異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第15話「図書館の魔女」

 モンドでの生活にも、少しずつ慣れてきた。

 

 最初の頃は、街を歩くだけでも妙に緊張した。

 

 モラの価値も分からない。

 

 文字も読めない。

 

 どこへ行けば何があるのかも分からない。

 

 それが今では、冒険者ギルドで依頼を受け、報酬をもらい、宿へ戻る。

 

 そんな生活が、少しずつ当たり前になっていた。

 

「……慣れるもんだな」

 

 俺は、モンドの街を歩きながら呟いた。

 

「何がだ?」

 

 隣を歩くおじさんが聞き返す。

 

「この世界で生活すること」

 

「そうだな」

 

「最初は本当にどうなるかと思ったけど」

 

 俺は周囲を見渡した。

 

 行き交う人々。

 

 露店。

 

 西風騎士団の騎士。

 

 冒険者たち。

 

 見慣れてきたモンドの街並み。

 

「文字だけは、まだ全然だけど」

 

「前より読めるようになっただろ」

 

「簡単なものならね」

 

 俺は少しだけ胸を張った。

 

「だから今日は図書館」

 

「本を読むのか?」

 

「勉強するんだよ」

 

「俺は必要ないぞ」

 

「おじさんはね」

 

 二人は西風騎士団の図書館へ向かった。

 

 目的は単純だった。

 

 テイワットの文字を覚えること。

 

 そして、もう一つ。

 

 日本へ帰る方法につながる情報を探すことだった。

 

     ◆

 

「まあ、いらっしゃい」

 

 図書館に入った二人を出迎えたのは、聞き覚えのある声だった。

 

 俺が顔を上げる。

 

「リサさん」

 

「あら、たかふみ。ちゃんと覚えていたのね」

 

「いや、さすがに覚えてますよ」

 

「ふふっ」

 

 リサさんは楽しそうに笑った。

 

「今日は何をしに来たのかしら?」

 

「文字の勉強です」

 

「文字?」

 

「この世界の文字、まだ完全には読めなくて」

 

「あら。それなら私に任せてちょうだい」

 

 リサさんは本棚から一冊の本を取り出した。

 

「まずは簡単な文章からね」

 

「お願いします」

 

 俺は机に座った。

 

 リサさんが本を開く。

 

「これは読めるかしら?」

 

「えーっと……」

 

 俺は文字を睨んだ。

 

 一文字ずつ追っていく。

 

「……モンド?」

 

「惜しいわね」

 

「違う?」

 

「文字の形は似ているけれど、ここは別の単語よ」

 

「マジか……」

 

 俺は頭を抱えた。

 

「ゲームで聞いてた名前と、実際の文字が違うのが地味に難しい……」

 

「ゲーム?」

 

 リサさんが首を傾げる。

 

「あ」

 

 俺は固まった。

 

「……いえ、なんでもないです」

 

「そう?」

 

 リサさんはそれ以上追及しなかった。

 

「じゃあ、もう一度読んでみましょう」

 

「はい」

 

 俺は再び文字を追う。

 

「……これは?」

 

「その単語は――」

 

 リサさんが読み方を教えてくれる。

 

 俺は何度か繰り返した。

 

 最初は分からなかった文字が、少しずつ意味を持って見えてくる。

 

「……なるほど」

 

「どう?」

 

「前より分かるようになってきました」

 

「いい調子ね」

 

 リサさんが微笑んだ。

 

 俺は少し嬉しくなる。

 

 この世界に来てから、何をするにも誰かの助けが必要だった。

 

 モラのことも。

 

 街のことも。

 

 依頼のことも。

 

 そして文字も。

 

 だからこそ、自分で読めるようになることには意味がある。

 

「……よし」

 

 俺はもう一度、本に目を落とした。

 

     ◆

 

 その少し離れた場所では、おじさんが別の本を眺めていた。

 

「おじさんは勉強しないの?」

 

「俺は読めなくても困らん」

 

「いや、困るだろ」

 

「たかふみが読めばいい」

 

「俺だけに押し付けるなよ」

 

