「人類の歴史から話す必要があります」
「人類の歴史……?」
「はい。地上人類と地下人類は、最初から別の人類だったわけではありません」
「え?」
それは、知らなかった。
「現在では身体的な性質に大きな違いがありますが、元を辿れば同じ人類です」
「それまでは、違いがなかったってことですか?」
「そうです」
「そうなんだ……」
「今から数百年前。私たちが旧文明と呼んでいる時代に、大規模な灰災害が発生しました。大量の灰が環境中へ広がり、それまでの文明は崩壊しています」
「灰で……?」
「ええ。その際、生き残った人類は大きく二つに分かれました。地下へ避難した人々と、地上に残った人々です」
「じゃあ……」
「地下へ避難した人々の子孫が、現在の地下人類。地上に残って生き延びた人々の子孫が、現在の地上人類です」
「あ……」
地上人類と地下人類。
最初から二つだったんじゃない。
途中で分かれたんだ。
「その後、地下へ避難した人々は、低い濃度の灰が存在する環境で何世代も暮らし続けました」
「地下って、今は灰をエネルギーとして使ってますけど……」
「そうですね。現在ほど利用されるようになったのは後のことですが、地下では長い間、生活環境そのものに少量の灰が存在していました」
「はい」
「何世代もその環境で生き続けた結果、地下人類は少しずつ灰に強くなっていったのです」
「灰に強く?」
「身体へ入った灰をある程度扱い、そのエネルギーに耐えられるようになった、と考えてください」
「ああ……」
それなら分かる。
「だから、地下の人は灰を吸っても平気なんですか?」
「地上人類と比較すれば、かなり高い耐性があります。先ほど説明した天使も、その性質の延長にあるものです」
「なるほど……」
「一方、地上に残った人々は事情が違いました。旧文明が崩壊した当時、地上には極めて高い濃度の灰が存在していたからです」
「じゃあ、地上に残った人たちは……」
「大量の灰へ、突然曝されました」
「……大丈夫だったんですか?」
「大丈夫ではありませんでした。大部分の人間が死亡しています」
「そんな……」
「地下へ避難した人々のように、何世代もかけて少しずつ灰へ適応する余裕がなかったのです」
「じゃあ、生き残った人は?」
「灰を上手く制御できるようになったわけではありません。別の方法で生き残りました」
「別の方法?」
「身体そのものを、灰の多い環境でも生きられる形へ大きく変化させる方法です」
「身体を……」
「人間の姿を維持することより、生存を優先する。その性質が子孫にも受け継がれました」
「あ……」
魔女。
「だから、地上人類は魔女になるんですか?」
「そうです」
やっと繋がった。
地上人類と地下人類は、最初から違ったわけじゃない。
分かれてから、違う環境で何百年も生きてきたんだ。
「だから、同じ灰でも天使と魔女に分かれる……?」
「その理解で構いません」
「そっか……」
それに。
地上の人たちが灰をあんなに恐れていた理由も、少し分かった気がする。
「でも」
「何でしょう」
「人が灰まみれになる理由は分かりました。でも、それとZデイって何の関係があるんですか?」
「そうですね。その説明をする前に、一つ聞きましょう」
「?」
「灰とは、何だと思いますか?」
「……灰?」
「地下人類がエネルギーとして利用している灰です。元々何だったのか、知っていますか?」
「元々……」
考えたこともなかった。
灰は倉庫に大量にあって、必要なところへ運ばれて使われる。
私が知ってるのは、それだけ。
「……分かりません」
「《原鉱》です」
「げんこう?」
「非常に大きなエネルギーを持つ天然の鉱物です。簡単に言えば、特殊な石だと思ってください」
「石?」
「ええ。はるか昔から地下深部に存在していました。旧文明の人類が地下資源を採掘していた際に発見したものです」
「それが灰になるんですか?」
「順番に説明しましょう」
「あ、はい」
「原鉱を調べた旧文明の人々は、ごく少量から莫大なエネルギーを取り出せることを発見しました」
「そんなにすごい石なんですか?」
「ええ。その後、原鉱からエネルギーを取り出す技術が開発され、大量に利用されるようになります」
「............」
「原鉱からエネルギーを取り出すと、原鉱そのものが細かな粒子へ変わります」
「粒?」
「それが、《灰》です」
「……え?」
