「今日だけでいいんです。お願いです。放課後に魔女が来た時、みんなが戦えるようにしてください」
先生はしばらく何も言わなかった。
照明。
校内放送。
私は今日起きることを、2つ続けて当てた。
これなら、信じてもらえると思った。
「……雨宮」
「はい」
「お前が、何らかの方法でこれから起きることを知っている。それは認める」
「じゃあ!」
「だが、それと魔女が襲撃してくるという話は別だ」
「……え」
先生は腕を組む。
「照明が消えることと、高橋先生が呼び出されること。それを知っていたからといって、今日魔女が来るとまで断定できる根拠にはならない」
「でも、本当に来るんです!」
「なら、情報源を話せ」
「それは……」
言えない。
タイムリープのことを知る人が増えたら、また誰かが死ぬかもしれない。
「……言えません」
「なら、こちらも簡単に全校の予定を変更するわけにはいかない」
「でも……」
どうしよう。
せっかくここまで信じてもらえたのに。
「先生」
隣にいたノノカが口を開いた。
「訓練そのものを中止する必要はないのではないでしょうか」
「どういう意味だ?」
「これから実技を予定しているクラスだけ、活動可能時間を消費しない内容へ変更してください。座学でも、変身を必要としない訓練でも構いません」
先生がノノカを見る。
「全校の授業を中止する必要はありません。それに、今日1日だけです」
「……」
「コトハちゃんのお話が間違っていた場合に失うのは、一部のクラスの実技訓練だけです。でも、正しかった場合は――」
ノノカはそこで言葉を止めた。
先生の表情が少し変わる。
「……分かった」
「えっ」
思わず先生を見る。
「今日これから予定されている実技については、活動可能時間を消費しない内容へ変更する。ただし今日だけだ」
「……ほんとですか!?」
「ああ。ただし、何も起きなかった場合、明日以降まで同じ対応を続けることはできない」
「はい! ありがとうございます!」
思わず頭を下げた。
やった。
これなら。
これなら前みたいにはならない。
「やったよ、ノノカ!」
「はい。上手くいきましたね」
嬉しくて、思わずノノカの手を握る。
前は何もできなかった。
みんな変身できなくて、逃げることしかできなくて。
何人も死んだ。
でも今回は違う。
まだ活動可能時間が残っている天使がたくさんいる。
魔女が来ても、戦える。
助けられる。
◇◇
それから学校の空気は、一気に変わった。
今日これから予定されていた実技は、座学や活動可能時間を使わない訓練へ変更された。
タイムリープについては誰にも話していない。
先生たちに伝わっているのも、「放課後に魔女が襲撃してくる可能性がある」ということだけらしい。
それなら、大丈夫。
多分。
……人数制限が本当にあるのかすら、まだ分からないけど。
放課後が近づくにつれて、学校のあちこちに先生たちが配置され始めた。
活動可能時間を残している天使も、すぐに変身できる状態で待機している。
前とは全然違う。
廊下を歩きながら周りを見ていると、見覚えのある子がいた。
「……あ」
思わず足が止まる。
「どうしました?」
「……あの子」
友達と話して笑っている女の子。
前の時間で、授業中に寝て先生に怒られていた子だ。
そして。
魔女に襲われた後、廊下で倒れていた。
もう助けられないと、ノノカに言われた子。
今は普通に笑っている。
「……生きてる」
「コトハちゃん?」
「あ、ごめん。なんでもない」
当たり前だ。
まだ何も起きていないんだから、生きていて当然。
でも。
よかった。
今度は、死ななくて済むかもしれない。
「……絶対、助けようね」
「はい」
ノノカが小さく頷いた。
◇◇
放課後。
いつもの学校とは思えないくらい、静かだった。
校内に残っている生徒は、先生の指示で決められた場所に集められている。
活動可能時間を残している天使たちは、それぞれ配置についた。
