「――っ!!」
飛び起きた。
反射的に額を押さえる。何もない。血も出ていないし、穴が空いているわけでもない。
「はっ……はっ……」
まただ。
寮の部屋。ベッド。机。見慣れた景色。
また、戻ってきた。
端末を見る。12月1日だ。
「……何、今の」
何が起きたの。
ノノカが倒れた。血が出ていた。知らない男の子がいて、変な金属の道具を持っていて、それを私に向けて――。
「……ノノカ」
死んだ。
また。
さっきまで隣で喋っていたのに、一瞬で。
そのあと、私も同じもので殺された。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
あの場所は何だったの。なんで魔女があんなにいたの。あの男の子は誰だったの。あの道具は何?
それに。
「なんでノノカ、最後にあんなこと……」
『覚えてください!』
あの声が頭に残っている。
『見て! 今ここにあるものを全部! 観察してください!』
「……なんで?」
ベッドの上で膝を抱える。
覚えてどうするの。
もう死んじゃったのに。
いや。
「……あ」
机を見る。
ノートがある。
前の時間で書いたことを、そのまま次へ持ってきたノート。
「……そっか」
ノノカはこれを分かってた?
分かってたから、覚えてって言ったの?
そこまでは分からない。でも。
「……とりあえず、書こう」
ベッドから降りて、ノートを開く。
ペンを持つ。
忘れる前に。
◇◇
『12月5日。
魔女が来た。
魔女は地上から来たんじゃなかった。
学校から15分くらいのところに、魔女がたくさん閉じ込められている場所があった。』
そこまで書いて、一度手を止める。何があった。
思い出して。
『使われてないみたいな場所。
暗い。
大きくて重そうな扉。
中にもいくつか部屋がある。
柵の中に魔女がたくさんいた。数えられないくらい。』
道順も書く。
学校を出てどちらへ進んだか。どこを曲がったか。目印になりそうなもの。
途中からは文章で説明するのが難しくなって、簡単な地図を描いた。
「あと……」
あの男の子。
『男の子。
17歳くらい?
黒い服。短い髪。背が高い。
知らない人。』
そして。
ペンが止まる。
ノノカが倒れた。
あの音。
床に広がっていった赤。
「…………」
書かなきゃ。
『男の子が、見たことのない道具を持っていた。
金属。手で持てるくらい。筒みたいなところに穴がある。それをノノカに向けた。大きな音がして、ノノカが死んだ。
私も同じもので殺された。』
道具の形を思い出しながら、横に絵を描く。
上手くない。
でも、分かればいい。
最後にもう一度、最初から読み返した。
「……これで、全部かな」
多分。
忘れていることもあるかもしれない。
でも、覚えていることは書いた。
ノートを閉じる。
「……ノノカに見せよう」
◇◇
学校の空き教室。
ノノカは私が書いたページを、最初から順番に読んでいる。
その横顔を見ていると、さっきの光景が頭に浮かんだ。
大きな音。
床に倒れたノノカ。
頭の近くに広がっていった血。
思わず目を逸らす。
「コトハちゃん?」
「……なんでもない」
今は生きてる。
分かってるのに、どうしても重なって見えた。
「なるほど。私はまた死んだんですね」
「なんでそんな冷静なの……」
「私には死んだ記憶がありませんからね」
「私はあるんだけど……」
「それはお気の毒に」
「ノノカも死んだの!」
「それは大変でしたね」
「もう……」
なんか調子が狂う。
でも。
こうやってノノカと普通に話せるだけで、少し安心した。
「あのね。最後にノノカが『覚えて』って言ったの。だから、とりあえず覚えてること全部書いてみたんだけど」
「なるほど。それでこれだけ詳しく」
「うん」
ノノカがページをめくる。
そして、私が描いた金属の道具の絵で手を止めた。
「……コトハちゃん」
「何?」
「これ、拳銃ではないでしょうか」
「けんじゅう?」
「旧文明で使われていた武器です。旧文明史で習いましたよ」
「……そうだっけ」
「コトハちゃん、授業聞いていました?」
「…………多分」
「ふふっ」
「わ、笑わないでよ」
ノノカはもう一度絵を見る。
「実物は私も見たことがありませんが、特徴は一致しています。筒の先から非常に速い速度で小さな金属を飛ばして、離れた相手を攻撃する武器だったはずです」
「……じゃあ、これでノノカが」
「おそらく」
昨日――私にとっては昨日じゃないけど――の光景が浮かぶ。
ノノカへ向けられた穴。
大きな音。
その直後に、倒れた。
「……怖い武器だね」
「そうですね。少なくとも、何も知らない状態で相手をするのは危険そうです」
ノノカが次のページを見る。
魔女の隔離場所。
そこまでの道順。
「それにしても、こちらの方が問題ですね」
「魔女?」
「はい。魔女が地下にいるだけでも異常なのに、それが大量に閉じ込められている。そして、そこに人がいた」
「……うん」
