異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第14話「猫の手も借りたい」

 モンドで暮らし始めて、少しずつ生活のリズムができてきた。

 

 朝起きる。

 

 食事をする。

 

 冒険者ギルドへ行く。

 

 依頼を探す。

 

 依頼を受ける。

 

 終わったら報酬をもらう。

 

 そして宿へ戻る。

 

 日本にいた頃とは、まるで違う。

 

 それでも、毎日続けていると不思議なもので、少しずつ慣れてくる。

 

「……今日は何にする?」

 

 俺は冒険者ギルドの掲示板を眺めながら尋ねた。

 

「簡単な依頼でいい」

 

 隣に立つおじさんが答える。

 

「珍しいな」

 

「なぜだ?」

 

「いつもなら『強い魔物はいないのか』とか言いそうなのに」

 

「今日は腹が減っている」

 

「理由それ?」

 

 俺は苦笑した。

 

 昨日はモナと会った。

 

 一昨日はベネットと依頼を受けた。

 

 その前はフィッシュルと一緒に魔物討伐。

 

 毎日のように新しい人と出会っている。

 

 それ自体は悪くない。

 

 むしろ、この世界で生きていくなら、人との繋がりは大事だ。

 

 ただ――。

 

「最近、知り合い増えたな……」

 

「そうだな」

 

「最初はアンバーと蛍、パイモンくらいだったのに」

 

「今ではかなり増えた」

 

「騎士団にも顔を覚えられてきたし」

 

「いいことだろう」

 

「まあね」

 

 俺は掲示板に貼られていた依頼書を何枚か眺める。

 

 討伐。

 

 採取。

 

 荷物運び。

 

 街の外へ出るものから、街の中だけで終わるものまで様々だ。

 

「これにしよう」

 

 俺は一枚の依頼書を取った。

 

「何だ?」

 

「酒場への荷物運び」

 

「それだけか?」

 

「うん。簡単そうだし」

 

「分かった」

 

 二人はギルドを出た。

 

 モンドの街は今日も平和だった。

 

 風が吹き、旗が揺れている。

 

 市場では店員が声を張り上げ、通りを歩く人々もいつも通りだ。

 

「こういう日が続けばいいんだけどな」

 

 俺が呟く。

 

「風魔龍の件もまだ終わったわけではない」

 

「分かってる」

 

 街の外には魔物がいる。

 

 アビスの動きもある。

 

 そして何より、二人はこの世界に来たばかりだ。

 

 安全とは言い切れない。

 

 だからこそ。

 

 こういう普通の日が、少し嬉しかった。

 

「……ん?」

 

 酒場へ向かって歩いていると、前方に小さな人影が見えた。

 

 猫耳。

 

 小さな身体。

 

 弓を背負っている。

 

 俺は足を止めた。

 

「……ディオナ?」

 

 名前が自然と口から出た。

 

 少女が振り返る。

 

「……誰よ、あんたたち」

 

 警戒するような目。

 

 俺は少し驚いた。

 

 ゲームで知っているキャラクター。

 

 でも、実際に目の前にいると印象が違う。

 

 ディオナはおじさんをじっと見た。

 

「……そっちの変なおじさん」

 

「変なおじさん?」

 

 おじさんが自分を指差す。

 

「そうよ」

 

「そうか」

 

「なんでそんな普通に返すのよ……」

 

 ディオナの眉がぴくっと動いた。

 

「あなた、怪しい」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

「なぜ?」

 

「……」

 

 ディオナが言葉に詰まる。

 

 おじさんがあまりにも普通だからだ。

 

「異世界から来たって聞いたけど」

 

「そうだ」

 

「そんな簡単に認めるの?」

 

「隠しても仕方ない」

 

「……」

 

 ディオナは俺を見る。

 

「ねえ、こいつ本当に大丈夫なの?」

 

「まあ……」

 

 俺は少し考えた。

 

「怖くないから」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「でも怪しいじゃない」

 

「それは否定しない」

 

「おい」

 

 おじさんが俺を見る。

 

「冗談だよ」

 

 ディオナは呆れた顔をした。

 

「……あんたたち、変なコンビね」

 

「よく言われる」

 

「誰に?」

 

「最近会った人たちに」

 

「それなら本当に変なのね」

 

 ディオナは小さくため息をついた。

 

 そのとき、俺は手にしていた依頼書を見る。

 

「そうだ」

 

「何?」

 

「酒場への荷物運びをするんだけど、ディオナも一緒に来る?」

 

「なんであたしが?」

 

「いや、近くにいたから」

 

「……」

 

 ディオナは依頼書を見る。

 

