朝のモンド。
冒険者ギルドには、今日も多くの冒険者が集まっていた。
依頼を受ける者。
報告に来た者。
これから街の外へ向かう者。
そんな冒険者たちの間を抜けながら、俺とおじさんは掲示板の前に立っていた。
「……これだな」
俺は一枚の依頼書を指差す。
「最近、森の周辺でヒルチャールの目撃情報が増えている。原因を調査してほしい、か」
「倒せばいいんじゃないのか?」
「書いてあるでしょ。原因を調べてほしいって」
「そうか」
「ちゃんと読んでよ」
俺は苦笑する。
最近は、こういう依頼を受けることにもすっかり慣れてきた。
モンドで生活するにはモラが必要だ。
食事も宿も必要になる。
日本へ帰る方法を探すためにも、この世界で生きていかなければならない。
だから二人は、冒険者ギルドの依頼を受けながら少しずつ情報を集めていた。
「それにしても、最近ヒルチャールの依頼が多いな」
「風魔龍の事件の影響かもしれない」
「それだけならいいんだけどな」
俺は依頼書を見つめる。
ここ最近、森の周辺では妙な痕跡が見つかっていた。
ヒルチャールの行動も普段とは違う。
そして何より――。
「アビス教団が関わってる可能性もある」
「そうだな」
おじさんも頷いた。
二人は受付で依頼を受ける。
そして街の外へ向かおうとした、その時だった。
「あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
そこにはアンバーが立っていた。
「やっぱり二人だった!」
「アンバー」
俺が手を上げる。
「今日も依頼?」
「うん」
俺は依頼書を見せる。
「森のヒルチャールについて調べるんだ」
「それなら、私も似たような情報を追ってるところだよ」
「本当?」
「最近、森の周辺でヒルチャールの動きがおかしいの」
アンバーの表情が少し真剣になる。
「いつもなら森の奥にいるような集団が、街道近くまで出てきてる」
「数は?」
「小さな集団もいるけど、妙に組織立って動いている集団もいるんだ」
俺はおじさんを見る。
おじさんも同じことを考えているようだった。
「アビスかもしれないな」
「私もそう思ってる」
アンバーが頷く。
「まだ確証はないけどね」
「じゃあ、一緒に調べる?」
「いいの?」
「もちろん!」
こうして三人は、一緒に森へ向かうことになった。
◆
森へ入ると、空気が少し変わった。
街の喧騒が遠ざかり、木々のざわめきが大きくなる。
アンバーは弓を手にしながら、周囲を確認していた。
「この辺りで目撃情報が多いんだ」
「何か見つかった?」
「まだ――」
アンバーが言葉を止めた。
「……あれ」
地面を指差す。
そこには、いくつもの足跡が残っていた。
「ヒルチャールだな」
おじさんが言う。
「しかも結構な数」
俺が周囲を見る。
「足跡が同じ方向に向かってる」
「追ってみよう」
三人は足跡を追った。
しばらく進んだところで、ヒルチャールの声が聞こえてきた。
「いるね」
アンバーが小声で言う。
「何体?」
俺が尋ねる。
「……多い」
木々の隙間から覗く。
そこにはヒルチャールの集団がいた。
ただし、普通の群れとは少し違う。
何体かが周囲を警戒している。
まるで見張りのようだった。
「ヒルチャールが見張りをしてる?」
アンバーが眉をひそめる。
「変だな」
俺も頷く。
「誰かに指示されてるのかもしれない」
その時だった。
森の奥から、紫色の光が漏れた。
「……あれは」
アンバーが弓を構える。
ヒルチャールの後ろから、一体のアビスの魔術師が姿を現した。
「侵入者か」
低い声が響く。
「ここへ何をしに来た」
「それはこっちが聞きたいよ!」
アンバーが矢を放つ。
アビスの魔術師が障壁を展開した。
矢が弾かれる。
「やっぱりアビスだ!」
「来るぞ!」
俺が叫んだ。
ヒルチャールたちが一斉に動き出す。
「数、多いぞ!」
「分かった」
おじさんが前へ出る。
その動きに迷いはない。
「おじさん、無理に突っ込まないで!」
「大丈夫だ」
「いや、毎回それで――」
俺が言い終わる前に、おじさんが手を掲げた。
「ワーグレント・マグナ――疾風操作」
風が一気に吹き抜けた。
ヒルチャールたちの隊列が大きく崩れる。
「うわっ!」
アンバーが思わず声を上げた。
「すご……」
「またやりすぎだ……」
俺は頭を抱える。
「まだ敵は残ってるぞ」
「分かってる」
アンバーが弓を構える。
「そこ!」
矢が飛ぶ。
ヒルチャールが倒れる。
俺は周囲を確認した。
「右から二体!」
「任せて!」
アンバーが振り返る。
その間に、おじさんが敵との距離を詰めた。