「偶然とは考えにくいですね」
私にも、それくらいは分かる。
誰かが閉じ込めた。
多分、あの男の子も何か知ってる。
「……これ、このままにしてたら」
「はい?」
「12月5日に、また学校が襲われるんだよね」
「その可能性は高いでしょうね」
また、あの日みたいになる。
変身できないまま逃げて。
目の前で誰かが襲われても、何もできなくて。
「……それは嫌」
もう一度ノートを見る。
「だったら、12月5日まで待つ必要ないんじゃ」
「と、言いますと?」
「場所はもう分かってるんでしょ? だったら今のうちに行って、魔女が学校に来る前に何とかしようよ」
ノノカが私を見る。
「なるほど。確かに、襲撃されるのを待つ必要はありませんね」
「でしょ?」
「ですが」
「うん」
「私たち2人で、それだけの魔女を倒すんですか?」
「…………」
ノートを見る。
数えられないくらいの魔女。
ノノカを見る。
自分を見る。
「……無理」
「私もそう思います」
「だよね……」
どうしよう。
場所は分かったのに。
強い人。
魔女をいっぱい倒せるくらい強くて、信用できる人。
「…………あ」
「心当たりがありますか?」
「セナ先輩」
「セナ?」
「うん! ものすっごい強い先輩がいるの!」
あの人なら。
セナ先輩なら、何とかしてくれるかもしれない。
◇◇
「セナ先輩!」
「おや?」
廊下の向こうを歩いていた背の高い女の人が、こちらを振り返る。
「これはこれはコトハクン。どうしたんだい? 今日はまだ墜落してない?」
「してません!」
「あはは、それは何より!」
「もう、なんで会って最初に墜落の話するんですか!」
「いやぁ、コトハクンといえば墜落かなと思ってね」
「どういうイメージなんですか!」
セナ先輩が楽しそうに笑う。
相変わらずだ。
背が高くて、私より頭1つ以上大きい。立っているだけでも目立つのに、本人の性格まで明るいから余計に目立つ。
「それで? わざわざ私を探しに来たということは、このセナさんに何か用かな?」
「あ……はい」
返事をした瞬間、セナ先輩の笑顔が少しだけ変わった。
「ふむ」
「……?」
「今日は真面目なやつだね」
「分かるんですか?」
「そりゃあね。可愛い後輩の顔くらい見てるさ」
セナ先輩の隣にいたノノカを見る。
「あ、こっちはノノカ。同じクラスの子です」
「小鳥遊ノノカです。初めまして、セナ先輩」
「うんうん、初めまして! ノノカクンだね。よろしく!」
「よろしくお願いします」
「さて。コトハクンとノノカクンが2人揃ってこのセナさんを訪ねてきたわけだ。何やら面白そう……と言うには、ちょっと顔が真剣すぎるかな」
セナ先輩が私を見る。
「聞こうか」
「……はい」
◇◇
「地下に、魔女が大量にいる場所を見つけました」
セナ先輩が止まった。
「……地下に?」
「はい」
「魔女が?」
「はい」
「大量に?」
「……数えられないくらい」
「ふむ」
さっきまでの軽い調子が少しだけ消えた。
「それはまた、ずいぶん穏やかじゃない話だね。魔女は地上にいるものだと思っていたけど」
「私たちもそう思っていました」
ノノカが答える。
「ですが、実際に確認しています。学校から15分ほど離れた場所です」
「2人で行ったのかい?」
「……はい」
「それでよく無事だったね」
「無事じゃなかったです……」
「ん?」
「あ、いや……なんでもないです」
危ない。
死んだとは言えない。
ノートを開いて、男の子について書いたところを見せる。
「あと、そこにこのくらいの歳の男の子がいました。多分17歳くらいで……」
「この子が魔女を集めてる?」
「分かりません。でも、何か知ってると思います」
「なるほどね」
「それと、その人は拳銃を持っています」
セナ先輩が私の描いた絵を見る。
「拳銃?」
「旧文明の武器です」
ノノカが説明する。
「非常に速い金属を飛ばして、離れた相手を攻撃するものです」
「へぇ……これが」
セナ先輩は絵をしばらく眺めてから、私に返した。
「実物は?」
「私たちは見ました」
「なるほど」
「それで……セナ先輩」
「うん?」
「もしその人がいたら、殺さないで捕まえてほしいんです」
セナ先輩が少し目を細める。
「理由を聞いても?」
「何か知ってると思うからです。なんで地下に魔女がいるのかも、なんであんな場所に閉じ込められてるのかも」
「ふむふむ」
「……理由、全部説明できなくてごめんなさい」
「いいよ」
「……え?」
即答だった。
「いいんですか?」
「いいとも」
セナ先輩がにっと笑う。
「コトハクンがこんな顔して私を頼りに来るくらいなんだ。何かあるんだろ?」
「でも、本当に危ないんです。魔女もいっぱいいるし、拳銃も……もしかしたら――」
「だから私に頼みに来たんじゃないの?」
「……」
「困ったことがあったら、このセナさんに任せなさい!」
胸を張る。
いつものセナ先輩だ。
「それに、そんな危ないところへ後輩2人だけでもう一度行かせる方が、私は嫌だね」