「酒場?」

 

「うん」

 

「……ちょっと手伝ってあげてもいいけど」

 

「助かる」

 

「別にあんたたちのためじゃないからね!」

 

「分かった」

 

「だから、そういう普通の返事やめてよ!」

 

 ディオナが少し怒った。

 

 俺は思わず笑ってしまう。

 

「何笑ってんのよ!」

 

「いや、ごめん」

 

「……もう」

 

 こうして三人で依頼へ向かうことになった。

 

     ◆

 

 街の外へ出ると、空気が少し変わった。

 

 街中よりも静かだ。

 

 風が草原を揺らしている。

 

「この先に荷物を届ければいいんだな?」

 

 おじさんが依頼書を見る。

 

「そう」

 

 俺が答える。

 

「そんなに遠くない」

 

「なら早く行きましょう」

 

 ディオナが先頭を歩く。

 

 小さな身体なのに、歩く速度は意外と速い。

 

「ディオナ、速いな」

 

「これくらい普通よ」

 

 振り返りながら答える。

 

「……あんたたち、冒険者なの?」

 

「最近なった」

 

「へえ」

 

 ディオナが二人を見る。

 

「戦えるの?」

 

「おじさんは」

 

 俺は少し間を置く。

 

「俺は……」

 

 自分を指差す。

 

「情報担当かな」

 

「何それ」

 

「戦うのは得意じゃない」

 

「ふーん」

 

 ディオナは少し考える。

 

「じゃあ、危なくなったらあたしが守ってあげる」

 

「え?」

 

「勘違いしないでよ」

 

 ディオナはそっぽを向く。

 

「あんたたちが怪我すると依頼が面倒になるだけだから」

 

「ありがとう」

 

「……だから普通にお礼言わないでよ」

 

「なぜだ?」

 

「調子が狂うの!」

 

 俺は笑った。

 

 この子、かなり素直じゃない。

 

 そんなことを考えていた、そのときだった。

 

「止まって」

 

 ディオナが足を止めた。

 

「どうした?」

 

「何かいる」

 

 草むらの向こうから音がする。

 

 俺は目を凝らした。

 

「……ヒルチャール?」

 

「三体」

 

 ディオナが弓を構える。

 

「こっちに気づいたみたい」

 

 草むらからヒルチャールが飛び出してきた。

 

「来るぞ!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 ディオナが矢を放つ。

 

 氷の力をまとった矢が一体の足元を凍らせる。

 

「今!」

 

 おじさんが動いた。

 

 光の剣が一閃する。

 

 ヒルチャールが吹き飛んだ。

 

「……え?」

 

 ディオナが目を丸くする。

 

 残り二体がこちらへ向かってくる。

 

「右!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんが横へ動く。

 

 攻撃を避け、そのまま一体を斬り倒す。

 

「左からもう一体!」

 

 ディオナが振り向く。

 

「分かってる!」

 

 矢が飛ぶ。

 

 氷が敵の動きを止める。

 

 そこへ、おじさんが最後の一撃を入れた。

 

 静かになった。

 

「……終わった?」

 

 ディオナが周囲を見る。

 

「終わった」

 

 おじさんが答える。

 

「……」

 

 ディオナはおじさんを見る。

 

「強いじゃない」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 少しだけ、警戒が薄れたように見えた。

 

「さっきまで変なおじさんだと思ってたけど」

 

「今は?」

 

「……ちょっと変なおじさん」

 

「ほとんど変わってないな」

 

 俺が笑う。

 

「何よ」

 

「いや、なんでもない」

 

 ディオナは弓をしまった。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「ちゃんと仲間を守ろうとしてるのは分かった」

 

 おじさんは少しだけ頷いた。

 

「当然だ」

 

「……そう」

 

 ディオナは小さく笑った。

 

「なら、悪い人じゃないのかもね」

 

 俺はその言葉を聞いて、少し嬉しくなった。

 

 この世界に来てから、こうやって少しずつ人との関係が増えている。

 

 それは、思っていたよりも悪くない。

 

     ◆

 

 依頼先へ到着すると、荷物を渡す。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 依頼主からモラを受け取る。

 

「これで終わりだな」

 

 俺が言う。

 

「うん」

 

 ディオナが頷く。

 

「じゃあ、あたしは帰る」

 

「一緒に戻る?」

 

「……まあ、いいけど」

 

 三人で街へ戻る。

 

 帰り道は、行きよりも少し静かだった。

 

 しばらく歩いたところで、ディオナがぽつりと口を開く。

 

「ねえ」

 

「何?」

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「その魔法」

 

