モンドの街に、少しずつ日常が戻ってきていた。
風魔龍――トワリンの襲撃。
その影響は、まだ街のあちこちに残っている。
騎士たちは忙しく動き回り、壊れた場所の確認や修復を続けている。
それでも、人々は普段の生活を続けていた。
市場では店員が声を張り上げ、広場では子供たちが走り回っている。
酒場からは笑い声も聞こえてきた。
「……こういうのを見ると、少し安心するな」
俺は街を歩きながら呟いた。
「何がだ?」
隣を歩くおじさんが尋ねる。
「いや、風魔龍の騒ぎがあっただろ。もっと街全体がピリピリしてるのかと思ってた」
「そうか?」
「うん」
俺は周囲を見渡した。
「普通に生活してる人も多いし」
「人間は強いからな」
「おじさんが言うと妙に重いな」
「そうか?」
「そうだよ」
そんな会話をしながら、二人は冒険者ギルドへ向かっていた。
今日も何か依頼を受けるつもりだった。
この世界で生活するにはモラが必要だ。
文字も少しずつ覚えてきた。
食事も宿も必要になる。
そして何より――。
「日本に帰る方法も探さないとな」
「そうだな」
おじさんが頷く。
「そのためにも、まずはこの世界のことを知る必要がある」
「……珍しくまともなこと言うな」
「俺はいつもまともだ」
「それは違う」
俺は即答した。
その時だった。
「……ん?」
前方に、小さな女の子が歩いているのが見えた。
赤い服。
赤い帽子。
白い髪。
そして背中には、小さなバッグ。
俺は足を止めた。
「……え?」
見覚えがある。
いや。
見覚えどころではない。
知っている。
「……まさか」
俺の背中に、嫌な汗が流れた。
女の子がこちらを振り返る。
大きな目。
幼い顔。
そして――満面の笑顔。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
おじさんが普通に挨拶を返した。
俺も遅れて頭を下げる。
「こ、こんにちは……」
少女は二人をじっと見た。
「二人とも、旅人?」
「ああ」
おじさんが答える。
少女は首を傾げる。
「おじさんは旅人?」
「そうだ」
「じゃあ……」
少女が、俺を見る。
「一緒にいるお兄ちゃんも?」
「え?」
「この人も旅人?」
「あ、うん……まあ」
俺は苦笑した。
初対面の相手から突然「お兄ちゃん」と呼ばれるのは、なんだか妙な感じがする。
「ふーん!」
少女は楽しそうに笑った。
そして。
背中のバッグに手を伸ばした。
「ちょっと待って」
俺の声が低くなる。
「そのバッグ……何?」
「これ?」
少女がバッグを開ける。
「ボンボン爆弾!」
「やっぱり!」
俺は頭を抱えた。
そう。
この少女は――クレー。
モンドの西風騎士団に所属する、爆発大好き少女。
原神を知っている俺にとって、あまりにも有名な存在だった。
「おじさん、下がって!」
「なぜだ?」
「爆弾だから!」
「爆弾?」
おじさんの目が輝いた。
「……おじさん?」
「興味深いな」
「興味持つなよ!」
俺のツッコミが響く。
クレーが首を傾げた。
「おじさん、爆弾好き?」
「詳しく見てみたい」
「おじさん!」
「どういう構造なんだ?」
「知らないよ!」
クレーが大事そうに爆弾を抱える。
「クレーの大事な爆弾だよ!」
「そうか」
「触らないでね!」
「分かった」
「分かったならいいけど……」
俺は二人を交互に見る。
妙に会話が成立している。
嫌な予感しかしない。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「魔法使える?」
「ああ」
「どんな魔法?」
「いろいろだ」
「見せて!」
「いいぞ」
「ダメ!」
俺が間に割って入った。
「街中で魔法を見せるな!」
「なんで?」
クレーが不思議そうに首を傾げる。
「危ないからだよ!」
「じゃあ、爆弾は?」
「もっと危ない!」
「そっかー」
クレーは納得したように頷いた。
……納得してくれた。
俺は少し安心した。
その直後。
「じゃあ、ちょっとだけなら大丈夫?」
「何が!?」
クレーがバッグから別の爆弾を取り出した。
「待て!」
俺は慌ててその手を押さえる。
「クレーちゃん、それはしまおう!」
「えー」
「ここ街だから!」
「でも、小さいよ?」
「大きさの問題じゃない!」
おじさんが横から爆弾を見る。
「確かに小さいな」
「そこじゃない!」
俺が叫ぶ。
クレーは楽しそうに笑った。
だが。
「じゃあ、これあげる!」
「何?」
クレーがバッグから何かを出そうとする。
「待って!」
俺が慌てて手を押さえた。
「もう爆弾はいい!」
「お菓子かもしれないよ?」
「……本当に?」
「うん!」
クレーが取り出したのは――。
「爆弾だった」
「だと思ったよ!」
俺が頭を抱える。
クレーが笑う。
おじさんも少し笑っていた。
「仲良くなったな」
「どこを見てそう思った!?」
その瞬間。
クレーの手から爆弾が落ちた。
「え?」
俺の顔が青ざめる。
「クレー!」
爆弾が地面に転がる。
「おじさん!」
「任せろ」
おじさんが素早く動いた。
爆弾を拾い上げ、周囲を確認する。
近くには人がいる。
店もある。
「こっちは駄目だ」
おじさんは爆弾を持ったまま、人の少ない路地へ走った。
「そっち!」
俺が指を差す。
おじさんが路地の奥へ爆弾を投げる。
次の瞬間。
ドンッ!
