走る。
前の時間で、ミカゲと一緒に通った道へ。
この時間が、あとどれくらい続くのかは分からない。
今日かもしれない。明日かもしれない。イチカが何日か止めてくれるかもしれないし、家に戻ったユウがすぐ別の方法で地上へ連絡するかもしれない。
何も分からない。
でも。
一時間あれば、一時間分調べられる。
そこで知ったことは、次の時間では最初から知っている。
「…………」
それでも。
本当にこれでいいのかという気持ちは、まだ消えていなかった。
この時間にいる人たちを置いて、次のために動く。
そんなこと。
納得なんてできない。
でも、今は。
走るしかなかった。
◇◇
「……あった」
前の時間で通った、地上門を使わない道。
一度しか通っていないから不安だったけど、ちゃんと覚えていた。
そこを抜けて。
地上へ出る。
「…………」
久しぶり。
いや。
私にとっては、そんなに久しぶりでもない。
でも、この時間では初めて。
「ミカゲ……」
どこにいるんだろう。
前の時間では、ミカゲの方から私を連れていった。
だから道は覚えてる。
でも、今どこにいるかまでは知らない。
「…………」
とりあえず、前に通った道を辿る。
崩れた壁。半分地面に埋もれた道路。骨組みだけになった建物の残骸。
どれも似たような景色に見えるけど、ところどころ覚えているものがあった。
そして。
「……あ」
思い出した。
秘密基地。
前の時間で、ミカゲに連れていかれた場所。
あそこなら。
「来るかも」
他に探す場所も思いつかない。
急いで向かった。
◇◇
「…………」
待つ。
誰も来ない。
「…………」
時間がない。
分かってるからこそ、一分が長い。
ここで待ってる間にも、ユウが報告してるかもしれない。
別の場所を探した方がいい?
でも、どこを。
「…………」
もう少し。
あと少しだけ待って、来なかったら――。
足音。
「!」
身体を起こす。
近づいてくる。
一人。
そして。
「…………!」
本当に来た。
ミカゲ。
前の時間で何度も見た顔。
でも向こうは、私を見た瞬間に足を止めた。
「……誰だ、お前は」
「あ」
そっか。
今のミカゲは。
私を知らない。
「コトハ。今のミカゲとは初めまして」
「…………?」
明らかに怪しまれた。
「なんで俺の名前を知ってる」
「それは……」
言えない。
タイムリープのことは。
もう絶対に言えない。
「と、とりあえず聞きたいことがあるの」
「質問してるのは俺だ」
「……はい」
怖い。
前の時間では一緒に行動してたから忘れてた。
知らない人から見たミカゲ。
普通に怖い。
「どこで俺の名前を知った」
「言えない」
ミカゲの目が険しくなる。
「じゃあ、ここをどうやって知った」
「それも言えない」
自分でも分かる。怪しすぎる。
「帰れ」
「待って!」
「帰れ」
「電気について聞きたいの!」
ミカゲが止まった。
「……電気?」
「うん。地下で使いたくて」
「地下?」
「…………」
「お前、どこから来た」
もう、隠す意味もない。
翼を出す。
「…………!」
「私、地下の人間なの」
ミカゲの身体が一瞬で強張った。
さっきまでとは違う。完全に敵を見る目だった。
「どうやってここまで来た」
「それは――」
「誰から地上のことを聞いた。電気をどこで知った」
「…………」
答えられない。
ミカゲが一歩、こっちへ来る。
「待って!」
「何だ」
「ユウ」
「…………」
「ユウは地下にいる」
空気が変わった。
「……ユウ?」
「うん」
「お前、あいつに何をした」
「…………」
まだ、何もしてない。
イチカだって絶対に何もしないと言っていた。
でも、それを言ったら意味がない。
「ユウを殺されたくなかったら」
言いたくない。
喉が詰まる。
「……私のお願いを聞いて」
「…………」
ミカゲの顔から表情が消えた。
「脅してるのか」
「……うん」
最悪だ。
自分でも分かってる。
次の瞬間、一気に距離を詰められて腕を掴まれた。
「っ……!」
「ユウはどこだ」
「地下」
「場所は」
