轟音が響いた。
風龍廃墟の最深部。
崩れかけた巨大な建造物の奥から、凄まじい風が吹き抜けている。
足元の石畳が震え、壁の向こうから低い唸り声が響いた。
「……来る」
ウェンティが静かに呟いた。
蛍が剣を構える。
パイモンは慌てて蛍の後ろへ隠れた。
「お、おい……今の音、かなり大きかったぞ!」
俺は答えられなかった。
ゲームで何度も見た。
その姿も知っている。
名前だって知っている。
それでも。
実際に目の前に現れると、まるで別物だった。
巨大だった。
青白い身体。
長い尾。
大きく広げられた翼。
そして、その全身から溢れ出す風。
巨大な風龍が、廃墟の奥から姿を現した。
「――トワリン!」
蛍が叫ぶ。
トワリンは俺たちを睨みつけた。
「人間よ……!」
低い声が響く。
「ここから立ち去れ!」
「トワリン!」
ウェンティが前へ出る。
「僕の声が聞こえるかい?」
「その声……」
トワリンの目が僅かに揺れた。
だが、次の瞬間。
「去れ!」
巨大な翼が振り下ろされた。
「危ない!」
蛍が前へ出る。
剣を振る。
風の塊が弾け飛んだ。
「蛍!」
「大丈夫!」
蛍はそのままトワリンへ駆け出した。
俺も周囲を見る。
廃墟の床には瓦礫が散らばっている。
逃げ場は少ない。
相手は空を飛ぶ。
しかも、あの巨体だ。
「おじさん!」
「分かってる」
おじさんが前へ出た。
右手に光の剣が現れる。
そのまま、トワリンへ向かって走り出した。
「速っ!」
パイモンが叫ぶ。
おじさんは風の中を一直線に進んでいく。
トワリンが気づいた。
「人間ごときが!」
巨大な爪が振り下ろされる。
おじさんは直前で身体を横へ滑らせた。
巨大な爪が石床を砕く。
そのまま、おじさんがトワリンの身体へ飛び乗った。
「そこ!」
俺が叫ぶ。
おじさんの光の剣が振り下ろされる。
だが――。
ギィンッ!
剣が何かに弾かれた。
「……?」
おじさんが一瞬だけ止まる。
俺は目を凝らした。
トワリンの身体に、黒い何かがまとわりついている。
「アレだ……」
思わず声が出た。
「たかふみ?」
パイモンが俺を見る。
「トワリンを苦しめてるもの」
ウェンティも黒い力へ視線を向ける。
「アビスの力だ」
「やっぱり……」
ゲームで見たものと同じだった。
トワリンを蝕んでいる力。
そして。
俺はトワリンの身体を見た。
背中に食い込むように取り付けられた黒い装置。
「……あれだ」
見間違えるはずがない。
ゲームで見たものと同じだ。
「たかふみ?」
蛍が振り返る。
「トワリンの身体についてる、あの黒い装置を壊して!」
「装置?」
パイモンが目を凝らす。
「あれのことか?」
「そう!」
俺は頷いた。
焦っていた。
だから。
つい、口が滑った。
「ゲームでは、あれがトワリンを苦しめてた!」
「ゲームでは、か」
おじさんが呟いた。
俺は一瞬だけおじさんを見る。
けれど、おじさんは驚いていない。
俺が原作を知っていることは、おじさんも知っている。
だから、俺の言葉を疑うこともしなかった。
「なら、あれを壊せばいいんだな?」
「うん!」
「分かった」
おじさんは即答した。
「蛍、あれを狙え」
「分かった!」
蛍が走り出す。
トワリンが翼を大きく広げた。
「来るぞ!」
おじさんが前へ出る。
光の剣を振り、迫ってきた風を弾き飛ばした。
その隙に蛍が走る。
「今!」
俺が叫ぶ。
蛍が跳躍した。
トワリンの背中へ近づき、黒い装置へ剣を叩き込む。
ガキィン!
「硬い!」
「根元を狙って!」
俺は叫んだ。
「そこなら外せる!」
「分かった!」
蛍が体勢を立て直す。
トワリンが身をよじった。
「うわっ!」
蛍が振り落とされそうになる。
おじさんがすぐに動いた。
「蛍!」
光の剣でトワリンの攻撃を受け止める。
その一瞬で蛍が体勢を戻した。
「ありがとう!」
「今だ!」
俺が叫ぶ。
蛍が再び剣を振り下ろした。
バキッ!
