異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

11 / 11
第11話「断罪の皇女」

 冒険者ギルドは、今日も朝から賑わっていた。

 

 依頼を受ける冒険者。

 

 報酬を受け取る冒険者。

 

 仲間と話しながら掲示板を眺める冒険者。

 

 風魔龍――トワリンによる襲撃から、まだそれほど時間は経っていない。

 

 それでも、モンドの人々は少しずつ普段の生活を取り戻していた。

 

 俺は掲示板の前で、依頼書を眺めていた。

 

「……これにするか」

 

 隣から、おじさんが依頼書を覗き込む。

 

「魔物討伐か」

 

「ああ。モンド郊外に出た魔物を数体倒すだけみたいだ」

 

「簡単そうだな」

 

「昨日みたいな騒ぎにならなければな」

 

「クレーのことか?」

 

「そう」

 

 昨日のことを思い出す。

 

 街中を走り回るクレー。

 

 爆弾。

 

 追いかける俺たち。

 

 そして最後にはジンさんとアンバーに引き渡した。

 

 あれは依頼ですらなかった。

 

「今日は普通に終わらせたい」

 

「分かった」

 

「本当に分かってる?」

 

「何がだ?」

 

「いや……いい」

 

 俺は諦めて依頼書を手に取った。

 

 その時だった。

 

「――そこにいる者たち!」

 

「……?」

 

 背後から、妙に芝居がかった声が響いた。

 

 振り返る。

 

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 

 紫色の衣装。

 

 長い髪。

 

 そして、片目を覆う眼帯。

 

 隣には黒い鴉がいる。

 

「我が名は――」

 

 少女は胸を張った。

 

「フィッシュル! 断罪の皇女である!」

 

「……」

 

 俺は固まった。

 

 知っている。

 

 もちろん知っている。

 

 原神を知っている俺にとって、目の前の少女が誰なのかは一目で分かった。

 

 フィッシュル。

 

 そして隣にいるのはオズ。

 

 ゲームで何度も見たキャラクターだ。

 

 だが。

 

 実際に目の前で自己紹介されると、話が違う。

 

「……」

 

 何て返せばいいんだ?

 

 こんにちは?

 

 よろしく?

 

 それとも――。

 

「断罪の皇女……?」

 

 俺が小さく呟く。

 

「そうだ!」

 

 フィッシュルが力強く頷いた。

 

「我こそは闇夜を統べる運命の――」

 

「お嬢様」

 

 黒い鴉が口を挟んだ。

 

「まずは普通に挨拶されたほうがよろしいかと」

 

「オズ!」

 

 フィッシュルが振り向く。

 

「これは我が威厳を示す重要な場面なのよ!」

 

「承知しております」

 

 オズは落ち着いて答えた。

 

「ですが、相手が困っています」

 

「……」

 

 俺は思わずオズを見る。

 

「分かるの?」

 

「はい」

 

「助かる……」

 

 フィッシュルがこちらを向く。

 

「では改めて――」

 

 少しだけ姿勢を正す。

 

「我はフィッシュル。断罪の皇女!」

 

「……たかふみ」

 

「たかふみ?」

 

「俺の名前」

 

「なるほど」

 

 フィッシュルが頷く。

 

「異界の旅人、たかふみか」

 

「そう」

 

 なんだか普通に話せている。

 

 いや。

 

 正確には、フィッシュルの言葉が独特なだけで、オズが補足してくれるから会話が成立している。

 

「そして、こちらは……」

 

 フィッシュルが隣を見る。

 

「我が眷属、オズ!」

 

「よろしくお願いします」

 

 オズが頭を下げる。

 

「こちらこそ」

 

 俺も頭を下げた。

 

 すると、フィッシュルがじっとおじさんを見る。

 

「では、そちらの者は?」

 

「俺はおじさんだ」

 

「おじさん……」

 

 フィッシュルが目を細める。

 

「異界の魔術師……」

 

「そういうことにしておいてくれ」

 

