異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

22 / 30
第22話「おじさん、やりすぎ」

 トワリンの身体に残っていた最後の黒い力が、ゆっくりと蠢いていた。

 

 身体に取り付いていた装置は、すでに蛍が破壊している。

 

 それでも。

 

 アビスの力そのものは、まだ消えていなかった。

 

「グオオオオオッ!」

 

 トワリンが咆哮する。

 

 大きく翼を広げ、風を巻き起こした。

 

「来る!」

 

 蛍が叫ぶ。

 

 俺は反射的に身を低くした。

 

 次の瞬間、凄まじい風が廃墟を駆け抜ける。

 

「うわっ!」

 

 瓦礫が宙へ舞い上がった。

 

「蛍!」

 

「大丈夫!」

 

 蛍は風の中で踏みとどまっていた。

 

 そのまま剣を構える。

 

「まだ終わってない!」

 

 蛍がトワリンへ向かって走った。

 

 トワリンが翼を振り下ろす。

 

 蛍は横へ跳ぶ。

 

 巨大な翼が目の前を通過した。

 

「今!」

 

 蛍が踏み込む。

 

 剣がトワリンの身体を覆う黒い力へ向かって振り抜かれた。

 

 黒い力が弾ける。

 

「グアアアッ!」

 

 トワリンが苦しそうに身をよじった。

 

「効いてる!」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

 しかし、黒い力は消えない。

 

 むしろ。

 

 トワリンの身体の中央へ集まり始めていた。

 

「まだ残ってる!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんがトワリンを見る。

 

「なら、あそこだな」

 

「うん!」

 

 俺は頷いた。

 

 ゲームで見た光景が頭をよぎる。

 

 装置は壊した。

 

 でも、まだアビスの力が残っている。

 

 なら。

 

 それをどうにかするしかない。

 

 おじさんが前へ出る。

 

 俺には、おじさんが何をしているのか正確には分からない。

 

 ただ。

 

 何かが変わった。

 

 空気が揺れたように感じる。

 

 そして。

 

 トワリンの身体を覆っていた黒い力が、大きく揺らいだ。

 

「グオオオオオッ!」

 

 トワリンが叫ぶ。

 

「おじさん、効いてる!」

 

「ああ」

 

 おじさんは短く答えた。

 

 黒い力が剥がれていく。

 

 だが、まだ中心部分に残っている。

 

「蛍!」

 

「分かってる!」

 

 蛍が再び走る。

 

 トワリンが風を放つ。

 

 蛍はその風を受け流しながら前へ進んだ。

 

「ここ!」

 

 剣を振り抜く。

 

 黒い力が裂ける。

 

 しかし。

 

 完全には消えない。

 

「硬い……!」

 

 蛍が剣を構え直す。

 

「もう一度!」

 

 蛍が踏み込む。

 

 今度はおじさんの攻撃によって、黒い力の動きが一瞬止まった。

 

「今だ」

 

 おじさんが言う。

 

「うん!」

 

 蛍が跳躍する。

 

 そして。

 

 黒い力の中心へ剣を叩き込んだ。

 

 大きな衝撃が走った。

 

 黒い力が砕ける。

 

「やった!」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

 だが。

 

「まだだ」

 

 おじさんが言った。

 

 黒い力の一部が、トワリンの身体の奥へ逃げるように移動していく。

 

「……最後の一つか」

 

 俺が呟く。

 

 おじさんが頷いた。

 

「ああ」

 

 トワリンが苦しそうに翼を広げる。

 

「グオオオオオッ!」

 

 風が再び吹き荒れる。

 

「トワリン!」

 

 ウェンティが叫ぶ。

 

「もう少しだ!」

 

 トワリンの瞳が揺れた。

 

「……ウェン……ティ……」

 

「そうだよ」

 

 ウェンティが声を返す。

 

「君は一人じゃない」

 

 トワリンの動きが僅かに止まった。

 

 その瞬間。

 

 蛍が走る。

 

「今!」

 

 おじさんが攻撃する。

 

 蛍はその隙を使って、トワリンへ接近した。

 

「これで……!」

 

 剣が黒い力を斬り裂く。

 

 黒い影が大きく揺らぐ。

 

「まだ残ってる!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 おじさんが黒い力を見据える。

 

「……なら」

 

 おじさんが右手を前へ出した。

 

「まとめて消す」

 

「……え?」

 

 俺は嫌な予感がした。

 

「おじさん?」

 

 返事がない。

 

「おじさん、ちょっと待って」

 

 おじさんの右手が、そのまま前へ向けられている。

 