光の剣が現れる。
一閃。
二閃。
ヒルチャールが次々と倒れていく。
「……本当に強いな」
アンバーが呟いた。
「強いけど……」
俺はため息をつく。
「毎回これだと、依頼の難易度って何なんだろうな」
「敵が弱いだけだろう」
「そういう問題じゃない」
その時。
「――異界の力か」
アビスの魔術師が呟いた。
俺が振り返る。
「おじさん」
「分かっている」
魔術師が魔法を放つ。
紫色の攻撃が地面をえぐった。
おじさんは横へ跳んで避ける。
「危ない!」
アンバーが叫ぶ。
俺は敵の動きを見る。
「次は左!」
おじさんが即座に動く。
攻撃をかわし、距離を詰める。
光の剣を構えた。
しかし。
「撤退する!」
アビスの魔術師が叫ぶ。
周囲に紫色の霧が広がった。
「待って!」
アンバーが矢を放つ。
だが、霧が晴れた時には、魔術師の姿は消えていた。
「逃げた……」
アンバーが悔しそうに呟く。
「追う?」
俺がおじさんを見る。
「いや」
おじさんは首を横に振った。
「追う必要はない」
「どうして?」
「目的を調べる方が重要だ」
俺は少し考える。
「……確かに」
三人は、ヒルチャールたちが集まっていた場所を調べ始めた。
◆
森の奥。
そこには簡単な拠点が作られていた。
木箱。
簡素な机。
いくつかの道具。
そして、奇妙な紋章。
「アビス教団のものだね」
アンバーが言った。
「ここで何かやってたみたい」
俺は周囲を見る。
「……これ」
机の上に紙が置かれていた。
「何か書いてある」
俺が手に取る。
文字を追う。
「全部は読めないけど……」
「何が書いてある?」
アンバーが覗き込む。
「トワリン……」
アンバーの表情が変わった。
「トワリン?」
「うん」
俺は続けて読む。
「それから……風……龍……」
「風魔龍のことを調べてる?」
アンバーが呟く。
別の紙には、トワリンの様子や行動について書かれていた。
「これ……」
俺の顔から笑みが消える。
「トワリンを利用してる」
「……やっぱり」
アンバーが拳を握る。
「風魔龍の事件は、アビス教団が仕組んでるんだ」
「少なくとも、関係している可能性は高い」
俺が答える。
おじさんは黙って資料を見ていた。
その表情が少し変わる。
「……これは放っておけないな」
「うん」
俺も頷いた。
今までにもアビス教団の存在は確認してきた。
だが、今回は違う。
トワリン。
モンドを襲った風魔龍。
その背後にアビス教団がいる。
それが、はっきりと見えてきた。
「この資料、騎士団に持って帰ろう」
アンバーが言う。
「そうしよう」
「私が報告する」
「お願い」
アンバーは資料をまとめる。
「二人も一緒に来る?」
「うん」
三人は森を後にした。
◆
モンドへ戻ると、アンバーはそのまま騎士団へ向かった。
「じゃあ、私は報告してくるね」
「ああ」
「二人も気をつけて」
「分かった」
アンバーが走っていく。
俺とおじさんは、その背中を見送った。
「……これで少し進んだな」
「そうだな」
「でも、まだ分からないことも多い」
「トワリンがどこにいるのかもな」
「うん」
俺は空を見上げた。
風が吹いている。
その風の向こうに、何かがある。
そんな気がした。
「蛍たちも何か調べてるかもしれないな」
「そうだな」
「俺たちだけで全部調べる必要もないし」
「ああ」
おじさんは頷いた。
二人はそのまま街を歩く。
「それにしても……」
俺が呟く。
「アビス教団がトワリンを利用してるってなると、かなり大きな話になってきたな」
「なら、止めればいい」
「簡単に言うなよ」
「簡単だろう」
「いや、そういう問題じゃ――」
俺は途中で言葉を止めた。
おじさんはいつも通りだった。
やるべきことが決まれば、迷わない。
それが、この世界に来てから何度も二人を助けてきた。
「……まあ、そうだな」
俺は小さく笑った。
「まずは騎士団に任せよう」
「ああ」
「俺たちは俺たちで、できることをやる」
「そうしよう」
二人は冒険者ギルドへ向かう。
まだ風龍廃墟の場所は分からない。
トワリンがどこにいるのかも分からない。
だからこそ、今は集められる情報を集めるしかない。
その頃。
モンドの別の場所では――。
「ねえ、パイモン」
「なんだ、蛍?」
「少し気になることがあるの」
二人もまた、風魔龍について調べ始めていた。
まだ、おじさんたちは知らない。
蛍とパイモンが別の場所から、少しずつ同じ事件へ近づいていることを。
そして。
風龍廃墟へ続く手掛かりが、まもなく見つかろうとしていることを。
モンドを吹き抜ける風は、少しずつ強くなっていた。