思ってもいなかった言葉だった。
「地下で使ってる灰って……その石からできてるんですか?」
「そうです。普通のものを燃やした後に残る灰とは、まったく別のものです」
「知らなかった……」
灰は、最初から灰としてどこかにあるものだと思ってた。
「そして重要なのは、原鉱が灰へ変わっても、その内部にまだ大量のエネルギーが残っているということです」
「まだ残ってる?」
「はい」
「あ」
それなら。
「だから、地下では灰をエネルギーとして使える?」
「その通りです」
「そういうことだったんだ……」
「原鉱は、エネルギー源として非常に優秀でした。ほんの少量からでも莫大なエネルギーを得られます」
「じゃあ、旧文明ではいっぱい使った?」
「ええ。しかし、問題がありました」
「灰?」
「そうです。灰は人体に有害です。原鉱を利用すればするほど、エネルギーと同時に灰も発生する」
「あ……」
「初めのうちは処理できていました。しかし原鉱の利用が広がるにつれ、発生する灰の量も増え続けた。やがて人類が処理できる量を大幅に超え、大量の灰が環境中へ広がりました」
「それが、さっき言ってた……」
「大規模な灰災害です」
便利だった。
でも、使うたびに危ない灰が出る。
それを使いすぎて、どうにもできないほど灰が増えてしまった。
「それで旧文明が……」
「崩壊しました」
「……じゃあ、その原鉱はどうしたんですか?」
「どうしたと思いますか?」
「え?」
急に聞かれた。
「えっと……使うのをやめた?」
「違います。旧文明の人類は、それを地下深くへ封じました」
「地下?」
「現在、地下人類が生活している場所よりも、さらに深いところです。残っていた大量の原鉱を隔離し、外部から遮断しました」
「封印したってことですか?」
「そう考えて構いません」
「でも、なんでそこまでするんですか? もう使わなければいいだけじゃ……」
「原鉱は、外気に触れるだけでも反応を始めるからです」
「……外気に?」
「ええ。外気に曝されると、原鉱は内部のエネルギーを放出しながら灰へ変化していきます」
「じゃあ、使ってなくても?」
「外気に触れていれば灰は発生します」
「だから、閉じ込めたんだ……」
そこで。
嫌な予感がした。
「……その封印って」
「永久には維持できません」
それって。
「旧文明が施した封印は、やがて限界を迎えます。その時期も、既に予測されています」
「それが……Zデイ?」
「はい」
やっとZデイが何かわかった。
「Zデイになったら、封印が壊れて……」
「大量の原鉱が外気に曝されます。地下深部には、今も莫大な量の原鉱が残っている」
「じゃあ、灰がいっぱい出る?」
「『いっぱい』では済みません。地下人類が日常的に使用している量とは、比較にならないほどの灰が発生します」
「そんなに……」
「その灰は、まず地下全域へ広がります」
地下に……。
「先ほど話しましたね。地下人類は全員、十分な量の灰を取り込めば天使になると」
「あ」
そこで。
嫌なことに気づいた。
「待って」
「?」
「じゃあ……Zデイで出る灰って」
まさか。
「普段は天使になれない人も、天使になるくらいの量なんですか?」
「はい」
「…………」
「正確には、それを遥かに超えます」
「え」
「Zデイが発生すれば、地下人類のほぼ全員が天使化します」
「…………え?」
一瞬、意味が入ってこなかった。
「ほぼ全員?」
「そうです」
「全員って……地下にいる人、ほとんど?」
「はい」
「天使じゃない人も?」
「関係ありません」
「子供も、大人も?」
「灰を取り込む量が必要量を超えれば」
「…………」
学校だけじゃない。
街を歩いてる人も。店にいる人も。家にいる人も。
今まで天使とは何の関係もなく生きてきた人たちまで。
「そんなの……」
地下中が。
天使になる。
「そんなことになったら……」
「そして、そこで終わりではありません」
「…………え?」
まだ。
これで終わりじゃないの?
「Zデイで発生する灰は、天使になるために必要な量を遥かに超えています。天使になった後も、さらに灰を取り込み続けることになる」
「それって……」
今度は。
カレン先輩が浮かんだ。
「灰まみれになる?」
「そうです」
「地下の人たちが……みんな?」
「最終的には、ほぼ全員が」
「そんな……」
「そして、もう一つ問題があります」
まだ、あるの?