私とノノカは、教室で待機していた。
私たちのクラスは、もう今日の実技を終えている。
変身できる時間はほとんど残っていない。
だから、今回も私たち自身は戦えない。
でも。
窓の外を見る。
校庭には、いつでも変身できる天使たちがいる。
先生たちもいる。
前みたいに、みんなが何もできないわけじゃない。
「……これなら大丈夫だよね」
「そうですね。少なくとも、前回と同じ状況にはならないと思います」
「うん」
怖い。
魔女が来ると思うと、やっぱり怖い。
でも、前とは違う。
今度は戦える人がいる。
前回の襲撃が起きた時間が近づいてくる。
時計を見る。
そろそろだと思う。
「……来るかな」
「来てほしくはありませんけどね」
「それはそうだけど……」
来ないでほしい。
でも、来る。
私は知っている。
少しして、時計の針が進んだ。
何も起きない。
「……まだかな」
「時間まで正確に覚えているわけではないんですよね?」
「うん。でも、このくらいだったと思う」
待つ。
5分。
何も起きない。
10分。
何も起きない。
廊下の向こうから、誰かが小さく話している声が聞こえる。
窓の外も静かなまま。
「……あれ?」
おかしい。
もう来ていた気がする。
前はこの時間には、学校中がめちゃくちゃになっていたはずだ。
「もう少し待ってみましょう」
「……うん」
さらに待つ。
15分。
20分。
何も起きない。
だんだん、周りの空気が変わってきた。
「本当に来るの?」
少し離れたところで、誰かが話している。
「先生たちがそう言ってたけど」
「でももう結構待ってない?」
聞こえてくる声に、胸がざわつく。
来る。
来るはず。
だって前は来たんだから。
「雨宮」
「っ、はい!」
教室に、あの先生が入ってきた。
「襲撃が起きるのは何時ごろだ?」
「えっと……正確には分かんないです。でも、もうすぐ来るはず、です」
「そうか」
「も、もう少し待ってください。多分、少し時間がズレてるだけで……」
「分かった。もう少し待とう」
先生はそれだけ言って、教室を出ていった。
怒られなかった。
でも、その方がなんだか怖かった。
「……私、間違えたのかな」
「何をですか?」
「本当は12月1日じゃなかったとか。私が日付、勘違いしてたとか……」
「ノートには12月1日と書いてありますよ」
「あ……そっか」
自分で書いた。
間違いない。
「それに、今日起こることも実際に2つ当てています。コトハちゃんの記憶そのものが間違っているとは考えにくいと思いますよ」
「じゃあ、なんで……」
「それは分かりません」
ノノカにも分からない。
また時計を見る。
30分。
来ない。
◇◇
「本日の警戒態勢は、ここまでとする」
先生の言葉に、周りにいた生徒たちが一斉に息を吐いた。
「各自、帰宅して構わない。ただし、念のため帰宅中も周囲には注意するように」
「先生!」
思わず声を上げる。
「もう終わりなんですか?」
「これ以上、何の兆候もない状態で全員を待機させ続けるわけにはいかない」
「でも、もしかしたらこれから――」
「雨宮」
先生が私を見る。
「お前が今日の出来事を事前に知っていたことは、私も見ている。だから嘘をついたとは思っていない」
「……」
「だが、少なくとも現時点で魔女は現れていない。それも事実だ」
「……はい」
何も言えなかった。
先生の言っていることは正しい。
警戒が解除される。
待機していた生徒たちが、少しずつ帰り始めた。
さっき見た女の子もいた。
友達と一緒に、普通に校門の方へ歩いていく。
生きてる。
誰も死ななかった。
よかった。
よかった、はずなのに。
「……ノノカ」
「はい?」
「なんで来なかったんだろう」
「……分かりません」
前、魔女が襲撃してきたのが12月1日。今日も12月1日。
なのに、魔女は来なかった。
「もしかしたら……」
一拍置いて、ノノカが続ける。
「私たちが行動したことで、未来が変わったのかもしれません」