「――っ!」
飛び起きた。
反射的に自分の腕を見る。
曲がっていない。脚も、体も、全部元に戻っている。
「はっ……はっ……」
寮の部屋。
机の上の端末に表示されているのは、12月1日。
「……戻った」
また。
さっきまでの光景が頭に浮かぶ。
床に倒れたノノカ。
ありえない方向へ曲がっていった腕と脚。
「……ノノカ」
生きてる。
今なら、まだ生きてる。
そう思った瞬間、考えるより先にベッドから飛び降りていた。
◇◇
「――つまり、私たち2人とも死んで、コトハちゃんはまた12月1日に戻ってきた、と」
「……うん」
学校に着いてすぐ、ノノカを人のいない空き教室に連れてきた。
それから、前の時間で起きたことを最初から全部話した。
「なるほど」
「なるほどって……ノノカ死んだんだよ?」
「聞く限りでは、そのようですね」
「そのようですねって……」
ノノカは自分が死んだ話なのに、いつもとほとんど変わらない顔をしている。
ノノカの腕を見る。
普通だ。ちゃんとまっすぐ伸びている。脚も、体も、何もおかしくない。
分かってる。
今のノノカは死んでない。
でも、さっき見たものが頭から離れない。
「いきなりノノカの体がぐしゃってなって……そのあと私も同じ感じになって……」
思い出したら、体が痛くなってきた気がする。もちろん今はどこも怪我していないのに、腕をさすってしまう。
「……怖かった」
「そうですね」
ノノカは少しだけ困ったように笑った。
「私にはその時の記憶がありませんので、なんとも言えませんが……コトハちゃんは、もう2回も死んでいるんですね」
「……うん」
魔女に首を飛ばされて1回。
体がぐしゃぐしゃになって1回。
それに昨日――私にとってはさっき、学校では何人も死んだ。
名前すら知らない子が、目の前で死んでいた。
「あ、忘れてた。あのね、ノノカ」
「はい?」
鞄の中から、ノートを取り出す。
「これ」
「……これは?」
「朝起きたら、また机の上にあったの。前もそうだったんだけど」
ノノカに渡す。
ノノカは表紙を開き、最初に書かれている文章を見る。そのまま、少し動きが止まった。
「……これは、私の筆跡……?」
『コトハちゃん。
このような役目を押し付けてしまって、ごめんなさい。
でも、私にはこうするしかありませんでした。
コトハちゃん。
あなたのこれからの道に、祝福があらんことを』
「どういうことでしょうか。私には書いた記憶がありません」
「うん……前のノノカもそう言ってた」
「あら、こちらの方に書かれてあるのは、コトハちゃんの筆跡ですね」
『12月31日、学校に魔女がいっぱい来た。
天井が壊れて、そこから入ってきた。
私はノノカを助けようとして死んだ。
そのあと12月1日に戻った。
魔女は本来、地上にいる。地下に来ることは今までなかった。』
「それ、前に私が書いたやつなの」
「前、というのは?」
「さっき死ぬ前。ノノカと一緒に書いたの」
「なるほど……」
ノノカはしばらくノートを眺めていた。
「つまり、このノートに書いた内容は、コトハちゃんと一緒に時間を遡っているようですね」
「……やっぱりそうだよね」
今朝これを見つけた時から、そうなんじゃないかとは思っていた。
私が書いたものが、そのまま残っている。
「でも……」
ノノカが最初のページへ戻る。
「そうなると、こちらは何なのでしょう」
「……ノノカの字?」
「はい。コトハちゃんが最初にこのノートを見つけた時には、すでに書かれていたんですよね?」
「うん」
「ですが、私は書いていない」
「……うん」
2人でノートを見る。
