モンドの朝は、いつもより慌ただしかった。
街を歩く西風騎士団の数が多い。
武器を持って移動する騎士。
荷物を運ぶ騎士。
街の外へ向かう準備をしている者。
風魔龍――トワリンへの対応が、いよいよ本格的になっている。
「……決戦前って感じだな」
宿の窓から街を眺めながら、俺は呟いた。
「そうだな」
部屋の中では、おじさんがいつものように準備をしている。
荷物を確認し、武器を確認する。
特別に緊張している様子はない。
「おじさん、緊張しないの?」
「する必要があるのか?」
「いや……」
俺は苦笑する。
「相手、風魔龍だぞ」
「知っている」
「それなのに普通だな」
「やることは変わらない」
「まあ、おじさんらしいけど」
二人は宿を出た。
今日は西風騎士団で、決戦に向けた最終確認が行われる予定だった。
その途中。
「たかふみ!」
後ろから声がした。
振り返る。
蛍とパイモンが歩いてきていた。
「おはよう」
「おはよう!」
俺も手を上げる。
「二人も騎士団?」
「うん」
蛍が頷く。
「昨日から少し調べてたの」
「何か分かった?」
俺が聞く。
「風魔龍について、昔の記録を調べてた」
蛍が答えた。
「それで、いくつか気になる情報があったの」
「風魔龍の?」
「そう」
パイモンが横から口を挟む。
「トワリンは昔、モンドを守ってたんだろ?」
「ああ」
俺も知っている。
「でも、今はモンドを襲ってる」
「だから、その間に何があったのか調べてたんだ」
蛍が言う。
「まだ全部は分からないけど、風龍廃墟に関係する記録が見つかった」
「風龍廃墟……」
俺はその言葉を聞いて、一瞬だけ考え込んだ。
ゲームで知っている場所。
だが、この世界では何もかもが同じとは限らない。
「場所まで分かった?」
「まだ」
蛍は首を横に振る。
「古い記録だから、今の地図とは少し違ってるみたい」
「そっか」
俺は頷いた。
「こっちも昨日、アビス教団の拠点で資料を見つけた」
「本当?」
「うん」
俺は昨日の出来事を簡単に説明した。
森に現れたヒルチャール。
アビスの魔術師。
そして、トワリンについて書かれていた資料。
「アビス教団がトワリンを利用してる可能性が高い」
「やっぱり……」
パイモンが顔をしかめる。
「じゃあ、オイラたちが調べたことと繋がるな」
「そうだね」
蛍も頷く。
それぞれが集めた情報を簡単に交換する。
トワリンの過去。
アビス教団の動き。
風龍廃墟に関する手掛かり。
まだ分からないことは多い。
それでも、別々に動いていたからこそ見えてきたものがあった。
「とりあえず、今日の話し合いで共有しよう」
俺が言う。
「うん」
「オイラも覚えてるぞ!」
パイモンが胸を張った。
「……本当に?」
「もちろんだ!」
「じゃあ後で確認するからな」
「えっ」
パイモンの動きが止まる。
「たかふみ、疑ってるのか?」
「念のため」
「ひどいぞ!」
蛍が小さく笑う。
「でも、パイモンなら忘れてそう」
「蛍まで!?」
そんなやり取りをしながら、四人は西風騎士団へ向かった。
◆
騎士団の建物には、すでに多くの人が集まっていた。
ジンさん。
ガイアさん。
リサさん。
アンバー。
ディルックさん。
そしてウェンティ。
「集まったな」
ジンさんが全員を見る。
「これより、風魔龍への対応について最終的な確認を行います」
部屋の空気が引き締まった。
ジンさんは机の上に広げられた資料を指す。
「まず、騎士団はモンドの安全確保を担当します」
「街に残る人員も必要だからな」
ガイアさんが続ける。
「戦闘に参加する者だけを外へ出すわけにはいかない」
「その通りです」
ジンさんが頷く。
「街への被害が出た場合に備え、救護と避難経路も確認しておきます」
俺は静かに聞いていた。
ゲームで知っている流れとはいえ、実際のモンドでは多くの人が生活している。
