朝のモンド。
いつもなら、城門の周辺には冒険者や商人の姿が見える。
けれど、この日は少し違っていた。
西風騎士団の団員たちが城門や城壁周辺に配置され、街の警戒を強めている。
街道の先を確認する者。
城壁の上から周囲を見張る者。
市街地へ続く道を巡回する者。
騎士団全体が、いつでも動けるよう準備を整えていた。
「……結構、厳重だな」
俺は城門を眺めながら呟いた。
「トワリンが再びモンドへ来る可能性があるからね」
隣にいた蛍が答える。
その向こうでは、ジンさんが騎士団の指示を出していた。
「城門周辺の警戒を強化してください。異変を確認した場合は、必ず報告を」
「はい!」
団員が敬礼する。
「それから、無理に戦闘を続ける必要はありません。危険を感じた場合は、すぐに退避してください」
「了解しました!」
ジンさんは一人一人の配置を確認していく。
その表情は真剣だった。
街を守る。
それが今のジンさんたちの役目なのだろう。
トワリンがどれほど危険な存在なのかは、俺も知っている。
ゲームの中で見た敵。
けれど、ここでは違う。
実際にモンドで暮らす人たちにとって、トワリンは巨大な災害そのものだ。
「たかふみ」
ジンさんがこちらへ歩いてきた。
「はい、ジンさん」
「準備はできましたか?」
「大丈夫です」
俺が答える。
ジンさんは蛍、おじさん、ウェンティ、パイモンにも視線を向けた。
「今回、騎士団は風龍廃墟へ同行しません」
「分かってる」
蛍が頷く。
「トワリンがモンドへ戻ってきた場合に備えて、騎士団は街の防衛を優先します」
ジンさんの視線が、モンドの街へ向く。
「もし何かあれば、すぐに退避してください」
「退避?」
俺が聞き返す。
「はい」
ジンさんは頷いた。
「風龍廃墟で想定以上の危険が発生した場合、戦闘を続けることよりも皆さんの安全を優先してください」
「でも、トワリンを助けるんだろ?」
パイモンが言う。
「そのつもりです」
ジンさんは穏やかに答えた。
「ですが、無理をして誰かが倒れてしまえば、それこそ取り返しがつきません」
蛍が黙って頷く。
「分かった」
俺も頷いた。
「俺も気をつけます」
「お願いします、たかふみ」
ジンさんはそう言って、少しだけ表情を和らげた。
そこへアンバーがやってきた。
「準備できた?」
「うん」
蛍が答える。
「風龍廃墟までの道は?」
「今のところ問題ないよ」
アンバーが周囲を見る。
「でも、アビス教団が動いている可能性は高いから気をつけてね」
「分かった」
俺が答える。
「アンバーさんたちは?」
「私たちはモンドに残るよ」
アンバーは胸を張った。
「何かあったら、すぐ対応できるようにしておくから」
「ありがとう、アンバーさん」
「うん!」
続いてガイアさんがこちらへ歩いてきた。
「いよいよ風龍廃墟か」
「ガイアさん」
「向こうには何が待っているか分からない。まあ、お前たちなら大丈夫だろうがな」
ガイアさんは笑う。
「ただし、無茶はするなよ」
「分かってます」
俺が答える。
「俺も、おじさんが無茶しないように見ておきます」
「俺は無茶などしない」
おじさんが真顔で言った。
「……それ、信用していいのか?」
「問題ない」
即答だった。
俺は何とも言えない顔になる。
するとリサさんが後ろから声をかけてきた。
「ふふっ。たかふみ、心配なのねぇ」
「そりゃ心配ですよ、リサさん」
「おじさんのこと?」
「そうです」
リサさんはおじさんを見る。
