異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第2話「モンドでの生活」

 異世界に来てから、数日が経った。

 

 数日前まで、俺は日本にいた。

 

 学校を卒業して、普通に生活して。

 

 おじさんと一緒にいた。

 

 それが突然、見知らぬ世界に放り出された。

 

 最初は何が何だか分からなかった。

 

 モンスターがいる。

 

 魔法がある。

 

 剣で戦う人間がいる。

 

 空には見たこともない生き物が飛んでいる。

 

 そして何より――。

 

 ここは俺が知っているゲームの世界だった。

 

 原神。

 

 その世界に、俺たちはいる。

 

 ……ただし。

 

 ゲームと現実は、思っていた以上に違った。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

「飯だ」

 

「分かってるよ」

 

 朝。

 

 俺たちは宿の食堂にいた。

 

 目の前にはパンとスープ、それから簡単な料理。

 

 モンドで食べる朝食にも、少しずつ慣れてきた。

 

 最初はかなり違和感があった。

 

 日本の朝食とは全然違う。

 

 味付けも違う。

 

 食器も違う。

 

 食材も違う。

 

 それでも数日も食べていれば、人間というのは慣れるものらしい。

 

「……うん」

 

 スープを一口飲む。

 

 普通に美味しい。

 

「慣れたな」

 

 向かいに座るおじさんが言った。

 

「何が?」

 

「飯」

 

「まあね」

 

 俺はパンをちぎる。

 

「最初は日本に帰ることしか考えてなかったけど」

 

「今も帰るぞ」

 

「分かってる」

 

 そこは勘違いしていない。

 

 俺たちの目的は、日本へ帰ること。

 

 これは変わっていない。

 

 ただ――。

 

 帰る方法が分からない。

 

 だから今は、この世界で生きていくしかない。

 

「で」

 

 俺はおじさんを見る。

 

「今日どうする?」

 

「依頼」

 

「やっぱり?」

 

「生活費が必要だ」

 

「だよな」

 

 俺は懐に入れているモラを確認する。

 

 昨日の依頼でもらった報酬。

 

 まだ残っている。

 

 でも、使えば減る。

 

 当たり前だ。

 

「宿代も食費もかかるし」

 

「そうだな」

 

「日本円が使えないのが地味に痛い」

 

「モラを稼げばいい」

 

「それが簡単にできる世界なのがすごいんだよ」

 

 日本なら、働いて給料をもらう。

 

 ここでは冒険者として依頼を受ける。

 

 魔物を倒したり、荷物を運んだり、人を探したり。

 

 それで生活費を稼ぐ。

 

 考えてみれば、ものすごくファンタジーな生活だ。

 

 なのに。

 

「……慣れてきたな」

 

「そうだな」

 

 おじさんも頷いた。

 

 そのとき。

 

「おじさん!」

 

 食堂の店員が声をかけてきた。

 

「パンのおかわり、いる?」

 

「いる」

 

「即答かよ」

 

「腹が減っている」

 

「朝からどんだけ食うんだよ……」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 おじさんは気にせずパンを受け取る。

 

 異世界に来ても、この人は変わらない。

 

 そこだけは妙に安心できる。

 

     ◇

 

 食事を終える。

 

 俺たちは宿を出た。

 

 モンドの街を歩く。

 

 朝の街は、昨日までとは少し違って見えた。

 

 店が開き始めている。

 

 人が行き交っている。

 

 荷物を運んでいる人もいる。

 

 騎士たちが街の中を歩いている。

 

 平和な街。

 

 ゲームで見ていた景色。

 

 それが今は現実として目の前にある。

 

「……やっぱ変な感じだな」

 

「何が?」

 

「この街」

 

「モンドか?」

 

「うん」

 

 俺は周囲を見る。

 

 ゲーム画面で見ていた景色と、実際に歩く景色では全然違う。

 

 風が吹いている。

 

 人の声が聞こえる。

 

 パンの焼ける匂いがする。

 

