らしたって疑われるかもしれないって」
「……そっか」
「それで戻ってきて、今」
残り。
五回。
そこまで話し終わる頃には、かなり時間が経っていた。
「…………」
イチカはしばらく黙っている。
頭の中で整理してるんだと思う。
「つまり」
やっぱり。
「今日の魔女襲撃自体は、もう止められるんだよね」
「うん。やり方も全部分かってる」
「工作員には手を出さなければ、少なくとも前みたいに今日中に大きな作戦が始まる可能性は低い。でも、本来の12月31日の終幕作戦はそのまま残ってる」
「そう」
「それを止めるために、地下が灰を使わなくても生きられるようにしたい。その候補が電気」
「うん。それで――」
言いかけて。
イチカが立ち上がった。
「?」
そのまま、深く頭を下げる。
「え?」
「ありがとう」
「…………何が?」
「ユウと、地下」
「…………」
「助けようとしてくれてるんでしょ?」
「まあ……うん」
「何回も死んでるのに」
「…………」
「その中で、ユウのことまで助けようとしてくれてる」
「…………」
なんて返せばいいんだろう。
「だから、ありがとう」
「いや……頭上げて」
困る
こういう時、どうすればいいのか分からない。
「私が勝手にやってることだから」
「それでも」
「…………」
イチカが顔を上げる。
「ありがとう」
「……うん」
前の時間。
イチカは私に頭を下げた。
『弟と、地下を助けてください』
今のイチカは、そのことを覚えていない。
でも。
なんとなく。
返事をもらったような気がした。
「それで」
「?」
「今度は私から、イチカにお願いがある」
「何?」
ノートを開く。
「今日のこと、任せたい」
「今日?」
「魔女襲撃」
「…………」
前の時間で成功した手順は、全部残っている。
魔女が来る場所と時間。必要な戦力と、その人たちを集めるためにセナ先輩へどう頼めばいいのか。
工作員には手を出さない。
ユウには、今日一部の天使が課外授業へ行くという話を流す。場所は当日まで知らされないことになっている、と伝える。
前と同じようにやればいい。
「……なるほど」
イチカがノートを見る。
「これを同じようにやればいいんだね?」
「うん」
「分かった」
「…………」
即答。
「いいの?」
「そのために全部教えてくれたんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど」
「ならやるよ」
頼もしい。
「コトハは?」
「え?」
「今日のことを私に任せるなら、コトハは何するの?」
「あ」
そう。
「ユウに会いたい」
「…………ユウ?」
「うん。正確には、ユウに頼んでミカゲに会いたいの」
「前の時間で会った、ユウの親友?」
「そう」
「なんでミカゲ?」
「地上では今も電気を使ってるって、エルが言ってたでしょ?」
「ああ」
「地下で灰の代わりに電気を使うなら、地上の人に色々教えてもらわないと無理だと思うの。どうやって電気を作ってるのかとか、どんな設備が必要なのかとか」
そこまで言ってから、少し迷う。
「でも今のミカゲは、私のこと知らない」
「そうだね」
「私一人で地上まで行って、『未来で会ったことがあります。地下を助けたいから電気のこと教えてください』って言っても、多分信用してもらえない」
「それは難しいと思う」
「だから、ユウと一緒に行きたい」
「…………」
「ユウがいれば、ミカゲも少なくとも話くらいは聞いてくれるんじゃないかなって」
「それはいいと思う」
「じゃあ――」
「でも、その前に調べた方がいいと思う」
「何を?」
「地下」
「……地下?」
「ミカゲって人に、何を頼むの?」
「何って……電気のこと」
「地下で電気を使いたいんだよね?」
「うん」
「今、地下では何にどれくらい灰を使ってるの?」
「…………」
「照明とか、暖房とか」
「それぞれどれくらい?」
「…………分かんない」
「一番灰を使ってるのは?」
「…………」
分かんない。
「何を電気に変えれば、一番減らせる?」
「…………」
それも。
「地下だけで作れる設備は?」
「…………」
「逆に、地上から何を持ってきてもらわないとできない?」
「…………」
何一つ答えられない。
「……何にも分かんない」
「でしょ?」
「…………」
ぐうの音も出ない。
「ミカゲって人に会うのは賛成。でも、何が必要なのか分からないまま会っても仕方ないと思う」
「……確かに」
「まず、頼む内容を決めよう」
残りは五回しかない。
ミカゲに会ってから「何を聞けばいいんだろう」と考えている時間はない。先に地下側のことを調べて、何が必要なのかをできるだけ具体的にしておいた方がいい。
「じゃあ、私、今から調べてくる」
「一人で?」