「確かに、あの人は自分の力を過小評価しているようなところがあるものね」
「過小評価じゃない」
おじさんが言う。
「必要な力を使っているだけだ」
「それが心配なのよ」
リサさんが笑った。
俺も頷く。
「ですよね」
「おい」
おじさんが俺を見る。
「何だ?」
「いや、何でもない」
この人に言っても無駄だ。
俺はそう判断した。
そのとき。
「そろそろ行こうか」
ウェンティが言った。
「うん」
蛍が頷く。
俺たちは城門へ向かう。
最後に俺はモンドを振り返った。
騎士団が街を守っている。
アンバーさんやガイアさん、リサさんたちも残る。
そして、ジンさんも。
「気をつけてください」
ジンさんが言う。
「ジンさんも」
俺が答える。
「何かあったら、すぐ退避してくださいね」
「分かっています」
ジンさんは微笑んだ。
「たかふみも、無理はしないように」
「はい」
俺たちはモンドを出た。
◇
街を離れると、周囲は急に静かになった。
街道を歩きながら、俺は前方を見る。
遠くに巨大な建造物が見えていた。
「……あれが風龍廃墟か」
「そうだよ」
ウェンティが答える。
「もう少し先だね」
俺は目を細めた。
ゲームでは何度も見た場所だ。
けれど。
実際に見ると、印象がまるで違う。
「デカいな……」
「そんなに?」
蛍が俺を見る。
「うん。ゲームで見たときより、ずっと大きく感じる」
「ゲーム?」
「……まあ、俺がいた世界で見たものと比べてってこと」
「なるほど」
蛍は深く追及しなかった。
パイモンが俺の横を飛びながら言う。
「たかふみは変なことを言うよな」
「自覚はある」
「自覚あるのかよ!」
「あるよ」
おじさんは何も言わずに前を歩いている。
風が少しずつ強くなってきた。
草が大きく揺れている。
「風、強くなってない?」
蛍が言う。
「うん」
ウェンティが答えた。
「近づいている証拠だよ」
「トワリンに?」
「そう」
ウェンティの表情から、いつもの軽さが少し消えた。
俺はそれを見て、背筋が伸びる。
いよいよだ。
風龍廃墟。
そして、トワリン。
ここから先は、ゲームの知識だけではどうにもならない。
現実の戦いだ。
「止まって」
ウェンティが言った。
全員が足を止める。
「どうした?」
おじさんが聞く。
「……いる」
ウェンティが前を見る。
俺も目を凝らす。
何も見えない。
だが。
次の瞬間。
遠くの岩陰から、黒い影が現れた。
「アビス教団!」
蛍が剣を抜く。
「やっぱり来たか」
俺も周囲を見る。
一体。
二体。
さらに奥にもいる。
「数が多い!」
パイモンが叫ぶ。
「俺たちを足止めするつもりだろうな」
俺は周囲を確認した。
「蛍、おじさん。左右に分かれよう」
「分かった」
「了解した」
蛍が右へ。
おじさんが左へ走る。
「パイモン、俺たちは中央から全体を見る!」
「分かった!」
アビスの魔術師が杖を掲げる。
炎の魔法が飛んできた。
「来る!」
俺が叫ぶ。
蛍が横へ飛ぶ。
炎が地面を焼いた。
「たかふみ!」
「大丈夫!」
俺は走りながら敵の位置を確認する。
その直後。
左側から風が巻き起こった。
「ワーグレント・スラドセルド――疾風駆送」
おじさんが一気に距離を詰める。
光の剣が閃いた。
アビスの魔術師が防御する。
しかし。
おじさんはそのまま押し切った。
「うわ……」
俺は思わず呟く。
敵が吹き飛ぶ。
続けて別の敵が攻撃する。
おじさんは身体をひねって避けた。
「レグスウルド・スタッガ――縛動・拘鎖」
光の鎖が伸びる。
