冒険者ギルドは、今日も朝から賑わっていた。
依頼掲示板の前には何人もの冒険者が集まり、それぞれ目当ての依頼を探している。
俺も、おじさんと並んで掲示板を眺めていた。
「……今日はどれにする?」
「街道の魔物討伐でいいんじゃないか?」
おじさんが一枚の依頼書を指差す。
「危険度も高くないし、報酬も悪くない」
「じゃあ、それにするか」
最近はこうして、冒険者ギルドの依頼を受けることにも慣れてきた。
モラを稼ぐ。
この世界の文字を覚える。
生活に必要なものを揃える。
そして――日本へ帰る方法を探す。
やることはいくらでもある。
「おっ、二人ともいたのか!」
明るい声が聞こえた。
振り返る。
「ベネット」
「よう、たかふみ! おじさん!」
そこにいたのは、冒険者のベネットだった。
俺たちは、すでに何度か顔を合わせている。
冒険者ギルドで会うこともあれば、街で見かけることもある。
だから、今さら自己紹介するような関係ではない。
「今日も依頼探しか?」
「ああ」
俺が依頼書を見せる。
「これを受けようと思ってる」
「街道の魔物討伐か!」
ベネットが依頼書を覗き込む。
「ちょうどいいじゃん!」
「ベネットも?」
「俺も依頼を探してたんだ」
ベネットが笑う。
「なあ、よかったら一緒に行かないか?」
俺はおじさんを見る。
おじさんも特に反対する様子はない。
「俺は構わない」
「俺もいいよ」
「よし!」
ベネットが拳を握る。
「それじゃ、今日は三人で冒険だな!」
「……」
俺はベネットを見る。
なんとなく。
本当になんとなくだが。
嫌な予感がした。
◆
街を出て、街道を歩く。
「いい天気だな!」
ベネットが前を歩きながら言う。
「こういう日は冒険するのにぴったりだ!」
「そうだな」
おじさんが答える。
「たかふみはどうだ?」
「俺もまあ……」
その時だった。
――ガラッ。
「ん?」
ベネットが足を止める。
次の瞬間。
足元の地面が崩れた。
「うわっ!」
ベネットが慌てて飛び退く。
幸い、穴はそれほど深くなかった。
しかし。
「……あ」
ベネットの背負っていた荷物が大きく傾いた。
中身が一気に地面へ落ちる。
「うわぁぁっ!」
食料。
冒険道具。
ロープ。
何かの部品。
その他いろいろ。
街道に散らばっていく。
「……」
俺は無言でその光景を見た。
「……やっぱり始まった」
「何が?」
ベネットが聞く。
「いや、なんでもない」
俺はしゃがんで荷物を拾う。
「悪い!」
ベネットも慌てて拾い始めた。
「二人に手伝わせちゃったな!」
「気にするな」
おじさんも拾っている。
「ありがとう!」
ベネットが笑う。
俺はその笑顔を見ながら思った。
ベネットの不運。
ゲームで知っていた。
だが、こうして現実に目の前で起きると、思っていた以上にすごい。
「……これで全部?」
俺が聞く。
「えっと……」
ベネットが周囲を見る。
「あれ?」
「どうした?」
「食料が一つない」
俺たちも周囲を探す。
「あそこ」
おじさんが指差した。
少し離れた場所に袋が落ちている。
「助かった!」
ベネットが走り出す。
「待て」
おじさんが止めた。
「え?」
「その先は危ない」
見ると、袋のすぐ近くには地面の亀裂が走っていた。
「……うわ」
ベネットが止まる。
「危なかった……」
「だから確認してから動け」
「分かった!」
ベネットは素直に頷く。
そして荷物を拾い直した。
「よし!」
ベネットが立ち上がる。
「今度こそ大丈夫!」
「……」
俺はおじさんを見る。
「今の、フラグだよな?」
「たぶんな」
「だよな……」
ベネットは何も知らずに歩き始めた。
◆
それからしばらくは何事もなかった。
少なくとも、俺にはそう思えた。
だが。
「魔物だ!」
ベネットが叫んだ。
街道の先から、複数の魔物が姿を現す。
「数は?」
「十体くらい!」
ベネットが剣を抜いた。
「俺が前に出る!」
「分かった」
おじさんも光の剣を取り出す。
光の刀身が現れる。
「相変わらず、それ便利だな……」
「そうか?」
「そうだよ」
ベネットが振り返る。
「おじさん、その剣すごいな!」
「ありがとう」
「俺も負けないぞ!」
ベネットが駆け出した。
「行くぞ!」
炎元素を纏った剣が魔物を斬り払う。
「おおっ!」
そのまま次の敵へ向かう。
しかし、左右から魔物が迫っていた。
「ベネット、右!」
「分かった!」
ベネットが振り返る。
炎を纏った剣で魔物を弾き飛ばす。
その隙を狙って、別の魔物が飛び込んだ。
「危ない!」
俺が叫ぶ。
だが。
おじさんがすでに動いていた。
「そこだ」
一閃。
魔物が吹き飛ぶ。
「助かった!」
「周囲を見ろ」
「了解!」
ベネットが頷く。
「たかふみ、左は?」
「二体!」
「分かった!」
ベネットが走る。
俺は周囲を確認する。
「正面にも三体!」
「おじさん!」
「任せろ」
光の剣が閃く。
魔物が次々と倒れていく。
ベネットは前線で敵を引きつける。
おじさんは隙を見つけて敵を倒す。
俺は後方から状況を伝える。
思ったより、三人の役割は噛み合っていた。
「右!」
「了解!」
「後ろ!」
「任せろ!」
「おじさん、正面!」
「ああ」
最後の魔物が倒れた。
「……終わった?」
ベネットが周囲を見回す。
「終わったな」
おじさんが光の剣を消す。
「やった!」
ベネットが拳を握る。
「三人で倒したな!」
「ああ」
俺も頷く。
「たかふみ!」
「ん?」
「さっきの指示、助かった!」
「そう?」
「ああ!」
ベネットは嬉しそうだった。
「俺、一人で突っ込むことが多いからさ!」
「それは危ないだろ」
「よく言われる!」
「直したほうがいいぞ」
「努力する!」
「……本当に?」
「たぶん!」
「そこは自信持てよ」
思わず笑ってしまう。
ベネットも笑った。
「でも、楽しかったな!」
「ああ」
おじさんが答える。
「悪くない連携だった」
「だろ?」
ベネットは嬉しそうに胸を張った。
◆
依頼先へ到着し、周辺を確認する。
街道に出ていた魔物を倒したことで、依頼は無事に達成できたようだった。
「これで終わりだな」
「よし!」
ベネットが拳を握る。
「報酬をもらいに帰ろう!」
「元気だな……」
「冒険者だからな!」
ベネットは笑った。
三人で街道を戻る。
行きと違い、帰り道は穏やかだった。
少なくとも、しばらくは。
「……」
俺はベネットを見る。
「……」
何も起きない。
さらに歩く。
何も起きない。
「……今日は大丈夫なのか?」
「何が?」
「いや、こっちの話」
そう思った直後。
――ガシャン!