「イチカは今日のことがあるでしょ?」
「ああ……」
「そっちは任せる。私は地下で灰が何に使われてるのか調べる」
「分かった」
ここからは別行動。
イチカは今日の魔女襲撃を止めるため、セナ先輩たちを集めに行く。
私は、次の攻略を始める。
イチカと別れる前に、あとで連絡できるよう連絡先だけ交換しておいた。
◇◇
学校を出て、そのまま地下で灰がどう使われているのかを調べ始めた。
知りたいのは、何にどれくらい灰を使っているのか。その中でも特に消費量が大きいものは何か。そして、電気へ置き換えられそうな設備がどれくらいあるのか。
最初は、そんなに時間はかからないと思っていた。
「これも灰ですか?」
「そうだよ」
「じゃあ、こっちは?」
「それも」
「…………」
思ったより多い。
少し調べただけでも、照明や暖房だけじゃなかった。水を循環させる設備も、地下全体へ空気を送る設備も、工場の機械も灰で動いている。
場所を移す。
「この設備も?」
「もちろん」
また別の場所。
「…………これも?」
「何で動いてると思ってたの?」
「…………」
知らなかった。
というより、今まで考えたことがなかった。
朝になれば天井の巨大な照明が明るくなる。蛇口をひねれば水が出るし、空気だって当たり前みたいに地下中を循環している。
工場では大型の機械が動き、農業区画では植物を育てるための照明や温度管理、水の循環設備が一日中稼働している。街の交通設備も、家の暖房も、調べれば調べるほど同じものに行き着いた。
「ほとんど全部じゃん……」
思わず一人で呟く。
地下は灰を使っている。
それくらいは知っていた。
でも。
地下は、思っていたよりずっと。
灰がなければ何も動かない。
そんな場所だった。
◇◇
それからは一人で地下を回り続け、気づけば外はもう夕方になっていた。
「…………」
まだ調べたいことはある。
資料を見ながら、今日分かったことをノートへ書き足していると。
着信。
「……イチカ?」
すぐに出る。
「もしもし?」
『コトハ?』
「うん。どうだった?」
『終わったよ』
「魔女は?」
『聞いてた通り。死者も出てない』
「…………」
大きく息を吐いた。
「よかった……」
本当に。
今回は、私は何もしていない。
それでも魔女襲撃は止まった。
一度攻略したことなら、やり方を残して誰かに任せられる。
『そっちは?』
「あ、うん。調べてるんだけど……」
手元の資料を見る。
「めちゃくちゃ灰使ってる」
『それは知ってる』
「いや、思ってたよりめちゃくちゃなの!」
『どれくらい?』
「空調も、水も、工場も。農業も、天井の照明も。調べたところ、ほとんど全部」
『……そんなに?』
「うん。でも、まだ何にどれくらい使ってるのかまでは分かってない」
『じゃあ次は、消費量かな』
「あ、私もそう思ってた」
『全部同じ量使ってるわけじゃないだろうし。大きいところから電気に変えられた方が早いでしょ』
「うん。明日そこ調べたい」
『分かった。私も行く』
「いいの?」
『今日のことは終わったから』
「じゃあ明日、一緒に調べよう」
『うん』
電話を切る。
「…………」
今日一日で、魔女襲撃は終わった。
こっちも、地下が想像以上に灰へ依存していることまでは分かった。
まだ全然足りない。
でも、今日使った時間も無駄にはならない。
ノートには、ちゃんと残っている。
◇◇
翌日からは、イチカと二人でさらに詳しく調べた。
空調。水循環。工場。農業設備。天井照明。交通。
家庭で使う分まで。
調べていくと、地下社会が想像以上に灰へ依存していることが分かった。でも同時に、消費量が均等ではないことも見えてきた。
「これ」
イチカが調べた内容を見せる。
「空調、水循環、工場……」
「地下全体でずっと動いてる設備は、やっぱり大きい」
「天井のライトは?」
「それもかなり使ってる。でも、一番ではないみたい」
「これより使うのあるんだ……」
地下全体の空気を動かし、水を浄化して街中へ送り、工場の大型機械を動かす。農業区画を維持する設備も、一日中止めるわけにはいかない。
家庭一軒一軒の照明を変えて回るより、こういう少数の巨大設備を先に電気へ置き換えた方が、遥かに効率がいい。
「全部変えなくても」
イチカが資料を指す。
「まずここから変えれば、かなり減らせるかも」
「……うん」
一か月でやらなきゃいけないことが、ほんの少しだけ現実的な大きさになった。
でも、調べるほど別の問題も見えてくる。
電気そのものについては、旧文明の資料が残っていた。どういうものなのか、どうやって機械を動かしていたのか。そのくらいの知識なら地下にもある。
問題は、それを今使えるかどうかだった。
「これ、今作れます?」
「無理ですね」
