異世界おじさん、原神の世界へ 全面改稿版   作:ところてんの

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第23話「風の終わり」

 風が止んだ。

 

 正確には、止まったように感じた。

 

 つい先ほどまで風龍廃墟を荒らしていた猛烈な風が、嘘のように静かになっている。

 

 崩れかけた遺跡。

 

 砕けた石柱。

 

 戦いの跡。

 

 その中心に、巨大な風龍――トワリンがいた。

 

 青い身体を横たえ、荒い呼吸を繰り返している。

 

 だが、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

 苦しそうに暴れることもない。

 

 身体を蝕んでいた黒い力も、もう見えない。

 

「……終わったのか?」

 

 たかふみが呟いた。

 

「うん」

 

 蛍が頷く。

 

 パイモンもトワリンを見上げた。

 

「もう苦しそうじゃないな」

 

「ああ」

 

 おじさんも光の剣を下ろす。

 

 その表情はいつも通りだった。

 

「助かったようだ」

 

「……おじさん」

 

「何だ?」

 

「さっきの魔法」

 

「うん」

 

「もうちょっとでトワリンごと吹き飛ばすところだったからな」

 

「加減した」

 

「それはもう聞いた!」

 

 たかふみが頭を抱える。

 

「でも……」

 

 たかふみはトワリンを見る。

 

「結果的には助かった」

 

「そうだな」

 

 おじさんは短く答えた。

 

 そのときだった。

 

「トワリン」

 

 ウェンティが前へ出た。

 

 その声は、今までとは違っていた。

 

 軽さも。

 

 冗談もない。

 

 ただ静かだった。

 

「聞こえるかい?」

 

 トワリンがゆっくりと顔を上げる。

 

「……バルバトス」

 

 低い声が響いた。

 

 たかふみは思わず息を止める。

 

 巨大な風龍が、ウェンティを見つめていた。

 

「久しいな」

 

「うん」

 

 ウェンティが微笑む。

 

「本当に久しぶりだね」

 

「我は……」

 

 トワリンが目を閉じる。

 

「長い間、何かに蝕まれていた」

 

「分かってる」

 

「怒りが消えなかった」

 

 その声には苦しみが残っていた。

 

「空を飛んでも、風を受けても、心が晴れなかった」

 

 ウェンティは黙って聞いている。

 

「何故だ」

 

 トワリンが問いかける。

 

「なぜ我は、あれほど苦しんでいた」

 

「……君が弱かったからじゃないよ」

 

 ウェンティが答える。

 

「君はずっと戦っていたんだ」

 

「戦っていた?」

 

「自分自身とね」

 

 トワリンは黙った。

 

 しばらくして。

 

「そうか」

 

 短い言葉だった。

 

 だが。

 

 どこか納得したようにも聞こえた。

 

 少し離れたところで、ジンが二人の様子を見守っている。

 

「……話ができる状態には戻ったようですね」

 

 アンバーが頷く。

 

「うん」

 

「騎士団としては、周囲の安全を確認します」

 

 ジンが周囲を見回した。

 

「アンバー、周囲の確認をお願いします」

 

「了解!」

 

「ノエルは負傷者の確認を」

 

「はい!」

 

「ガイアはアビス教団の痕跡を」

 

「分かった」

 

 それぞれが動き始める。

 

 戦いが終わったからといって、やることがなくなったわけではない。

 

 むしろ、ここからが騎士団の仕事だった。

 

 瓦礫の確認。

 

 敵の痕跡。

 

 負傷者。

 

 そして、この場所が再び危険にならないか。

 

 ジンは一つずつ確認していく。

 

「蛍」

 

 ジンが呼ぶ。

 

「はい」

 

「怪我はありませんか?」

 

「大丈夫です」

 

「そうですか」

 

 ジンは頷いた。

 

「おじさんも?」

 

「問題ない」

 

「たかふみは?」

 

「俺も大丈夫です」

 

 たかふみが答える。

 

 ジンは少しだけ表情を緩めた。

 

「それなら安心しました」

 

「……団長」

 

 アンバーが戻ってきた。

 

「周囲に大きな危険はありません。敵の姿もありませんでした」

 

「分かりました」

 