敵の身体を拘束。
おじさんが踏み込む。
一閃。
敵が倒れる。
「おじさん、右!」
「分かっている」
振り向く。
飛んできた魔法を光の剣で弾いた。
そのまま敵へ接近する。
一方。
蛍も敵を相手にしていた。
「そこ!」
剣が閃く。
元素の力が敵を吹き飛ばす。
「残りは?」
蛍が叫ぶ。
「二体!」
俺が答える。
「任せて!」
蛍が走る。
俺はパイモンと一緒に中央から状況を確認する。
「左、もう一体!」
「分かった!」
パイモンが叫ぶ。
おじさんが反応する。
光の剣が振り抜かれた。
敵が倒れる。
「最後!」
蛍が一気に距離を詰める。
そして。
最後の敵が地面に倒れた。
静かになった。
「……終わった?」
パイモンが周囲を見る。
「今のところは」
俺が答える。
「でも、まだ油断できない」
ウェンティが風龍廃墟を見つめていた。
「アビス教団は、僕たちが来ることを予想していたようだね」
「まだいる可能性がある?」
蛍が聞く。
「うん」
ウェンティは頷いた。
「急ごう」
俺たちは再び歩き始めた。
◇
風龍廃墟の入口が近づく。
巨大な石柱が空へ伸びている。
崩れた建物。
長い年月を感じさせる石壁。
風が廃墟の中を吹き抜けている。
「……すごい」
蛍が呟いた。
俺も言葉を失っていた。
知っている景色なのに。
知らない場所に見える。
ゲーム画面では、ただの背景だった。
けれど、ここには巨大な石があり、風が吹き、足元には細かな砂が転がっている。
現実だ。
「俺、本当にここに来たんだな……」
思わず呟く。
「どうした?」
パイモンが聞く。
「いや」
俺は首を振る。
「何でもない」
そのとき。
ウェンティが足を止めた。
「……」
「ウェンティ?」
蛍が声をかける。
ウェンティは答えない。
ただ、風龍廃墟の奥を見ている。
「近い」
やがて、ウェンティが言った。
「トワリンが?」
俺が聞く。
「うん」
ウェンティが頷く。
「すぐそこだ」
風が強くなる。
廃墟の奥から、低い音が聞こえてきた。
ゴォォォ……。
「何の音?」
パイモンが不安そうに言う。
「風……だけじゃない」
俺は耳を澄ます。
地面が微かに震えている。
「来るぞ」
おじさんが言った。
次の瞬間。
巨大な風圧が吹き抜けた。
「うわっ!」
パイモンが飛ばされる。
「パイモン!」
蛍が腕を掴む。
俺も身体を低くする。
砂と小石が舞い上がる。
「なんだ、この風……!」
おじさんは光の剣を地面へ突き立て、身体を支えている。
ウェンティは。
ただ前を見ていた。
「……トワリン」
その名前を呼ぶ。
風龍廃墟の奥。
巨大な影が動いた。
翼。
長い尾。
青い身体。
そして。
巨大な風龍が姿を現した。
「……!」
俺は息を呑む。
トワリン。
ゲームで何度も見た姿。
それなのに。
現実に見ると、圧倒的だった。
「でか……」
パイモンが呟く。
蛍が剣を構える。
おじさんも光の剣を構えた。
ウェンティが前へ出る。
「トワリン!」
声が廃墟に響く。
巨大な風龍がこちらを見る。
赤い瞳。
その身体から荒々しい風が吹き出している。
「……」
ウェンティは動かない。
「僕だよ」
静かな声だった。
しかし。
「グォォォォォォォォッ!」
トワリンが咆哮した。
風が爆発する。
「くっ!」
蛍が身体を低くする。
俺も腕で顔を覆った。
「たかふみ!」
「大丈夫!」
俺は叫び返す。
風が少し弱まる。
そして俺は見た。
「……あれか」
トワリンの身体に、黒いものが絡みついている。
禍々しい力。