「うわっ!」
ベネットが飛び上がった。
足元には壊れた木箱。
「……」
俺は黙った。
「俺、何もしてないぞ?」
ベネットが困った顔をする。
「そうだな」
おじさんが答える。
「ただ歩いただけだ」
「だよな!」
「でも壊れた」
「なんでだよ!」
ベネットが叫ぶ。
俺は思わず吹き出した。
「……悪い」
「たかふみ、笑っただろ!」
「いや……ごめん」
「ひどいな!」
そう言いながらも、ベネットは笑っている。
「まあ、こういうこともある!」
「前向きだな」
「落ち込んでも仕方ないからな!」
ベネットは壊れた木箱を片付け始めた。
おじさんも手伝う。
「ありがとう」
「気にするな」
「二人ともいい奴だな!」
「そうか?」
「そうだよ!」
ベネットが笑う。
その笑顔を見て、俺は少し感心した。
不運。
失敗。
トラブル。
それが何度起きても、ベネットは諦めない。
むしろ、それを笑い飛ばして前へ進む。
「……すごいな」
「何が?」
「いや」
俺は首を振った。
「なんでもない」
◆
冒険者ギルドに戻る。
依頼達成を報告すると、報酬が支払われた。
「やった!」
ベネットが喜ぶ。
「これで次の冒険の準備ができる!」
「ちゃんと貯めろよ」
「もちろん!」
「……本当に?」
「もちろん!」
ベネットは胸を張った。
少し間を置いて。
「……たぶん!」
「やっぱり信用できない」
「ひどいな!」
ベネットが笑う。
俺も笑った。
こうしてみると、やっぱり悪い奴じゃない。
むしろ、かなり付き合いやすい。
原作で知っていた人物と実際に話す。
最初の頃は、それだけで妙な感覚があった。
けれど。
ここで会うベネットは、ゲームのキャラクターではない。
実際に笑って。
失敗して。
それでも立ち上がる。
一人の冒険者だ。
「今日はありがとな!」
ベネットが言う。
「こちらこそ」
おじさんが答える。
「また一緒に依頼を受けようぜ!」
「ああ」
「たかふみも!」
「もちろん」
ベネットは満足そうに頷いた。
「じゃあ、俺は次の依頼を探してくる!」
「まだ行くのか?」
「まだ元気だからな!」
「……すごい体力だな」
「冒険者だから!」
ベネットは笑いながらギルドの奥へ向かっていった。
俺はその背中を眺める。
「……なんだかんだ、いい奴だったな」
「そうだな」
おじさんも頷いた。
「不運だけどな」
「そこも含めてだろ」
「そうかもしれない」
俺は少し笑った。
ベネットとは、すでに顔見知りだった。
これまでも何度か話したことはある。
でも、こうして一緒に依頼を受けたことで、今までより少しだけ距離が近くなった気がする。
「また一緒に行くことになりそうだな」
「そうだな」
おじさんが答える。
「次は何が起こるか分からないが」
「……それ、考えたくないな」
俺は苦笑する。
風魔龍。
魔物。
異世界。
日本へ帰る方法。
この世界では、何が起こるか分からない。
それでも。
一人で抱え込む必要はないのかもしれない。
冒険者ギルドで出会った仲間たち。
ジンさんやアンバー。
クレー。
フィッシュルとオズ。
そしてベネット。
少しずつ、この世界で知り合いが増えている。
「さて」
おじさんが立ち上がる。
「次の依頼を探すか?」
「いや、今日は休もう」
「珍しいな」
「さすがに疲れたよ」
「そうか」
二人でギルドを出る。
モンドの街には、いつもの風が吹いていた。
風魔龍の事件が終わったわけではない。
まだ不穏なものも残っている。
それでも。
こうして笑える時間がある。
それは悪くなかった。
「おじさん」
「なんだ?」
「明日はもっと平和な依頼にしよう」
「分かった」
「魔物も少なくて、爆発もなくて、不運も起きないやつ」
「そんな依頼があるのか?」
「……知らない」
「なら難しいな」
「だよな」
二人は顔を見合わせる。
そして、笑った。
この世界での生活は、まだ始まったばかりだった。