「私たちが行動したことで、変わったのかもしれません」
「……じゃあ」
ノノカの言葉を聞いて、もう一度校門の方を見る。
生徒たちはもう帰り始めていた。前の時間で死んだあの子も、友達と一緒に歩いている。
「助けられたってこと?」
「可能性はありますね」
「私たちが訓練を止めたから、魔女が来なくなったとか?」
「それはまだ分かりません」
「そっか……」
でも、もしそうなら。
校門の向こうを見る。
前の時間で死んだあの子が、友達と何かを話しながら歩いている。
私にとってはつい最近、あの子はもう動かなくなっていた。名前も思い出せないまま、顔に布をかけられて運ばれていった。
でも今は、生きてる。
笑ってる。
前は何人も死んだ。
今回は誰も死んでいない。
未来が変わるなら。
あの人たちを、助けられる。
「前回と今回で、大きく違ったことは何でしょう」
「違ったこと……?」
考えてみる。
昨日は先生にお願いした。
訓練の内容も変わった。
みんなで放課後まで残った。
「……いっぱいある」
「そうですね。では、魔女が来た時のことだけで考えてみましょうか」
「魔女が来た時?」
「前回は、ほとんどの天使が戦えませんでした。ですが今回は――」
「あ、みんな戦えた」
「はい。活動可能時間を残していましたから」
「あ……じゃあ、それが関係あるってこと?」
「可能性はありますね」
「天使が戦えない時に、魔女が来る……とか?」
「今のところは、そう考えることもできます」
「だったら、明日も活動時間を残しておけばいいんじゃない?」
「そうですね。お願いしてみる価値はあると思います」
「よし!」
これなら分かりやすい。
明日も同じようにして、魔女が来なければいい。
……と思っていた。
◇◇
「駄目だ」
「ですよね……」
12月2日。
昨日と同じ先生にお願いしてみたけれど、返ってきた答えは予想通りだった。
「昨日はお前の話を受けて実技内容を変更した。だが、結局魔女は現れなかった」
「はい……」
「今日も同じ対応を取る根拠は?」
「……ないです」
何も言えない。
昨日の襲撃については、前の時間で実際に経験した。
でも今日のことは知らない。
「通常通り授業を行う。何か異常があれば、その時点で対応する」
「……分かりました」
先生のところを離れる。
「ダメだった……」
「仕方ありませんね」
「まあ、そうなるよね……」
私だって先生だったら、毎日授業を変えてと言われたら困ると思う。
その日は、予定通り実技訓練が行われた。
最後まで何度も周りを気にしていたけど、何も起きないまま訓練は終わった。
変身を解除する。頭上の輪と翼が消えると、体から灰色の粉がぱらぱらと落ちた。
「コトハちゃん、髪にもついていますよ」
「え、どこ?」
「そこです」
ノノカに言われたところを手で払う。実技場の床を見ると、私だけじゃなく、変身を解いたみんなの足元に灰が散らばっていた。
天使が変身すると出てくる灰。地下ではエネルギー源として使われていて、昔から残っている巨大な貯蔵庫がいくつもある。私たちから出た分も、少しだけど回収してそこへ回される。
「これで取れた?」
「まだ少し」
「取って取って」
「はいはい」
ノノカに髪を払ってもらいながら、ため息をつく。
もう今日は、ほとんど戦えない。
そう思った瞬間、前の時間の光景が頭に浮かんだ。
逃げる生徒たち。
廊下にいた魔女。
顔に布をかけられて運ばれていった人。
「……コトハちゃん?」
「ううん。なんでもない」
何も起きていない。
まだ。
そして放課後。
「……来ないよね」
「来ないに越したことはありませんね」
「うん……」
来てほしくない。
でも、もし昨日考えたことが正しいなら。
今日は、前と同じようにほとんどの天使が戦えない。
ノノカと2人で教室に残り、待つ。
前に魔女が来たくらいの時間。
何も起きない。
5分。
10分。
さらに待つ。
「……あれ?」
来ない。
「ノノカ」
「はい」
「活動時間使い切ったよね?」
「使い切りましたね」
「じゃあなんで来ないの?」
「……分かりません」
「うぅ……」
違った。
活動時間を使い切ったら襲われる、というわけではないらしい。
◇◇
『12月2日 襲撃なし』
ノートにそう書き込む。
「……で、他に何があるんだろう」
「条件になりそうなもの、ですか?」
「うん」
その日は結局、何も起きなかった。
寮へ帰ってからも、しばらく大きな音がするたびに体が反応した。
でも、魔女は来なかった。
12月3日。
ノノカと一緒に、空き教室でノートを眺めていた。
襲撃が起こる条件。
昨日からずっと考えているけど、全然分からない。
「活動時間は違った」
「そうですね」
「じゃあ……曜日?」
「12月1日と今日で曜日が違いますね」
「じゃあ違うかぁ……」
ノートに書いていた『曜日?』の横へ、大きく×を書く。
「訓練の内容とか?」
「前回の12月1日と昨日では、ほとんど同じ内容でした」
「じゃあそれも違う?」
「少なくとも、訓練内容だけが条件ではなさそうですね」
×。
「時間?」
「何の時間ですか?」
「……分かんない」
「では、いったん保留にしましょうか」
「うん……」
何なんだろう。
魔女が来る日と来ない日。
何が違うの。
その日も、何も起きなかった。
2日続けて何もないと、少しだけ気が緩んだ。
もしかしたら、もう襲撃は起きないんじゃないか。
そんなことまで考え始めていた。
◇◇
『12月3日 襲撃なし』
実技を終えて活動可能時間を使い切っても、昨日ほど怖くはなかった。
今日も何も起きなかった。