 馬車が通る。

 

 剣を持った人が歩いている。

 

 ゲームでは再現されていなかった細かい部分が、現実にはいくらでも存在している。

 

「……これが現実なんだよな」

 

「そうだ」

 

 おじさんはあっさり答える。

 

「おじさん、もう慣れすぎじゃない?」

 

「そうか?」

 

「異世界だよ?」

 

「異世界だな」

 

「もっと驚けよ」

 

「最初に驚いた」

 

「今は?」

 

「飯が食える」

 

「そこなのかよ」

 

 俺はため息をついた。

 

     ◇

 

 途中で、俺は街の看板に目を向けた。

 

 テイワットの文字。

 

 当然、日本語ではない。

 

「……」

 

 足を止める。

 

「どうした?」

 

「いや、これ」

 

 看板を指差す。

 

「少し分かるようになった」

 

「読めるのか?」

 

「……一部だけ」

 

 キャサリンさんに教えてもらってから、俺も少しずつ文字を覚えている。

 

 会話については、転移した直後から問題なくできた。

 

 だが、文字は別だった。

 

 言葉を話せるからといって、文字まで読めるわけじゃない。

 

 これが地味に困る。

 

「ここは……店?」

 

「そうみたいだな」

 

「この文字は?」

 

「知らない」

 

「じゃあ俺に聞くなよ」

 

「読めると思った」

 

「俺だって勉強中だよ」

 

 俺は看板を見上げる。

 

 ゲームなら、表示される文字を読むだけだった。

 

 でも現実ではそうはいかない。

 

「ゲームの知識で地名とか人名は分かるんだけどな……」

 

「便利だな」

 

「便利なのか不便なのか分からないけど」

 

 知っている名前だけは分かる。

 

 でも街の人が書いた普通の文章は読めない。

 

 ゲームの知識と現実の知識。

 

 その差が、意外と大きい。

 

「まあ、覚えるしかないか」

 

「そうだな」

 

 俺たちは再び歩き始めた。

 

     ◇

 

「たかふみ!」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

 振り返る。

 

「アンバー」

 

「やっぱり!」

 

 赤い服。

 

 弓。

 

 見慣れた姿。

 

 アンバーが笑顔で駆け寄ってくる。

 

「二人とも元気そうだね!」

 

「まあね」

 

「モンドの生活には慣れた?」

 

「少しずつ」

 

「よかった!」

 

 アンバーは嬉しそうに笑った。

 

「最初はどうなることかと思ったんだから」

 

「俺もそう思ってた」

 

「ちゃんと宿もある?」

 

「ある」

 

「食事は?」

 

「食べてる」

 

「仕事は?」

 

「冒険者ギルドで依頼を受けてる」

 

「それなら安心だね!」

 

 アンバーが胸を撫で下ろす。

 

「モラも稼げてる?」

 

「なんとか」

 

 俺は財布を見せる。

 

 モラが入っている。

 

「おお……!」

 

 アンバーが興味深そうに見る。

 

「もうモラにも慣れたんだ」

 

「慣れたというか……」

 

 俺は苦笑する。

 

「使わないと生活できないから」

 

「そうだよね」

 

 アンバーは頷いた。

 

「文字のほうは?」

 

「それがまだ……」

 

「難しい?」

 

「かなり」

 

「そっかぁ」

 

 アンバーは少し考える。

 

「私でよければ、分からない文字があったら教えるよ」

 

「本当に?」

 

「もちろん!」

 

「助かる」

 

 こういうところは、本当にありがたい。

 

 この世界で俺たちを最初に拾ってくれたのもアンバーだった。

 

 右も左も分からない俺たちに、モンドのことを教えてくれた。

 

 今でも気にかけてくれている。

 

「でも」

 

 アンバーがおじさんを見る。

 

「おじさんは、相変わらず無口だね」

 

「必要なことは話している」

 

「そうかな?」

 

「そうだ」

 

「たかふみがほとんど説明してる気がするけど」

 