「お嬢様は、あなたを異界の魔術師と認識されたようです」

 

 オズが説明する。

 

「分かった」

 

 おじさんはあっさり頷いた。

 

 俺はおじさんを見る。

 

「もうちょっと警戒しろよ」

 

「何を?」

 

「いや……」

 

 この人に何を言っても無駄な気がする。

 

 フィッシュルはまだおじさんを観察していた。

 

「異界の魔術師よ」

 

「なんだ?」

 

「汝からは、不思議な力を感じる」

 

「ああ」

 

「我が知る元素とも異なるようだ」

 

「そうだな」

 

「いったい何なのだ?」

 

「精霊魔法だ」

 

 おじさんが答えた。

 

「精霊?」

 

 オズが反応する。

 

「精霊と契約し、その力を借りる魔法だ」

 

「なるほど……」

 

 オズが考え込む。

 

 フィッシュルの目が輝いた。

 

「異界の秘術……!」

 

「そんな大げさなものじゃない」

 

 おじさんが言う。

 

「いや、十分大げさだよ」

 

 俺は思わず口を挟んだ。

 

「この世界にはない力なんだから」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ」

 

 フィッシュルが一歩近づく。

 

「ならば、その力を我が目に示すがいい!」

 

「ここで?」

 

 俺が聞く。

 

「そうだ!」

 

「ギルドの中だけど」

 

「……」

 

 フィッシュルが周囲を見る。

 

 確かに、ここは冒険者ギルドだ。

 

「では、外へ!」

 

「いや、見せなくていいって」

 

 俺が止める。

 

 だが。

 

「少しならいいだろう」

 

 おじさんが言った。

 

「おじさん?」

 

「簡単なものなら問題ない」

 

 おじさんが片手を上げる。

 

「――ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 次の瞬間。

 

 小さな風が生まれた。

 

 掲示板から剥がれかけていた紙が、ふわりと浮く。

 

 床に落ちるはずだった紙が風に乗り、ゆっくりとおじさんの周囲を回った。

 

 フィッシュルが目を見開く。

 

「……!」

 

 オズも驚いている。

 

「風元素……ではありませんね」

 

「ああ」

 

「それなのに風を操っている」

 

「精霊の力だ」

 

 おじさんが簡単に答える。

 

 俺はため息をついた。

 

「だから、それを普通の魔法みたいに扱うなよ……」

 

「普通に使えるからな」

 

「使えることと普通であることは別だろ」

 

 フィッシュルが勢いよく振り返った。

 

「異界の魔術師!」

 

「なんだ?」

 

「汝の秘術――実に興味深い!」

 

「そうか」

 

「もっと見せてほしい!」

 

「依頼が終わったらな」

 

「本当か!」

 

「おじさん!」

 

 俺は思わず声を上げる。

 

「勝手に約束するなよ!」

 

「何か問題があるのか?」

 

「ある!」

 

 フィッシュルは嬉しそうに笑った。

 

「ならば、我も共に戦おう!」

 

「戦う?」

 

「ちょうど良い依頼があるではないか」

 

 フィッシュルが掲示板を見る。

 

「魔物討伐……」

 

 オズも依頼書を確認する。

 

「モンド郊外の魔物討伐ですね」

 

「これなら一緒に受けられそうだな」

 

 俺は依頼書を見た。

 

 確かに、人数が増えて困るような依頼ではない。

 

「おじさん」

 

「ああ」

 

「どうする?」

 

「構わない」

 

「じゃあ、決まりだな」

 

 こうして俺たちは、フィッシュルとオズと一緒に依頼を受けることになった。

 

     ◇

 

 モンド郊外。

 

 街から少し離れた草原を進む。

 

 風が吹き抜け、草が揺れている。

 

「この辺りだな」

 

 俺が依頼書を見る。

 

「魔物が出たのは」

 

「はい」

 

 オズが空から周囲を見渡している。

 

「……いました」

 

「どこ?」

 

「前方です」

 