何も起きない日が続くほど、あの襲撃が少しずつ遠い出来事になっていく気がした。
ノートに文字が増えていく。
その横には、私とノノカが考えた条件が並んでいた。
『活動可能時間? ×』
『曜日? ×』
『訓練内容? ×』
『時間? ?』
『活動できない天使の人数? 多分×』
「もぉぉぉ! 何なのよ!」
机に突っ伏す。
「来ないのはいいけど! じゃあなんであの日だけ来たの!?」
「それが分かれば苦労しないのですが」
「そうなんだけど……!」
分かってる。
魔女なんて来ない方がいい。
誰も死なないし、私も怖い思いをしなくて済む。
でも、だったら余計に分からない。
なんで、あの日だけ。
「うぅ……分かんない……」
「私も今のところは分かりませんね」
「ノノカでも分かんないんだ……」
「残念ながら」
ノノカが分からないなら、私にはもっと分からない。
ノートを見る。
×ばっかり。
答えには全然近づいていない気がする。
「……じゃあ、今日の分も書いとこう」
「書くんですか?」
「うん」
ペンを持つ。
『12月4日 襲撃なし』
「だって、今分かんなくても、いっぱい書いてたら後で何か分かるかもしれないじゃん」
「……そうですね」
ノノカが少し笑った。
「では、分かったことだけでなく、その日に何をしたのかも書いておきませんか?」
「あ、それいいかも」
訓練内容。
活動時間。
放課後に何をしていたか。
覚えている範囲で書き足していく。
今は何の役に立つか分からない。
でも。
分からないなら、分かるまで残しておけばいい。
多分、そのうち何か見つかる。
◇◇
12月5日。
「……あれ?」
昼休み。
机の上に置いていたお菓子の袋を見る。
さっきまで3つあったはずなのに、2つしかない。
「ノノカ」
「はい?」
「私のお菓子食べた?」
「食べていませんよ」
「ほんと?」
「はい♪」
ノノカの机を見る。
私が買ったのと同じ包み紙が置いてある。
「……それ何?」
「証拠です」
「自白してるじゃん!」
「ふふっ」
「もう……食べたいなら言ってよ。あげるから」
「では、もう1ついただいても?」
「なんでそうなるの!?」
ノノカが楽しそうに笑っている。
なんだか、久しぶりだった。
普通に学校へ来て、どうでもいいことでノノカと話す。
ここ数日ずっと魔女のことばかり考えていたけど、何も起きない日が続いている。
今日も、多分何も起きない。
◇◇
「つ、疲れた……」
放課後。
今日も実技訓練で活動可能時間を使い切った。
ノノカと一緒に教室へ戻る。
「今日の分も書く?」
「まだ放課後になったばかりですよ」
「あ、そっか」
今日も『襲撃なし』。
多分そう書くことになる。
「帰ったら書こうかな」
「そうしましょうか」
鞄を持つ。
その時だった。
ドンッ!!
「…………え?」
体が固まった。
大きな音。
少し遅れて、廊下の向こうから悲鳴が聞こえる。
「きゃあああああっ!!」
嘘。
なんで。
「ノノカ……」
「はい」
「来た……!」
教室の外から、生徒たちが一斉に走っていく音が聞こえる。
「魔女!! 逃げて!!」
来た。
本当に来た。
今日?
なんで今日なの?
「コトハちゃん、行きましょう!」
「う、うん!」
廊下へ飛び出す。
逃げる生徒たち。
先生の怒鳴り声。
その向こうに、魔女がいた。
1体。
さらに奥にも。
また別の魔女が姿を現す。
「……っ」
怖い。
分かっていても、怖い。
変身しようとして――やめる。
できない。
今日も活動可能時間は全部使った。
「こっちです!」
ノノカに手を引かれて走る。
少し先で、魔女が生徒に襲いかかった。
「……!」
助けないと。
でも。
何もできない。
変身できない私が近づいたところで、一緒に殺されるだけだ。
分かってる。
でも。
まただ。
また、目の前にいるのに何もできない。
「コトハちゃん!」
「……うん!」
走る。
助けられない。
振り返ることもできない。
ごめん。
心の中で、それだけ言った。
前から何人もの生徒がこちらへ逃げてくる。
先生の誘導に従って、そのまま校舎の外へ出た。
外にも大勢の生徒がいた。
みんな魔女から離れるように走っている。
当然だ。
なのに、隣を走っていたノノカが突然足を止めた。
「ノノカ!?」
「…………」
ノノカは返事をしない。
上を見ている。
「何してんの! 逃げるよ!」
「……コトハちゃん」
「何!?」
つられて上を見る。
地下世界を覆う天井。
何も起きていない。
壊れてもいない。穴も空いていない。
「……?」
今度はノノカが、校舎の方へ視線を向けた。
魔女がいる。
校舎の奥から、また1体。少しして、さらにもう1体。
どれも、同じ方向から現れている。
ノノカの表情が変わった。
「……ノノカ?」
ノノカが私の手を掴む。
「コトハちゃん」
「な、何?」
「行きましょう」
「うん、早く――」
走り出す。
でも。
「……え?」
逆。
みんなが逃げている方向じゃない。
ノノカが走っているのは、魔女が来ている方向だった。
「ちょっ、ノノカ!? そっちじゃない!」
「こちらで合っていますよ」
「合ってない! そっち魔女いるんだけど!?」
「はい」
「はいじゃない!!」
ノノカは止まらない。
私の手を引いたまま、避難する人の流れに逆らって走っていく。
「ノノカ! どこ行くの!?」
「確かめたいことがあります」
「今!?」
「今でなければ、確かめられません」
ノノカが、魔女の現れる廊下の先を見る。
「この魔女たち――」
そして、小さく笑った。
「どこから来たのでしょうね?」