「言えない」
腕を掴む力が強くなる。
「俺に何をさせる気だ」
「…………」
「答えろ」
「……電気に詳しい人に、会わせてほしい」
「…………」
「それだけ」
ミカゲは私を睨んだまま、しばらく何も言わなかった。
胸が痛い。
こんなお願いの仕方、したくなかった。
でも、もう引けない。
「……分かった」
ミカゲがようやく腕を離した。
◇◇
「地下では、ほとんどのものが灰で動いてる」
この三日間で調べたことを、できるだけ短く説明した。
空調。水循環。工場。農業設備。天井の照明。
その中でも、大型設備の消費量が特に大きいこと。
「地下が灰を使い続けたら、地上の人が困るんでしょ?」
「…………」
ミカゲは答えない。
「だから、灰を使わなくても地下が生活できるようにしたいの」
「それで電気か」
「うん」
分かってくれた。
「大型設備から電気に変えられれば、灰を使う量をかなり減らせると思う。そうしたら、地上に出る灰も減る」
「…………」
「だから、地上でどうやって電気を使ってるのか知りたい。どうやって作って、地下に持っていけばいいのか――」
「俺に聞くな」
「…………え?」
「俺は電気技師じゃない」
「…………」
そりゃ。
そうだ。
「じゃ、じゃあ誰に聞けばいいの!?」
「…………」
ミカゲは露骨に嫌そうな顔をした。
でも。
「来い」
「え?」
「話が聞きたいんだろ」
「う、うん」
「だったら来い」
◇◇
「地下で電気?」
案内された先で、設備を担当しているらしい男の人が眉を寄せた。
「……地下?」
「はい。地下で使うとしたら、何が必要なのか知りたくて」
「何でそんなことを?」
やっぱり。
そこから聞かれるよね。
「それは……」
「事情は聞かなくていい」
ミカゲが横から遮った。
男の人が怪訝そうにミカゲを見る。
「何だそれ」
「こいつの質問に答えてやってくれ」
「めちゃくちゃ怪しいんだけど」
「分かってる」
「分かってて連れてきたのかよ……」
それでも、ミカゲが連れてきたおかげで追い返されはしなかった。
「……で、どのくらいの電気が必要なんだ?」
「え?」
「家一軒か? 施設一個か? 街全体か?」
「あ」
持ってきた資料を開く。
「全部を一気には無理だと思うので、まず灰をいっぱい使ってる設備から変えたいです。空調と、水を循環させる設備と、工場の大きな機械とか」
「規模は?」
「それは――」
調べた。
三日かけて。
ノートを開いて、書いてある数字や設備の数を伝えていく。
途中から、相手の顔が変わった。
「……結構あるな」
「はい」
「これを全部?」
「最初は一部でもいいです」
「それでも、まず発電設備が要る」
「発電……」
「電気は勝手に出てこないからな。使うなら作らないと」
「…………」
ノートに書く。
『発電設備が必要』。
「地上では、どうやって作ってるんですか?」
「場所による。水が使えるところなら水力。風が安定してる場所なら風力。日が取れるところでは太陽光も使う。古い燃料式の設備を直して使ってる場所もある」
「そんなに?」
「一個に頼ったら、壊れた時に終わるからな」
「地下でもできます?」
「水力も場所次第。風力と太陽光は無理だろ」
「じゃあ……」
男の人が少し考える。
「候補なら地熱かな」
「地熱?」
「地下なら熱源が近い可能性はある。ただ、地下だから絶対使えるって意味じゃないぞ」
「何が必要ですか?」
「まず地質。熱源がどこにあるか。水が使えるか。掘れる場所なのか。それが分からないと何とも言えない」
書く。
急いで。
『発電候補――地熱』
『地下の地質、熱源、水を調査』
「それが分かったら作れます?」
「俺に聞くな。発電設備は専門じゃない」
「…………」
また。
「誰に聞けばいいですか?」
「それなら――」
次。
◇◇
「発電できても、それだけじゃ使えないよ」
「……え?」
次に紹介された人から、また新しい問題を出された。
作った電気を必要な場所まで送るための設備。電圧を変えるもの。配線や安全設備。