 オズが翼を広げる。

 

「ヒルチャールが数体。さらに少し離れたところにも一体います」

 

 フィッシュルが弓を構えた。

 

「なるほど……」

 

 目つきが変わる。

 

「ならば、ここで我が力を――」

 

「おじさん」

 

「分かった」

 

「ちょっと待て!」

 

 フィッシュルが止める。

 

「まだ我が宣言を終えていない!」

 

「早く倒したほうがいいだろ」

 

 おじさんが歩き出す。

 

「だから待て!」

 

「敵が来てるぞ」

 

「む……!」

 

 ヒルチャールがこちらに気づいた。

 

「来た!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんが前に出る。

 

 光の剣が手の中に現れた。

 

「……!」

 

 フィッシュルが目を見開く。

 

「光の剣……!」

 

 おじさんは構わず走った。

 

 一体目。

 

 攻撃をかわす。

 

 二体目。

 

 横からの攻撃を光の剣で弾く。

 

 三体目。

 

 そのまま斬り抜ける。

 

「……」

 

 俺は呆気に取られていた。

 

「速いですね」

 

 オズも冷静に言う。

 

「うん……」

 

「敵は残り二体です」

 

「もう?」

 

「はい」

 

 おじさんが最後の一体を倒した。

 

 静かになる。

 

「……」

 

 フィッシュルが固まっていた。

 

「……」

 

 俺も何も言えない。

 

 オズだけが冷静だった。

 

「討伐完了です」

 

「早すぎるだろ……」

 

 俺が呟く。

 

 フィッシュルがようやく動いた。

 

「待て!」

 

「ん?」

 

 おじさんが振り返る。

 

「我の出番は!?」

 

「必要だったか?」

 

「……!」

 

 フィッシュルが絶句する。

 

 俺は思わず吹き出した。

 

「いや、悪い」

 

「笑うな、たかふみ!」

 

「だって……」

 

「我は断罪の皇女だぞ!」

 

「知ってるけど」

 

「ならば我の活躍を!」

 

「敵、もういないぞ」

 

「……」

 

 フィッシュルが拳を握る。

 

「次だ!」

 

「まだいるの?」

 

 俺が周囲を見る。

 

 その時。

 

「右側です!」

 

 オズの声が響いた。

 

「敵が一体!」

 

 草むらから魔物が飛び出してくる。

 

「来た!」

 

 フィッシュルが弓を構えた。

 

「今度こそ――」

 

 おじさんが一歩前へ出る。

 

「おじさん!」

 

「任せろ」

 

「任せるな!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 しかし、おじさんは止まらない。

 

 魔物が飛びかかってくる。

 

 おじさんが身をかわす。

 

 光の剣が一閃。

 

 魔物が倒れる。

 

「……」

 

 フィッシュルが震えている。

 

「おじさん……」

 

「なんだ?」

 

「次は我に任せて!」

 

「分かった」

 

「本当に!?」

 

「ああ」

 

 フィッシュルが満足そうに頷いた。

 

「ならば次なる敵を――」

 

「もういないです」

 

 オズが言う。

 

「……」

 

 フィッシュルが再び固まった。

 

 俺は肩を震わせた。

 

「……ごめん。もう無理」

 

「笑うな!」

 

「だって!」

 

 フィッシュルが怒っている。

 

 でも、本気で怒っているわけではないことは分かった。

 

 オズもどこか楽しそうだった。

 

「お嬢様」

 

「何よ!」

 

「今回は、敵が少なかったのです」

 

「そうね……」

 

「次回はもっと大きな依頼を受ければよいかと」

 

「なるほど!」

 

 フィッシュルがすぐに元気を取り戻した。

 

「たかふみ!」

 

「ん?」

 

「次はもっと強大な敵を!」

 

「……ほどほどにな」

 

「異界の魔術師も頼むぞ!」

 

「分かった」

 

「おじさんも普通に受けるなよ……」

 