黒い装置に亀裂が走る。
「もう一回!」
蛍が力を込める。
ガシャァン!
装置が砕け散った。
黒い破片が風に舞う。
その瞬間。
トワリンの動きが止まった。
「……!」
苦しそうだった咆哮が途切れる。
ウェンティがトワリンを見上げた。
「トワリン……」
トワリンの瞳が揺れた。
「……我は……」
先ほどまでの荒々しい声とは違う。
そこには苦しみと戸惑いが混じっていた。
「効いてる!」
パイモンが叫ぶ。
俺は息を吐いた。
「よかった……」
だが。
おじさんがトワリンを見る。
「まだ残っている」
「え?」
俺もトワリンを見る。
装置があった場所。
そこから黒い力がまだ残っている。
完全には消えていない。
「……そうか」
装置を壊せば終わり。
そう思っていた。
でも。
どうやら、それだけでは足りないらしい。
トワリンが苦しそうに身体を震わせる。
「グ……オオ……」
「トワリン!」
ウェンティが声をかける。
「大丈夫だよ。もう君を縛っていたものは壊れた」
「……まだ……」
トワリンが苦しそうに答える。
「我の中に……何かが……」
黒い力が再び蠢いた。
トワリンの身体を覆うように広がっていく。
「まだ終わってない!」
俺が叫ぶ。
「蛍!」
「分かってる!」
蛍が再び剣を構える。
トワリンが翼を広げた。
風が一気に強くなる。
「来るぞ!」
パイモンが叫ぶ。
巨大な風圧が廃墟を駆け抜ける。
「くっ!」
蛍が踏ん張る。
俺は近くの瓦礫に手をついた。
風が強すぎる。
まともに立っているだけでも精一杯だ。
その中を、おじさんが進んでいく。
「おじさん!」
「大丈夫だ」
おじさんが光の剣を構える。
「トワリン自身を傷つけずに、残ったものを削る」
「できる?」
「やる」
おじさんが走った。
トワリンの爪が迫る。
おじさんは紙一重でかわした。
光の剣が黒い力へ向かう。
ザンッ!
黒い影が弾けた。
「グオオオオオッ!」
トワリンが叫ぶ。
「効いてる!」
蛍も動く。
トワリンの攻撃を避けながら、黒い力へ剣を振る。
俺は戦況を見る。
「右!」
おじさんが反応する。
巨大な風が横から迫る。
おじさんが飛び退いた。
「次、左!」
光の剣が黒い力を斬る。
少しずつ。
本当に少しずつ。
黒い力が剥がれていく。
「もう少し!」
ウェンティがトワリンへ呼びかける。
「トワリン、君なら耐えられる!」
「……ウェンティ……」
トワリンの瞳に、少しずつ正気が戻っていく。
しかし。
黒い力は最後まで抵抗していた。
「まだだ!」
俺が叫ぶ。
「まだ残ってる!」
おじさんがトワリンを見る。
「最後の一つか」
「うん」
俺はおじさんを見る。
「今度は慎重に頼む」
「ああ」
おじさんが頷く。
蛍も剣を構え直した。
「僕も手伝う」
ウェンティがトワリンへ近づく。
「トワリン、もう少しだけ頑張れるかい?」
トワリンは苦しそうに息を吐いた。
「……ああ」
その声には、先ほどまでの怒りはなかった。
けれど。
最後に残った黒い力が、再び脈動する。
風が少しずつ強くなる。
俺は嫌な予感を覚えた。
「……これ、まだ終わってないよな」
おじさんが答える。
「ああ」
俺はトワリンを見る。
そして、おじさんを見る。
「……頼むぞ、おじさん」
「任せろ」
おじさんが前へ出る。
その瞬間。
トワリンの身体から、再び黒い力が噴き出した。
「来る!」
蛍が構える。
ウェンティが叫ぶ。
「トワリン!」
風が廃墟を揺らす。
最後に残ったアビスの力が、大きく膨れ上がった。
俺は息を呑む。
――まだ、終わっていない。
そして。
ここからが、本当の勝負だった。