分からない。
ノノカも少し考えていたけど、やがてノートを閉じた。
「今の情報だけでは分かりませんね」
「ノノカでも分かんない?」
「はい。分からないものは分かりません」
「そっか……」
ノノカが分からないなら、私が考えても多分分からない。
とりあえず今は置いておこう。
それより。
「でも、なんでいきなりノノカも私も死んじゃったんだろう……」
「そちらも考える必要がありますね」
ノノカが机の上にノートを置く。
「何か起きる直前に、普段と違うことはありませんでしたか?」
「普段と違うこと……」
前の時間のことを思い返す。
魔女が学校を襲ってきた。
いっぱい人が死んだ。
そのあと、ノノカと一緒にあの部屋へ行った。
「あ」
「何かありました?」
「前の時間で、ノノカが『上の人に相談しよう』って言ったじゃん」
「そうなんですね」
「それで、ノノカのつてで会わせてもらった人に、タイムリープのこと話したの。私たちだけじゃどうしたらいいか分かんなかったから、上の人に話したら何とかしてくれるかもしれないって思って」
「なるほど」
「その人が『他の人にも共有しておく』って言って……部屋を出て、ちょっとしたらノノカが死んだ」
ノノカが少し考え込む。
「……今の情報だけでは、原因を特定するのは難しそうですね」
「そうなの?」
「はい。大きく分けても、いくつか考えられます」
ノノカが指を1本立てる。
「1つ目。タイムリープしてから一定の時間が経過すると死亡する」
「時間?」
「はい。前回のコトハちゃんは、タイムリープしてからその日の放課後まで生きていました。ですから、例えば一定時間しかその時間にいられない、という可能性ですね」
「……それだったら、また今日も死ぬってこと?」
「そうなりますね」
「嫌なんだけど……」
「私も嫌ですね」
ノノカが2本目の指を立てる。
「2つ目。私たちが何か特定の条件を満たしたことで死亡した」
「条件って?」
「それが分かれば苦労しないのですが」
「だよね……」
「上の方に相談したことかもしれません。タイムリープについて話したことかもしれません。情報を知っている方が増えたことかもしれません。あるいは、それらとはまったく関係のない行動が条件だった可能性もあります」
「……多すぎない?」
「ですから、今は分からないんです」
「そっか……」
「そして3つ目」
ノノカが3本目の指を立てる。
「そもそも、タイムリープの仕組みで死んだわけではない」
「……どういうこと?」
「何者かに殺された、ということです」
「誰かに?」
「はい。私たちはほとんど同時に、同じような死に方をしています。何らかの攻撃を受けた、と考えてもおかしくはありません」
「でも、誰もいなかったよ?」
「見える相手とは限りませんし、離れた場所から攻撃する方法がないとも言い切れません」
「…………」
急に周りを見回したくなった。
もちろん、空き教室には私とノノカしかいない。
「怖いこと言わないでよ……」
「可能性のお話ですよ」
「それでも怖いの!」
ノノカが小さく笑う。
「とにかく、今はどれも確かめようがありません。情報が足りませんから」
「じゃあ、どうするの?」
「残しておきましょう」
「残す?」
ノノカが机の上のノートを見る。
「あ」
そうだ。
「書いとけばいいんだ」
「はい。今は分からなくても、次に何か起きた時に比べられますから」
「なるほど……!」
ノートを開き、ペンを持つ。
『突然死の原因候補
・タイムリープして一定時間経つと死ぬ?
・何か条件を満たすと死ぬ?
・誰かに攻撃された?