 周囲の風が大きく乱れた。

 

「……おい」

 

 俺は一歩下がる。

 

「それ、本当に大丈夫なのか?」

 

「問題ない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 おじさんが答える。

 

 俺はトワリンを見る。

 

 そして、おじさんを見る。

 

「……頼むから、トワリンまで巻き込むなよ」

 

「分かっている」

 

 おじさんが静かに答えた。

 

 次の瞬間。

 

 凄まじい衝撃が走った。

 

「うわあああああっ!」

 

 風龍廃墟が大きく揺れる。

 

 俺は反射的に身を伏せた。

 

「蛍!」

 

「大丈夫!」

 

 蛍の声が聞こえる。

 

 顔を上げる。

 

 視界の先で、トワリンを覆っていた黒い力が大きく揺れていた。

 

「おじさん!」

 

 俺は叫ぶ。

 

「トワリンごと消す気か!?」

 

「しない」

 

「でも、これ!」

 

「調整している」

 

「今!?」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

「おじさん、やりすぎだぞ!」

 

「まだだ」

 

 おじさんは集中している。

 

 広がっていた力が少しずつ一点へ集まっていく。

 

 そして。

 

 トワリンを傷つけることなく、黒い力だけが削られていく。

 

「……本当に調整してる」

 

 俺は呆然と呟いた。

 

 だが。

 

 最後の黒い力が残った。

 

「蛍!」

 

 おじさんが叫ぶ。

 

「今だ!」

 

「分かった!」

 

 蛍が走った。

 

 風の中を駆け抜ける。

 

 黒い力が蛍へ向かって襲いかかる。

 

「っ!」

 

 蛍は剣で受け止めた。

 

「負けない!」

 

 さらに踏み込む。

 

 黒い力を押し返す。

 

「トワリンを……返して!」

 

 蛍の剣が振り抜かれた。

 

 黒い力が大きく裂ける。

 

「グオオオオオッ!」

 

 トワリンが叫ぶ。

 

 その声に苦しみが混じる。

 

「もう一度!」

 

 ウェンティが叫んだ。

 

「蛍!」

 

「うん!」

 

 蛍が再び跳ぶ。

 

 おじさんが残った黒い力を押さえ込む。

 

 蛍はその中心へ向かって剣を振り下ろした。

 

 ――バキィン!

 

 何かが砕けるような音が響いた。

 

 黒い力が大きく弾ける。

 

 そして。

 

 おじさんが最後の力を集中させた。

 

「これで終わりだ」

 

 黒い力が、次々と消えていく。

 

 トワリンの身体から。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 黒い影が剥がれ落ちる。

 

「トワリン!」

 

 ウェンティが叫ぶ。

 

「僕の声を聞いて!」

 

 トワリンの瞳が揺れた。

 

「……ウェン……ティ……」

 

「そうだよ」

 

 ウェンティが微笑む。

 

「帰っておいで」

 

 最後に残った黒い力が、大きく膨れ上がった。

 

「まだ残ってる!」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

 おじさんが構える。

 

 蛍も剣を構えた。

 

 ウェンティがトワリンへ手を伸ばす。

 

「みんなで終わらせよう」

 

 蛍が頷いた。

 

「うん!」

 

 おじさんも頷く。

 

「ああ」

 

 三人が同時に動いた。

 

 蛍が正面から黒い力を斬る。

 

 おじさんが動きを押さえる。

 

 ウェンティがトワリンへ声を届ける。

 

「トワリン!」

 

「――ああ!」

 

 トワリンが咆哮した。

 

 その瞬間。

 

 黒い力が完全に砕け散った。

 

 光が弾ける。

 

 そして。

 

 静寂が訪れた。

 

「……」

 

 誰も動かなかった。

 

 さっきまで荒れ狂っていた風が、嘘のように静かになっている。

 

 俺はゆっくりと顔を上げた。

 

 トワリンがいた。

 

 身体を覆っていた黒い力は、もうどこにもない。

 

「トワリン……?」

 

 ウェンティが呼びかける。

 

 トワリンがゆっくりと顔を上げた。

 

「……我は……」

 

 しばらく沈黙する。

 

「……戻ったのか」

 

「うん」

 

 ウェンティが答える。

 

「おかえり、トワリン」

 

 トワリンの目が静かに細められる。

 

「……長い夢を見ていたようだ」

 

 蛍が剣を下ろした。

 

「よかった……」

 

 パイモンも胸を撫で下ろす。

 

「本当に助かったぞ!」

 

 俺もその場に座り込んだ。

 