「……セナ先輩」
「ということで決まり! 案内よろしく、コトハクン」
「……はい!」
◇◇
前と同じ道を進む。
私とノノカ。
その少し前を、セナ先輩が歩いている。
学校から離れて、使われていない区画へ入る。景色を見ていると、嫌でも思い出す。
ここを通った。この角を曲がった。
あの扉の向こうで、ノノカが死んだ。
そのあと、私も。
「……」
「コトハクン」
「え?」
「私より前に出ないで」
セナ先輩はこちらを見ていない。
「……はい」
「ノノカクンもね」
「分かりました」
「よろしい!」
それだけ言って、また歩き出す。
少しだけ、怖くなくなった。
◇◇
「ここです」
大きな扉の前。
前に来た時と同じ。
セナ先輩が扉を見る。
「ずいぶん頑丈そうだね」
「中に、いくつか部屋があります。それぞれ魔女が閉じ込められてて……」
「なるほど」
セナ先輩が変身する。
頭上に輪が現れ、背中から翼が広がった。手には長いステッキを持っている。
扉を開けようとするが、鍵が掛かっている。
「開かない……」
「ふむ。しょうがないなぁ、責任はすべて私が負おう」
「え?」
セナ先輩がステッキを振り上げ、そのまま扉をぶち破った。
大きな音がなる。
「ちょっ、セナ先輩!?」
「あちゃ、思ったよりも音が鳴っちゃったな」
この音に気づいて、男の子が来るかもしれない……。
あ、でもそしたら、むしろ捕まえて情報を聞き出せるかも。
「さあ、行こうか!」
中には、いくつもの柵。その1つに大量の魔女が閉じ込められていた。
「……これはまた」
セナ先輩が、柵の向こうを見た。
「本当にいたんだねぇ」
「……え?」
「いやぁ、地下に魔女が大量にいるなんて聞いた時は、さすがに半信半疑だったんだけど」
「信じてなかったんですか!?」
「そりゃそうだよ。魔女は地上にいるものだろう? 後輩二人がいきなり『地下に大量の魔女がいました』って言ってきて、はいそうですかとはならないさ」
「じゃあなんで来てくれたんですか!」
「本当だったら大変だからね。それに、君たち二人でもう一回ここへ来るって言うなら、放っておく方が怖いよ」
「…………」
それで一緒に来てくれたんだ。
信じてたからじゃなくて、信じられないけど、もし本当だったら困るから。
「まあ、結果として本当だったわけだけど」
セナ先輩が改めて柵の向こうを見る。
「……さて。どうしようかね、これ」
「倒さないんですか?」
「わざわざ柵を開けて?」
「……あ」
「閉じ込められてるなら、今すぐ危険はないだろう。それより――」
セナ先輩が周囲を見る。
「誰が、何のためにこんなものをここへ集めたのか。その方が気になるね」
その時、壊した扉の向こうに人影が現れた。
「……あ」
17歳くらいの男の子。黒い服。短い髪。
間違えない。
前の時間で、ノノカと私を殺した人。
「あの人……!」
男の子は、壊された扉と、その前に立つ私たちを見て足を止めた。
「……何してる」
「セナ先輩! あの人です!」
「ああ。聞いてた子だね」
男の子が服の中から拳銃を取り出す。
「セナ先輩、気をつけて!」
「……それが例の?」
銃口がセナ先輩へ向く。
パンッ!!
「セナ先輩!!」
あの音。
ノノカが死んだ時と同じ。
私が死んだ時と同じ。
また。
また目の前で――。
「……っぶな」
「……え?」
セナ先輩が立っている。
倒れていない。
制服の肩口が少し破れて、その下に細い傷ができていた。血が滲んでいる。
「セナ先輩……?」
「いやぁ、びっくりした。これは知らないと危ないね」
セナ先輩が自分の肩を見る。
男の子も驚いたようだった。
「……避けた?」
「完全には避けられなかったけどね」
セナ先輩の視線が、拳銃へ移る。
さっきまでの笑顔が少しだけ消えていた。
「なるほど。あの穴から、何かものすごく速いものが飛んでくるわけだ」
男の子がもう一度、拳銃を構える。
「セナ先輩!」
「大丈夫」
セナ先輩は男の子を見たまま、ステッキを握り直した。
「一回見たからね」
銃口が動く
セナ先輩も動いた。
パンッ!!
今度は当たらない。セナ先輩は銃口から身をずらすと、そのまま一気に距離を詰めた。
「よっと」
ステッキが拳銃を弾き飛ばす。そのまま男の子の腕を取り、床へ押さえ込んだ。
「ぐっ……!」
「はい、そこまで」
あっという間だった。
男の子が抜け出そうとするけど、セナ先輩はびくともしない。
「離せ!」
「それはできない相談だね」
セナ先輩が視線を落とす。
「さて」
声の調子が少し変わる。
周りには、柵の向こうに閉じ込められた大量の魔女。
壊された扉。
そして、地下ではほとんど見かけることのない旧文明の武器。
セナ先輩は、男の子をまっすぐ見た。
「君は誰だ?」
一拍。
「ここで、一体何をしている?」
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