「アビスの力だ」
ウェンティが言う。
「トワリンは、あれに蝕まれている」
「ゲームで見たときより、ずっと酷いな……」
俺は呟く。
トワリンが再び苦しそうに咆哮する。
「……苦しんでる」
蛍が言う。
「うん」
ウェンティが答える。
「助けなきゃ」
「どうする?」
俺が聞く。
ウェンティはトワリンを見る。
「アビスの力を取り除く」
おじさんが光の剣を握り直した。
「ならば、あれを狙う」
「おじさん」
俺は振り向く。
「トワリン本体を傷つけすぎないでくれ」
「分かっている」
「本当に?」
「問題ない」
俺は少しだけ不安になる。
でも。
今は信じるしかない。
「蛍」
「うん」
「トワリンの動きを止めるんじゃなくて、隙を作ろう」
「分かった」
「俺は動きを見る」
パイモンが頷く。
「オイラも手伝うぞ!」
ウェンティが弓を構える。
「じゃあ、始めよう」
トワリンが翼を広げる。
巨大な風が巻き起こる。
「来る!」
俺が叫ぶ。
トワリンが空へ舞い上がった。
「右!」
蛍が走る。
風の刃が地面を削る。
おじさんが飛び上がった。
「ワーグレント・スラドセルド――疾風駆送!」
一気に加速する。
トワリンへ接近。
しかし、トワリンが翼を振る。
おじさんが弾き飛ばされる。
「おじさん!」
俺が叫ぶ。
おじさんは空中で体勢を整え、着地した。
「問題ない」
「ならいいけど!」
蛍が走る。
「今!」
剣がトワリンの翼へ迫る。
トワリンが身をひねる。
その瞬間。
「見えた!」
俺が叫ぶ。
黒い力が一瞬だけ露出した。
「おじさん、左!」
「分かった」
おじさんが走る。
光の剣が黒い力へ向かう。
だが。
トワリンが咆哮した。
強烈な風が吹き荒れる。
「くっ!」
おじさんの身体が押し戻される。
「まだ!」
ウェンティが叫ぶ。
風の流れが変わった。
蛍がその風に乗って跳ぶ。
「おじさん!」
「分かっている!」
二人が同時に動く。
蛍がトワリンの注意を引く。
その隙に、おじさんが接近する。
光の剣が黒い力を捉えた。
「――っ!」
黒い力が弾けた。
トワリンが苦しそうに叫ぶ。
「効いてる!」
俺は叫んだ。
ウェンティがトワリンへ呼びかける。
「トワリン!」
風龍がこちらを見る。
「もう少しだ!」
しかし。
黒い力はまだ残っている。
むしろ。
トワリンの身体を守るように広がっていく。
「……まだある」
俺が呟く。
「たかふみ!」
蛍が叫ぶ。
「どうする?」
「無理に一気に剥がそうとするな!」
俺は叫び返す。
「少しずつ削る!」
おじさんが頷く。
「分かった」
「蛍は動きを引きつけて!」
「任せて!」
蛍が走る。
トワリンの風が吹き荒れる。
それでも蛍は避け続ける。
おじさんが黒い力へ接近する。
光の剣が振り抜かれる。
また一部が消える。
「そのまま!」
俺が叫ぶ。
ウェンティの風が戦場を支える。
少しずつ。
本当に少しずつ。
トワリンを蝕んでいた黒い力が剥がれていく。
だが。
俺はまだ安心できなかった。
この戦いは始まったばかりだ。
目の前には、巨大な風龍。
そして。
その身体を蝕むアビスの力。
「……まだ終わってない」
俺は剣を握る蛍を見る。
おじさんを見る。
ウェンティを見る。
そして、トワリンを見る。
巨大な風龍が再び翼を広げた。
廃墟全体を揺らすほどの風が吹き荒れる。
「来るぞ!」
俺が叫ぶ。
蛍が剣を構える。
おじさんが光の剣を構える。
ウェンティが弓を引く。
そして。
風龍廃墟を揺るがす戦いが、本格的に始まった。