「そうだな」

 

「認めるんだ……」

 

 俺は苦笑する。

 

 おじさんは、自分から積極的に事情を説明するタイプではない。

 

 異世界に来たこと。

 

 日本という国から来たこと。

 

 帰る方法を探していること。

 

 必要なこと以外は、あまり話したがらない。

 

 だから自然と俺が説明役になる。

 

「まあ、でも」

 

 アンバーが笑う。

 

「二人とも悪い人じゃないって分かってるから」

 

「ありがとう」

 

「困ったことがあったら、遠慮なく言ってね!」

 

「うん」

 

 アンバーが手を振る。

 

「じゃあ、私は仕事があるから!」

 

「またね」

 

「またね、たかふみ! おじさん!」

 

 アンバーは街の奥へ走っていった。

 

 俺はその背中を見送る。

 

「……いい人だよな」

 

「そうだな」

 

「最初にアンバーに会えたのは運がよかった」

 

「ああ」

 

 おじさんも短く答える。

 

     ◇

 

 冒険者ギルドへ向かう。

 

 今日も依頼を探す。

 

 掲示板を見る。

 

「……」

 

 文字。

 

「……」

 

 俺は固まる。

 

「たかふみ」

 

「分かってる」

 

「読めないのか?」

 

「読めない」

 

「昨日より進歩してないな」

 

「うるさい」

 

 キャサリンさんに依頼内容を確認してもらう。

 

 今日の依頼は、モンド近郊の道の確認と魔物の討伐。

 

 昨日と似ている。

 

「これなら大丈夫そうだな」

 

「そうだな」

 

 報酬も悪くない。

 

「受けよう」

 

 俺たちは依頼を受けた。

 

     ◇

 

 街の外へ出る。

 

 昨日と同じような道。

 

 でも今日は、少しだけ違う感覚があった。

 

「この先、森だな」

 

「そうだ」

 

「昨日の道より分かる」

 

「慣れてきたな」

 

「うん」

 

 俺は周囲を見る。

 

 風。

 

 草。

 

 木々。

 

 遠くに見える山。

 

 ゲームで見たことのある風景。

 

 それでも、実際に歩くと違う。

 

 俺たちの足音。

 

 鳥の声。

 

 風の音。

 

 全部が現実だ。

 

「……」

 

 少し考える。

 

 俺は、本当にこの世界に慣れてきている。

 

 それが少し怖かった。

 

 日本に帰りたい。

 

 その気持ちは変わっていない。

 

 でも。

 

 この世界で生活することにも慣れてきている。

 

 その二つが同時に存在している。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

「敵だ」

 

「!」

 

 俺は前を見る。

 

 草むら。

 

「……いた」

 

 ヒルチャール。

 

 数体。

 

「三体」

 

「分かった」

 

「右にも一体」

 

「了解」

 

 俺は周囲を見る。

 

「木の裏にもいる」

 

「何体だ?」

 

「二体」

 

 おじさんが頷く。

 

「任せろ」

 

 その瞬間。

 

 おじさんが動いた。

 

 精霊魔法によって風が走る。

 

 敵の動きが崩れる。

 

 そこへ光の剣。

 

 接近。

 

 一撃。

 

 また一撃。

 

 戦闘は短かった。

 

「……終わった」

 

「そうだな」

 

 俺は周囲を見る。

 

 敵がいない。

 

「昨日より早くなかった?」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

 俺は少し笑う。

 

「俺たち、連携できるようになってきたな」

 

「そうだな」

 

「俺が敵を見つける」

 

「ああ」

 

「位置を伝える」

 

「ああ」

 

「おじさんが倒す」

 

「ああ」

 

「……俺の役割、敵発見だけじゃない?」

 

「重要だ」

 

「まあ、そうだけど」

 

 自分でも笑ってしまう。

 

 でも。

 

 最初の頃とは違う。

 

 俺たちは少しずつ、この世界で生きる方法を覚えている。

 