「…………」
資料に載っていることと、実際に作れることは全然違う。
地下では長い間、灰を使ってきた。
大規模に電気を作る設備も、街中へ送る設備もほとんどない。大型機械を電気で動くように作り替える技術だって、資料を読んだだけで急に復活するわけじゃない。
「……やっぱり」
調べた内容を見返す。
「地上の人に聞かないと駄目だ」
「うん。少なくとも、今の地下だけで一からやるよりは早いと思う」
地上では今も電気を作り、送り、それで機械を動かしている。
最初は、ミカゲに信用してもらうためにユウが必要だと思っていた。
でも今は違う。
地上側の知識や技術そのものが、必要になる。
◇◇
地下のエネルギーについて調べ始めてから、三日目。
資料室の机には、ここ数日で集めた資料が山になっていた。向かいではイチカが別の資料を読んでいる。
ふと壁の日付を見る。
12月4日。
「…………三日」
「何?」
イチカが顔を上げる。
「調べるだけで、三日使った」
終幕作戦は12月31日。
一か月もない。
分かっていたことなのに、数字を見ると急に焦る。
「…………」
でも、机の上にはノートもある。
そこには、この三日間で調べたことを全部書いていた。
地下で特に灰を大量消費している設備。優先して電気へ置き換えるべき場所。地下に残っている電気の知識と、逆に今の地下には足りないもの。
「……あ」
「何?」
「次は、この三日いらないんだ」
「…………」
イチカもノートを見る。
「そういうことになるね」
「12月1日に戻った時点で、もう全部分かってる」
「うん」
三日かけて調べたことを、次の時間では最初から知っている。
その三日を、別のことに使える。
『まず失敗しろ』
エルが言っていた意味が、少し分かった気がした。
失敗だけじゃない。
調べるのに使った時間も。
一度使えば、次からは削れる。
「…………」
これも攻略なんだ。
「じゃあ」
ノートを閉じる。
「今度こそ、ユウに会いたい」
「……分かった」
「どうやって呼ぼう」
「呼ばなくていいんじゃない?」
「え?」
「家に来れば?」
「…………」
「ああ」
その方が自然だ。
◇◇
夕方。
「お邪魔します……」
イチカの家。
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」
「いや……」
緊張する。
普通に考えれば、友達の家へ遊びに来ただけ。
でも。
これから会うのは。
地上側の工作員。
「…………」
しかも本人は、私がそのことを知っているなんて知らない。
「適当にしてて。多分もうすぐ帰ってくるから」
「うん」
待つ。
しばらくして。
玄関の方から音がした。
「ただいま」
「おかえり」
足音。
そして。
「姉さん、今日――」
部屋へ顔を出した男の子が、止まった。
「……誰?」
「学校の子。コトハ」
「ああ」
こっちを見る。
「初めまして」
笑った。普通に。
すごく感じがいい。
「あ、初めまして。えっと、私コトハっていいます」
「ユウです」
知ってる。
でも。初めまして。
「姉さんの友達?」
「うん」
「珍しいね」
「何が?」
「家に連れてくるの」
「そう?」
「そうだよ」
イチカ相手だと、普通にタメ口。
工作員。地上人類。ミカゲの親友。
知っていることと、目の前にいる人がなかなか繋がらない。
「じゃあ、ごゆっくり」
ユウが軽く笑って、そのまま部屋を出ようとする。
「あ」
「?」
「待って」
ユウが振り返った。
「何です?」
「えっと……」
急に緊張してきた。
「実は、私が今日ここに来たの、イチカに会うためだけじゃなくて」
「?」
ユウが足を止める。
「ユウに頼みたいことがあったから、家にお邪魔させてもらったの」
「僕に?」
「うん」
少し意外そうに自分を指す。
「初対面ですよね?」
「……そうだね」
「僕、何かできることあります?」
柔らかい声。
まだ何も警戒していないように見える。
横を見ると、イチカは何も言わずにこっちを見ていた。
「…………」
大丈夫。
言うしかない。
「一緒に、会いに行ってほしい人がいるの」
「会いに?」
「うん」
「誰です?」
一度、息を吸う。
「ミカゲ」
「…………」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
ユウの表情が止まった。
笑顔が消えたわけじゃない。驚いた声を出したわけでもない。
ただ、それまで何の引っかかりもなく続いていた会話が、そこでほんの少しだけ止まった。
「…………」
やっぱり。
知ってる。
でも次の瞬間には、ユウはさっきまでとほとんど変わらない顔に戻っていた。
「……すみません」
少しだけ首を傾げる。
「誰のことです?」