聞くたびに、ノートへ必要なものが増えていく。
「多い……」
「街を動かすならね。
「それに、そのままじゃ地下は電気では動かないよ」
「…………え?」
手が止まった。
「電気を持っていくだけじゃ駄目なんですか?」
「駄目。灰で動くように作られた機械なんだから、改造するか、電気で動くものに作り直さないと」
「…………」
そんなこと。
考えてなかった。
ノートに大きく書く。
『灰式設備は、そのままでは電気で動かない。電気式への改造が必要』
書き終わると、すぐに顔を上げた。
「改造するなら、誰に聞けばいいですか?」
「地下の設備がどういう構造なのか分からないと、こっちじゃ判断できないな。まずそっちを調べた方がいい」
「何を調べればいい?」
「動力部分。それから――」
聞いたことを全部書く。
次。
◇◇
「発電設備を作るのに、一番時間がかかるのは?」
今度は別の場所だった。
「場所が決まってないなら、まず調査だな。地熱を使うなら、掘ってみたら熱源がありませんでした、じゃ話にならない」
「じゃあ、先に使える場所を見つけないと駄目?」
「そういうこと」
書く。
『地熱が使える場所を先に探す』
「必要な設備は?」
「そこまで聞くなら、発電設備を実際に扱ってる人間の方がいい」
「どこにいますか?」
次。
◇◇
「この部品って、地下でも作れますか?」
「現物を見ないと分からないよ。材料と加工精度次第」
「じゃあ、何を持ってくれば分かる?」
「使える金属の種類と、加工設備。それから――」
また増えた。
地下へ戻ったら調べること。
地上で聞くこと。
持ってくるもの。
ノートの余白が、どんどん文字で埋まっていく。
◇◇
次に会った人からは、送電設備を作るだけでも大量の材料が必要だと教えられた。
別の人には、地下全体を一気に電気へ変えるなんて無理だと言われた。その代わり、灰の消費が特に大きい設備を一つ選んで、そこだけ先に置き換える方法なら試せるかもしれないとも言われた。
「じゃあ、最初に変える設備を決める」
書く。
「その試験にはどれくらいかかりますか?」
「だから、地下の設備を見ないと――」
「分かりました。じゃあ次に必要なのは、設備の構造」
また書く。
聞けば聞くほど、最初に考えていた「灰の代わりに電気を使う」からは遠ざかっていった。
発電すれば終わりじゃない。
電気を送らないといけない。
機械も作り替えないといけない。
そのためには地下の設備をもっと詳しく調べないといけないし、材料が足りるのかも確認しないといけない。
でも。
分からないことが増えるたびに、次に何をすればいいのかは少しずつ具体的になっていった。
◇◇
夕方になっても、私はまだ生きていた。
翌朝も。その次の日も。
その間ずっと、ミカゲに人を紹介してもらっては話を聞き、別の人を教えてもらえばそこへ行った。発電、送電、機械、材料。専門が違えば答えも違って、そのたびにノートのページが埋まっていく。
三日目には、ミカゲの方が不審そうに聞いてきた。
「お前、本当にユウを人質にしてるのか?」
「…………」
「何で電気のことしか聞かないんだ」
「…………」
「ユウを使って俺に何かさせたいなら、他にもあるだろ」
「…………」
「おい」
「次、誰に聞けばいい?」
「…………」
ミカゲがものすごく嫌そうな顔をした。
「答えろ」
「電気の方が先」
「お前な……」
ごめん。
でも。
今は。
一分でも。
◇◇
「次は、地下側の設備の構造が分からないと何とも言えないな」
「構造?」
「灰をどう動力に変えて、どこへ伝えてるのか。実物を見ないと、改造できるか判断できない」
「じゃあ、一回地下に戻って――」
その時だった。
右腕が、勝手に後ろへねじれた。
「…………え?」
ぐしゃり、と嫌な音がする。
痛みを感じるより先に、今度は左脚がありえない方向へ折れた。
「っ――」
身体が傾く。
何。
これ。
「おい!?」
ミカゲの声が聞こえる。
「…………あ」
認知人数。
誰かが、信じたんだ。
それが分かった直後、視界が完全に暗くなった。