 ガイアも戻ってくる。

 

「こっちも同じだ。アビス教団が残っている様子はない」

 

「ありがとう」

 

 ジンは頷いた。

 

 そして空を見る。

 

 トワリンがいる。

 

 その巨大な姿を見ても、もう恐怖は感じなかった。

 

「……これで、モンドに戻れますね」

 

 アンバーが言う。

 

「ええ」

 

 ジンが答えた。

 

「今回の騒動は終わりました」

 

 その言葉を聞いたたかふみは、ようやく実感した。

 

 本当に終わったのだ。

 

 風龍との戦いが。

 

「……疲れた」

 

 たかふみが座り込む。

 

「たかふみ、大丈夫?」

 

 蛍が声をかける。

 

「大丈夫。ただ、力が抜けた」

 

 パイモンが近くへ降りてくる。

 

「オイラも疲れたぞ」

 

「お前は飛んでただけだろ」

 

「応援してた!」

 

「はいはい」

 

 たかふみは笑った。

 

 その様子を見ていたおじさんが言う。

 

「帰るか」

 

「そうだな」

 

 たかふみは立ち上がる。

 

「モンドに帰ろう」

 

 その言葉に、蛍も頷いた。

 

「うん」

 

 ウェンティはまだトワリンと話していた。

 

「これからどうする?」

 

 ウェンティが聞く。

 

「分からぬ」

 

 トワリンは答えた。

 

「長き眠りから目覚めたばかりだ」

 

「なら、少し休むといい」

 

「休む?」

 

「そう」

 

 ウェンティが笑う。

 

「急ぐ必要なんてないんだから」

 

 トワリンは空を見上げる。

 

「……そうだな」

 

 翼を広げる。

 

 巨大な風が巻き起こる。

 

 たかふみは思わず目を細めた。

 

「うわっ」

 

 パイモンが飛ばされそうになる。

 

「パイモン!」

 

 蛍が手を伸ばす。

 

「大丈夫!」

 

 おじさんが風を押さえる。

 

 精霊魔法によって、周囲の風が少しだけ弱まった。

 

 トワリンがそれを見る。

 

「その力……」

 

 おじさんが顔を上げる。

 

「どうした?」

 

「いや」

 

 トワリンは首を振った。

 

「異なる風だと思っただけだ」

 

「そうか」

 

 それ以上、おじさんは説明しなかった。

 

 トワリンは空へ上昇する。

 

「また会おう」

 

 ウェンティが手を振る。

 

「次はもっと穏やかな空でね」

 

 トワリンは一度だけ大きく翼を羽ばたかせた。

 

 そして。

 

 青い空の向こうへ消えていった。

 

「……行っちゃったな」

 

 アンバーが呟く。

 

「ええ」

 

 ジンが答える。

 

「ですが、もう大丈夫でしょう」

 

 ウェンティはトワリンが消えた空を見つめていた。

 

 その表情には、少しだけ寂しさがあった。

 

 だが。

 

 同時に、安堵もあった。

 

「さて」

 

 ウェンティが振り返る。

 

「僕たちも帰ろうか」

 

「そうだな」

 

 たかふみが答える。

 

 こうして一行は、風龍廃墟を後にした。

 

    ◆

 

 帰り道。

 

 行きとは違い、誰も急いでいなかった。

 

 敵の姿もない。

 

 風も穏やかだ。

 

 たかふみは歩きながら、何度も後ろを見る。

 

「どうした?」

 

 おじさんが聞いた。

 

「いや」

 

 たかふみは首を振る。

 

「本当に終わったんだなって思って」

 

「そうだな」

 

「……おじさん」

 

「何だ?」

 

「怖くなかったの?」

 

「何が?」

 

「トワリン」

 

 おじさんは少し考えた。

 

「怖いかどうかより、どうすれば止められるかを考えていた」

 

「そっか」

 

 たかふみは苦笑する。

 

「やっぱりそういうところだよな」

 

「何がだ?」

 

「おじさんらしい」

 

 おじさんは首を傾げた。

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 少し前を歩いていた蛍が振り返る。

 

「二人とも、何を話してるの?」

 

「戦いの反省会」

 

 たかふみが答える。

 