 リサさんが小さく笑った。

 

「あなたたちは本当に仲がいいのね」

 

「そう見えます?」

 

「ええ」

 

 リサさんは二人を見比べた。

 

「それにしても……」

 

 視線がおじさんへ移る。

 

「あなたの魔法について、少し聞いてもいいかしら?」

 

 俺は一瞬だけおじさんを見る。

 

 以前から、おじさんの力には周囲が興味を示している。

 

 元素とは違う。

 

 アビスの力でもない。

 

 精霊との契約によって使う、異世界由来の魔法。

 

 ただ、それを毎回詳しく説明する必要もない。

 

「精霊魔法か?」

 

「そう」

 

「精霊と契約して、その力を借りる」

 

「なるほど」

 

「俺が使っている魔法は、元素とは少し違う」

 

「ええ。以前見た時にも、それは感じたわ」

 

 リサさんは頷いた。

 

「でも、今日は詳しく聞くつもりはないわ」

 

「そうなんですか?」

 

 俺が尋ねる。

 

「ええ。あなたたちが話したくなった時に聞けばいいでしょう?」

 

 俺は少し意外に思った。

 

「……ありがとうございます」

 

「ふふっ。そんなに警戒しなくてもいいのよ」

 

 リサさんは本を閉じた。

 

「それより、今日は別のことを調べたいのでしょう?」

 

「あ」

 

 俺は思い出した。

 

「そうでした」

 

 文字の勉強だけが目的ではない。

 

 俺は姿勢を正した。

 

     ◆

 

「日本に帰る方法について、何か古い記録とかありませんか?」

 

「日本……ね」

 

 リサさんは少し考えた。

 

「あなたたちの故郷のことね」

 

「はい」

 

「今のところ、具体的な方法は分からないわ」

 

「そうですか……」

 

 俺の肩が少し落ちる。

 

 やはり簡単には見つからない。

 

 そんなことは分かっている。

 

 分かっているが、期待してしまう。

 

「ただ」

 

 リサさんが続けた。

 

 俺は顔を上げた。

 

「古い記録なら、何か手掛かりがあるかもしれないわ」

 

「古い記録?」

 

「テイワットには長い歴史があるもの」

 

 リサさんは本棚を指差した。

 

「異世界や異邦人について触れた記録が残っている可能性はあるわ」

 

「本当に?」

 

「可能性がある、というだけよ」

 

「それでも十分です」

 

 俺はすぐにメモを取った。

 

「古い記録……異邦人……」

 

「焦らなくてもいいわ」

 

「でも、帰る方法につながるなら調べたい」

 

「そうね」

 

 リサさんは優しく微笑んだ。

 

「あなたたちにとっては、大切なことだものね」

 

「はい」

 

 おじさんも本棚へ視線を向けた。

 

「古い記録か」

 

「おじさんも探す?」

 

「ああ」

 

「珍しいな」

 

「帰るためなら調べる価値はある」

 

「……だな」

 

 二人はそれぞれ本棚を見て回ることになった。

 

     ◆

 

「これは……」

 

 俺は一冊の古い本を手に取った。

 

 表紙はかなり傷んでいる。

 

 文字も今まで見ていたものとは少し違う。

 

「リサさん、これ読めますか?」

 

「見せてちょうだい」

 

 リサさんが本を受け取る。

 

「これはかなり古いわね」

 

「何か書いてあります?」

 

「古い地方の記録みたいね。異邦人についての記述も少しあるわ」

 

「異邦人……?」

 

 俺は身を乗り出した。

 

「ただし、あなたたちのような意味かは分からないわ」

 

「そうですか」

 

「過去にも、遠い土地から来た人間はいたでしょうから」

 

「なるほど……」

 

 俺は少し考える。

 

 テイワットには、自分が知らない歴史がある。

 

 ゲームで知っている情報だけでは、すべてを判断できない。

 

 当たり前のことだ。

 

 けれど、ここへ来てからそれを何度も実感していた。

 

「……ゲームの知識だけじゃ足りないな」

 

 小さく呟く。

 

「何か言った?」

 