     ◇

 

 依頼を終える。

 

 ギルドへ戻る。

 

 報酬を受け取る。

 

 モラ。

 

 これにも慣れてきた。

 

「いくら残ってる?」

 

「確認する」

 

 俺は財布を開く。

 

 今日の報酬を加える。

 

「……これなら、しばらく大丈夫」

 

「飯は?」

 

「ちゃんと含めてる」

 

「ならいい」

 

「そこだけは譲らないんだな」

 

「食事は重要だ」

 

「はいはい」

 

 俺は笑った。

 

 ギルドを出る。

 

 夕方のモンド。

 

 街は昼間とは違う表情を見せている。

 

 人々が帰っていく。

 

 店には明かりが灯り始める。

 

 酒場から声が聞こえる。

 

 俺は立ち止まった。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや」

 

 街を見る。

 

 数日前まで、ここは知らない世界だった。

 

 今では。

 

 宿が分かる。

 

 ギルドが分かる。

 

 食事をする場所も分かる。

 

 モラの価値も少し分かる。

 

 街の人たちの顔も覚えてきた。

 

 アンバー。

 

 キャサリンさん。

 

 騎士団の人たち。

 

 少しずつ知り合いが増えている。

 

「……俺、慣れてきてるな」

 

「そうだな」

 

「なんか変な感じ」

 

「何が?」

 

「異世界なのに、普通に生活してる」

 

「生活するしかないからな」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

 俺は苦笑した。

 

     ◇

 

 夜。

 

 宿の部屋。

 

 窓の外にはモンドの街。

 

 月明かり。

 

 静かな風。

 

 俺はベッドに座りながら考える。

 

「日本……どうなってるかな」

 

「分からない」

 

「家族も心配してるだろうな」

 

「ああ」

 

「突然いなくなったわけだし」

 

「そうだな」

 

 俺は黙る。

 

 帰りたい。

 

 でも。

 

 方法が分からない。

 

「……おじさん」

 

「何だ?」

 

「本当に帰れると思う?」

 

「帰る」

 

「質問の答えになってない」

 

「帰る方法を探す」

 

 おじさんはいつものように短く答えた。

 

「焦っても仕方ない」

 

「うん」

 

「情報を集める」

 

「うん」

 

「この世界には、俺たちが知らない場所がある」

 

「そうだな」

 

「なら、探せばいい」

 

 俺はしばらく黙った。

 

「……そうだな」

 

 それしかない。

 

 今は。

 

 この世界で生活しながら、帰る方法を探す。

 

 冒険者として依頼を受ける。

 

 人と話す。

 

 街を知る。

 

 世界を知る。

 

 その先に、何か手掛かりがあるかもしれない。

 

「明日も依頼か」

 

「ああ」

 

「休みたいんだけど」

 

「必要か?」

 

「必要だよ」

 

「そうか」

 

「でも明日も行くんだろ?」

 

「ああ」

 

「……俺も行くけど」

 

 おじさんが少しだけ笑った。

 

 俺も笑う。

 

 日本に帰る方法は、まだ見つからない。

 

 この世界についても、知らないことばかりだ。

 

 それでも。

 

 少なくとも今日一日は、無事に過ごせた。

 

 朝起きて。

 

 飯を食って。

 

 街を歩いて。

 

 アンバーと話して。

 

 依頼を受けて。

 

 魔物と戦って。

 

 モラを稼いで。

 

 夜になれば、帰る方法について考える。

 

 そんな一日。

 

 数日前までなら、こんな生活を「日常」と呼ぶなんて考えもしなかった。

 

 でも今は――。

 

「……おやすみ、おじさん」

 

「ああ。おやすみ」

 

 明日もまた、朝が来る。

 

 そして俺たちは、冒険者ギルドへ向かう。

 

 日本へ帰るために。

 

 そして。

 

 この異世界で生きていくために。

 

 モンドでの生活は、少しずつ俺たちの日常になり始めていた。

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