ゲーム画面の向こう側にいた人たちではない。
ここにいる一人一人が、この世界で暮らしている。
(だから、単純にイベントを進めればいいって話じゃないんだよな)
俺はそう思った。
「ガイアには周辺の警戒をお願いしたい」
「任せてくれ」
ガイアさんはいつもの余裕ある笑みを浮かべる。
「ただし、今回の相手はいつもの魔物とは違う。油断はしないさ」
「お願いします」
続いてリサさんが資料を確認する。
「アビス教団が関わっている以上、魔術的な干渉も警戒した方がいいでしょうね」
「何か分かりますか?」
「まだ断定はできないわ」
リサさんは首を横に振る。
「だからこそ、何が起きても対応できるようにしておくの」
「分かりました」
俺は頷いた。
少し離れた場所では、ディルックさんが腕を組んでいた。
「俺も動く」
短い言葉だった。
「助かります」
ジンさんが答える。
「アビス教団が関わっているなら、放っておく理由もない」
ディルックさんはそれだけ言った。
そして。
「僕も行くよ」
ウェンティが軽い調子で言った。
「トワリンを助けたいからね」
俺はウェンティを見る。
いつもの軽い口調。
いつもの笑顔。
けれど、以前会った時とは少し違って見えた。
冗談だけで話しているわけではない。
「……本気なんだな」
俺が呟く。
「もちろん」
ウェンティは笑った。
「僕にとっても、大切な友達だからね」
蛍が頷く。
「私も行く」
「オイラも!」
パイモンが続く。
「二人とも、頼りにしてるよ」
ウェンティが言った。
そして、視線が二人に向く。
「おじさんとたかふみも来てくれるんだよね?」
「ああ」
おじさんが答えた。
「なら助ければいい」
あまりにも迷いのない返事だった。
俺は思わず横を見る。
「……即答だな」
「助ける必要があるんだろう?」
「そうだけど」
俺は苦笑する。
「もうちょっと考えてもいいんじゃないか?」
「考える必要がない」
「……まあ、おじさんならそう言うよな」
ウェンティが楽しそうに笑う。
「頼もしいね」
「そうか?」
「うん」
おじさんは特に気にした様子もない。
俺は小さく息を吐いた。
◆
話し合いが終わった後も、準備は続いた。
武器。
道具。
食料。
必要なものを一つずつ確認する。
おじさんも、自分の武器を確認していた。
光の剣を使うための準備も整えている。
「おじさん」
「なんだ?」
「明日は無茶するなよ」
「いつもしていない」
「してる」
俺は即答した。
「敵が強いからって、いきなり全部吹き飛ばすなよ」
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
「……ならいいけど」
俺は少し安心した。
だが、おじさんのことだから本当に守るかどうかは分からない。
それでも、今は信じるしかなかった。
◆
昼を過ぎた頃。
俺は騎士団の外で蛍とパイモンに会った。
「これからどうする?」
俺が聞く。
「もう少し資料を見てみる」
蛍が答える。
「風龍廃墟について、まだ分からないことがあるから」
「そっか」
俺は頷く。
「俺も原作知識だけなら多少あるけど……」
そこまで言って、口を閉じた。
「何?」
蛍が首を傾げる。
「いや」
俺は笑った。
「実際に行ってみないと分からないことも多いし」
「うん」
蛍が頷く。
「何か分かったら教える」
「こっちも」
情報を共有する。
それだけで十分だった。
無理に全員が一緒に行動する必要はない。
それぞれが調べ、分かったことを伝え合う。
今の二人と蛍たちには、それくらいの距離感がちょうどよかった。
「じゃあ、また後で」
「うん」
「またな!」
パイモンが手を振る。
俺も手を振り返した。
◆
夕方。
モンドの街に少しずつ夕日が差し始める。
決戦を前に、街は静かになっていった。
俺とおじさんも宿へ戻る。