「……何ですか?」
「灰まみれは、自身も大量の灰を排出します」
「あ……」
見た。
あの化け物が、ずっと灰を出していた。
「原鉱から大量の灰が発生する。それを浴びた地下人類が灰まみれになり、その灰まみれが新たな灰を排出する」
「じゃあ……灰がもっと増える?」
「そうです。増えた灰によって、さらに別の人間が灰まみれになる。そして、その人間もまた灰を排出する」
「止まらない……」
「そのままなら」
「……それで地上にも?」
「やがて到達します」
「地上に灰が行ったら……」
「地上人類は高濃度の灰へ曝されます。まず魔女になり、さらに大量の灰を取り込めば灰まみれになる」
「その灰まみれも……灰を出す?」
「はい」
「じゃあ……」
地下で始まったことが。
地上でも。
「それで全人類が……?」
「最終的には、地上人類も地下人類も、ほぼ全てが灰まみれになります」
これが。
Zデイ。
「なんとかする方法はないんですか?」
「そのために、終幕作戦があります」
「え?」
「終幕作戦は、Zデイが起きる前に地下人類を殲滅するための作戦です」
「……待ってください」
思わず遮った。
「地下の人を……全員?」
「地下人類が生きたままZデイを迎えれば、そのほぼ全員が灰まみれになる。そして、地下人類自身が新たな灰の発生源となります」
「でも、だからって……」
「その前に地下人類を排除し、少なくとも灰まみれによる灰の増加を防ぐ。それが終幕作戦の本当の目的です」
「そんなの……」
酷い。
地下の人たちは、Zデイのことなんて何も知らない。
普通に暮らしてるだけなのに。
それを全員。
「……でも」
じゃあ。
もしもを考える。
殺さなかったら?
さっき聞いた通りになる。
みんな灰まみれになって。
もっと灰が増えて。
地上まで届く。
「……終幕作戦をしたら」
「はい」
「地下の人は……死ぬけど」
言葉にするだけで嫌だった。
「地上の人は助かるんですか?」
「いいえ」
「……え?」
「確実に助かるわけではありません」
思ってもいなかった。
「なんで……?」
「地下人類を殲滅しても、地下深部にある原鉱は残ります」
「あ……」
「Zデイそのものは起きます。原鉱から発生する灰を止められるわけではありません」
「じゃあ、終幕作戦って……」
「地下人類が灰まみれになり、さらに大量の灰を増やす事態だけでも防ぐためのものです」
「それだけ?」
「それによって、地上人類が生き残れる可能性を少しでも上げます」
「可能性……?」
「はい」
「絶対じゃない?」
「残念ながら」
力が抜けた。
地下を電気に変えれば、地上も地下も助かると思った。
何回も死んで。
何回も失敗して。
やっと間に合わせた。
でも、駄目だった。
じゃあ終幕作戦なら。
地下の人たちは助からないけど、地上の人たちは助かるのかと思った。
それすら違う。
「……Zデイを止める方法は?」
「現在、我々は持っていません」
「ないんですか?」
「ありません」
誰も。
止め方を知らない。
「だからこそ、この情報は一般には公開していません」
「……どうして?」
「知ったところで、個人では逃げることも対処することもできません。それどころか、人類滅亡規模の災害が近いと公表すれば、社会そのものが崩壊する危険があります」
「社会が?」
「仕事をする者がいなくなれば、物流も止まる。インフラも維持できない。治安も悪化するでしょう。そうなれば、我々が行っている対策すら続けられません」
「……だから、みんなには言わない?」
「そうです」
「工作員にも?」
「知らせていません。任務に必要のない最高機密ですし、工作員は敵地で捕縛や尋問を受ける可能性もある。情報を持たせること自体が危険です」
「あ……」
だから。
ユウも。ミカゲも。エルも。
知らなかった。
「今回は、あなたが実際に地下の灰使用量を減らし、我々とは異なる方法を提示しました。そのため、例外的に情報を開示しています」
「……」
電気に変えても、駄目だった。
終幕作戦でも、駄目。
地下の人を全員殺しても、原鉱は残る。
その原鉱をどうにかする方法は、この人たちも知らない。
じゃあ。
どうすればいいの。
ノートがあっても、あと二回やり直せても。
やることが分からない。
今までは、失敗するたびに次にやることがあった。
でも今回は。
どこへ行けばいいのかも、誰に聞けばいいのかも、何をすればいいのかも分からない。
「人類滅亡って……」
声が、うまく出なかった。
電気に変えても駄目。
終幕作戦でも、確実には助からない。
それどころか、この人たちですらZデイを止める方法を知らない。
「……阻止できないの?」
誰も答えなかった。