異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第16話「アビスの影」

 冒険者ギルドの掲示板の前で、俺は依頼書を眺めていた。

 

 モンドで暮らし始めて、少しずつではあるが、この世界での生活にも慣れてきた。

 

 文字はまだ完全には読めない。

 

 モラの扱いにも慣れてきたとはいえ、日本円の感覚とはまるで違う。

 

 それでも、冒険者ギルドから依頼を受けて、報酬をもらう。

 

 そんな生活の流れは、かなり自然になってきていた。

 

「これにするか」

 

 隣から、おじさんが一枚の依頼書を指差した。

 

「森の調査?」

 

「そうだ」

 

 俺は依頼書を受け取る。

 

「ヒルチャールの目撃情報が増えてるから、原因を調べてほしいって話だ」

 

「倒せばいいんじゃないのか?」

 

「書いてあるでしょ。原因を調べてほしいって」

 

「そうか」

 

「ちゃんと読んでよ……」

 

 俺は苦笑した。

 

 おじさんは依頼書を覗き込み、それから何事もなかったように頷いた。

 

「調査か」

 

「うん。討伐依頼じゃないから、無理に全部倒す必要はないと思う」

 

「分かった」

 

「まあ、ヒルチャールが襲ってきたら戦うことにはなるだろうけど」

 

「それなら問題ない」

 

「そこは問題にしてほしいんだけどな……」

 

 俺は依頼書を受付へ持っていった。

 

 手続きを済ませる。

 

 こうして二人は、モンド近郊の森へ向かうことになった。

 

     ◆

 

 街を出てしばらく歩く。

 

 風は穏やかだった。

 

 空も青い。

 

 森へ向かう道には、何人かの冒険者の姿もあった。

 

「最近、森の依頼が増えたな」

 

 俺が言う。

 

「風魔龍の影響か?」

 

「それもあると思う」

 

 俺は周囲を見る。

 

 モンドの街では日常が戻りつつある。

 

 しかし、街の外まで完全に平穏になったわけではない。

 

 魔物の活動が活発になっている。

 

 冒険者ギルドにも、その影響が出ていた。

 

「ヒルチャールって、そんなに増えるものなのかな」

 

「知らん」

 

「即答だな」

 

「ヒルチャールだろう」

 

「まあ、そうなんだけど」

 

 二人はそのまま森へ入っていった。

 

 木々の間から差し込む光。

 

 鳥の声。

 

 風で揺れる葉。

 

 一見すると、いつもの森だった。

 

 だが。

 

「……あれ?」

 

 俺が足を止めた。

 

「どうした?」

 

「ちょっと見て」

 

 地面に、いくつかの足跡が残っている。

 

 ヒルチャールのものだ。

 

 ただ、それだけなら珍しくない。

 

「ヒルチャールの足跡だな」

 

「うん。でも……」

 

 俺はしゃがみ込む。

 

「この方向に集中してる」

 

「何かあるのか?」

 

「分からない」

 

 俺は周囲を見渡した。

 

 木の幹には、何かで削られたような跡。

 

 地面には引きずったような痕跡。

 

 さらに奥には、何かが燃えた跡まである。

 

「普通に歩き回ってる感じじゃないな」

 

「誰かが集めた?」

 

「それも分からないけど……」

 

 俺は立ち上がる。

 

「少なくとも、依頼にあった『原因』っていうのが、この辺にある可能性は高そう」

 

「行くか」

 

「うん」

 

 二人は慎重に森の奥へ進んだ。

 

     ◆

 

 しばらく進むと、ヒルチャールが一体現れた。

 

「いた」

 

 俺が小声で言う。

 

 ヒルチャールは二人を見ると、武器を構えた。

 

「おじさん」

 

「分かっている」

 

 おじさんが前へ出る。

 

 ヒルチャールが突進してきた。

 

 だが。

 

 おじさんは一歩横へ避けた。

 

 振り下ろされた武器をかわし、そのまま相手の懐へ入る。

 

 一撃。

 

 ヒルチャールが吹き飛んだ。

 

「……相変わらず速いな」

 

「一体だけか?」

 

「たぶん」

 

 俺が周囲を確認する。

 

「待って」

 

「どうした?」

 

「変だ」

 

「何がだ?」

 

「今のヒルチャール、俺たちを見て襲ってきたんじゃない」

 

「同じだろう」

 

「いや」

 

 俺は倒れたヒルチャールを見る。

 

「逃げようとしてたように見えた」

 

「……」

 

 おじさんも周囲を見た。

 

 その時だった。

 

 森の奥から、何かが動く音がした。

 

「誰かいる」

 

 俺が身構える。

 

 木々の間。

 

 紫色の光が見えた。

 

「……あれは」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 見覚えがある。

 

 人型。

 

 仮面。

 

 紫色の光。

 

 宙に浮かぶような姿。

 