小さな爆発音。
煙が上がった。
周囲から驚きの声が上がる。
「……大丈夫か?」
おじさんが戻ってくる。
「たぶん……」
俺は周囲を確認した。
怪我人はいない。
建物にも大きな被害はない。
「よかった……」
俺は胸を撫で下ろす。
クレーはというと。
「すごーい!」
目を輝かせていた。
「おじさん、すごいね!」
「そうか?」
「うん!」
「爆弾を持って走ったんだよ!」
「うん!」
「褒めるところじゃないから!」
俺は思わず叫んだ。
そこへ。
「クレー!」
今度こそ、はっきりした声が響いた。
ジンさんだった。
アンバーも一緒にいる。
「クレー!」
「アンバー!」
クレーが嬉しそうに手を振る。
アンバーは駆け寄ると、クレーの前で腰を屈めた。
「もう、心配したんだから!」
「ごめんなさい!」
「街中で爆弾を使っちゃ駄目でしょう?」
「……はい」
クレーがしょんぼりする。
ジンさんが静かに近づいてきた。
「クレー」
「はい……」
「こちらへ来なさい」
「……はい」
クレーは素直にジンさんのところへ歩いていった。
ジンさんはクレーの手を取る。
「おじさん、たかふみ」
「はい」
俺が返事をする。
「クレーを止めてくれて、ありがとうございます」
「いえ、俺たちも巻き込まれただけで……」
俺が苦笑する。
「特におじさんには助けてもらいました」
ジンさんがおじさんを見る。
「ありがとうございます」
「気にするな」
おじさんはクレーを見る。
「元気な子だな」
「元気で済ませていいのかよ」
俺が即座に突っ込む。
アンバーが吹き出した。
「ふふっ」
「笑わないでよ、アンバー……」
「ごめんごめん」
クレーが突然、おじさんを見上げた。
「おじさん!」
「なんだ?」
「また遊ぼうね!」
「ああ」
「爆弾で!」
「おう」
「おうじゃない!」
俺の声が街に響いた。
ジンさんは少しだけ目を閉じた。
「……クレー」
「はい」
「今日は騎士団で話をしましょう」
「えー……」
「話をしましょう」
「……はい」
クレーが肩を落とす。
それでも、最後には笑顔になった。
「ばいばーい!」
「またな」
クレーはアンバーとジンさんに連れられていった。
俺はその背中を見送る。
「……疲れた」
「そうか?」
「うん」
「だが、悪い子ではない」
「それは分かるよ」
俺は苦笑した。
「ただ……」
クレーの姿が遠ざかっていく。
「爆弾を持って走り回るのは勘弁してほしい」
「それもそうだな」
珍しく、おじさんが同意した。
俺は少し驚いた。
「おじさんもそう思う?」
「ああ」
「じゃあ、さっき爆弾に興味持ってたのは?」
「別の話だ」
「同じだよ!」
俺はまた突っ込んだ。
その後。
二人は冒険者ギルドへ戻った。
受付を済ませ、次の依頼について確認していると、先ほどの騎士団員がやってきた。
「おじさん、たかふみ」
二人が振り返る。
「先ほどはありがとうございました」
「いえ」
「クレーも、もう落ち着いています」
「それならよかった」
俺が答える。
騎士団員が少し笑った。
「そういえば、まだクレーにはお二人の名前をきちんと伝えていませんでしたね」
「ああ」
「先ほど騎士団のほうで簡単に自己紹介をしました」
「なるほど」
俺は頷いた。
これで納得できた。
クレーが俺たちのことを「おじさん」と「お兄ちゃん」と呼んでいたのも、まだ名前を知らなかったかららしい。
騎士団員が頭を下げる。
「それでは、失礼します」
「はい」
騎士団員が去っていく。
俺は隣のおじさんを見る。
「今日は本当に疲れたな」
「そうか?」
「クレーに会っただけでこれだよ」
「楽しかっただろう」
「……まあ」
俺は苦笑した。
クレー。
ゲームで知っていたキャラクター。
でも。
実際に会ってみると、画面越しに見るよりずっと元気で、ずっと危なっかしい。
「……この世界、思ってた以上に騒がしいな」
「まだ始まったばかりだ」
「それ、嫌な予言に聞こえるんだけど」
おじさんは答えなかった。
俺はため息をつきながら、冒険者ギルドの依頼書へ目を向ける。
日本へ帰る方法を探す。
そのためには、この世界で生きていかなければならない。
そして。
この世界を知る必要がある。
今日のクレーとの出会いも、その一つだった。
俺たちのテイワットでの日々は、まだ始まったばかりだった。