 討伐を終えた俺たちは、街へ戻ることになった。

 

     ◇

 

 道中。

 

 フィッシュルはさっきの戦いについて熱心に話していた。

 

「先ほどの光の剣……実に見事だった」

 

「そうか?」

 

「うむ!」

 

「おじさん、褒められてるぞ」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 フィッシュルが少し驚いた顔をした。

 

「どうした?」

 

「いや……」

 

 フィッシュルはおじさんを見る。

 

「汝はずいぶん普通に話すのだな」

 

「普通だろ」

 

「そうね……」

 

 オズが笑う。

 

「お嬢様が珍しく戸惑っております」

 

「オズ!」

 

「失礼しました」

 

 フィッシュルが咳払いをする。

 

「ともかく、汝らの力は理解した!」

 

「理解したの?」

 

「……少し」

 

「正直だな」

 

 俺は笑った。

 

 しばらく歩いていると、オズが俺に尋ねた。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

「あなた方は、これからどちらへ向かうのですか?」

 

「俺たち?」

 

「はい」

 

 俺は少し考えた。

 

「日本に帰る方法を探してる」

 

「日本?」

 

「ああ」

 

 フィッシュルもこちらを見る。

 

「汝らの故郷か?」

 

「そう」

 

「なるほど……」

 

 フィッシュルはしばらく黙っていた。

 

 そして、突然大きく胸を張った。

 

「ならば、我が運命の瞳に誓おう!」

 

「え?」

 

「汝らの旅路が、必ずや故郷へと続くことを!」

 

 俺は目を瞬かせた。

 

「……」

 

 何を言っているのか、よく分からない。

 

 オズがすぐに補足した。

 

「お嬢様は、あなた方が無事に故郷へ帰れるよう応援しているのです」

 

「ああ」

 

 そういうことか。

 

「ありがとう」

 

 俺が答える。

 

 隣のおじさんも頷いた。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 フィッシュルが満足そうに微笑む。

 

 俺はその様子を見て、思わず呟いた。

 

「そこだけ普通なんだよな……」

 

「何がだ?」

 

「おじさんだよ」

 

「俺はいつも普通だ」

 

「それは違う」

 

 即答した。

 

 オズが小さく笑う。

 

 フィッシュルも笑った。

 

「ふふ……」

 

 そのまま四人でモンドへ戻る。

 

 フィッシュルとは今日会ったばかりだ。

 

 それなのに、妙に印象に残る相手だった。

 

 大げさな言葉。

 

 独特な振る舞い。

 

 でも、その根っこにあるものは意外と真っ直ぐだ。

 

 そしてオズ。

 

 フィッシュルの言葉を理解し、必要なときには普通の言葉に訳してくれる。

 

 この二人は、かなり良いコンビなのだろう。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

 フィッシュルがこちらを見る。

 

「また会おう!」

 

「ああ」

 

「次に会う時は、我が華麗なる戦いを見せてやろう!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

「うむ!」

 

 フィッシュルが嬉しそうに笑った。

 

 モンドの街が近づいてくる。

 

 俺たちは冒険者ギルドへ向かう。

 

 依頼は無事に終わった。

 

 報酬ももらえる。

 

 そして、日本へ帰る方法は――まだ分からない。

 

 それでも。

 

 こうして少しずつ、この世界で知り合いが増えていく。

 

 それは悪いことではなかった。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「次の依頼は、本当に普通のやつにしよう」

 

「分かった」

 

「昨日はクレー。今日はフィッシュルだぞ」

 

「そうだな」

 

「明日はもっと普通の人に会いたい」

 

「それは無理じゃないか?」

 

「なんで?」

 

「ここは異世界だからな」

 

「……それもそうか」

 

 俺はため息をついた。

 

 そして、隣を歩くおじさんを見る。

 

「まあ……」

 

 少しだけ笑った。

 

「こういうのも、悪くないけどな」

 

「そうだな」

 

 モンドの風が、俺たちの間を吹き抜けていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。