「いえ」

 

 俺は首を振った。

 

「もっと勉強しないとなって」

 

「その意気込みは大切ね」

 

 リサさんが微笑む。

 

     ◆

 

 しばらくして。

 

 俺は別の本を開いた。

 

「……これ」

 

「どうしたの?」

 

「読める」

 

 自分でも驚いた。

 

 以前なら意味の分からなかった文字。

 

 それが今は、ゆっくりなら読める。

 

「これは……記録……」

 

 一文字ずつ確認する。

 

「……旅人?」

 

 俺が顔を上げる。

 

「合ってます?」

 

「ええ」

 

「やった」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

「少しずつだけど、読めるようになってる」

 

「ええ。ちゃんと進歩しているわ」

 

「ありがとうございます」

 

「勉強は積み重ねが大事よ」

 

 おじさんが横から口を挟む。

 

「たかふみは真面目だな」

 

「おじさんに言われると微妙だな」

 

「なぜだ?」

 

「普段の行動を考えてみてよ」

 

「俺は真面目だ」

 

「はいはい」

 

 リサさんが楽しそうに笑う。

 

「ふふっ。二人とも、本当に面白いわね」

 

     ◆

 

 時間は思ったより早く過ぎていた。

 

 結局、二人が日本へ帰るための決定的な情報は見つからなかった。

 

 それでも。

 

 何もなかったわけではない。

 

 文字を覚えた。

 

 古い記録の存在を知った。

 

 そして、異邦人について調べるという新しい方向性も見えてきた。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 リサさんが言う。

 

「ありがとうございました」

 

 俺が頭を下げる。

 

「またいつでも来てちょうだい」

 

「はい」

 

「古い記録について何か見つかったら、教えるわ」

 

「お願いします」

 

 おじさんも軽く頭を下げる。

 

「世話になった」

 

「こちらこそ」

 

 リサさんは二人を見送った。

 

「……異世界から来た二人、ね」

 

 小さく呟く。

 

 そして図書館の奥へ戻っていった。

 

     ◆

 

 外へ出ると、モンドの街には夕方の空気が流れていた。

 

 俺は、今日覚えた文字を小さな紙に書いている。

 

「これが……こうで」

 

「まだ勉強しているのか?」

 

「忘れないうちに覚える」

 

「真面目だな」

 

「帰るためにも必要だからね」

 

 俺は紙を見ながら歩く。

 

「それに、この世界で生きていくなら、いつまでも文字が読めないままじゃ困る」

 

「そうだな」

 

 おじさんが頷く。

 

 二人は並んで歩いた。

 

 モンドの街には、今日も人々の声が響いている。

 

 大きな事件が起きている一方で。

 

 こうした何気ない日常も続いている。

 

 文字を覚える。

 

 依頼を受ける。

 

 モラを稼ぐ。

 

 人と知り合う。

 

 そして――。

 

 帰る方法を探す。

 

「……少しずつだな」

 

 俺が呟いた。

 

「何がだ?」

 

「全部」

 

 俺は空を見上げた。

 

「いきなり帰る方法が見つかるわけじゃないなら、今できることをやるしかない」

 

「そうだな」

 

 おじさんが頷く。

 

 青い空の向こう。

 

 風が静かに吹いている。

 

「さて、次は冒険者ギルドだな」

 

「また依頼?」

 

「ああ」

 

「今日は勉強だけじゃ駄目?」

 

「モラが必要だ」

 

「ですよね」

 

 俺は苦笑した。

 

 二人は冒険者ギルドへ向かって歩き出す。

 

 小さな手掛かりを胸に。

 

 まだ見えない帰還への道を探しながら。

 

 その背後。

 

 図書館の窓から、リサさんが二人の姿を見ていた。

 

「……面白い子たちね」

 

 そして彼女は、二人が読んでいた古い本へ視線を落とした。

 

 まだ何か分かったわけではない。

 

 ただ――。

 

 この世界には、二人の知らない記録が確かに残されている。

 

 それがいつか。

 

 二人の旅に、何かをもたらすのかもしれなかった。

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