「おじさんが反省してない」

 

「反省する必要があるのか?」

 

「そこ!」

 

 パイモンが笑った。

 

「やっぱりおじさんは変だな!」

 

「そうか?」

 

「そうだぞ!」

 

 アンバーも笑う。

 

「でも、助かったよ」

 

「何が?」

 

「おじさんがいたから」

 

 アンバーが真面目な顔になる。

 

「私たちだけだったら、もっと苦戦してたと思う」

 

 おじさんは少し考える。

 

「蛍も戦っていた」

 

「うん」

 

「騎士団もいた」

 

「そうだね」

 

「たかふみもいた」

 

「俺?」

 

「状況を見ていた」

 

「まあ……」

 

 たかふみは頭を掻いた。

 

「役に立ってたならよかったけど」

 

 ジンが後ろから声をかける。

 

「たかふみ」

 

「はい?」

 

「あなたの判断は助けになりました」

 

「……ありがとうございます」

 

 たかふみは少し照れた。

 

「俺、戦えないから」

 

「戦えることだけが役割ではありません」

 

 ジンは穏やかに言う。

 

「状況を見ることも、仲間に伝えることも、大切なことです」

 

「……はい」

 

 たかふみは頷いた。

 

 モンドの城壁が近づいてきた。

 

 その姿を見た瞬間。

 

 たかふみは大きく息を吐いた。

 

「帰ってきた」

 

 蛍も笑う。

 

「うん」

 

 門を抜ける。

 

 そこには。

 

 いつものモンドがあった。

 

 人々が歩いている。

 

 店が開いている。

 

 子供たちが走っている。

 

 風車が回っている。

 

 風龍の脅威に怯えていた街が、少しずつ日常を取り戻している。

 

「……よかった」

 

 アンバーが呟いた。

 

 街の人々も騎士団の姿に気づく。

 

「騎士団が戻ってきた!」

 

「風龍は?」

 

「どうなったんだ?」

 

 ジンが前へ出る。

 

「皆さん、安心してください」

 

 街が静かになる。

 

「今回の脅威は去りました」

 

 ざわめきが広がる。

 

「風龍は?」

 

「もう暴れていません」

 

 ジンは続ける。

 

「騎士団としても、今後の安全確認を続けます。ですが、ひとまず安心して生活してください」

 

 街から歓声が上がった。

 

 アンバーが笑う。

 

「よかったね」

 

 蛍も頷いた。

 

「うん」

 

 パイモンは胸を張る。

 

「オイラたちが助けたんだからな!」

 

「パイモンも頑張ったよ」

 

 蛍が言う。

 

「だろ?」

 

 パイモンが嬉しそうにする。

 

 たかふみは笑った。

 

「そこだけは素直に褒められるんだな」

 

「当然だ!」

 

    ◆

 

 騎士団へ戻ると、ジンたちはすぐに事後処理へ入った。

 

 今回の戦闘で破壊された場所。

 

 アビス教団の痕跡。

 

 今後の警戒。

 

 確認すべきことは多い。

 

 ガイアが資料をまとめながら言う。

 

「これで一件落着……と言いたいところだが」

 

「まだ何か?」

 

 ジンが聞く。

 

「アビス教団が今回だけで終わったとは思えない」

 

「私もそう考えています」

 

 ジンが頷く。

 

「警戒は続けましょう」

 

 その会話を少し離れた場所で聞いていたたかふみは、黙っていた。

 

 終わった。

 

 だが。

 

 完全に終わったわけではない。

 

 そのことは理解している。

 

 リサが近づいてきた。

 

「たかふみ」

 

「はい?」

 

「疲れているみたいね」

 

「まあ……」

 

 たかふみは苦笑する。

 

「今日は色々ありすぎました」

 

「そうね」

 

 リサが笑う。

 

「でも、無事でよかったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 リサはおじさんを見る。

 

「それにしても、あなたのおじさんは相変わらずね」

 

「何かしました?」

 

「戦い方が派手なのよ」

 

「……ですよね」

 

 たかふみは深く頷く。

 

「本人は加減したって言ってましたけど」

 

「ふふっ」

 

 リサは楽しそうに笑った。

 

「それは本人にしか分からないわね」

 