「アビスの魔術師……」

 

 おじさんが前へ出る。

 

「知っているのか?」

 

「ゲームで……じゃなくて」

 

 俺は一瞬言葉に詰まった。

 

「前に見たことがあるタイプだ」

 

「そうか」

 

 おじさんは深く追及しなかった。

 

 アビスの魔術師がこちらへ手を向ける。

 

「異界の者よ」

 

 低い声が響いた。

 

「この地にて、何をしている?」

 

「依頼だよ」

 

 俺が思わず答えた。

 

「……」

 

 おじさんが横目で見る。

 

「たかふみ」

 

「え?」

 

「話すのか?」

 

「いや、なんとなく……」

 

 アビスの魔術師は杖を掲げた。

 

「ならば、ここより去れ」

 

「断る」

 

 おじさんが即答した。

 

「でしょうね」

 

 俺が小さく呟く。

 

 次の瞬間。

 

 魔術師の周囲に紫色の力が集まった。

 

「来る!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 魔法が放たれた。

 

 おじさんが横へ跳ぶ。

 

 地面が爆ぜた。

 

「右!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 続けて放たれた攻撃を、おじさんが避ける。

 

「後ろ!」

 

 おじさんが振り向く。

 

 別の魔法が飛んできていた。

 

 光の剣を出現させる。

 

 おじさんは剣で魔法を弾いた。

 

「……なるほど」

 

 俺は少し離れた場所から敵を見る。

 

「攻撃を連続で撃ってくるけど、動きそのものはそんなに速くない」

 

「そうか」

 

「ただ、あの盾が厄介だと思う」

 

 アビスの魔術師の前に、紫色の障壁が展開されている。

 

「正面から斬っても、簡単には届かない」

 

「なら、崩す」

 

「うん」

 

 おじさんが走る。

 

 魔術師が障壁を構えた。

 

 その瞬間。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が巻き起こる。

 

 精霊魔法によって生まれた風が、魔術師の周囲を乱す。

 

 障壁そのものを破壊するわけではない。

 

 だが、魔術師の姿勢がわずかに崩れた。

 

「今!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんが一気に距離を詰めた。

 

 光の剣が閃く。

 

 障壁が大きく揺らいだ。

 

「まだだ!」

 

 魔術師が反撃する。

 

 紫色の魔法が周囲へ広がった。

 

 おじさんは後ろへ下がる。

 

「無理に行かないで!」

 

「分かっている」

 

 おじさんは冷静だった。

 

 いつものように、相手の動きを見ている。

 

「左から来る!」

 

 俺が伝える。

 

 おじさんがかわす。

 

「次、上!」

 

 魔法が頭上を通り過ぎる。

 

「……よく見ているな」

 

「ゲームで見てたから……いや、動きが分かりやすいんだよ」

 

 俺は少し誤魔化した。

 

 魔術師が再び攻撃を放つ。

 

 しかし、その動きには明らかな焦りがあった。

 

「おじさん!」

 

「ああ」

 

 おじさんが踏み込む。

 

 風が走る。

 

 魔術師の動きが一瞬だけ止まった。

 

 光の剣が障壁を打ち抜く。

 

「ぐっ……!」

 

 魔術師が後退した。

 

「逃げる!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 魔術師は森の奥へ向かって飛び去ろうとした。

 

「追う?」

 

 おじさんが尋ねる。

 

 俺は一瞬考えた。

 

「……いや」

 

「いいのか?」

 

「今はいいと思う」

 

 俺は周囲を見る。

 

「俺たちの依頼は原因調査だし、あいつを追いかけることじゃない」

 

「そうだな」

 

 おじさんは剣を消した。

 

「それに、あいつが何をしていたのか調べた方がいい」

 

「うん」

 

 二人は魔術師がいた場所へ戻った。

 

     ◆

 

 そこには、奇妙な痕跡が残されていた。

 

 地面に描かれた模様。

 

 壊された木箱。

 

 そして、ヒルチャールが集められていたと思われる場所。

 

「……やっぱり」

 

 俺は周囲を見る。

 

「ヒルチャールが増えたんじゃない」

 

「集められていた?」

 

「たぶん」

 

 おじさんが地面の跡を見る。

 

「何かを運んでいたようだな」

 

「うん」

 

 俺は壊れた木箱の中を覗いた。

 

 中には何もない。

 

 ただ、箱の側面には奇妙な印が残っていた。

 

「これ……アビス教団のものかな」

 

「分かるのか?」

 

「見覚えがある」

 

 俺は慎重に木箱から離れた。

 

「でも、何をしてたんだろう」

 

「調べるか?」

 

「できる範囲でね」

 

 二人は周囲を調べた。

 

 いくつかの足跡。

 

 魔法を使った痕跡。

 

 そして、ヒルチャールが集められていた場所。

 

 それだけだった。

 

「これ以上は分からないな」

 