「……終わった……」

 

 全身から力が抜ける。

 

「たかふみ?」

 

 蛍が心配そうに見る。

 

「大丈夫……」

 

 俺は息を吐く。

 

「大丈夫だけど……」

 

 隣を見る。

 

 おじさんが立っている。

 

 平然としている。

 

「……」

 

「……」

 

 俺は無言でおじさんを見る。

 

「何だ?」

 

「いや……」

 

 俺はため息をついた。

 

「さっきの」

 

「ああ」

 

「トワリンごと消す気かと思った」

 

「そうはならない」

 

「いや、そういう問題じゃないだろ!」

 

 思わず声が大きくなる。

 

 パイモンも頬を膨らませた。

 

「そうだぞ、おじさん!」

 

「やりすぎだ!」

 

 おじさんは少し考える。

 

 そして。

 

「……加減した」

 

「どこがだよ!」

 

 俺は叫んだ。

 

「トワリンは無事だ」

 

「結果論!」

 

 パイモンも負けずに叫ぶ。

 

「もっと普通にできなかったのか!?」

 

「普通にやった」

 

「普通の基準がおかしいぞ!」

 

 蛍が思わず苦笑する。

 

「でも……」

 

 蛍がトワリンを見る。

 

「みんなで助けたんだと思う」

 

 俺たちは蛍を見る。

 

「おじさんが黒い力を押さえてくれたから、私が攻撃できた」

 

 ウェンティが頷く。

 

「蛍が最後まで戦ってくれたから、トワリンを救えたんだ」

 

 蛍は少し照れたように笑った。

 

「……うん」

 

 トワリンが静かに頷く。

 

「その通りだ」

 

 俺は空を見上げる。

 

 ゲームで知っていた出来事。

 

 だけど。

 

 実際に目の前で起きたことは、ゲームとは全然違った。

 

 蛍が戦って。

 

 おじさんが戦って。

 

 ウェンティがトワリンを支えた。

 

 そして。

 

 俺も、知っていたことを伝えた。

 

 その結果。

 

 トワリンは救われた。

 

「……よかったな」

 

 俺が呟く。

 

 おじさんが頷く。

 

「ああ」

 

 トワリンがゆっくりと翼を広げる。

 

「異界の人間よ」

 

 トワリンがおじさんを見る。

 

「そして、人間よ」

 

 今度は俺を見る。

 

「旅人よ」

 

 蛍へ視線を向ける。

 

「我を救ったこと、感謝する」

 

「……俺も?」

 

 思わず自分を指差す。

 

 トワリンが静かに頷いた。

 

「お前の知識もまた、我を救う一助となった」

 

「……そっか」

 

 俺は少しだけ笑った。

 

「なら……どういたしまして」

 

 蛍も微笑む。

 

「うん。よかったね」

 

 ウェンティが楽しそうに笑った。

 

「みんなで頑張った甲斐があったね」

 

 おじさんも短く頷く。

 

「ああ」

 

 トワリンはウェンティへ視線を向ける。

 

「そして、お前にも礼を言おう」

 

「どういたしまして」

 

 ウェンティが笑う。

 

「これからは、自分の風で飛ぶんだよ」

 

「ああ」

 

 トワリンが翼を広げる。

 

 巨大な翼が風を捉えた。

 

「我はもう、誰かに操られることはない」

 

 そして。

 

 巨大な風龍は、空へ舞い上がった。

 

 風が吹き抜ける。

 

 だが。

 

 もう、その風に苦しさはなかった。

 

「……行っちゃったな」

 

 パイモンが呟く。

 

「ああ」

 

 俺も空を見上げる。

 

 トワリンの姿が遠ざかっていく。

 

 蛍が隣に立つ。

 

「終わったね」

 

「うん」

 

 俺は頷いた。

 

 おじさんも空を見る。

 

「これで一段落だな」

 

「……その言い方だと、また何か起こりそうなんだけど」

 

「旅なんだから起こるだろう」

 

「まあ、それはそうだけどさ」

 

 パイモンが笑った。

 

「とにかく、モンドに帰ろうぜ!」

 

 蛍も頷く。

 

「うん。帰ろう」

 

 俺たちは歩き出した。

 

 風龍廃墟に、静かな風が吹いている。

 

 トワリンを蝕んでいたアビスの力は消えた。

 

 けれど。

 

 アビス教団が完全に消えたわけではない。

 

 そして。

 

 俺たちの旅も、まだ終わっていない。

 

 日本へ帰る方法も。

 

 まだ見つかっていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。