「無理です」
「…………」
何を言われたのか、分からなかった。
大きな机。その向こうに座っている、何人もの地上人類。
隣にはミカゲがいて、私の手元には、地下の電気化についてまとめた資料が置かれている。
「…………なんで?」
やっと出たのは、それだけだった。
◇◇
時は巻き戻る。
12月1日。
残り、三回。
ノートには、前の時間で一か月かけて集めた情報が全部残っていた。
地熱を使える場所。必要な設備と材料。正しい部品の規格。灰式設備を電気で動かすための改造方法。試作で失敗した原因。会うべき技術者。
そして、12月6日に水循環設備が工作員に破壊されることまで。
前の時間では、12月30日にようやく最初の大型設備が動いた。
あと三日。
それだけ縮めれば、間に合う。
「…………」
今度は。
最初から全部、分かってる。
◇◇
イチカには、ノートのことと今までの時間で起きたことを話した。12月1日の魔女襲撃は任せて、ユウにはタイムリープのことを教えない。
地下で集める資料も、もう分かっていた。
どの設備を調べればいいのか。どこを測ればいいのか。どんな材料が使われているのか。
前は、必要な情報が何なのかを知るところから始めた。
今回は違う。
必要なものだけを集めて、次へ行く。
地上へ出た。
ミカゲには、また同じ嘘をついた。
『ユウを殺されたくなかったら、私のお願いを聞いて』
何度言っても、嫌なものは嫌だった。
でも、その先はもう迷わない。
会う人も。
聞くことも。
全部、ノートに書いてある。
◇◇
「まず、この部品を――」
「それ、前のやつだと合わないです」
「……何?」
「こっちで作ってください」
正しい寸法を書いた紙を渡す。
「なんで知ってる?」
「色々あって」
「またそれか……」
前の時間では、試作して。
失敗して。
原因を調べて。
作り直すまでに二日かかった。
今回は。
最初から正しいものを作る。
二日。
消えた。
◇◇
「地上側で作った部品を、そのまま地下の設備に――」
「繋がらないです」
「…………」
「規格が違うので、最初から地下側に合わせてください」
「お前、本当に何で知ってるんだ?」
「色々あって」
前の時間で、一度作り直した。
今回は。
最初から合わせる。
また。
時間が縮む。
◇◇
十二月十六日。
前の時間では、この日に水循環設備を壊された。
だから今回は、破壊に使われる場所だけ事前に使えない状態にして、重要な部品も別の場所へ移しておいた。
工作員そのものには手を出さない。
捕まえれば、また何が起こるか分からないから。
結果。
設備は壊れなかった。
「…………」
また。
前の時間で失った日数が消える。
二日。
一日。
半日。
少しずつ。
12月31日から、遠ざかっていく。
◇◇
12月37日。
「いける」
「…………」
「流すぞ」
「はい」
電気が通る。
地下全体へ水を送る設備が動き始めた。
でも、今回はそれだけじゃない。
空調。
工場。
農業設備。
灰の消費量が特に大きいものから、順番に切り替えてきた。
一つ。
また一つ。
灰の供給を止める。
それでも、設備は止まらない。
「…………」
動いてる。
灰を使ってないのに。
地下は。
ちゃんと動いてる。
「……できた」
前の時間では、12月30日にようやく一基。
今回は。
12月37日。
灰の使用量は、地上への影響を大きく減らせるところまで落ちていた。
「…………」
三日。
縮めた。
「間に合った……」
やっと。
本当に。
◇◇
これなら。
地下は、灰を使わなくても生きていける。
全部を一度に電気へ変えたわけじゃない。でも、このまま切り替えを続ければ、地上へ出る灰は大幅に減らせる。
だったら。
もう。
戦う必要はない。
「上に話を持っていける」
データを確認したミカゲが言った。
「本当?」
「ああ。ここまで数字が出てるなら、無視はできない」
「じゃあ……!」
終幕作戦を。
止められる。
◇◇
12月28日。
初めて入る場所だった。
今まで会ってきた技術者とも、ミカゲとも違う。
終幕作戦そのものについて判断できる人たち。
大きな机を挟んで、何人もの地上人類が座っていた。
私は、その前で全部話した。
地下で何に灰が使われていたのか。
それを、どこまで電気へ変えたのか。
実際に灰の使用量がどれだけ減ったのか。
今後、どの設備を切り替えていくのか。
資料も。
数字も。
全部見せた。
「地下は、灰を使わなくても生活できます」
誰も口を挟まない。
「全部を今すぐゼロにはできません。でも、このまま切り替えれば、地上に影響が出ないところまで減らせます」
ここまで。
何回死んだ?
何日使った?
何人に話を聞いた?
やっと。
ここまで来た。
「だから」
息を吸う。
「終幕作戦を止めてください」
沈黙。
返事を待つ。
そして。
「無理です」
「…………」
何を言われたのか、分からなかった。
「…………なんで?」
なんで。
「灰は減らせます」
「承知しています」
「だったら!」
「あなた方が灰を使用しなくなったとしても、終幕作戦は中止できません」
「…………?」
意味が分からない。
「なんで……?」
資料を見る。
間違ってない。
ちゃんと減ってる。
「だって、地下が灰を使ってるから、地上の人が生きられなくなるんですよね?」
「はい」
「じゃあ!」
「地下から排出される灰が、地上人類に被害を与えている。それは事実です」
「…………」
「あなた方が灰の使用量を減らしたことにも、大きな意味があります」
「だったら、なんで……」
「ですが」
静かな声だった。
「それは、終幕作戦を実行する最大の理由ではありません」
「…………」
何を。
言ってるの。
「では」
机の向こうにいる一人が、私を見る。
「Zデイをご存じですか?」
「…………」
初めて聞いた。
「Z……デイ?」
「はい」
「終幕作戦の日……?」
「違います」
即答だった。
「終幕作戦とZデイは、別のものです」
「…………?」
分からない。
何の話。
「Zデイって……何?」
少しだけ。
間があった。
「Zデイが発生すれば」
その人は。
何でもないことを説明するみたいに、静かに言った。
「地下も、地上も関係ありません」
「…………」
「ほぼ全ての人間が」
続く言葉を。
私はまだ知らない。
「最終的には、灰まみれになります」