「疲れたな」
俺がベッドに腰を下ろす。
「そうか?」
「情報整理だけでも結構疲れるんだよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
少し休んでから、二人は夕食を取った。
特別なものではない。
いつもの食事。
いつもの宿。
いつもの二人。
それでも、明日は違う。
俺は窓の外を見る。
モンドの街が夕暮れに染まっていた。
「……明日か」
「ああ」
「風龍廃墟」
「そうだ」
「本当に行くんだな」
「行く」
おじさんは迷わない。
俺はそんなおじさんを見て、少しだけ笑った。
◆
夜。
二人は宿を出て、少しだけ街を歩いた。
モンドの夜は静かだった。
昼間の騒がしさは消え、街灯が道を照らしている。
酒場からはかすかに声が聞こえる。
風が建物の間を抜けていく。
「……綺麗だな」
俺が空を見上げる。
「そうだな」
おじさんも星を見る。
「最初にここへ来た時はさ」
俺が言う。
「こんなところで生活するなんて、考えもしなかったよな」
「ああ」
「モラのことも分からない」
「分からなかったな」
「文字も読めない」
「今は少し読める」
「それはそうだけど」
俺は笑った。
「冒険者ギルドで依頼受けて、魔物倒して、街の人と話して……」
「普通に生活しているな」
「うん」
少しだけ間が空く。
「だから余計にさ」
俺は前を向いた。
「日本に帰れるのかって考えるんだよ」
「……」
「このまま帰れなかったら、どうするんだろうって」
おじさんは何も言わずに聞いている。
「こっちで生活するのも、慣れてきたけどさ」
俺は苦笑する。
「やっぱり日本に帰りたいよ」
「ああ」
「家族もいるし、バイトもあるし」
「そうだな」
「このまま、ずっと帰れなかったら……」
俺の声が少しだけ小さくなる。
「……怖いんだよ」
おじさんは夜空を見上げた。
そして。
「帰る」
「……」
「日本に帰る」
俺が顔を上げる。
「必ず帰る」
短い言葉だった。
でも、それで十分だった。
「……そっか」
俺は小さく笑った。
「そうだよな」
「ああ」
「じゃあ、俺も頑張らないとな」
「そうだ」
「明日、ちゃんと生きて帰ろう」
「ああ」
二人は宿へ戻った。
◆
翌朝。
モンドの空は青かった。
風が街を吹き抜けている。
出発の準備は整っていた。
蛍とパイモンも合流する。
ウェンティも準備を終えている。
騎士団側も、それぞれの役割を確認していた。
「忘れ物はない?」
パイモンが確認する。
「たぶん」
蛍が答える。
「たぶんってなんだよ!」
「大丈夫」
俺が苦笑する。
「必要なものは確認した」
「なら安心だな!」
パイモンが胸を張る。
ウェンティが空を見上げた。
「風がいい感じだね」
「そうだな」
おじさんが答える。
俺はモンドの街を見る。
これまで依頼を受けて歩いた道。
冒険者ギルド。
宿。
何度も通った広場。
出会った人たち。
ベネット。
フィッシュル。
モナ。
ディオナ。
そして、クレー。
短い間だった。
それでも、この街での生活は確かに積み重なっている。
「……行こう」
蛍が言った。
「ああ」
おじさんが答える。
「おう!」
パイモンも声を上げる。
俺は最後にもう一度、モンドを振り返った。
(ゲームでは、ここから風龍廃墟へ行く)
そのことは知っている。
けれど。
(実際はどうなるか分からない)
ここまでだって、ゲームとは違うことがいくつも起きている。
だから、知識だけに頼るつもりはなかった。
「……行くか」
俺が歩き出す。
おじさんも隣を歩く。
蛍とパイモン、ウェンティも続く。
モンドを吹き抜ける風が、彼らの背中を押すように流れていった。
こうして一行は、決戦へ向けてモンドを出発した。
風魔龍――トワリンを救うために。
そして。
二人が日本へ帰る方法を探す旅を続けるために。