まだ分からない。』
そこまで書いて、少し考える。
「あ、上の人に話したことも書いといた方がいい?」
「そうですね。原因かどうかは分かりませんが、死亡する直前に起きたことは残しておいた方がいいでしょう」
「分かった」
その下に書き足す。
『死ぬ少し前にしたこと
・ノノカのつてで上の人に会った
・タイムリープについて話した
・その人が「他の人にも共有する」と言った
・部屋を出て少ししたらノノカが死亡
・その直後に私も死亡』
書き終えて、ノートを見る。
分からないことばっかりだ。
でも。
今は分からなくても、残しておけばいい。
次に何か分かった時、この中から違うものを消していけばいい。
「……よし」
ノートを閉じる。
「これで忘れないね」
「はい。少しずつ確かめていきましょう」
「でも、それまでどうする?」
「そうですね……少なくとも、前回死ぬ直前にしていたことは、できるだけ避けた方がいいでしょうね」
「死ぬ直前にしてたこと?」
「先ほど書いたものです。上の方に会ったこと。タイムリープについて話したこと。その情報が他の方にも共有されたこと」
「あ……」
「もちろん、この中に原因があるとは限りません。まったく関係がない可能性もあります」
「じゃあ、別に話しても大丈夫かもしれないってこと?」
「はい。ですが、大丈夫だとも分かっていません」
「……そっか」
もしタイムリープのことを話したのが原因じゃなかったら、何も起きない。
でも、もし原因だったら。
また、ノノカが死ぬかもしれない。
今度は話した相手まで巻き込むかもしれない。
「……じゃあ、話さない方がいいね」
「必要になるまでは、その方が安全だと思います」
「うん」
原因が分からないからこそ、同じことはしない。
少なくとも、何が私たちを殺したのか分かるまでは。
タイムリープのことは、私とノノカだけの秘密にしておこう。
◇◇
空き教室を出て、自分たちの教室へ戻る。
扉を開けたところで、足が止まった。
「……あ」
いた。
昨日――前の時間で、廊下に倒れていた子。
今は友達と話している。
笑っている。
普通に。
「コトハちゃん?」
「……あの子」
名前は、まだ思い出せない。
でも顔は覚えている。
先生に怒られていた顔も。
廊下で動かなくなっていた姿も。
今は生きてる。
当たり前なのに。
「……生きてる」
「前回の襲撃で亡くなった方ですか?」
「うん……」
このままだったら。
今日の放課後。
また魔女が来る。
あの子はまた死ぬ。
あの子だけじゃない。
点呼で返事をしなかった人たち。
顔に布をかけられて運ばれていた人たち。
全部、もう一度起きる。
「……止めなきゃ」
「はい?」
「今日の襲撃」
ノノカを見る。
「このままだったら、またみんな死んじゃう」
「……そうですね」
「何とかしないと」
でも、どうやって。
私じゃ魔女には勝てない。
ノノカと2人でも無理。
前回、何が一番まずかった?
みんな逃げるしかなかった。
なんで?
「あ……」
「どうしました?」
「じゃあさ。今日、訓練しなかったらいいんじゃない?」
「なるほど」
「だって前は、みんな訓練したから、魔女が来た時にはもう変身できなかったんでしょ? だったら今日は、変身できる時間を残しておけばいいじゃん」
「そうですね…….」
ノノカは少し考えて、頷いた。
「確かに。それなら魔女が来たとしても、前回のように一方的に襲われることはないでしょうね」
「でしょ!」
いける。
これなら、助けられるかもしれない。
「じゃあ先生に言おう!」
「なんと説明するんですか?」
「え?」
止まった。
「今日の放課後に魔女が襲ってくるので、訓練を中止してください、と?」
「……ダメ?」
「理由を聞かれるでしょうね」
「あ……」
タイムリープしたから知っています。
とは言えない。
話したら先生が死ぬ可能性もある。あくまで可能性だけど。
「じゃあ、今日魔女が来るってだけ……」
「なぜ知っているのか、と聞かれると思いますよ」
「うぅ……」
そうだった。
私が先生でも聞くと思う。
どうしよう。
魔女が来ることは分かっている。
でも、その理由を説明できない。
「何か、信じてもらう方法……」
考える。
今日起こること。
私は知ってる。
魔女が来ることも。
授業のことも。
訓練のことも。
今日が前と同じなら――。
「……あ!」
「どうしました?」
「分かった! 未来のことを言えばいいんだ!」
「未来のこと?」
「うん! 今日これから起きること、私知ってるじゃん。それを先生の前で当てたら、信じてもらえるんじゃない?」
ノノカが一瞬考える。
「なるほど。では、まだ起きていない出来事を先生の前で当てればいいわけですね」