「そうだな」

 

「一度、モンドに戻ろう」

 

「ジンに報告するか?」

 

「うん」

 

 俺は頷いた。

 

「アビスの魔術師がいたっていうだけでも、かなり重要だと思う」

 

「そうだな」

 

 二人は森を後にした。

 

     ◆

 

 モンドへ戻る頃には、空が少し赤くなっていた。

 

 冒険者ギルドへ依頼完了の報告を済ませ、そのまま西風騎士団へ向かう。

 

 しばらくして、二人はジンさんの前にいた。

 

「森でアビスの魔術師と遭遇した?」

 

 ジンさんの表情が変わった。

 

「はい」

 

 俺が答える。

 

「ヒルチャールの目撃情報が増えていた件を調べていたら、森の中に不自然な痕跡がありました」

 

「それからアビスの魔術師が現れた」

 

 おじさんが続ける。

 

「交戦しましたが、逃げられました」

 

「追わなかったのですか?」

 

「依頼は原因調査だったので」

 

 俺が答える。

 

「それに、周囲に残されていたものを調べた方が重要だと思いました」

 

 ジンさんは頷いた。

 

「なるほど。冷静な判断です」

 

 俺は少しだけ安心した。

 

 ジンさんは報告された内容を確認する。

 

「ヒルチャールを集めていた痕跡……そしてアビスの魔術師」

 

「はい」

 

「風魔龍の事件以降、アビス教団の動きが活発になっていることは確認されています」

 

 ジンさんは静かに言った。

 

「今回の件も、無関係とは考えにくいでしょう」

 

 俺は黙った。

 

 ここまで来ると、偶然とは思えない。

 

 風魔龍。

 

 アビス教団。

 

 そして、トワリン。

 

「……トワリンも関係してるのかな」

 

 思わず口から出た。

 

 ジンさんが俺を見る。

 

「そう考えているのですか?」

 

「あ、いや……」

 

 俺は少し考える。

 

「風魔龍が突然モンドを襲った理由が、まだ全部分かってないから」

 

「その通りです」

 

 ジンさんは答えた。

 

「トワリンが何故あのような状態になったのか。騎士団でも調査を続けています」

 

「そうですか」

 

「今回の情報も、調査の助けになるでしょう」

 

 ジンさんは報告書をまとめる。

 

「協力に感謝します」

 

「いえ」

 

 俺が頭を下げる。

 

 おじさんも軽く頷いた。

 

「それと」

 

 ジンさんが二人を見る。

 

「無理はしないでください」

 

「はい」

 

「分かった」

 

「未知の敵と遭遇した場合は、まず生還することを優先してください」

 

「分かりました」

 

 俺が答える。

 

 おじさんも頷いた。

 

     ◆

 

 騎士団を出た二人は、夕方の街を歩いていた。

 

「……大きな話になってきたな」

 

 俺が言う。

 

「ああ」

 

「最初はヒルチャールの目撃情報を調べるだけだったのに」

 

「アビスが出てきた」

 

「うん」

 

 俺は空を見る。

 

 夕暮れの空。

 

 モンドの風車がゆっくり回っている。

 

「風魔龍の事件も、まだ終わってない」

 

「そうだな」

 

「俺たちがこの世界に来た理由も分からない」

 

「日本へ帰る方法もだな」

 

「うん」

 

 二人の間に少しだけ沈黙が落ちる。

 

 だが。

 

「まあ、少しずつだな」

 

 おじさんが言った。

 

「……そうだね」

 

 俺は苦笑した。

 

「焦っても仕方ないし」

 

「ああ」

 

「まずは目の前のことから」

 

「そういうことだ」

 

 俺は歩きながら、ふと森の方向を見る。

 

 あの奥にいたアビスの魔術師。

 

 あいつは何をしていたのか。

 

 何のためにヒルチャールを集めていたのか。

 

 そして――。

 

 トワリンの暴走と、どこまで繋がっているのか。

 

 まだ分からない。

 

「……でも」

 

 俺が呟く。

 

「そろそろ、あの風魔龍のことも調べないとな」

 

「そうだな」

 

 おじさんが頷く。

 

 二人はそのまま冒険者ギルドへ向かって歩き出した。

 

 モンドの街には、いつものように人々の声が響いている。

 

 穏やかな日常。

 

 その裏側で、何かが動いている。

 

 風魔龍事件は、まだ終わっていない。

 

 そして二人は知らない。

 

 これから始まる出来事が、モンド全体を巻き込むことになるということを。

 

 ただ今は――。

 

「今日の夕飯、どうする?」

 

 俺が尋ねた。

 

「肉」

 

「即答だな」

 

「腹が減った」

 

「……まあ、俺もだけど」

 

 二人は街の中へ消えていった。

 

 その背後。

 

 夕暮れの空を、冷たい風が一陣だけ吹き抜けた。

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