「ですよね」

 

 おじさん本人は少し離れた場所で、何事もなかったかのように水を飲んでいた。

 

「おじさん」

 

「何だ?」

 

「もう少し周りのこと考えて魔法使ってよ」

 

「考えている」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「……まあ、いいか」

 

 たかふみは諦めた。

 

    ◆

 

 夕方。

 

 騒動が落ち着き、一行はようやく休めることになった。

 

 たかふみは窓際に座っていた。

 

 外を見る。

 

 夕暮れのモンド。

 

 風車がゆっくりと回っている。

 

 空は赤く染まっていた。

 

「……長かったな」

 

 蛍が隣に座る。

 

「うん」

 

「モンドに来てから、色々あった」

 

「そうだね」

 

「でも」

 

 たかふみは笑う。

 

「トワリンが助かってよかった」

 

 蛍も頷いた。

 

「うん」

 

 パイモンが二人の間に割り込んでくる。

 

「それより飯!」

 

「また?」

 

「腹減ったんだ!」

 

 たかふみは笑った。

 

「じゃあ食べに行くか」

 

「やった!」

 

 おじさんも立ち上がる。

 

「俺も行く」

 

「おじさんも食べるの?」

 

「当然だ」

 

「戦ったから?」

 

「そうだ」

 

「そこは一貫してるな……」

 

 四人で歩き出す。

 

 その途中。

 

 たかふみは足を止めた。

 

「……そういえば」

 

「どうした?」

 

 蛍が振り返る。

 

「俺たち、まだ帰る方法を見つけてないんだよな」

 

 空気が少しだけ変わった。

 

 モンドでの生活。

 

 仲間との時間。

 

 今回の戦い。

 

 それらに気を取られていた。

 

 けれど。

 

 目的は変わっていない。

 

 日本へ帰ること。

 

 おじさんも空を見る。

 

「そうだな」

 

「これからどうする?」

 

 たかふみが聞く。

 

「探す」

 

 おじさんは即答した。

 

「帰る方法を」

 

 たかふみは頷いた。

 

「そうだな」

 

 蛍が言う。

 

「もし手伝えることがあったら、協力するよ」

 

「ありがとう」

 

 たかふみは笑う。

 

 パイモンも胸を張る。

 

「オイラも手伝うぞ!」

 

「頼りにしてる」

 

「任せろ!」

 

 モンドの風が吹いた。

 

 穏やかな風だった。

 

 風龍が苦しんでいたときの風とは違う。

 

 自由で。

 

 優しい。

 

 たかふみは空を見上げる。

 

「……これから、どこへ行くんだろうな」

 

「まだ決めてない」

 

 蛍が答える。

 

「なら、まずは情報を集めよう」

 

 たかふみが言う。

 

「日本へ帰る方法について」

 

「そうだね」

 

 おじさんが頷く。

 

「それと」

 

 たかふみは少し考える。

 

「この世界についても、もっと知ったほうがいい」

 

「異世界だからな」

 

「うん」

 

 モンドでの出来事は終わった。

 

 しかし。

 

 旅そのものは、まだ終わっていない。

 

 むしろ。

 

 ここから先が、本当の旅なのかもしれない。

 

 風が吹く。

 

 モンドの街を通り抜け。

 

 遠くへ流れていく。

 

 その先には。

 

 まだ知らない土地がある。

 

 まだ知らない人々がいる。

 

 そして。

 

 まだ知らない出来事が待っている。

 

 たかふみは歩き出した。

 

「とりあえず飯だな」

 

「そうだ!」

 

 パイモンが嬉しそうに叫ぶ。

 

「飯だ!」

 

「おじさんもそれでいい?」

 

「いい」

 

「蛍は?」

 

「私も」

 

「じゃあ決まり」

 

 四人はモンドの街へ歩いていく。

 

 その背中を、穏やかな風が追いかけていた。

 

 風龍の戦いは終わった。

 

 モンドに平穏が戻った。

 

 けれど。

 

 彼らの旅は、まだ終わらない。

 

 日本へ帰るために。

 

 そして。

 

 この世界で生きていくために。

 

 次の目的地へ向かう準備が、静かに始まろうとしていた。

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