「そう! それならタイムリープのこと言わなくてもいいでしょ?」
「ええ。少なくとも、コトハちゃんが何らかの方法で未来の情報を知っている、とは考えていただけるかもしれません」
「じゃあ、それでいこう!」
何が起きたっけ。
今日。
訓練中に――。
「照明!」
「照明?」
「訓練してる途中で、照明が全部消えたの。数秒くらいで戻ったけど」
「他には?」
「えっと……そのあと、高橋先生が校内放送で呼ばれてた。第2職員室だったと思う」
「それだけ具体的でしたら、2つとも当てれば偶然とは考えにくいでしょうね」
「うん!」
これならいける。
これなら先生に信じてもらえるかもしれない。
今日の襲撃を止められるかもしれない。
失敗したら、またあの光景を見ることになる。
「……絶対、信じてもらおう」
「はい」
◇◇
「先生!」
訓練場へ向かう途中、昨日と同じ先生を見つけて駆け寄った。
「雨宮? どうした」
「あの、今日の訓練のことで、お願いがあるんです」
「訓練?」
「はい。今日だけ、みんなの変身できる時間を残しておいてほしくて……」
先生の顔が分かりやすく怪訝そうになる。
「なぜだ?」
「それは……言えないんです」
「理由もなく訓練内容を変えろと?」
「……はい」
「無理だ」
即答された。
そりゃそうだ。
分かってたけど。
「でも、本当に必要なんです!」
「なら理由を話せ」
「それは……」
言えない。
先生がため息をついた。
「雨宮。何か事情があるなら聞く。だが、理由も分からないまま全員の訓練予定を変えることはできない」
「……」
大丈夫。
そのために来た。
「先生」
顔を上げる。
「聞いてください」
「なんだ?」
「これから、訓練場の照明が全部消えます」
先生が眉をひそめた。
「……何?」
「でも、数秒で戻ります」
先生は何も言わない。
私は天井の照明を見上げる。
数秒。
何も起こらない。
大丈夫。
絶対消える。
だって前は――。
パチン、と音がした。
「……!」
訓練場の照明が、一斉に消えた。
辺りが暗闇に包まれ、訓練場にいた生徒たちから驚いたような声が上がる。
『全員、その場で待機! 動くなよ!』
先生の声が響く。
そして、数秒後。
照明が一斉についた。
「……戻った」
よかった。
前と同じだ。
これなら先生に信じてもらえる。
これなら、みんなを助けられるかもしれない。
先生は照明を見上げたまま、何も言わない。
「先生」
「……今のを、どうして知っていた?」
「それは言えません。でも、もう1個あります」
「もう1個?」
「はい。このあと校内放送が流れます」
先生の表情が変わる。
「高橋先生が、第2職員室に呼ばれます」
「……何時だ?」
「え?」
「何時に放送が流れる」
「えっと……」
そこまでは覚えてない。
「分かりません。でも、訓練が終わったあとです」
先生は何も言わなかった。
◇◇
結局、訓練は予定通り行われた。
照明が消えるのを1回当てただけで、学校の予定を全部変えてくれるわけがない。
前と同じ訓練を終えて、変身を解除する。
でも、まだ終わってない。
「コトハちゃん」
「うん」
ノノカと一緒に校舎へ戻る。
お願い。
来て。
今だけは、前と同じことが起きて。
少し歩いた、その時だった。
頭上のスピーカーから、チャイムが鳴った。
『高橋先生。至急、第2職員室までお越しください』
「……!」
ノノカを見る。
ノノカもこちらを見ていた。
「当たった……!」
「はい」
急いで振り返る。
先生も放送を聞いていた。
さっきまでとは、明らかに顔が違う。
「先生!」
駆け寄る。
「……雨宮」
「信じてもらえますか?」
「……お前は、何を知っている?」
「今日の放課後、この学校に魔女が来ます」
「……魔女?」
「はい。それも1体とかじゃなくて、たくさん」
先生の表情が変わった。
「私たちのクラスは、もう今日の活動可能時間をほとんど使っちゃいました。でも、まだ実技が始まってないクラスがありますよね?」
「ああ。だが――」
「そのクラスの実技を止めてください」
先生をまっすぐ見る。
「全部の授業を止めなくてもいいんです。まだ変身できる人たちの時間を、放課後まで残しておいてほしいんです」
「雨宮、お前――」
「お願いします」
頭を下げる。
さっき教室で見たあの子の顔が浮かんだ。
今は生きている。
友達と話して、笑っていた。
でも、何もしなかったら。
今日の放課後、またあの廊下で倒れているかもしれない。
あの子だけじゃない。
返事のなかった名前も。
顔に布をかけられて運ばれていった人たちも。
まだ、みんな生きている。
「今日だけでいいんです」
顔を上げる。
「放課後に魔女が来た時、みんなが戦えるようにしてください」