「精霊魔法か?」

 

「それ」

 

 ディオナが興味深そうに見る。

 

「元素じゃないんでしょ?」

 

「そうだ」

 

「……変なの」

 

「そうか?」

 

「でも」

 

 ディオナは少し考えてから言った。

 

「仲間を守るのには使えるんだね」

 

「ああ」

 

「なら、いいんじゃない」

 

 それだけ言うと、ディオナは前を向いた。

 

 俺は思った。

 

 この子なりの評価なんだろう。

 

「ありがとう」

 

 おじさんが言う。

 

「……だから、そういうの!」

 

 ディオナが振り返る。

 

「普通にお礼言わないでよ!」

 

「なぜだ?」

 

「恥ずかしいの!」

 

「そうか」

 

「もう……!」

 

 俺は吹き出した。

 

「何笑ってんのよ!」

 

「ごめんって」

 

     ◆

 

 モンドへ戻ると、昼を少し過ぎていた。

 

 酒場の前を通る。

 

 中から賑やかな声が聞こえてくる。

 

「……ちょっと寄っていく?」

 

 俺が尋ねる。

 

「俺は構わない」

 

「じゃあ、軽く食べよう」

 

 三人で酒場へ入る。

 

 ディオナは少し嫌そうな顔をした。

 

「……酒場、嫌いなんだけど」

 

「そうなの?」

 

「大人がお酒ばっかり飲んでるから」

 

「なるほど」

 

 おじさんが料理を眺める。

 

「これは美味そうだ」

 

「何頼む?」

 

「これだ」

 

 おじさんが料理を指差す。

 

 料理が運ばれてくる。

 

 おじさんは一口食べた。

 

「……」

 

「どう?」

 

 俺が聞く。

 

「日本の味とは違うな」

 

「そりゃそうだろ」

 

「だが、これはこれで悪くない」

 

「珍しく普通の感想だな」

 

 俺も料理を食べる。

 

「……うん」

 

「美味いだろう?」

 

「まあね」

 

 ディオナも少しだけ料理を見る。

 

「……あたしは甘いものがいい」

 

「頼めばいいだろ」

 

「おじさん、分かってるじゃない」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 ディオナは少し笑った。

 

 さっきまでの警戒した表情は、もうほとんどない。

 

 俺はそれを見ながら思った。

 

 モンドに来たばかりの頃。

 

 俺たちは誰も知らなかった。

 

 アンバー。

 

 ジンさん。

 

 ガイアさん。

 

 リサさん。

 

 ノエル。

 

 蛍。

 

 パイモン。

 

 そして、最近出会ったフィッシュル、ベネット、モナ。

 

 今日もディオナと知り合った。

 

 少しずつ。

 

 本当に少しずつだけど。

 

 この世界での人間関係が広がっている。

 

「……なんか」

 

「何だ?」

 

「いや」

 

 俺は笑った。

 

「こっちで生活してるって感じがしてきたな」

 

「そうだな」

 

 おじさんも頷く。

 

「日本へ帰る方法は、まだ分からないけど」

 

「ああ」

 

「それでも、ここで生きていく必要はある」

 

「その通りだ」

 

 ディオナが二人を見る。

 

「何の話?」

 

「日本に帰る話」

 

「日本?」

 

「俺たちの故郷」

 

「ふーん」

 

 ディオナは少し考える。

 

「じゃあ、帰れるといいね」

 

「……うん」

 

 俺は笑った。

 

「ありがとう」

 

「別に」

 

 ディオナはそっぽを向く。

 

「……」

 

 そんな穏やかな時間が流れていた。

 

 風魔龍の事件。

 

 アビスの暗躍。

 

 異世界から来た二人。

 

 そんな大きな問題を、一度忘れられるくらいに。

 

 モンドの日常は、普通に続いていた。

 

     ◆

 

 その頃。

 

 モンドから少し離れた場所。

 

 人の姿はない。

 

 崩れた遺跡の奥で、一体のアビスの魔術師が立っていた。

 

「……異界の力」

 

 静かな声が響く。

 

 手元に集めた情報を確認する。

 

「元素とは異なる」

 

 その周囲には、いくつかの痕跡が残されていた。

 

「そして、あの人間たちは……」

 

 魔術師が目を細める。

 

「何者なのだ?」

 

 答える者はいない。

 

 風だけが吹き抜ける。

 

「いずれ、確かめる必要があるな」

 

 魔術師はその場を離れていった。

 

 まだ。

 

 二人はそのことを知らない。

 

 モンドの日常の裏側で。

 

 別の物語が、静かに動き始めていた。

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